『公研』2020年4月号「issues of the day」

池本 大輔

 アイルランド共和国で3月に行われた総選挙で、シン・フェイン党が二大政党のフィアナ・フォールとフィネ・ゲールを抑え、24・5%の第1位票を獲得した(アイルランドの選挙制度は中選挙区制で、有権者が複数の候補者に順位をつける単記移譲式と呼ばれる方式をとる)。シン・フェイン党は十分な数の候補者を立てられなかったため議席数こそ第2位に留まったが、それでもフィアナ・フォールの38議席に次ぐ37議席を獲得した。それとは対照的に、バラッカー首相率いるフィネ・ゲールは12議席減の35議席と惨敗した(表1)。選挙後の連立交渉は難航し、執筆時点でも新内閣は誕生していないが、仮にシン・フェイン党が政権入りすれば、アイルランド共和国史上初めてのことになる。IRA(アイルランド共和主義軍)によるテロ活動やシン・フェイン党とIRAとの協力関係を知っている方は、同党が選挙で躍進したと聞いて、最近先進国の多くで見られるようにアイルランドでも右派的なナショナリズムへの支持が拡大していると早合点されたかもしれないが、それは事実でない。そこで本稿では、シン・フェイン党の勝利が意味することと意味しないこととを、簡単に解説したい。

(表1)2020年アイルランド共和国総選挙結果(計161議席、括弧内は前回選挙からの増減)

  フィアナ・フォール シン・フェイン フィネ・ゲール
議席数 38(-7) 37(+15) 35(-12)
得票率 22.2(-2.1) 24.5(+10.7) 20.9(-4.7)

  アイルランドにはアイルランド共和国とイギリス領北アイルランドという二つの国家がある。1922年にアイルランド・ナショナリスト(ほとんどがカトリック系住民)が英連邦自治領としてアイルランド自由国を成立させたのに対し、イギリスからの独立に反対するユニオニスト(ほとんどがプロテスタント系住民)が多数派の北アイルランドは英領に留まった。1948年にアイルランド共和国はイギリスから完全に独立したが、北アイルランドでは少数派のカトリック系住民は様々なかたちで差別され続けた。1960年代になるとカトリック系住民は差別の解消を求め公民権運動を組織した。これが弾圧されたことで、紛争はやがて北アイルランド政府・警察やプロテスタント系準軍事組織と、IRA暫定派に代表されるカトリック系・紛争は約30年間準軍事組織との間の武力闘争の様相を強め、1969年以降はイギリス軍も現地に展開した。

 1972年には北アイルランド自治を停止してイギリス政府の直接統治が導入されたが、紛争は約30年間にわたり続き、3500人以上の犠牲者を出した。1998年にイギリス・アイルランド両政府が、南北アイルランド間の往来の自由・北アイルランドにおけるナショナリストとユニオニストの権力共有・武装解除を含む包括的な和平合意を締結した。これがアイルランド共和国・北アイルランドのレファレンダムでそれぞれ支持されたことで、武力闘争にようやく終止符が打たれた。

経済運営への不満が蓄積

 シン・フェイン党はアイルランド共和国と北アイルランドの統一を目標として掲げる政治勢力であり、IRAとの関わりが批判の的となってきた。とは言っても、世論調査によれば、同党の支持拡大はナショナリズムに起因するものではなく、家賃凍結などその左派的な社会・経済政策が労働者層や若者に支持された結果である。IRAのメンバーだと疑われてきたアダムズに代わって、マクドナルド(女性・40代)が2018年に党首に選出されたことで、シン・フェイン党は古いイメージから脱却することに成功した。アイルランド共和国の政治をほぼ一世紀にわたって牛耳ってきた二大政党のフィアナ・フォールとフィネ・ゲールは、共に穏健右派勢力であり、その政策に大きな違いはない。もともと経済的には後進国だったアイルランドは、EUと英語圏の双方に属する国家としての利点を生かすかたちで、1990年代に入ると多国籍企業の誘致を通じて急成長を達成し、「ケルトの虎」と呼ばれるようになった。しかしグローバル経済危機と不動産バブル崩壊によってアイルランド経済は落ち込み、開放的な経済路線を主導してきたフィアナ・フォール政権はEUとIMFに支援を求めたが、2011年の総選挙で歴史的敗北を喫した。しかし、後を継いだフィネ・ゲール中心の連立政権が、経済路線を大きく転換することはなかった。経済は回復基調に乗り、アイルランドは再びグローバル化の「勝ち組」となりつつある。2013年以降ダブリンでは実質所得は13%上昇した。しかし同じ時期に不動産価格は62%も高騰しており、それに伴う家賃の上昇が若年層の生活を直撃している。高齢者は高齢者で、医療制度の段階的な民営化に不安を募らせている。アイルランドのようにグローバル化の中で成功した国家でさえ、市場重視の経済運営に対する不満は確実に蓄積しており、それがシン・フェイン党の躍進と二大政党の低迷をもたらしのだ。

 とは言っても、シン・フェイン党が南北アイルランド統一を訴えていることに変わりはない。1998年の和平合意以来、アイルランド統一は政治的アジェンダとしてほぼ消滅した。しかしイギリスがEUからの離脱を選択したことは、北アイルランドの法的地位や和平合意の未来を不透明なものにすることで、アイルランド統一の可能性を高めた。シン・フェイン党の躍進は、それを後押しすることになるかもしれない。 明治学院大学教授 

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