2023年1月号「issues of the day」

「個人」が主体となった「情報化社会」

 人間社会が「情報化社会」となっていると言われて久しいが、その中身は絶えず変化している。現在の特徴は、スマートフォンなどの情報端末が常時携帯され、それぞれの個人が、情報を「受け取る」だけではなく、テキストはおろか音声や動画を含むマルチメディアのかたちで「発信」できるようになったことにある。

 別の言い方をすると、国家やマスメディアが情報の「出し手」で個人が「受け手」であった関係が消滅し、個人それぞれが、情報の「受け手」だけでなく「出し手」としても情報化社会のアクティブなプレイヤーとなることができるようになった、ということでもある。

 その結果、それぞれの個人が、自分を取り巻く世界をどのように認知し、何を発信したいと考えているかが、これまでは考えられなかったほど重要になっている。これは「情報の民主化」と言うこともできる。しかし、フェイクニュースを含む情報操作による「個人の認知のコントロール」というかたちの社会的行為が出現し得るということでもある。

 それが典型的に現れたのが2016年の米国大統領選挙であった。この選挙では、クリントン候補の信頼性を低下させるための様々なフェイクニュースが拡散された。特に、対露強硬派と目されていたクリントン候補の当選を阻止するため、ロシアがフェイクニュースの発信・拡散を通じた選挙介入を行ったと見られている。

 フェイクニュースの中には、ロシアとは無関係に米国内で発信・拡散されたものもあり、すべてのフェイクニュースがロシアの手によるものではない。

 一方で、一部の有権者がフェイクニュースを信じて投票行動を決めたことによってクリントン候補は落選したとの分析(“A new study suggests fake news might have won Donald Trump the 2016 election,” Washington Post April 3, 2018))もなされており、ロシアが発信・拡散したフェイクニュースが選挙結果に一定の影響を及ぼした可能性がある。そのため、現在でも米国は、ロシアの選挙干渉を強く警戒している。

 民主主義政体においては、「個人が社会をどう認知するか」によって選挙における投票行動が決定される。現在の個人化の進んだ情報化社会では、外国からの「個人の認知のコントロール」によって選挙結果、ひいては政策に影響が及ぼされる可能性がある。それを、2016年の米国大統領選挙はまざまざと示したのである。

 

フェイクニュースへの対策とは

 ではこの問題についてどのような対策を取るべきなのか。大きく分けて三つほどの論点がある。

 第1は、他国が政治的な意思をもってフェイクニュースで「個人の認知」に影響を及ぼそうとする「問題」が存在しており、それが安全保障にも影響し得ることを政策課題として認識することである。「問題」の存在を認識することなしに、政策や対策を立てることはできない。

 第2は、ファクトチェック体制の強化である。言うまでもなく、フェイクニュースは事実ではない。そのため、事実を適切に示すことができればフェイクニュースを打ち消すことができるはずである。

 ここで重要な鍵になるのが、オープンソースで入手可能な情報である。現在展開中のロシア・ウクライナ戦争において、4月に発覚したブチャの虐殺について、ロシアはウクライナ軍による民間人の虐殺というフェイクニュースを発信した。

 これに対して欧米のメディアは、民間衛星の画像を分析して、ウクライナ軍がブチャを奪回する以前から死体が街路に放置されていたことを明らかにし、虐殺を行ったのはロシア側であることを立証した。

 なお、ファクトチェックは国家主導である必要はない。ただし、民間衛星であっても高精細度の画像の入手にはそれなりの資金力が必要となるから、個人では難しいこともある。むしろ既成のメディアの重要な役割になっていくとも考えられる。

 第3は、技術的なソリューションの追求である。政治的な意思を持って発信・拡散が行われるフェイクニュースとは性格が違うが、災害時のデマに対してはすでにそうした対応が試みられている。

 10年以上前の話になるが、東日本大震災の際に、東京大学の鳥海不二夫氏を中心とするチームが「でまったー」というプログラムを作成したところ、81.7%の精度でデマ情報の判定に成功したとされる。

 フェイクニュースはボットと呼ばれる自動プログラムで発信・拡散されることもある。これに対して人間の手でファクトチェックを行っていくのは事実上不可能である。よって、フェイクニュースへの対抗を進めていく上では技術的なソリューションへの投資も重要になってきているのである。

防衛研究所防衛政策研究室長 高橋杉雄

 

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