『公研』2021年12月号「めいん・すとりいと」

 若い頃に聞いて心の底に刺さったまま炭火の様に火照っている言葉がある。長い人生経験の中で見出した人間の真実が照らし出す言葉である。

 まだ駆け出しの外交官の頃、外務省の先輩たちは、昔の粗末な参議院議員会館に、椎名素夫先生をよく訪ねていた。当時の立法府には珍しい戦略眼の鋭い経綸のある政治家だった。今でいえば高村正彦元外務・防衛大臣のような政治家だろうか。

 ある日、憲法9条論議に花を咲かせていると、椎名先生が、笑いながら「君は明治憲法の前の憲法を知っているかい。」と尋ねられた。さて、武家諸法度でもないし、などと考えを巡らせていると、椎名先生が「大宝律令だよ。もちろん、長い間、みんな忘れていたんだよ。この国は、成文憲法の国ではないんだよ。」と言って、破顔一笑された。

 確かに、この国の統治の実態は、政府であれ、民間企業であれ、紙に書かれている姿とかけ離れている。大宝律令は大陸の制度に倣い、天皇による中央集権制度を建てたが、あっという間に形骸化した。特に、鎌倉時代以降になると、天皇は形骸化した権威だけを残して実権を失った。日本中に自衛のために武装したサムライ集団が林立した。彼らは厳しい軍隊的規律の下で団結し、権謀術数を凝らした合従連衡や、絶え間ない闘争に明け暮れていた。その姿は、明治憲法下で、天皇を祭り上げた各省庁が省閥となり、特に、統帥権独立という誤った憲法論の下で帝国陸海軍がバラバラに動き、大日本帝国を崩落させた様を彷彿とさせる。

 戦後の憲法下では、天皇から総理に実権が移り、行政も軍事も総理大臣が一手に引き受けるようになった。帝国陸海軍はいなくなり、閣僚は国会議員が占めるようになった。特に混乱を極めた平成デモクラシー以降、霞ヶ関官僚の政治力は落ちた。しかし、日本政府の統治の実態を見れば、依然として城壁のような縦割りの壁に囲まれた各省庁の力は強く、総理官邸は、政府全体に横串を通して日本政府の総力を出すことが苦手である。

 特に、危機管理において、その脆弱性が露呈する。阪神大震災、東北大震災、福島第一原発事故、パンデミックなど、歴史的厄災のたびに目にしたものは、夥しい命が失われるのを目の当たりにしながら、司令塔機能を欠き「想定外」を連発する総理官邸と、自衛官他の現場の人々の死に物狂いの救助活動の姿だった。

 日本の近代憲法は、明治憲法であれ、昭和憲法であれ、国民が公民として政府を立て、代表を選び、指導者を選び、民意をもって権力を駆動し、かつ、牽制するという国民主権の考え方を下敷きにしている。そのために憲法を立て、権利章典を書き、議会を開き、複数政党制下で普通選挙を行い、また、独立した司法府を建てた。しかし、それは理屈の上の話である。実際には、かつての鎌倉武士集団のような各省庁が縦割りの下で勝手に動き、それを束ねる総理官邸の力は未だ不十分である。

 しかも、日本の総理は、平均2年で交代する。総理大臣とは、国民の代表であり、多くの場合、「普通のおじさんやおばさん」である。総理官邸機能の強化なくして総理の指導力はない。今、最も懸念されるのは、台湾有事のような大規模有事への対応である。かつて東北大震災を総理官邸で経験した若き政治家が、最近、私に眦を結して述べた。「津波は想定外だった。台湾有事はそうではない。」

 この国の統治体制を本当に駆動できる真の政治指導者の登場が待たれる。

同志社大学特別客員教授

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