支援されるだけではないウクライナの資源と交渉力

鶴岡 また、ウクライナが上手だと感じるのは、実戦経験や防衛産業などウクライナの優れている分野をきちんと活用できている点です。ウクライナの勝利計画にあった、「ウクライナ軍のヨーロッパ諸国駐留」は、突飛なアイデアに聞こえますが、非常に合理的でもあります。ウクライナほど実戦経験ある軍隊は今のNATOにはいませんし、防衛産業もあります。要するにウクライナは、ヨーロッパ安全保障の消費者(security consumer)ではなく、提供者(security provider)になれるということなのです。これだけの資源があってこれだけ貢献できるから仲間に入れてくださいというスタンスです。

 これは非常に注目すべきダイナミズムです。トランプが言うような「支援するから感謝しろ」といった世界とは全く違うものが起きつつある。ウクライナはこの比較優位をしっかりと活用すべきですし、その方向に動いているのかと思います。

松田 ウクライナがこの3年間において、その都度その都度自国に望ましい外交の方針をタイムリーに出してきたと私は評価しています。2023年7月リトアニアのヴィリニュスで開催されたNATO首脳会議では、ウクライナのNATO加盟についてもう少し具体的な回答が出るかと期待しました、出ませんでした。その代わりに2国間での安全保障協定の締結という方針に転換したのですが、先生がおっしゃるようにそれが決して片務的なものではなく、ウクライナからも協定を結んだ国に提供できるものが充分にあるのです。

 例えば、この3年間でウクライナが世界の先頭を走るまでに成長したドローンの技術です。陸上はもちろんですが、史上初めて水上ドローンからの攻撃に成功しました。このような無人ドローンの開発・製造の経験は、ヨーロッパだけでなく日本にとっても有益な技術です。

 

日本がウクライナから学ぶこと

鶴岡 まさに片務的ではないという点が重要ですよね。イギリスやフランスとの2国間安保協力協定では、ウクライナへのロシアによる再侵攻が発生した場合のウクライナ支援と並んで、イギリス・フランスが攻撃された場合のウクライナによる支援も将来的には視野に入っています。これこそが同盟関係でして、将来のこととはいえ、それがすでに想定されていることは注目です。

 日本では、かわいそうだから支援するという部分に注目されがちです。もちろん人の心としてはそれでいいのですが、やはり政府が税金を使って支援するのにかわいそうだからでは少し弱い。ウクライナに協力することで得られる利点があることを、きちんと整理して伝える必要があります。

松田 たいへん嬉しいご指摘ですね。3年間大使を務めましたが、最初はウクライナがかわいそうだから行う人道支援、そしてエネルギーインフラを壊されて待ったなしのエネルギー支援というように動いていました。しかし途中からそれが変わり、ひょっとしたら日本もウクライナから得られるのもがずいぶんあるのでは、と考えるようになりました。

 ドローン技術の他にも重要なのが、北朝鮮派兵に関する情報です。北朝鮮の戦場における能力の評価は、日本にとっても非情に有益な情報になります。こういった考えも含めて、昨年11月には日ウクライナ情報保護協定が結ばれ、将来の日本にとってもプラスになるフレームワークをつくりました。

鶴岡 ウクライナ鉱物資源の権益供与の話も、火事場泥棒のようでアメリカは品がないと言われていますが、ただ鉱物資源はウクライナにとって交渉の重要なカードでもあるわけです。

松田 だからウクライナ側から提案したのです。

鶴岡 ただ、予想より数段上をいった関心の示し方でウクライナとしては困ることもありますが(笑)。

 

ウクライナ支援で問われる「日本はどんな国でありたいのか」

鶴岡 もう一つ最後に触れたいのは、今回のウクライナ支援は、日本が結局どういう国でありたいかを問うことになっているという点です。

 日本では、国内で生活が苦しい人がいるのに、あるいは能登地震の復興もまだまだなのになぜウクライナを支援するのかという議論をよく見かけます。しかし、日本はまだまだ世界の中では豊かな国ですし、主要国であることは間違いありません。自然災害が多い国ですが、地震が起きたからといって国家としての課題が災害復興だけになるわけではありません。世界ではいろいろなことが起きていてそんなに甘くはないのです。国内でも海外でも課題が山積みのなかで、いかに優先順位をつけるかということなのだと思います。

 日本政府である以上、日本を優先するのは当然です。ジャパン・ファーストです。だからといって外国への支援が一切できなくなるわけではありません。様々な課題に同時に取り組む必要があるのです。それができるほどには日本は豊かなはずです。ウクライナ支援は、そうしたことを考えるきっかけになっているのだと思います。

 話が大きくなりますが、ルールに基づく国際秩序を守ると言っていても、ウクライナを見て見ぬふりをしたとしたら、秩序を守ったことにはなりません。日本として言葉と実態の一貫性は、可能な限り保つ必要があると思うのです。そのために、たとえ痩せ我慢だったとしても、ある程度は主要国の矜持として頑張らないといけない部分があるのです。

松田 国内外の両方の問題に取り組むべきですし、日本にはそれをやる力があります。さらに言えば日本の周辺が無法地帯になり、法も秩序も守られず大国が日本を脅かすような状態になったときは、ひょっとしたら毎年のように国内で起きる自然災害への効果的な対処すら、落ち着いてできないような、周辺環境が生まれてしまうかもしれません。

 政治的な安定や国内の経済発展、そして自然災害への対応も含めて、これらを守るためにも、法と秩序に基づく国際社会を日本は率先して守り、つくっていく。これを犯す国が出てきたら、相手はロシアであろうがどこであろうが、きちんと対処する。それが回り回って必ず自国の安全保障に寄与すると考えます。

 私が言い続けているのが、これは自分の子供や孫たちの将来の世代のためにも、いま国家としての姿、品格、ビジョンが問われていると思いますね。

 

 

アメリカは秩序を守る側でいてくれるのか?

鶴岡 おしゃる通りですね。国際社会がジャングルの掟だったら、日本は真っ先に負けます。ただ、ここで今一番引っかかるのは、アメリカが秩序を守る側にいてくれるかどうかです。

松田 もし、トランプ政権がこの戦争を1日も早く終わらせることで無駄な出費をやめ、アジアに専念したいと本気で考えているのならば、今はウクライナの問題に関与し続けるべきだと私は思います。それを日米同盟の当事者として、アメリカと共にアジアの平和と安定に共通の責任を有する日本が言い募っていく必要があるし、それによってアメリカでも様々な議論が生まれ、その過程で必ず理解者が増えると思います。

 アメリカの政治家や政府関係者、シンクタンクなどの間で、ウクライナを見捨てていいのか、本当にそれがアメリカの利益になるのかと、言った議論が本気でされるでしょう。そうなると、トランプ政権の対外的な発言だけでは伺いしれない、アメリカ社会のある種の健全さ、国際主義的な考え方が出てくるはずです。

 そのためにはヨーロッパも日本もまずは自分がやるべきことをしっかりやることが、今後求められてくるのだと思います。

鶴岡 自分の宿題をしっかりやって、だからあなたも役割を果たしてくださいということですね。

(終)

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