南北統一への関心低下が背景に

佐藤 やはり政治的にも技術的にも現段階で韓国が独自の核を持つことは難しいということですね。

 ただ、ここで一つ考えるべきなのが、先ほどから出ている韓国国民の7割近くが核保有を支持しているという現状です。現実的には不可能だけど、韓国世論は高まっていて、大きなギャップが生まれています。この国民感情に韓国政府はどう対処すべきでしょうか?

秋山 核保有論の高まりの背景には、現政権へのいら立ちがあるのではないでしょうか。現に北が核を放棄することがない状況で、そこにどう対応していくのか。はっきりとした見通しを示せない政府への不満が、人々を核保有に掻き立てるのではないでしょうか。

 また、韓国社会において南北統一への熱気が下がっていることも背景にあると思います。先日、韓国統一省が主催するコリア・グローバル・フォーラムに参加してきました。非常に興味深かったのが、議題に北朝鮮の人権問題が入っていた点です。従来、統一省のアジェンダに人権が含まれることはなかったと聞いています。

 しかし、今の統一省は北朝鮮の人権問題を前面に掲げています。これはとても大きな変化ですよね。政府においては北朝鮮との対話の窓口の役割を担ってきた統一省までもが現政権ではそういう姿勢を取るということは、ある種統一よりも現実の安全保障上の脅威への対処や原則をより重視する方針への転換と捉えられます。韓国世論の統一への冷ややかな姿勢を感じた出来事でした。

 竹内 私も昨年9月に開催された済州フォーラムという外交関係の大きなイベントで現政権の変化を感じました。私は北朝鮮の制裁に関するパネルに参加したのですが、そもそも、それ以前の政権だったら国連制裁推進派の私が呼ばれることは考えられなかった。さらに、登壇したパネリスト全員が北朝鮮への制裁強化を支持する人でした。

 佐藤 尹政権になって統一省は大きく性格を変えましたよね。文政権時の統一省は、いわば北朝鮮に対しての融和的政策の象徴でした。

 それが今や厳しい姿勢で統一を考えるスタンスを取っていて、統一相にも北朝鮮の強硬派として知られる金暎浩氏が起用され、タブーとされてきた人権問題を取り上げるようになりました。世論でも若者を中心に統一への関心はどんどん薄れているように感じます。それよりもやはり経済への関心が強い。いま統一に踏み切ったら経済がさらに不安定になるのではないかという恐怖心が、今の韓国では強いと思います。

 

 

根強く残る米国への不信感

佐藤 韓国の場合は与野党を超えて、自分の国は自分で守るという自主国防の考えが非常に強く存在します。革新派の文政権時にもTHAADミサイルが配備されました。日本だと革新は何となく平和志向で軍備削減をめざすというイメージがありますが、韓国には与野党、そして保革を越えた自主国防の意識が強く存在します。その延長線上にあるのが核保有なのではないでしょうか。

 そこで考えたいのがアメリカに対する不信感です。仮に北朝鮮がアメリカ本土にまで届くICBMの開発を完了させたとします。その状況下で北朝鮮が韓国に武力行使した場合、アメリカ本土が直接攻撃されるリスクを冒してまで韓国を守ってくれるのかどうか。そこに対する不信感が韓国には根強く存在します。これは最近の様々な世論調査を見ても明らかです。この不信感の裏腹として高まっているのが、韓国で独自の核を持とうという核保有論だと思うのです。

 そして、高まる核保有論を抑えるように今年4月に米韓でワシントン宣言が出されました。この宣言の特筆すべき点として、米韓両国の拡大抑止協議体とする核協議グループ(NCG)を新設することや、米原子力潜水艦の韓国派遣を約束し、北朝鮮への抑止力をより可視化したことなどが挙げられます。そして、韓国はそれに応えるように、NPT(核兵器不拡散条約)と原子力協定を今後も順守することを示し、独自の核を保有しないことを再確認したのです。

 しかし、ワシントン宣言で韓国の世論が収まるかというと、必ずしもそうではないはずです。それほどアメリカへの不信感は根強くあります。この点、竹内さんはどうお考えでしょうか?

 

 

極めて健全な不信感

竹内 私は韓国が持つこの不信感は極めて健全なものだと考えています。朝鮮半島で何かあっても米国は状況を見て対処するので、介入してくれないのではないかと。このような可能性を韓国世論が冷静に認識しているからこそ、不信感が生まれてくるということです。また、アメリカも韓国側の不信感を当然わかっていて、どうにか対処しようと努力した結果が今回のワシントン宣言なのではないでしょうか。

 しかし、おそらくですがアメリカが原子力潜水艦の定期的な派遣を約束したとしても、実際には韓国に寄港して物資などを補給するだけになるでしょう。そういう意味でも、このワシントン宣言の真の狙いは、アメリカが東アジアの情勢へのコミットメントを明確に示したという点にあるのではないでしょうか。

秋山 まさに竹内さんのご指摘の通りですね。ワシントン宣言は様々な点で、韓国の世論を抑えることを狙っていました。まずは核協議グループの新設です。元々、米韓の間には実際の地上戦を想定したような様々な協議がありましたが、そこに北朝鮮の核兵器開発状況を踏まえて、改めて核のシナリオをしっかり強調した新しい協議グループの設立をワシントン宣言で決定しました。

 もう一つの米原子力潜水艦の釜山への寄港ですが、正直言ってこれに軍事的な合理性はありません。戦略原潜は、居場所を知られれば敵の追跡を許すことになり残存性に対するリスクが高まるので、寄港のために浮上して姿を見せることは望ましくありません。しかし、あえて戦略的アセットのコミットを可視化させることで、米国が韓国の世論に安心感を与えるべく配慮したという狙いがあったのでしょう。

 では、これで永続的な安心感に繋がるかといったらそんなことはありません。実際に議論になっていますが、もし北朝鮮における核戦力の多様化や戦術核への対応として、アメリカが戦略レベルでの能力による抑止のアセットしか持たず、地域レベルの核に対して適切な対応ができない場合はどうなるのかと。アメリカでは潜水艦発射巡航ミサイルを開発するかどうか議論になっていますが、韓国としては地域レベルの核に対するエスカレーションラダーが計算できるような戦力を持ってほしいというのが本音なのではないかと思います。

 

 

確実に高まる北朝鮮の核能力

佐藤 韓国での核保有論について議論をしたとき、北朝鮮の核能力をめぐって意見がかみ合わないと感じることが多々あります。人によって北朝鮮の核能力に対する認識には差があるように思うのです。客観的に見て、北朝鮮の核能力は現在どのくらいでしょうか?

秋山 一つが、外形的に見えるものからの予想だと、北朝鮮のミサイルはすでに実験段階を越えて運用の訓練に入っていると言えます。ミサイルの飛距離・飛行経路や失敗の少なさなどを鑑みると比較的高い信頼性を獲得しているように見えます。

 現時点でまだ正確な予想が難しいのが、核弾頭をミサイルに搭載するための小型化技術の精度です。小型化された弾頭をちゃんと爆発させることができるのか。仮に、今後核実験を北朝鮮が遂行しても、それが何の実験なのかは我々が正確に評価できるかわかりませんが、こうした我々に対して技術の到達度をデモンストレーションすることが目的の一つとなるでしょう。

 次に、核兵器の数の問題です。今は寧辺なども含めて核施設はいくつか稼働していると見られていますが、核弾頭は2、3ダースあると考えられています。ただ、これだと対米抑止と地域レベルでの核使用を想定した場合、数としてまったく不十分です。

竹内 秋山先生のお話に補足をさせていただくとすれば、まず日本政府は5、6年前から防衛白書に北朝鮮は日本を射程とする弾道ミサイルへの搭載が可能な核弾頭の開発を完了している旨の記載を入れています。北朝鮮はすでに日本を狙うミサイルに搭載できる程度の核弾頭の小型化に成功しているということです。さらりと書かれていましたが、これって結構衝撃的なことなんですよね。北朝鮮の技術が日本にとって極めて脅威のレベルが高いところまで向上しているということです。

 また、核兵器を搭載するミサイルに関する技術の向上も目覚ましいものがあります。開発が難しい技術の一つである再突入技術(大気圏に再突入する際に生じる高熱と圧力から核弾頭を守る技術)について、北朝鮮は獲得済みと主張していましたが、昨年ごろから海外の専門家もその可能性を示唆しています。

 私がまだ国連にいた2017年に、北朝鮮の技術進歩の速さに驚いたのを鮮明に覚えています。それ以前の2016年には実験時にまだ弾頭をノドンミサイルのエンジンを使って火炙りにして再突入時の高温状態を再現していました。火炙りと再突入時の熱量はまったく異なるもので、当時はパフォーマンスとしか思えないような低い技術レベルでした。なので、専門家の間でも再突入技術の開発には時間がかかるだろうという見方だったのです。しかし、現在ではその見方は大きく変わっています。また、再突入技術だけではなくエンジンに関しても2017年のICBM火星15の発射では大幅に飛距離を伸ばし、驚くような技術の進歩が見られました。

 核兵器の開発に関して言えば、イールド(出力)もTNT換算(爆薬の爆発などで放出されるエネルギーを爆薬の一種であるトリニトロトルエンの質量に換算する)で100キロトンを超えたことが2017年9月の実験で確認されています。これは水爆実験といわれています。それ以降は実験を行っていませんが、北朝鮮は自分たちが必要なレベルの核搭載ミサイルの開発において、着実にゴールに向かっています。この5年間で現実味のあるレベルまで技術がぐっと進歩したと思います。

 一つ秋山先生にお聞きしたいのが、北朝鮮の核ミサイルが最大でも100キロトンだとして、このミサイルに対してどう抑止を発揮していくかという点です。仮にアメリカが韓国にミサイルを配備する場合、INF条約(中距離核戦力全廃条約)は2019年に失効したので、韓国に中距離核ミサイルを配備し、有事の際に北朝鮮の核使用への報復として発射することは可能です。しかし、アメリカの核ミサイルは数百キロトンを超えるので、出力に大きな差がある核ミサイルを発射した場合、北朝鮮にとっては非対称的な攻撃となり、紛争をエスカレートさせる要因になってしまうでしょうか?

 秋山 アメリカと北朝鮮の抑止の関係において、アメリカは朝鮮半島有事が米国本土にまで波及することは回避したいという前提があります。北朝鮮が朝鮮半島あるいは地域レベルの射程で核を使用することを想定した場合、今アメリカが持っている戦略核で報復をしたら、北朝鮮にとっては存続の危機となる非常に大きな打撃となります。

 そうなると北朝鮮は、後は野となれ山となれで米国本土への核攻撃をしかねない。しかし、北朝鮮を滅ぼすことの代償が米国本土への核攻撃というのは、アメリカにとってまったく割に合わないですよね。そうなると、米国は紛争を地域レベルで抑えるためにも、報復能力、すなわち抑止力を地域レベルに留めるべく、そのための戦力を持っておく必要があると考えるでしょう。

佐藤 実際、北朝鮮の核技術は確実に進んでいるということですね。フェーズが明らかに変わり始めている。日本にとっても朝鮮半島有事は絵空事ではありません。この状況に対応するため日米韓の協力体制はどう進めればよいのでしょうか?

 

 

強固な日米韓の協力体制を築くには?

 竹内 日米韓の協力体制を考えたとき、やはり韓国の安全保障政策が政権ごとに大きく変わってしまうところが強い懸念点としてあります。2012年の日韓GSOMIA(北朝鮮の核・ミサイルに関する情報共有を日韓で行う協定)の署名「延期」は私自身がソウルの日本大使館の担当官だったこともあり、相当な衝撃を受けたことを覚えています。この一貫性の欠如は日本にとっても韓国にとっても非常に難しい問題です。

 アメリカもトランプ政権時とバイデン政権時では政策の内容はそれぞれ違いますが、韓国の場合は主敵すらも変わり得るレベルの大きな変化が起きてしまう。これは韓国国内政治の問題なので、日米がコントロールできるものではありません。非常に大きな安全保障上のリスクに繋がると思います。

秋山 今年8月にアメリカで開催された日米韓首脳会談では、重要な取り決めがいくつかありましたが、総じて言えるのが現在の三国間の良好な関係をいかにして不可逆的なものに落とし込めるか、そこに重きが置かれていると感じました。それは、韓国政権交代によって対日、対米方針がガラッと変わるリスクを、日米でどのように対処をするべきかという考えの表れだったと思います。

 テクニカルなネタですが、日韓で北朝鮮のミサイルを探知するレーダーの情報を即時共有するという合意がなされました。これはある意味で、ミサイル防衛システムを含めた抑止態勢の統合への一歩と見ることも不可能ではありません。小さな一歩ですがこれは日米韓協力体制の「制度化」、すなわち不可逆性を担保する措置と言えます。

 東アジアにおいて懸念されている有事には、台湾有事と朝鮮半島有事がありますが、私はこの二つを分けて考えるべきではないと思っています。もし台湾有事が勃発したら、中国はアメリカを牽制しリソースを台湾有事に全振りさせないために、北朝鮮に朝鮮半島で、武力行使とは言わずとも陽動作戦を展開するよう仕向けるかもしれません。また、朝鮮半島有事における米軍の行動も日本の協力なくしては不可能であり、米韓がオペレーションを進める上でも日米韓は本気で実践レベルでの協力関係を構築し強固なものにする必要があると思っています。

 

 

次のフェーズに移った日韓関係

佐藤 北朝鮮に対抗する上で日米韓の連携は非常に重要ですよね。中でも日韓関係は時代によって紆余曲折ありました。最近だと、処理水の問題に対してソウル中心部で大規模なデモが行われていました。ただ、10日経つと参加者は3分の1ほどまで減っています。また、元徴用工問題との関係で2019年から始まった、日本から韓国への半導体材料の輸出規制のときは、一気に日本製品の不買運動、いわゆる「NO JAPAN運動」が起きました。ソウルの日本式居酒屋は営業ができなくなり、日本製の車を持っている人はメーカーのロゴ部分をテープで隠して運転していました。さらに、アサヒビールは9割の売り上げ減にまで陥りました。

 しかし、このような運動の結果を考えたときに、韓国の人たちは「最終的に得をしたのは誰だろう」と疑問を持ったのではないでしょうか。そして、若い人を中心に「結局だれも得をしなかったのだ」という事実に気が付いたのです。

 そうした人々の心情の変化もあってか、最近では海上自衛隊の船が旭日旗を掲げて釜山周辺の海に入っても、韓国のマスコミは取り上げることすらしませんでした。この変化は、尹政権の親日的な姿勢によるものか、国民感情の変化によるものかといったら、やはり後者の影響が大きいと思います。国民感情が新たな次元に来ている。なので、最大野党党首の李在明が反日カードを利用したい考えがあっても、そのカードは昔ほどの有効性を持っていないのです。それよりも、北朝鮮の脅威や経済の問題を前に日本と協力関係を深めたほうがいいのではないかという世論の高まりを感じます。

竹内 日韓関係に関して一つ思うのが、今年、韓国最大の労働組合である「全国民主労働組合総連盟」幹部が、北朝鮮の指示のもと、SNSで福島第一原子力発電所処理水の放出に関して悪質なデマを流したとして逮捕された事件がありましたよね。このように、反日感情というものは韓国の野党が政治利用しているだけでなく、実は裏には北朝鮮がいて、対日世論工作として使われているという事実もあります。ここは注意深く見ていく必要があると思います。

 

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