『公研』2017年12月号「めいん・すとりいと」

清水唯一朗

 激動の一カ月が終わり、日本政治に平穏が戻ってきた。衆議院議員総選挙の結果、与党は改選前に有していた圧倒的優位を維持した。衆議院議員の任期は最長で2021年10月まで延び、安倍首相の自民党総裁としての任期も来年九月の総裁選挙を経て21年9月まで確保される見込みだ。そうすれば、安倍内閣は第一次との通算で戦後最長の政権となる。

 この長期化こそが解散の目的であろう。前回もそうであったように、安倍内閣は追い込まれる前に解散総選挙を行って政権の長期化を図ってきた。大臣、党執行部、いずれも変更せずに第四次内閣を発足させたことは象徴的である。

 大きく変わったのは野党である。最大野党の民進党は分裂し、保守的な志向を持つ希望の党、リベラル志向の強い立憲民主党、残された参議院民主党に分かれた。かくして野党が政策によって再編されたことは特筆に値する。安倍政権のさらなる長期政権化と野党の再編、この二点が今回の総選挙の結果と言っていいだろう。

 では、今後の日本政治はどう動いていくのか。焦点となるのは憲法改正である。これまで安倍首相は、自身の思いとは裏腹に、憲法改正を自民党の主たる政権公約とすることを避けてきた。それが今回の総選挙では公約集に大書された。

 国内世論も大きく変化している。総選挙直後の世論調査では、憲法改正を議論すべきという意見が82%に達した。これから4年間、安倍長期政権の総仕上げが憲法改正になることは疑いがないようだ。

 しかし、ここに権力のパラドクスが潜んでいる。安倍首相をはじめとする与党幹部は総選挙で勝利するたびに「憲法改正は国会が議論すること」と答え、明言を避けてきた。それは、実際に憲法改正となれば思うようには進まないことがわかっているからだ。

 憲法改正を「議論」することに国民は前向きになった。しかし、9条を変更する場合、それがいかに現実的な改正であったとしても、拒否反応を示す国民はまだ多いだろう。このため、今回の選挙戦でも、与党幹部は憲法改正にほとんど言及しなかった。

 その観点に立てば、これから憲法を改正するまで衆議院は解散できない。憲法を争点とする総選挙に臨めば、与党は憲法改正を可能とする2/3の議席占有率を失う可能性が高いからだ。すなわち、憲法改正は今回の選挙で選ばれた国会議員によって行われることとなる。

 安倍首相にとっては憲法改正が自らの政治人生の総決算となる。しかし、他の自民党議員には次の選挙がある。小選挙区制度のもとで当選するためには、有権者の志向が割れる論争的な政策に関わることは避けたいのが候補者の本音だろう。これまでは安倍総裁は自民党候補の公認権を握ることで彼らの揺れる思いを縛ってきた。しかし、今後解散が行えない以上、公認権を振りかざすことはできない。憲法改正を前にして、権力を振りかざすことのできないパラドクスがあるのだ。

 もっとも、70年間一度も改正されずに来た日本国憲法には、時代に合わなくなっている部分が多い。なにより、世界に存在する190あまりの憲法のなかで、日本国憲法の語数(英語換算)は下から5番目と極めて少ない。それは権力を縛るはずの憲法が緩く、政権に多くの裁量を与えていることを意味する。護憲派も、憲法を守ることによって政権の自由を許すというパラドクスに陥っているのだ。

 憲法改正の是非を巡って日本政治が分裂を続ける構造は、最早終わりにすべきだろう。日本政治の資源は、より建設的な方向に向けられるべきだ。二つのパラドクスを前に、そうした4年間が訪れるのか、安倍内閣の政権運営が注目される。慶應義塾大学教授

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