『公研』2016年6月「めいん・すとりいと」

清水唯一朗

 通常国会が終わった。まもなく行われる選挙は、選挙権年齢が十八歳に引き下げられて初めての選挙となる。その結果に注目が集まっている。

 もっとも、この引き下げによる有権者の増加率はわずか2%に過ぎず、選挙結果への影響は微々たるものと断じる向きもある。他方、これをきっかけに若者が政治への関心を高めることを期待する論者もある。

 さて、若者が政治に関心がないというのは本当だろうか。実は2008年に実施された「世界青年意識調査」では、政治に関心があると答えた日本の若者はアメリカ(55%)、韓国(50%)、イギリス(33%)を超える58%に達していた。

 しかし、5年後、2013年の調査ではその数字は50%に下落した。対照的にアメリカは59%、韓国は62%、イギリスも55%と上昇した。日本は各国における政治的関心の高まりに置いていかれてしまったようだ。

 世界に目を転じれば、香港では雨傘革命があり、台湾では学生運動から生まれた「時代力量」が議席を得た。アメリカ大統領選挙では、若者の支持を集めたトランプ、サンダース両氏が躍進を見せた。「やはり日本の若者は」という嘆きが聞こえてくる。

 彼我の差は何によるのだろう。それを考えるため、今年一月、総統選の最中にあった台湾を訪ねた。学生運動のメンバーや「時代力量」の若手スタッフ、受けて立つ側の国民党支持者など、多くの学生に話を聞いた。そこできわめて印象的であったのは、政権のありようと中国との関係について様々な角度から熱く語る彼らの姿であった。いずれの論も聴く側の心を大きく揺さぶらずにはおかなかった。

 しかし、話題を政策に転じると、彼らに対する畏敬の念は疑念に変わっていった。少子高齢化や地方の衰退といった台湾社会が直面する課題について、彼らは従前のように精緻に論じることができなかったのだ。

 無論、彼らはきわめて優秀である。関心の所在が異なるのだ。政党支持の理由も、政策ではなく、大陸系(外省人)は国民党を、台湾系(本省人)は民進党を支持するという歴史的構図に依っていた。彼らの政治熱は、結果として政策への無関心を生んでいたのである。

 翻って日本の若者を見てみると、その風景はこれまでと全く異なるものに感じられる。私の周辺を見回しただけでも、政策的課題を正面から捉え、それを変えるべく動いている学生が溢れているからだ。

 充実した社会人生活を送りたい、しかし、子育てもしたい。仕事と家庭の両立に対する不安は女子学生に重くのしかかる。それを解消すべく、共働き家庭を訪問する「家族留学」プログラムを立ち上げた学生。地方の魅力的なお菓子を都会の若い女性に手にとってもらおうとプロデュース会社を立ち上げた卒業生。中高生が自分たちの夢の実現に向けて歩み出せるよう、インタビューを通じてロールモデルと出会う機会を提供するグループ。そして、高校生がもっと政策をリアルに感じられるように、国会議員との議論の場を作り上げた学生たち。

 大文字の「政治」に関心を持つ台湾の学生たちに対して、日本には自分たちが直面する問題に対してアクションを起こす学生がいる。彼らの動きはなんともスムーズでスマートだ。彼らは「政治」と直に接することはクールではないと言う。しかし、社会的課題に対する彼らの感度はきわめて高い。

 目の前にある小さな課題に囚われて大局を見失っている。彼らのことをそう評する向きもあるだろう。しかし、そうだろうか。大人はこの国の課題を見失わずに捉えられているのだろうか。

 嗤いたい者は嗤えばいい。150年前、危機を前にして明治日本を創りあげたのは、社会から異端視された若者たちであった。彼らを抑えつけるのか、共に歩むのか。十八歳選挙権が実施されれば、自ら考え、動く若者はさらに増えていくだろう。彼らと向き合う社会のあり方が、今、まさに問われている。 慶應義塾大学准教授

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