尹政権で反日政策に転じる可能性は低い
佐藤 そこで日韓関係における日本の対応についてお二人に意見をお聞きしたいのですが、私は尹政権になり日韓関係が良好に進むことを非常に肯定的に捉えています。他方で、これまでの日韓関係の問題はすべて韓国に責任があり、韓国が対処をすべきだという上から目線な姿勢が日本にはあると感じています。例えば、元徴用工の問題も韓国政府が解決策を示しましたが、それに対する呼応措置を日本ははっきりと打ち出していません。
韓国の保守陣営からも自分たちばかりが努力をして日本は何もしていない、といった不満も出ています。この「日韓関係を改善するのは韓国の責任」という日本のスタンスは、今後の日韓関係を強固にしていく上でかなりマイナス要素になるでしょう。
もちろん韓国の政権交代で築いてきたものが一気に崩れるかもしれないという不安が日本にはあると思いますが、私は日本側からも関係強化に向けて主体的に動くべきだと考えます。日本は日韓関係のために何ができるのでしょうか?
竹内 とても難しいですよね。韓国側から見た不満感はもちろんよくわかります。他方で、日本側から見たゴールポストが動く問題への不信感もよくわかる。日本としてはちゃんとゴールを決めて合意を得られたと思っていても、政権交代を機にまたゴールが先へ行ってしまい、なのになぜ日本がアクションを起こさないといけないのかという気持ちになってしまうのではないでしょうか。また、日本が謝罪をしたとしても政権が変わったときに、それがどう再解釈されるのかもわからないという不安もあります。そのようなリスクなどを考えると、日本側としたら非常に難しいものがありますよね。
佐藤 一方、国内では保守側から「尹錫悦はどこの国の大統領になったのだ」という批判的な意見も出てきています。アメリカや日本の意見ばかり聞いて、自分たちの国の不満はどうするのだと。たとえ日韓関係が良くなっても、このような不満が出てきて国内の基盤が揺らいでしまったらどうしようもないですよね。ここに関して秋山先生はどうお考えでしょうか?
秋山 先日、尹大統領と一対一で話をしたことのあるアメリカの国際政治学者にある質問をしたんです。「これまでの韓国の大統領を振り返ると、親日で始まり反日で終わってきた。尹大統領も同じような道を辿るのではないか」と。すると、彼の見立ては私とは違っていて、尹大統領は日本を政治のカードとして政権の浮揚に使うことに興味がないと言っていました。
尹大統領は元検察官ということもあって、法律で筋が通っていて自分が正しいと思うことをやっているだけだと。佐藤さんのご指摘の通り今の支持率は低いですが、だからと言って今後反日政策に転じる懸念は比較的少ないのではないでしょうか。
佐藤 尹大統領は、まったく世論を気にしないので、ある種異質な大統領として韓国で評価されています。現在、尹大統領への支持率は大体30%台の前半ですが、この数字は与党の支持率よりやや低くなることが少なくありません。尹大統領は、そうした世論を気にせずに、今後も現在のスタイルを貫くと言われています。ただ、支持率が低いまま大統領選に突入するとなると現在の与党が負けてしまい、政権交代となってしまいます。こうなると様々なことが大きく変わりますよ。そこの振れを抑えるためにも、日本は中長期的なビジョンを持って韓国に関わることが重要なのではないかと思うのです。
秋山 日本の政治家って、勝った負けたというゼロサム思考で日韓関係を見ているように思います。そうではなくて日韓のプラスサムになるような考え方をするべきですよね。日本では保守系の政治家が韓国に対して厳しい反応を示していますが、協力の不在は結果的に日本の不利益に繋がるのではないでしょうか。
佐藤 おっしゃる通りですね。例えば、関東大震災から100年の節目として開かれた韓国人虐殺の犠牲者を追悼する式典には、韓日議員連盟から鄭鎮碩会長が参加して挨拶をしました。しかし、日本側からは日韓議員連盟の菅義偉会長をはじめ、自民党の議員はほとんど参加しませんでした。さらに、会見で朝鮮半島出身者の虐殺について意見を求められた松野官房長官も、「政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」と述べていましたよね。
ただ、そうした悲惨な歴史があったことは否定できません。日本は韓国の世論に対する自分たちの見せ方をもっと考えるべきだと思いました。
互いに利用し合う露中朝
佐藤 日米韓の協力体制について話してきましたが、他方でこの軸に呼応するように、露中朝の枠組みができつつあります。北朝鮮の金正恩総書記はロシアを訪問し、軍事協力を改めて確認していました。中国の立場は微妙なところがありますが、この対抗軸にはどう対処していくべきでしょうか?
竹内 いま北朝鮮はロシアが国際社会において支援が必要だという状況を利用して、自分たちに都合のよい国際環境の構築をめざすような動きをしています。中国の思惑とは異なり北朝鮮は露朝関係を強く発信することで、日米韓に対する露中朝の対立構造をつくろうとしています。
秋山 北朝鮮は、中国とロシアの意向を汲みつつ両者を手玉に取ってうまく泳げればそれでいいと考えているのでしょう。今年9月に4年ぶりに対面で行われたプーチンと金正恩の会談でも、お互いの利益のために取引可能なものは何なのか、考えているようでした。ロシアは北朝鮮の核開発に支援をしていないと言っています。ただ真偽は不明ですが、ここ数年での北のミサイル技術の向上を見るとロシアは機材の提供はしていないが知見は提供しているのではないかと私は思います。
佐藤 この露中朝の非民主的な枠組みは、将来このまま維持されていくのでしょうか?それともほころびが生じると考えますか?
秋山 中露でいうと、東アジアにおいて必ずしも戦略的な利益が完全に一致しているわけではないのですが、ある種反米互助会のような関係を果たしているのだろうと思います。中長期的な同盟の制度化ではなく、中露は政略結婚のような関係に留まっているように見えます。中国にとってはロシアよりアメリカとの関係改善のほうが優先順位が高いのです。
その中で、ロシアを使ってアメリカのパワーを相対化し、ヘッジにしていきたいというのが中国の狙いではないかと思います。その思惑をロシアもわかっていて、中国を何かに使えないか探っているのです。
竹内 ウクライナ侵攻への対応でも北朝鮮は国連総会でのロシア非難決議に反対しましたが、中国は棄権を選びロシアとの距離を慎重に保つ姿勢を取りました。今は露中朝の枠組みからも一歩引いた動きを見せています。
実際、アメリカにとっても中国の重要性は高まっていますし、北朝鮮はどう中国に接近すれば自国に都合がいいか狙っている。今後の中国の動きを国際社会全体が注目しているのです。そういう意味でも中国は自分の置かれた価値を意識しながら、外交を慎重に重ねてくいのではないでしょうか。
佐藤 中国は北朝鮮最大の後ろ盾と言われていますよね。今後の中朝関係はどう展開していくのでしょうか?
竹内 こういう話をすると、当たるも八卦当たらぬも八卦という感じになってしまうのですが(笑)。まず言えるのが、今後も中国は北朝鮮へあからさまな軍事的協力はしないだろうということです。
ただ、今まで通り経済的な繋がりは継続されるのではないでしょうか。いま北朝鮮は国境を徐々に開いているので、人的往来も今後増えるかもしれません。そして、中国が北朝鮮への制裁に違反して貿易を行い、外貨獲得の重要な供給源であり続けることも確かでしょう。ただ、これは北朝鮮制裁の効果を失わせることにもなる違反行為なので、中国政府としては目立った活動はしません。しかし、制裁の履行が難しいという立場を取るか、違反は確認できなかったとしらを切り続け、これまで通り北朝鮮との関係を継続させると思います。そういう経済的な後ろ盾であり続けるのではないでしょうか。
秋山 中国からすると、北朝鮮は現状のかたちで存在し続けることが一番都合がいいんですよね。台湾有事が起きた場合、北朝鮮による軍事的な協力は期待していませんが、政治的混乱を起こしてくれることを期待している。そのためには表立ってはできないけど、陰ながら北朝鮮を支援し続けるのでしょう。
だからと言って、北朝鮮がこれ以上核兵器を保持して独自性を強めることになると、今度は脅威となるので中国にとって望ましくありません。なので、核兵器の開発などの軍事的な協力は控えるのではないかと思います。そこはロシアとは微妙に異なるところです。ロシアにとって北朝鮮は軍事的に深い利害関係があるわけではないので、北朝鮮から欲しいものがあればさらなる技術的知見の共有がなされるかもしれません。
被爆国日本にとっての核保有論とは
佐藤 最後にもう一度韓国の核保有論に話を戻します。私が韓国で取材をしていて感じるのが、7割支持という核保有論への高まりとは対照的に、核兵器がどれほど恐ろしいものなのか、多くの韓国人が知識や関心を持っていないという点です。広島と長崎には何万人もの韓国の被爆者の方がいますが、その事実もほとんど知られていません。むしろ、原爆投下によって朝鮮半島が解放されたという解釈をする人が一定数います。知識がない中、ゲームのような感覚でこの約7割という数字が出てきてしまっていると感じます。
では、日本政府は唯一の被爆国として、韓国の核保有へどう向き合えばよいのでしょうか。日本は核なき社会を掲げて国際社会に働きかける責任があると思いますが、秋山先生はどうお考えでしょうか?
秋山 日本が唯一の被爆国として、核なき社会に向むけて働きかけをするのは大事なことだと思います。ただ、核による脅しを強める国がいるのは事実で、その直面するリスクにどう対処するかでいうと、抑止の信憑性を高めることが何より重要だと思うのです。その方法として、米国の拡大抑止の信憑性の強化と独自の防衛力強化の取り組みが必要で、ミサイルなどの防衛力の強化や、繰り返しになりますが日米韓の連携が必須となります。実際に有事が起きた際、日本が関与しないとアメリカは効果的な指導力を発揮できません。そのために日米だけでなく日韓の協力体制の強化が重要になります。
核なき世界をめざすというのは、非核保有国の日本が武力を捨てて良い子になるのではなく、中国や北朝鮮が核を放棄し核リスクを削減するということです。日本政府は中国や北朝鮮に対して、前提条件を付けずに話し合う準備ができていると語っています。日米韓で歩調を合わせることを前提として対話を呼びかけていく。そして、お互いにとってリスクが削減できるような話し合いを重ねることが非常に重要です。残念ながら中国も北朝鮮も現状対話に応じる姿勢は取っていませんが、日本はそこを根気強く追求すべきだと思います。
マルチ外交の場で存在感を
竹内 日本が唯一の被爆国であるということを戦略的にどう使うかを考えた時に、今のようになんの捻りもなく「唯一の被爆国である」ことを言い続けても、中々他国には響きません。役人だった私が言うのもなんですが、マルチ外交における日本の外交官は少し積極性に欠けている印象を持ちます。そうではなくて、核なき世界をめざすのなら、外交の場でより主体的な働きかけが必要だと思うのです。
例えば、日韓で北朝鮮ともからめて核軍縮に関する共同キャンペーンを打ち出すなども一案です。また、来年は日韓共に安全保障理事会の非常任理事国に選出される記念すべき年です。個人的には日本がG7の議長国を務めた今年も何かアクションを起こすべきだと思いましたが、まだ来年の安保理という日韓でスポットライトを浴びることができる場が残っています。マルチの場で日本と韓国が歩調を合わせて共同のキャンペーンを打ち出すことは、非常に大きなチャンスになります。韓国に核兵器がどういうものか示すことができますし、日韓で関係を良くしようと努力をしているという、アメリカへのアピールにも繋がると思います。
私は役人だったのでわかりますが、省庁では何につけてもアメリカがどう思っているかを気にしています。しかし、そこは一旦置いておいて、ウクライナもそうですが核を持たない日本と韓国が核の脅威にさらされているという状況が、核による威嚇を禁止する核兵器禁止条約の意義を示しているという議論はできると思います。
核軍縮に関して日本の意見をはっきり言うことは重要です。被爆国でありながら核の傘にいるという現実も含めて日本の置かれた状況を戦略的にアピールしていく。少しラディカルな意見かもしれませんが、唯一の被爆国と唱えるだけでなくより積極的な主張や動きが必要だと私個人としては思います。
秋山 今の竹内さんのお話に一つ付け加えさせていただくと、最近は日本より韓国のほうがパブリックディプロマシーに積極的ですよね。ASEAN国防相会議のサイバーセキュリティー専門家会合ではマレーシアと共に議長国を務めましたし、済州フォーラムや国連と共に軍縮・不拡散会議を主催しています。
日本が韓国を引き込むと考えるのではなく、むしろまずは韓国にいかに追い付くかを考えていかなくてはいけません。日本の取り組みレベルが上がって対等になってから、初めて日韓でパートナーシップが組めると思います。来年の安保理で日韓が同時に理事国になるわけですが、要注目です。
竹内 まったく同感です。韓国はパブリックディプロマシーで日本の先を行っていますよね。私が在韓日本大使館にいたころ、韓国の新聞や世論では日本の外交戦に韓国が追い付かないといけないと語られていました。そしてそのような危機意識で積極的に活動した結果、今や韓国の外交戦は見事なものです。
佐藤 いま秋山先生からパートナーシップという話が出ました。実は今年が日韓パートナーシップ宣言からちょうど25周年の年です。尹大統領もこの記念となる年を大事にしているとおっしゃっていました。北朝鮮の核に対抗するためには、日米韓のパートナーシップをどう強固なものに築き上げるか。そこをもう一度きちんと考えていかないといけないということが、今回の鼎談で改めて確認できたと思います。
(終)
秋山信将/一橋大学国際・公共政策大学院長
あきやま のぶまさ:1990年一橋大学法学部卒業。93年オックスフォード大学セント・アントニーズ・カレッジ政治学博士課程博士候補、94年コーネル大学公共政策大学院行政学修士課程修了。専門は軍備管理・エネルギー安全保障。広島平和研究所、日本国際問題研究所、外務省在ウィーン国際機関日本政府代表部公使参事官、一橋大学大学院法学研究科教授などを経て2022年より現職。日本軍縮学会会長兼任。
佐藤大介/共同通信編集委員兼論説委員
さとう だいすけ:明治学院大学卒業後、1995年に毎日新聞社入社。長野支局、社会部を経て2001年に退職。02年に共同通信社に入社。09年より約3年間、ソウル特派員。特別報道室や経済部(経済産業省担当)などを経て、16年より約4年間ニューデリー特派員。21年5月より現職。著書に『オーディション社会韓国』『13億人のトイレ下から見た経済大国インド』『ルポ死刑』など。
竹内舞子/Compliance and Capacity Skills Internationalアジア太平洋 CEO
たけうち まいこ:東京大学法学部卒業後、2001年防衛庁へ入庁。07年ハーバード大学東アジア地域研究科修了、22年ニューヨーク大学ロースクール修士課程修了。16年から21年に国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員を務める。23年より現職。独立行政法人経済産業研究所コンサルティングフェロー兼任。