『公研』2022年1月号「めいん・すとりいと」

 

 あるとき、中学生の娘がしきりに「フライディ・チャイナタウン」(泰葉)口ずさむようになったことがあった。40年以上前のヒット曲を、なぜ今? 理由を聞いてみたところ、ショート動画投稿SNS「TikTok」で流行しているのだという。

 「TikTok売れ」はTikTokで紹介された商品が飛ぶように売れる現象を指すトレンドワードだが、中学生の親としては、まさにこのTikTokの影響力の強さを実感させられる日々である。著書を出版し、時に書評も書くライターとして気になるのが、80年代の小説『残像に口紅を』(筒井康隆)を紹介したTikTokの動画が若者たちの間でバズり、11万部を増刷するリバイバルヒットとなったというニュースだ。著名なアーティストやタレントが推薦した小説がヒットすることはこれまでもあったが、紹介動画を作成した「けんご」氏は、20代前半の社会人である。いってみれば一般人だが、中高生に絶大な人気を誇り、大きめの書店には彼が紹介した本をまとめたコーナーが設置されていることも珍しくない。2021年末には、大手出版社各社が協力し、彼の名前を冠した文学賞「けんご大賞」が開催されたほどだ。

 なぜ紙媒体の書評には目もくれない若者が、TikTokの小説紹介を好むのか。理由の一つは短さにあるという。TikTokに投稿される動画は、数秒から長くても1分程度のものが多いが、『残像に口紅を』の紹介動画も、わずか31秒にすぎない。自分の趣味に合った雑誌を熟読し、欲しい情報を得ていた我々中年世代と違い、大量の情報に晒されているデジタル世代は、面白いと感じなければすぐにスクロールしてしまう。だからTikTokのインフルエンサーは文章力を磨くことよりも、冒頭の数秒で興味をひき、全体をコンパクトにまとめることに注力する。

 くわえて、「若さ」や「普通さ」も重要だ。書評は知識が必要なこともあり、どうしても書き手は高学歴の中高年世代に偏らざるをえない。対してTikTokでは学歴や肩書はまったく問題にならず、受け手と同じ目線を持つ普通の若者であることが重視される。自分とさして年齢が変わらず、「本の虫」には見えないおしゃれな男の子がこんなに熱を込めて勧めてくれるのなら、きっと面白いのだろう。そう中高生はとらえるのだ。

 実は私自身も最近、この「TikTok売れ」に近い現象を体験することになった。きっかけは、大正時代が舞台の人気マンガ『鬼滅の刃』を愛する中学生の娘から、『大正ロマン手帖』というタイトルの絶版書をねだられたことだった。たまたま同じ出版社から刊行する翻訳書の作業中だったため、担当の編集者に理由を話し、在庫があったら売ってほしいと依頼した。すると社内で話が進み、すぐに復刊が決定したと伝えられた。娘の言葉で、『鬼滅の刃』ファンのニーズが見込めると会社が判断したのだという。こんないきさつで復刊してもらったのだから、宣伝に協力しないわけにはいかない。娘がどれほどこの本を愛しているかを書き添えた簡単な紹介文をTwitterに投稿したところ、意外な反響を呼んで注文が殺到し、ネットニュースにまでなってしまったのだ。

 自分のツイートがきっかけで本が売れるのは、もちろんうれしいことだ。けれども、字数をたっぷり費やして力を込めた書評を紙の媒体に寄稿しても、これほど話題になったことなどないのに……と複雑な心境にもなる。「TikTok売れ」の原則に照らせば、紹介文が拡散されたのは、40代である筆者の言葉ではなく中学生の言葉で、かつ数十秒で読める短文だったからなのだろう。

 テレビの音楽番組をまったく見ない中学生の娘は、TikTokで流行っている曲ならフィンガー5の「学園天国」もa-haの”Take On Me”もすらすら歌えてしまう。メディアが作り出すトレンドをよそに、今どきの中高生は古今東西の文化の断片を、気分のままに楽しんでいるようだ。娘に言わせれば、テレビの音楽番組は長くてとても見る気にならないらしい。テレビの普及を「一億総白痴化」と憂えた大宅壮一が存命だったら、何と言うだろうか。

文筆家

 

 

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