『公研』2024年9月号「対話

既存政党への支持が低下し、無党派層が増加し続けている。

この現象は日本だけではない。

背景には何があるのだろうか?

日本とラテンアメリカ諸国を比較しながら考える。

 


おおかわ ちひろ:1981年生まれ。東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科修士課程修了。専門は、政治過程論、現代日本政治。東京大学助教、熊本大学特任准教授、神奈川大学法学部助教、同准教授などを経て2021年より現職。編著に『つながるつなげる日本政治』がある。


ばば かおり:1980年生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門はラテンアメリカ政治。日本学術振興会特別研究員、アジア経済研究所 地域研究センター・ラテンアメリカ研究グループなどを経て2016年より現職。著書に『ラテンアメリカの年金政治』、編著に『ラテンアメリカの市民社会組織:継続と変容』がある。


 

1993年の政権交代とメキシコシティの抗議運動

 大川 今日は「岐路に立つ政党政治」というテーマで、政党と有権者の関係について様々な角度から考えていきたいと思います。私は日本、馬場先生はラテンアメリカの現代政治を対象に研究していますから、両者の比較を交えながら話を進めていきます。

 最初に少し自己紹介をさせてください。私が専門としているのは、「政治過程論(政党論)」と「現代日本政治」です。政治過程論は政党、政治家、有権者、メディアなど政治に関わる様々な主体の実態や変容を実証的に研究・分析する政治学の分野で、しばしば統計的な手法も用いられます。私は日本の現代政治を対象に、主に政党や政治家の政策や意識に着目しながら、政党に求められる役割とは何かといったことを現在進行形で研究しています。

 私が政治に深く関心と興味を持ったきっかけは、38年間続いた自民党の長期政権が終わり、細川政権が誕生した1993年の政権交代でした。当時、小学校6年生でしたが政治家たちが侃侃諤諤とやりあっているのを見て、単純におもしろいと思ったんですね。子どもながらに、何かが大きく動いていることを感じとっていたのでしょう。このときの一連の激動が契機となり、大学でも政治や政党について勉強したいと考えて、今に至っている感じですね。あれから30年が経ちました。当時、「自民党政権が38年続いた」と聞いて、ずいぶん長い年月のように感じましたが、30年という年月を自分がいざ経験してみるとあっという間でした。そして、93年の政権交代のような激動は日本においては希少なことなのだということを実感しています。

 馬場先生は、今のご専門にご関心を持たれるきっかけはありましたか?

 馬場 私は比較政治学を専門にしていますが、最初から政治に強い関心があったわけではありませんでした。元々はスペインの歴史を専攻したいと思っていて、スペイン語を学んでいたんですね。ただ割といろいろなことに関心が向くタイプで、漠然とですが途上国への関心を持ち続けていました。

 修士課程への進学を考えていたときに、ある教員から「スペイン語をやっているのなら、ラテンアメリカ研究はどうか」と勧められたんですね。ちょうどメキシコに留学できるプログラムがあったこともあって、「行ってみるか」という気持ちになりました。

 このときに、メキシコシティで目の当たりにした市民による大規模な抗議運動にたいへんな衝撃を受けることになります。今年の9月末で任期が終わるアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール現大統領がメキシコシティの市長だった2005年のことでした。彼は2006年の大統領選挙への出馬を考えていましたが、当時の政権から露骨な妨害を受けます。政権は市長の免責特権を剥奪して、行政手続き違反というかたちで起訴しようとしました。要するに、大統領選への出馬を絶たせる狙いが市民の目に明らかだったわけです。メキシコは2000年に71年続いた権威主義体制に終止符が打たれて民主化した直後でしたが、この措置に対して市民から大きなプロテストが巻き起こりました。

 外務省からは「行かないほうがいい」と止められていたのですが、若く好奇心が旺盛だったこともあって、友だちと一緒に出かけていきました。街頭には非常に多くの人が集まっていて、中央広場まで抗議しながら練り歩いていくわけです。その光景を見ていましたが、本当にすごい盛り上がり方でした。

 結果、市民によるこの抗議運動を受けて、その後に免責特権の剥奪が翻されることになるんです。

 

人々が行動を起こすことで政治が実際に動く

 大川 市民によるプロテストが実を結んだ結果になったわけですね。

 馬場 その通りです。一連のプロセスを目の当たりにして、人々が行動を起こすことで政治が実際に動くことを体験することになりました。初めてのことでしたから、政治というものは本当におもしろいのだなと感じました。ちなみにロペス・オブラドールさんは2006年、2012年の大統領選挙に出馬していずれも敗退しましたが、2018年の大統領選挙に勝利しています。

 メキシコ以外にもアルゼンチンやウルグアイに滞在したことがありますが、ラテンアメリカ諸国はどこも政治が生き生きとしていますよね。自分事として考えて運動にも参加するし、怒り喜ぶといった感情をものすごく明瞭に表現します。日本とはまた違った社会や経済の問題を抱えています。それらの課題は一朝一夕には解決されないし、多くの国民が不満に感じている治安も決して良くなっているわけではありません。けれども、決して諦めようとはしない彼らのスタンスは勉強している者にとっても魅力ですね。ラテンアメリカの政治研究を続けている根底には、そこに惹かれ続けていることがあると思っています。

 ですから私は、政党政治の外側で展開している抗議運動や社会運動などが関心の始まりにありました。運動が暴動に発展してしまうと、政党政治のフォーマルな側面が危うくなる危険性も抱えることになります。しかし同時に、選挙と選挙のあいだにおける応答性の確保という点では重要な役割を担っているのだとも考えることができる。日本では、こうした運動が良くも悪くもあまり大きくならないという特徴がありますよね。

 大川 確かに今日の日本では、政治への不満があったとしても、暴力や大規模なプロテストというかたちでは顕在化していない状況がありますね。

 馬場 逆にメキシコの場合はエスカレーションしがちです。過激化する背景を探る上でも今日のテーマである政党政治との関連は無視できませんから、そのメカニズムを把握しようと常に関心を持ってきました。ポピュリズムの台頭、あるいは大規模なプロテストの頻発によって政党政治が危機的な状況を迎えている現状も気になっています。ラテンアメリカを含めて、途上国では民主化した直後は政党が政治のド真ん中にいてまさに主役だったわけですが、今は多くの国でその存在感が低下していることが指摘されています。

 大川 確かに日本でも政党の存在感は低下していて、政党政治は危機的な状況にあると言えます。今年7月に行われた東京都知事選挙では様々な問題がクローズアップされましたが、やはり政党政治のあり方に大きな影が生じていることを象徴する選挙になったということが一つの重要なポイントであったと思います。今日の対談を通して、ラテンアメリカの例も参照しながら、政党政治が良いかたちで力を取り戻すための解決策を示せればいいなと思っています。

 

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