2022年2月号「issues of the day」
昨年の12月8日、ドイツで中道左派の社会民主党(SPD)のオラフ・ショルツを首班とする新政権が誕生した。この政権は、SPD、環境政党の緑の党、リベラル系の自由民主党(FDP)の三党から成る連立であり、各党のシンボルカラー(赤・緑・黄)から「信号連立」と呼ばれる。
「もっと思い切って進歩を」
16年にわたるメルケル前首相の政治は、激動する世界のなかでドイツ社会の相対的な安定と繁栄をもたらした。しかし、メルケルは危機管理には長けていたが、自国の経済的・政治的安定に胡坐をかき、多くの構造的な問題に手を付けなかった。そもそもメルケルはビジョンをもって政治をする人ではなく、大胆な改革は内政・外交ともにできなかった。徹底的な緊縮志向がそれに拍車をかけた。
こうして、多くの課題がショルツ政権に託されることになった。昨年11月24日に発表された、177頁に及ぶ連立協定書のタイトルは「もっと思い切って進歩を」である。そこには、メルケル政権には乏しかった改革への意欲があり、メルケル時代の負の遺産の払拭もめざされている。
たとえば、この間に広がった格差に対応するため、最低賃金の12ユーロへの引き上げ、毎年40万戸の住宅建設が約された。また、遅れていたデジタル化の推進も謳われている。
さらに、緑の党の参加により、野心的な環境政策も掲げられる。新政権の目玉は、気候変動対策と経済政策を両立させる「経済・気候保護省」の創設であり、その担当閣僚には緑の党の有能な指導者で、哲学博士号をもつ作家のハーベックが就任した。そして、2022年末までの原発全廃は堅持しつつ、これまで38年までとされていた脱石炭を「理想的には30年まで」と前倒しした。また、緑の党の公約だったガソリン車販売禁止こそ見送られたが、電気自動車(EV)を「30年までに1,500万台」普及させることを打ち出した。さらに、「もっと進歩を」の名に相応しく、連立協定には進歩的な社会政策が並ぶ。たとえば、帰化手続きの容易化・迅速化を進める新国籍法の制定、連邦議会・欧州議会の選挙権年齢の16歳への引き下げ、刑法219条a項(妊娠中絶を宣伝する行為の処罰)の削除、性別に関する「自己決定法」の制定、嗜好用大麻の合法化などである。
閣僚も、ショルツを含めて男性9人、女性8人で、前政権よりもジェンダーバランスに配慮された。メルケル後の、ドイツの新しい風を感じさせる顔ぶれと政策と言えよう。
降りかかる試練
連立協定には「2030年まで」が並ぶが、これは政権が最低でも2期8年以上続くことが想定されている。しかし、ショルツ政権は出だしから厳しい試練に晒されている。まずは新型コロナ対策である。ショルツ政権はまさに感染第4波のただなかで発足した。その後もウイルスの勢いは止まらず、本稿執筆時点の2月3日の1日当たりの新規感染者数は23万人に及ぶ。累計死者数も約11万9千人となった。
そうしたなか、政局はワクチン接種義務化をめぐって紛糾している。首相就任前からショルツは接種義務化を強調しており、また政府に助言を行うべく専門家で構成された「倫理員会」は、医療システムの崩壊を防ぐためには義務化は正当化できるとの答申を出した。
しかし、連立与党のFDPの政治家たちは、接種義務化に難色を示している。また、義務化反対派は都市部で大規模なデモを展開し、その一部は過激化して、暴力を扇動するメッセージをウェブ上で発している。
さらに新政権にとって大きな重圧となっているのは、ロシア・ウクライナ問題である。現在のところ、ドイツはロシアに対して煮え切らない態度をとっており、同盟国から不信の目で見られている。ショルツは、言葉の上では「ウクライナに侵攻すれば、かなり高い代償が伴う」とロシアに警告する。とはいえ、その「代償」は明確ではない。また、ウクライナへの武器供与にも慎重な姿勢を崩さない。
そうしたなか、1月末には駐米ドイツ大使が本国に向けて、合衆国でドイツは「信頼できないパートナーと見られている」と忠告した。ラトヴィアの国防相にいたっては、ドイツは「非道徳的で偽善的」とまで発言している。こうした同盟国の不信をショルツは払拭する必要がある。他方で、2月3日の世論調査によると、ドイツ人の71%はウクライナへの武器供与に反対し、「ノルド・ストリーム2」(ロシアとドイツを結ぶ海底ガスパイプライン)の停止に賛成するドイツ人は29%に過ぎない。
新型コロナにせよウクライナ危機にせよ、ショルツ政権は難しい舵取りを迫られている。政権発足から約2か月で、政権および与党の支持率は落ち込みを見せている。
新政権はドイツを「進歩」した国に変えられるのか。それは、まずはこの2つの危機にショルツ政権がどう対応するかにかかっていよう。
成蹊大学教授 板橋拓己