『公研』2024年10月号「めいん・すとりいと」

 8月8日に日向灘を震源として発生した地震を受けて、同日南海トラフ地震臨時情報「巨大地震注意」が発令された。発令後一週間程度は、南海トラフ地震が「普段より数倍発生する可能性が高まった」(平田直地震調査委員会委員長)ということで、必ず地震が起きるというわけではないけれども、命を守るための備えをすることが求められていた。

 筆者も含む非専門家には、どうしたらいいのかわかりづらい呼びかけではある。地球規模で生じる、歴史に残るような地震であれば、時間軸はすごく長いはずで、1週間も1年も大して変わらないようにも思う。他方で、100年から150年程度の周期で発生している南海トラフ地震であれば1週間に意味があるのかもしれない。東日本大震災の2日前に起きた、当初は本震と思われていたという大きな前震も記憶に残る。

 個人個人が地震の起きる可能性と生活の維持の「バランス」を考える、要するにそれぞれで不確実性について判断することが求められた結果、普段と全く変わらない生活を送る人がいる一方で、よりリスクを重視する人々は生活物資の貯蔵を確認して、必要なものを買い足したり、近づいていた夏休みの予定をキャンセルしたりすることもあった。

 中止に追い込まれたイベントが発生したということも報道されていたが、今回の注意情報の影響として最も社会的に注目されたのは、もともとのタイトな需給も相まって加速したコメ不足だろう。店頭からコメがなくなるだけでなく、加工米なども含めて広範な値上がりも観察されたものだ。

 意図せざる結果、いわゆる想定外だが、注意情報の発出という「政策」が引き起こす現象であるとしたら、それに対する備えをしておく必要がある。とはいえ、いつ注意が必要になるかなどはそもそもわからないのだから、政府がたとえばコメのような特定の財をそのためだけに備蓄しておくというのは現実的でもない(今回は「そのためではない」コメ=備蓄米は存在したという話はあるが)。

 思い起こされるのは、コロナ禍のときのマスク不足である。新型コロナウイルス感染症が広がっていくと考えられた中で、多くの人がマスクを買いに走って不足し、しかし一部は高値で転売されもした。共通するのは、不確実性の中で多くの人々が必要以上に財を求めてしまうことで、需要不足が拡大することである。買えないかもしれないという不安から需要よりも多く購入すれば、不足が拡大するだけでなく、消費しきれないことによる無駄も出る。

 それに対して、少なくとも当面の量は確保されているという安心を与えることや、転売目的での買い占めを防ぐことで、必要以上の購入を防ぐことが重要になる。コロナ禍の初期では、デジタル技術を駆使して人々に安心を供与した台湾の試みが高く評価されていた。

 地震、感染症に限らず、将来が不確実な中で、個人に行動をゆだねざるを得ない局面は、これから先も出てくるだろう。そのときに必要な物資が完全に蓄えられている、といったような備えは容易でないし、おそらく現実的でもない。しかし、不確実性の中で人々が不安に駆られた行動を加速させることについては対策を取ることができるのではないか。2010年代以降続く「想定外」に対して、備えのほうもアップデートする必要がある。神戸大学教授

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