問題の解決にはハマスとの対話が必須

 立山 このような解決の糸口が見えない状況で、非常に重要となるのが、ハマスを国際社会がどう位置付けていくかだと考えます。これは国際社会が真剣に論じなくてはいけない論点です。

 冒頭でもお話ししましたが、アメリカやイスラエルはハマスを「邪悪なテロ組織」と位置付けています。しかし、パレスチナの世論調査では、ハマスは20%~40%の支持を20年にわたり安定的に得ています。このパレスチナ人の声を無視するわけにはいきません。加えて、10カ月近く継続する戦闘のもとでもハマスは一定程度の統治機能を維持していて、何らかのかたちで戦争が終結した後にも、ハマスを完全に無視した統治形態は考えられません。

 私は日本を含む国際社会がハマスと対話をするしか解決の道はないと考えています。ハマスは結成の翌年、1988年に『ハマス憲章』を出します。その憲章では組織の目的を、「全パレスチナを解放する」と定め、イスラエル壊滅をうたっていました。

 しかし、2017年に出された新たな文書では、「1967年の第3次中東戦争以前の停戦ラインに沿ってハマスの独立国家を検討する」と、領土問題における妥協を示唆しています。このようにハマスも一枚岩ではなく、幅広い意見が存在しているのです。まずは国際社会が色々な方法でハマスと接触して、ハマスの考えを知る。その上でハマスに働きかけることが何より重要だと考えます。

 小野沢 まったくおっしゃる通りですね。そもそもハマスは2006年のパレスチナ自治選挙で、第一党に選出されています。この選挙は国際的にも公正な選挙だと認められていて、ハマスは当初は単独政権、のちにファタハ(パレスチナ自治政府の主流派組織)との連立政権で、パレスチナの統治を担う立場となりました。ところが、ハマスをテロ組織と見なす国際社会はこれを認めず、アメリカがファタハにハマス排除を働きかけたことが大きなきっかけとなって、ファタハとハマスの衝突が発生し、結果的にハマスは自治政府から排除されたのです。

 これによって、ファタハが支配するヨルダン川西岸とハマスが支配するガザ地区にパレスチナが分裂するという今日まで続いている状況が生まれます。私は、これは大きな間違いだったと思っています。選挙を重視するアメリカが、選挙で選ばれたハマスの存在を認めない。このアメリカのダブルスタンダードが、今日のパレスチナ問題に帰結していると思います。

 ハマスの中にもイスラエルの存在を間接的に認める勢力がいるという立山先生のお話は、一筋の光明のように感じました。思い返してみると、PLOも1988年にイスラエルの存在を間接的に認め、これが大きな転機となって、パレスチナを代表する和平交渉のアクターとして国際社会から認められていきました。ハマスも一気に認められることはないかもしれませんが、パレスチナの支持を得ている政治団体として徐々に交渉のテーブルにつけるような動きが出ることを期待したいですね。少なくとも当面はハマスなしにパレスチナの人々が納得するような和平にはたどり着けないと思います。

 

ファタハとハマスの「北京宣言」

 立山 そうですね。もちろんハマスのテロ行為は非難されてしかるべきものですが、だからと言って政治勢力として認められないことにはなりません。今パレスチナの中で具体的な和平交渉のあり方として議論されている案は、PLOにハマスが参加するという考えです。PLOは単独の組織ではなくパレスチナの解放を目的とする諸機構から構成されていて、PLOはすでにイスラエルとオスロ合意を結んでいます。そのPLOにハマスが参加することは、ハマスもまたイスラエルの存在を認めることになるという考えです。

 また、パレスチナ内での団結を高める動きも出てきています。7月21日から23日にかけてファタハとハマスが、中国政府の仲介のもと北京で和解に向けた協議を行い、統一政府をつくることに合意した「北京宣言」を発表しました。ただ具体性を伴っていないため、統一政府樹立が実現するかは今後の状況を見守る必要がありますが、ハマスもファタハも突破口を開く必要性を感じていると言えます。

 また、米国や西欧諸国、日本がハマスとの接触を拒否し続けている中で、中国が交渉の場を提供したことは、中東における今後の中国の政治的役割を考える上で大変興味深いことです。

 小野沢 先ほど話題に出て来たサウジアラビアとイランの関係正常化を中国が仲介したとき、バイデン政権は基本的に静観する姿勢をとりました。一つには、アメリカ政府が、少なくとも現時点では中国の中東における主たる関心は経済分野にあって、政治的・軍事的な影響力を拡大しようとしているわけではないと判断している事情があると思います。そもそも、「小ナセル乱立」の今の時代に、仮にアメリカが「中国に接近するな」と言っても、中東諸国の行動は変わらないだろうという現実的な判断もあるでしょう。加えて、ガザ戦争の前からバイデン政権はたびたび域内の緊張緩和が望ましいという立場を示していました。それが中国によってなされたとしても、結果的に緊張緩和が実現すれば、アメリカとしてはそれに反対する理由はないと言えます。

 北京宣言については、バイデン政権はきわめて冷淡な姿勢をとっていますが、それはハマスなどアメリカがテロ組織と位置づける組織が含まれているからであって、かならずしも中国が主導したからではないと理解しています。中東の諸問題の解決に向けて米中が連携するなどという事態は考えにくいのですが、中東をめぐる米中のインタレスト認識は必ずしも対立するものではなく、米中がパラレルに同じ方向に向かって行動する余地はあるということも、留意してよいのではないでしょうか。

 

ハマス最高幹部殺害の目的と余波とは?

 立山 ところで7月31日に衝撃的な事件が起きました。ハマスの最高幹部であるイスマイル・ハニーヤ政治局長が滞在中のテヘランで殺害されました。ハマスは直ちにイスラエルによる犯行と見なし、報復を誓いました。また自国の首都を訪問中の賓客が暗殺されたことにイランは大きなショックを受けていて、ハメネイ最高指導者はイスラエルへの直接攻撃を指示したと報じられています。

 これまでのところイスラエルはコメントを発表しておらず、暗殺がどのように行われたかもはっきりしていません。ただイスラエルはこれまでも、ハニーヤを含むハマス幹部を「抹殺する」と繰り返し表明しています。また過去10年ほどの間にテヘランを含むイラン各地で、核関連の科学者などが暗殺されており、イスラエルの関与が指摘されています。そのためハニーヤ殺害もイスラエルの手によるものと考えることが順当かと思います。

 イスラエルとハマスは2月頃からアメリカやカタールを仲介に、停戦と人質解放を実現するための間接交渉を断続的に行ってきました。5月末にはバイデンが3段階の和平提案を公表し、イスラエル国内でも人質解放実現のため停戦に応じるべきだという声が強まっていました。こうした中でハニーヤが暗殺されました。イスラエルによる犯行だと思いますが、そうだとしても、その動機や理由は判然としません。

 ハマスの最高幹部殺害は「ハマス壊滅」というガザ戦争の目的の重要な一端を担うものであり、ネタニヤフ政権にとって国内に向けた政治的アピールとしての効果はあると思います。またガザに対する激しい攻撃を同時並行して幹部暗殺を実行することは、ハマスへの圧力をいっそう強め、停戦や人質解放を実現するチャンスを広げると考えたのかもしれません。しかし、ハマスが態度を硬化させることは明らかで、停戦や人質解放の実現をいっそう遠ざける危険のほうがはるかに大きいと思われます。加えてハマスはこれまでも何人もの幹部を殺害されていますが、それによって組織が弱体化したり、主張を変えたこともありません。

 このタイミングでハニーヤ殺害が実行された背景には、「邪悪なテロリストは抹殺しなければならない」というイスラエルの強硬な思想があり、その考えが人質解放という現実的な目標以上に意思決定に作用したのかもしれません。

 小野沢 ハニーヤ暗殺には大きな衝撃を受けました。現時点では情報が極めて限られていますが、これを実行する意思と能力を有しているのはイスラエルだけだと思います。オースティン国防長官が、やや当惑気味にエスカレーションは不可避ではないと発言していることなどから推測すると、アメリカ側もこのような動きを事前に察知していなかったのではないでしょうか。

立山先生がおっしゃるように、ハニーヤ暗殺がハマスを弱体化させる、あるいはハマスの譲歩につながる可能性は低いように思います。さらに今回の事件については、中東域内の緊張を高め、域内の政治・外交の穏健化の可能性を遠のかせる方向に作用するであろうことも重要だと思います。

 ハニーヤも出席したイランの大統領就任式で、ペゼシュキアン新大統領は明らかにアメリカを念頭に反イラン的な諸国に対話を呼びかけていました。イランの政治勢力や政治指導者を「保守強硬派」とか「穏健派」などと明確に色分けするのは実情にそぐわないという指摘や、最高指導者が大きな発言力を有するイランの政権交代の重要性を過大評価すべきではないという指摘もありますが、ペゼシュキアン大統領が公的な場で対話を呼びかけたことはライシ前政権からの明らかな変化でした。ハニーヤの暗殺は、控えめに言っても、ペゼシュキアンが打ち出そうとしていたのであろう対話路線に、冷や水を浴びせることとなったと考えられます。

 もし仮に、イスラエルがエスカレーションの危機を煽り、域内対立を先鋭化させることでアメリカを確実に味方につけようとしているのだとすれば、常軌を逸した危険な方法を選択したと言わざるをえません。まだ事件直後の反射的な対応なのかもしれませんが、アメリカ政府はエスカレーションに反対する立場を改めて強調する一方で、ハリス副大統領がこれまでにもましてイスラエルを防衛する決意を強調するなど、イスラエルに寄り添う姿勢を崩していません。これは決して皮肉ではないのですが、アメリカ自身が「テロとの闘い」を根拠としてガーセム・ソレイマーニーなどの要人を国際法や国際的規範の観点から問題をはらむ方法で暗殺してきたわけですから、今回のハニーヤ暗殺を批判することはできない、あるいは批判する気がないのかもしれません。

 対談の冒頭で、立山先生は「テロとの闘い」の様々な弊害を指摘されました。「テロとの闘い」の論理によって「標的殺害」などと言い換えて正当化されてきた要人の暗殺が、この先も大規模な戦争につながらない保証はありません。国際法や国際規範は対立を抱える国の間で可能な限り平和を維持するための人類の知恵であるという基本に立ち返る必要性をあらためて感じました。

 

中東和平──次のサイクルに期待

 小野沢 ふり返ってみると、いわゆる中東和平プロセスは1970年代に始まり、今日までの道のりにはいくつかのサイクルが存在しました。一つ目のサイクルは、第四次中東戦争からキャンプ・デーヴィッド合意まで、そして二つ目のサイクルが、1987年に始まった第一次インティファーダから2000年第二次インティファーダまでで、1993年のオスロ合意以降の一連の和平に向けた動きは、二つのインティファーダにはさまれた、パレスチナとイスラエルの双方で和平に向けた機運が相対的に高まった時期に進行したと言えます。第二次インティファーダでは、パレスチナとイスラエルの間で暴力的な衝突と流血が拡大し、それによってパレスチナとイスラエルの和平の機運は、完全にしぼんでしまいました。

 そこから20年あまり、二国家解決の停滞が続いてきましたが、今回のガザ戦争がこの停滞を打破し次のサイクルを生むきっかけにはなり得るのでしょうか?

 立山 オスロ合意に基づく二国家解決案は実現が極めて困難であるという認識が高まっていた中で、ガザ戦争が始まりました。やはり新しい取り組みを始めなくてはいけない時期なのだと感じています。ノルウェーによるパレスチナ国家の承認や、ファタハとハマスの和解に向けた交渉など、少しずつですが次のサイクルに向かう準備が徐々にできつつあると思います。

 小野沢 どこに向かうかはまだ不透明な状況ではありますが、少しでも良いサイクルが到来することを期待しています。そのためには、もちろん紛争当事者の意識や現地の政治情勢が何より重要ですが、日本を含む国際社会も良いサイクルに持っていくような知恵を出していく必要がありますね。

(終)

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