イギリスに期待されるリーダーの役割

鶴岡 おっしゃる通りだと思います。ヨーロッパの危機感がウクライナへの連帯強化に繋がりました。

一方で、一つお聞きしたいのが、ウクライナから見たときに、アメリカとヨーロッパはどこまで一体のものでしょうか?

松田非常に重要なご指摘です。やはり、ウクライナにとってアメリカとヨーロッパでは、ニュアンスの違いがあります。アメリカには、世界の超大国として自国が国際社会で優位に立つためにはといった世界戦略があるように見える。対して、ヨーロッパはよりウクライナの問題を自分の問題として理解してくれている。ウクライナの立場からすると、ヨーロッパと一緒になって、アメリカの協力を得るために自分たちの側に引き付けておくという構図になります。

 実はあまり外には出ない話ですが、ウクライナはバイデン政権の時代に対米関係で困ると、まずはヨーロッパに相談をしていました。そして、ヨーロッパと一緒になって、もしくはヨーロッパからアメリカに相談してもらうといった外交上のテクニックを頻繁に使ってきました。

鶴岡 その際、ウクライナが一番信頼しているのはどこの国ですか?

松田 圧倒的にイギリスです。加えて、底力があるドイツも頼りにしています。フランスに対しては、ミンスク合意(ウクライナ東部ドンバス地方の親ロシア派武装勢力による紛争を終わらせるための枠組み:2014年)でフランスが介入するも、結局は合意が実施されなかったという過去から、若干の心配をウクライナは持っています。

 同時に、この大国3国を動かすためには、バルト三国や北欧4カ国の声が意外と効果的であることを、ウクライナが実体験として理解しました。

鶴岡 これらの国は安全保障意識が高いですよね。武器支援も一国としての金額は高くはありませんが、GDP比で見るとウクライナ支援に関する割合はバルト三国が上位を占めます。

 最近、イギリスとバルト・北欧の関係が非常に深くなっているのを感じます。北欧の防衛協力枠組み(NORDEFCO)や、遠征任務のための有志連合Joint Expeditionary Force(JEF)を通じて密接に連携していて、さらにJEFは単なる技術協力の枠組みから発展し、サミットを開くなど、ウクライナ支援を議論する場にもなっています。

 もともとイギリスと北欧はとても親和性が高かったので、イギリスのEU離脱を最も悔やんでいたのもデンマークなどの北欧やバルト三国でした。現在のイギリスは、大陸との関係を維持するための足掛かりとして、北欧・バルト地域をうまく使っています。一方、北欧・米国地域にとってもイギリスは頼れる兄貴分として機能しているので、ウクライナ支援においてもこの関係が有効に働きました。

 さらに、2月28日のトランプ・ゼレンスキー会談決裂後は、イギリスがリーダーシップを取ってヨーロッパのウクライナ支援を先導するとともに、舞台裏ではアメリカとの橋渡し役として相当動いたと言われています。スターマー英首相は頻繁に両国の大統領に電話をかけるなど、今回の件でイギリスが果たした役割は、非常に大きかったと思います。

 これはアメリカにとっても助かる話ですよね。トランプさんが何を言おうともウクライナに関係する問題から完全に手を引くハードルはアメリカにとっても高いわけです。しかし、少しでも自国の負担を減らしたいので、ヨーロッパに頑張って欲しいというのが本音です。

 そこでリーダーシップを取るのはEUではなく、安全保障の観点からイギリスが適任なのです。ロシ アの脅しに必要以上に屈しないという観点で、イギリスが核兵器を持っていることも重要な要素です。今回のウクライナの停戦をめぐる動きを通してイギリスは、ブレグジット後のヨーロッパ安全保障における新たな構図を固めつつあります。イギリスとEUの関係も改善しています。

松田 先生のお話、まったくの同感です。イギリスは極めて得難い存在で、英米間には特別な関係が存在しますし、トランプさんもそこにはリスペクトを持っています。また、スターマー英首相も派手ではありませんが、極めて堅実な外交手腕を持っていますし、さすが検事上がりだから理詰めで法的にきちっと物事を進めます。

 そして、今回の戦争を通じて、日本はやっぱりイギリスとの関係を大事にする必要があると強く思いました。

 

 

日本にはプランBが存在しない

鶴岡 アメリカとの関係においても、イギリスは大事ですよね。いまヨーロッパの一部では、アメリカはロシアの側に行ってしまったという諦めの感情が強くなっています。しかし、日本はまだアメリカを諦められません。そこで「アメリカをまだ諦めない」と言い続けるパートナーが日本には必要です。それがイギリスです。

 正直なところ、ヨーロッパの場合はアメリカに依存せずともロシアの脅威から自分たちを守る、プランBが能力的には可能なはずです。実際ヨーロッパにとってロシアは小さな存在です。経済規模では、EU+イギリスのGDPは、ロシアの10倍近くあります。「でも軍事力ではロシアが圧倒している」と、多くの方が言いますが、少なくとも国防予算に関する限り、EU+イギリスはロシアの最低でも2倍、数え方によっては3倍近くあります。

 それでも、アメリカに依存しないとヨーロッパは守れないとしたら、何かがおかしいのです。トランプ政権は「ヨーロッパはサボってきた」と言いますが、これは事実です。実際、アメリカに依存するほうが安上がりですからね。これは日本も同様です。

 さらに、イギリスとフランスは核兵器を持っているので、核抑止についても、最低限は担保できるはずだと考えると、ヨーロッパには幸か不幸かプランBがあるということになります。そのため、アメリカを簡単に諦めてしまう人が出てきてしまう。

 他方で、日本にとってのプランBのハードルは、欧州と比べると段違いに高いわけです。人口が10倍、経済規模が4倍近くある中国に、日本が自力で対処することは不可能なので、言葉は悪いですが、プランA──日米同盟──にしがみつかざるを得ない。

松田 全く同感です。このプランAを確固たるものにするためには補強材料が必要で、それがヨーロッパ、NATO、なかんずくイギリスとの確かな関係の構築です。

 一つ言えるのが、ウクライナ侵攻を通じて、ヨーロッパは中国の脅威も自分たちのものとして認識し始めたということです。それは、北朝鮮がロシア側で参戦したという直接的な要因ももちろん大きい。ただ、何より中国がウクライナ侵攻に関して自国の立場を明確に表明せず、あいまいな態度を取っていることに対してヨーロッパは警戒感を抱いている。

 実際、ヨーロッパ諸国はこの3年間で、デモンストレーションではありますが東アジアに軍艦を派遣しています。中国への牽制として、効果は十分です。そしてこれが、日本にとってプランAの補強にも極めて重要になってくるのではないでしょうか。

鶴岡 そうですね。ヨーロッパ諸国がウクライナとロシアの対応で忙しいにも関わらず、日本あるいはインド太平洋に軍の艦艇や航空機を相当派遣してきている。これは日本へのリップサービスのためではなく、アジアの安全保障情勢がヨーロッパに波及してしまうことを防ぐための行動です。

松田 岸田総理の言葉を用いれば、「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれないし、明日の東アジアは明後日のヨーロッパに戻ってくるかもしれない」という訳ですね。

 第3国の関与で一つ言いたいのが、個人的にはインドにはもう少しきちんとした対応を期待していました。何しろクワッドとしてインド太平洋の安全保障をここまで緊密に連携を図ってきた訳ですから、少なくとも日本がウクライナ侵攻を東アジアへの脅威として直接的に捉えたとき、インドは立場を明確にすべきでした。しかし、インドは「私たちは中立ですから」と急に引っ込んでしまいます。これはいかがなものかと思いますね。

鶴岡 中立や自律と言っても、それ自体が目的なわけではなく、自国の特に経済的利益を守るための隠れ蓑であるように見えます。インドは大国ではありますが、国際秩序を自ら形成していくという意識はあまりなさそうですね。ただ、自国の利益を徹底的に守る手腕には長けています。相手がアメリカ、中国、ロシアであろうが動じません。ただ、そこからさらに先へ行って、国際秩序を形成するということはしない。覇権国家をめざしていないのでしょう。

 こうした点とも関連して、インドはトランプのアメリカにとって、最も模範的な同盟国であるとも言えます。アメリカに頼らずに対中国で自衛ができるから、アメリカにとって非常に好都合なのです。

 

 

停戦のかたち

鶴岡 ウクライナに関して、いま一番の論点となっているのは、どのようなかたちの停戦をめざすのかです。より具体的に考えると、アメリカはウクライナに領土を譲歩してもらうことで、1日でも早い停戦にこぎつけようとしています。そんなことをロシアとの交渉の前に言うのはおかしいという反論もありますが、前線が固定化されてしまうことまでは、停戦を受け入れる以上残念ながら折り込み済みだと私は考えます。

 ただ、領土の譲歩と一口に言っても、それが何を意味するかは全く自明ではありません。例えば、それを法的にどのように扱うのか。ロシアは、「今の前線が正式な自国の領土であると法的に認めろ」と主張しています。22年秋にウクライナの東部・南部4州を併合したと主張し、憲法にも書き込んでしまったのがロシアです。他方で、ウクライナにとっては、「ロシアの不法占拠である」と主張し続けることが絶対に譲れないラインです。しかしながら、アメリカがこれに対して明確な立場を見せていないんですね。今後、厳密な交渉が必要になります。ただし、米欧諸国にとっては、停戦後のウクライナが、不法占拠状態を解消するために、いつでも武力で奪還しますというような状況も困るわけです。

 ここで参考になるのが、1955年に西ドイツがNATOに加盟するまでプロセスです。54年10月にロンドン会議とパリ会議が開かれ、西ドイツをいかにNATOに入れるかの議論がなされました。議論の結果、NATO諸国は、東ドイツもドイツ連邦共和国(西ドイツ)の一部であるという西ドイツの公式な立場を認めた上で、西ドイツに対して、武力によって再統一をめざすことは放棄することへの同意を求めたのです。西ドイツもそれを承諾することでNATO加盟が実現しました。

 このやり方が今回のウクライナにそのまま当てはまるわけではありません。ただ、短期的なNATO加盟は現実問題として難しいものの、欧州諸国による安全の保証などの継続的なウクライナ支援の条件として、新たにこれ以上の武力による領土奪還を試みないことへの同意を迫られた場合、ウクライナは受け入れ可能でしょうか?

 これは、「我々ウクライナは無茶なことはしません」といった米欧諸国への安心の提供にもなるわけです。他方で、これをウクライナに受け入れさせるために、米欧諸国の側では「我々がウクライナをしっかり見ておくから心配するな」という覚悟が必要になります。

 西ドイツのNATO加盟時にはこれを「二重封じ込め」と言いました。独り立ちした西ドイツより、NATOに加盟させて監視下にいる西ドイツのほうが、ソ連にとっても都合がいいだろうという論理です。瓶の蓋論とも呼ばれます。日米同盟に関しても同様の指摘がなされることがあります。ウクライナにとってはあまり居心地のよい議論ではないかもしれませんが、将来を考えるときにいかがでしょうか?

松田 ものすごく重要な議論ですし、いずれかは議論すべきときが来るのだと思います。ただ、今テーブルの俎上に上がっているのは、停戦であり、軍事行動の即時停止です。それが成立したら、次の段階で和平交渉やNATOへの加盟といった議論がなされるのだと思います。

 停戦と和平交渉は切り離して議論すべき問題です。分かれているからこそ停戦に関する合意がアメリカとウクライナの間で形成できたのだと思います。しかし、ロシアは停戦において和平交渉のテーマまで先取りしたいと思っている。ここの食い違いが停戦合意を難航させています。

 将来の和平に関して、現時点でウクライナが出した絶対に譲れない条件は、ロシアが占領している場所を法的にロシア領と認めることは絶対に受け入れられないという条件です。ここで議論が止まっています。他方で、ウクライナの中だけみると、先生がおっしゃる将来の様々なオプションについては、すでにシンクタンクで議論が始まっています。

 

 

ウクライナをNATOへ入れない場合のリスク

鶴岡 もう一点、これまでずっと議論されているのが、ウクライナのNATO加盟についてです。なぜ、ここまで長年にわたって結論が出ないのか。最大の理由が、NATO加盟が加盟国にリスクをもたらすと考えられているからです。最もわかりやすい例が、NATO加盟後にウクライナがロシアに再び侵攻されたら、ロシアとNATOの全面戦争に発展するといった懸念です。しかし、この議論を続けている限りは、ウクライナのNATO加盟はいつまで経っても実現不可能ですよね。入れない言い訳はごまんとあるわけですよ。

 一方、私がこの議論で欠けていると思うのが、ウクライナをNATOに入れなかった場合のリスクについてです。加盟を認めたらそれがロシアを刺激して攻撃されるといったリスクがよく挙げられますが、ではウクライナを入れなければロシアは攻撃してこないと言えるのでしょうか。そうではないですよね。ウクライナを再びロシアとNATOの間で宙ぶらりんにさせたときに、ヨーロッパの安全保障へのリスクはどれだけ軽減されるのだろうか。はっきり言って問題は何も解決しません。

 これが明確になってしまったのが今回の戦争です。ウクライナがNATOに入ろうとしたので戦争が起きたというよりも、ウクライナがNATOに入っていなかったので戦争が起きたと考えるほうが実態に近いのでしょう。だから2022年2月23日に時間を戻しても、ヨーロッパの安全保障問題は何も解決しないのです。ウクライナをNATOに入れない場合のリスクとより真剣に向き合わない限り、ウクライナの加盟に関する議論は進みません。これは最近強く感じています。

松田 まさしく重要なポイントですね。2008年にはNATOの共同声明において「ウクライナとジョージアはNATOのメンバーになる」と明記されるものの、ドイツとフランスの反対により見送られると言った事態がありました。あのときのように、ウクライナにリップサービスをしていればよかった状況では今はない。ここはヨーロッパの指導者たちが一番感じ始めているでしょう。NATOとEUにおけるここ3年間の議論の推移を見ていると、仮定の問題ではなく現実の問題として、さらに言うと非常に重要で大きなリスクを伴う現実の問題として扱われているわけです。

 だからこそスターマー英首相は戦争終結後に和平を担保するため、何らかのかたちで陸空含めて軍を出すと表明しました。紆余曲折あるかと思いますが、良い意味で具体的な議論が出てくることを期待しています。

 やはり先生がおっしゃるように、ウクライナが宙ぶらりんでいることは、戦争の再発防止に悪影響を及ぼすことは明白です。今回の戦争によって、ウクライナを支援した国は、ロシアからすると事実上「敵」になったわけですから。ですから2022年の2月23日には戻れないっていうのは、言い得て妙だと思いますよね。

鶴岡 この3年間でNATOとEUがウクライナの問題を自分のものとして捉える切迫感が一気に上がったのですが、一方で一つ留保をつけるとすると、いつ誰がこの決定をしたのかがはっきりしないということです。気が付いたらウクライナに深入りして、気が付いたらEU加盟交渉やNATO加盟の議論が展開していた。

 侵攻直前にはショルツ独首相が最後の説得でプーチンと会談をした後、「不思議な議論をしている。ウクライナのNATO加盟なんて誰も議論してないのに、なんでこれが問題になっているんだ」といった趣旨の発言をしました。しかしその後、いつの間にかウクライナはNATOに加盟するといった前提での議論が増えました。

 今は反射神経のごとくウクライナとの連帯が米欧での当たり前になっていますが、振り返ってみると誰がどこで戦略的に重大な決定をしたのかはっきりせず、気づいたら今ここに立っているという状況です。最後の最後にここが議論され、我に返るような国が出てこないか、若干心配ではあります。

松田 NATO加盟の議論について付け加えると、先ほども出てきたスターマー首相の英軍派遣のように、いくつかの国が何かしらの軍事的プレゼンスを停戦後のウクライナに置くことになったとしたら、それはウクライナがNATOに入ったも同然です。だったらもう加盟してもいいのではという議論に、勢いで進む可能性はありますよね。

鶴岡 下からの統合ですね。今のウクライナほどの軍事支援をNATO諸国から得た国は、加盟国の中にすらありません。また、2024年はフランスやドイツを筆頭に、ウクライナはヨーロッパの多数の国と2国間安全保障協力協定を結んでいます。現状を見れば、NATOに組み込まれている部分が、非加盟国としては異例なほどに大きくなっています。実態先行型と言えそうです。

 振り返ってみると、冷戦後のNATO加盟国拡大は、上からのプロセスで、形式先行型でした。特に中東欧諸国の加盟では、NATOには入ったものの防衛計画はなかなかできませんでしたから。他方で、ウクライナとNATO諸国との2国間協定を含めたNATOとの関係では、ウクライナ軍とNATO加盟国軍との間の完全なインターオペラビリティ(interoperability:相互運用性)が謳われ、そのための支援が進められています。こうなるとウクライナとNATOの間の不可分性が高まっていきます。ウクライナにとってこうした実態は極めて重要です。

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