『公研』2023年12月号「めいん・すとりいと」
コロナ明けの一年が終わりますね。読者の皆さんは、各々の要路で新時代へと奔走されたことでしょう。敬意を表し、心から御礼申し上げます。
大学では学生たちが満を持して動き出しました。フィールドに出られなかった想いを胸に、多くの方と繋がりながら蓄えてきた知を実践しています。
なかでも一年生の活躍が目を惹きます。高校時代をすべてコロナ下で過ごしてきた彼らは、リモートで生まれた時間を活用して自分の興味を伸ばし、高い専門性を持って入学してきました。
私の所属するキャンパスは一年次から研究会(ゼミ)に参加して専門性を伸ばすことができますが、今年は日本政治外交、オーラルヒストリー、いずれの研究会にも二名の一年生が入り、上級生に刺激を与えています。こうした傾向は私たちのキャンパスに限らず、全国的に見られるようです。
彼らを見ていると「ゆとり教育」を思い出します。批判も多い政策でしたが、よい先達に会って関心を伸ばした生徒は、大学を経て、社会の変革者として活躍しています。政策そのものより、若者にかかわる大人がどう向き合ったかが彼らの運命を左右しました。このことは、大きな反省として刻まれるべきでしょう。
目下、全国の高校で探求学習が進められています。各地でお手伝いするなかでいくつか成功している学校を見ていると、やはり成否を左右する鍵は、大人の側がどこまで柔軟にシフトして生徒の関心に向き合えるかにあるようです。
本題に入りましょう。こうして専門性を伸ばしてきた学生は、就職活動で一つの壁にぶつかります。二年ほどの短期で定期異動を繰り返す日本の人事システムです。伝統的な大企業に関心のある学生が、あそこに入ると育んできた専門性を失ってしまうのではないかと逡巡しています。
公務でも状況は同じようです。毎年この時期に各省の中堅公務員に向けた研修を担当していますが、そこでも公務員の持つ専門性が「政策を通す知」に縮減しているという懸念が話題に上ります。研修ではよく練られた多彩なプログラムが提供されていますし、国内外の大学院に留学して専門性を身に付ける方も多くあります。しかし、そうして培われた専門性は、短期での人事異動によって活かされないまま古びてしまう。
この不思議なしくみはどこから来たのでしょうか。数年前、同僚の小熊英二さんの求めに応じて調べました。明治政府が近代官僚制を導入した当初は、異動を促す昇等の基準は五年でした。それが一八九五(明治二八)年五月に二年まで急速に短縮されたのです。日清戦後経営で行政の肥大化が見込まれるなか、高級官僚の早期育成・昇進が求められたためでした(詳しくは小熊『日本社会のしくみ』第五章「慣行の形成」)。
一度緩めた基準を元に戻すことは困難です。以後、学士官僚は二年を基準に異動と昇進を重ねます。それはいつからか「ゼネラリスト」養成の方法と意味づけられました。国会図書館のNDLNgramによれば、一九六〇年代ごろにそうした評価が定着したようです。そして一三〇年前の制度が今日も存在するに至っています。
ゼネラリストとスペシャリストの長短とその評価は専門家の皆さんに委ねます。しかし、中央省庁で見ても、頻繁な異動によるキャリア形成の不安は若手の不満足要因の第二位となっています(一位は業務量。『令和四年度 年次報告書』)。
光明はあります。地方自治体や先端企業ではAIも導入して能力と希望にマッチした人事導入の事例が見られます(壱岐市など)。中央省庁でも部局内異動を基調とする、異動年限を長くしてキャリア形成を支援する動きが一部で現れています。
人々がそれぞれの夢を実現できる社会は、一五〇年前に明治維新が掲げた大目標でした。次の時代に向けて、総ゼネラリスト社会はそろそろ終わりにしませんか。
慶應義塾大学総合政策学部教授