知床のヒグマと人、真の共存へ
知床でのヒグマの問題は、ヒグマだけに矮小化して対策や事故の再発防止を検討しても限界があります。ヒグマの行動は一律ではありません。出会い頭の場合、餌を探している場合、子を連れている場合、人から餌を与えられた経験のある場合、人を怖い存在と思っている場合とそうでない場合など、それまでの経験やその場の状況によってヒグマの行動は変わります。まさに、人の対応によってキムンカムイであったはずの個体がウェンカムイに変わってしまうのです。
ヒグマは経験を記憶する能力に長けており、子は母親から生きるための習性を学びます。人はヒグマの持つ多様性を知り、適切な情報や注意喚起を見逃してはいけません。そして、その内容によって行動を変える意思を持たなければ、いくら迅速に正確な情報が発信されて耳や目に入っても、自身の「行動変容」に至らなければ同じことが繰り返されてしまいます。
そのためには国立公園全体の「利用ルール」という視点で人の行動をコントロールする手法を導入する必要があります。かねてから斜里町では知床自然センターから奥への「人の進入」をコントロールしてシャトルバスによる利用をめざして試行を重ねてきました。このプランは運営資金やドライバーの確保、地域住民やガイドの合意形成が得られない、法的担保が無いなどの理由で本格実施には至っていませんが、あらためて関係機関が本気で検討すべきです。
運営資金は利用者や事業者負担と公的資金を導入し、さらに企業との連携や支援を基本にする。ドライバー不足は自動運転でカバーして電気自動車などを導入する。車内ではマイカー(個人)で行くより楽しく有益な情報が得られるガイダンスなどの付加価値を高める。今の時代にあってこれらはそれほど高いハードルではないと思われます。
知床五湖やカムイワッカ湯の滝で実践している人のコントロールの成功事例を場所ごとにアレンジしながら知床全体をカバーしていくことによって、ヒグマをはじめとする野生動物との「真の共存」が実現するはずです。(終)
