『公研』2022年9月号「めいん・すとりいと」

 

 最近、ある建築雑誌で月評を依頼されている。そこで、全く専門外とは思いながらも現代の建築特集を眺めて見ると、建築家や建築事務所がSDGs(持続可能な開発目標)に配慮していることがわかった。特に、17あるSDGsの目標のうち、目標の3(すべての人に健康と福祉を)に気を使ったデザインを心掛けているようだ。

 人間の暮らしの中心となる衣食住のうちで、住にあたる家については衣食のように自分独りでは決められず、また建ってしまってからはなかなか変更できない。今は、建築会社の提示したモデルを選ぶと、あっという間に家が建ってしまう。しかも、家を選ぶ際の情報はほとんど場所(最寄りの駅まで何分)と建物の内部に限られていて、街との関係はあまり提示されない。家は社会との結節点なのに、これでは片手落ちではないかとずっと思っていた。

 60年以上前、東京の郊外で我が家が建てられたとき、子どもの私は大工さんの真似をして道具袋をつくってもらい、それを腰から下げて棟梁について回った。それで、ずいぶんいろいろな人が建築に関わることを知った。まず、井戸掘りが始まり、水が出ることがわかると、家の土台がつくられる。柱が立って屋根が載せられると、近所の人が集まって餅やお菓子が配られる。地鎮祭をやったかどうか記憶にないが、近所の人は部屋の区画を見て回って、ここがトイレや台所などと話し合っていたように思う。それから左官屋さんが来て壁を塗り、畳屋さんが畳を敷き、家の形ができ上がる。家が完成した後も、いろいろ部屋を継ぎ足したりしながら改造したことを覚えている。

 つまり、昔の家は建てる時から近所に開かれていて、どこで何が行われているかが筒抜けだったので、隣人たちがすぐに助け合えるようになっていた。家も建った時が終わりではなく、それからいくらでも改造することができた。家は生きていたのである。それが、建売住宅やプレハブ建築ラッシュが続き、家は建ったら動かなくなってしまった。しかも、マンションのように外の世界との関係は遮断されている。現代の建築はプライバシーを尊重しすぎて、個人がバラバラになった世情を良く反映している。

 しかし、家のつくりは健康にとって、とても重要であるし、健康は家だけでは確保できない。最近は酷暑が続き、思いがけず寒波が来たりする。しかも、新型コロナウイルスのような感染症がまん延するので、換気に配慮した冷暖房の設備を整えなければならない。また、大気や下水の汚染にも注意しなければならないので、街全体の協力が必要だ。環境保全のために3R(リデュース、リユース、リサイクル)にも配慮しなければならない。ロシアのウクライナ侵攻により世界のエネルギー供給が滞り、電力不足にもなるので、賢く節電する工夫も必要になるだろう。そして、何より人が生きるためには他人との接触が欠かせない。

 引きこもりや孤独死など社会不安が高まる中、共助の精神に基づいた社会をつくることがこれからは重要だと私は思う。人間は日々出会い、新しいことに気づいてこそ、生きる活力を得る。それができない家は刑務所と同じである。最近は集合住宅を作り、街へ開かれたスペースを設け、人々が交流することをめざす建築が増えている。建物の間に植栽して自然を取り入れる工夫も増えている。健康には個人の配慮だけでなく、自然や他者との交流を含む社会の在り方が重要になるのだ。これから建築はその枠組みをつくる大きな推進力となるはずである。

総合地球環境学研究所所長

 

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