『公研』20243月号「めいん・すとりいと

 

 2020年4月から2023年5月までの期間、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐという名目で、政府は断続的に緊急事態宣言などの「自粛」要請を出し、国民は行動に大きな制約を課せられた。

 このような中、学界も大きな行動変容を迫られた。大勢が集まる学会・研究会の開催は不適切とみなされ、ZoomなどのWeb会議サービスを使ったオンライン学会、オンライン研究会が急増した。

 このオンライン研究会の増加は、結果として研究者に大きな利益をもたらした。遠隔地で開催される学会・研究会に、自宅に居ながら参加できるようになったのである。

 特に地方では、研究仲間や研究会が少ない地域が珍しくない。そうした地域の研究者が最新の研究動向に触れるには、東京・大阪などで開催される全国的な大規模学会に参加するしかない。だが、地方から東京・大阪などに出張するのは、経済的にも時間的にもコストが大きい。地方在住の研究者にとって、全国学会がオンライン学会を開催するようになったことは大きなメリットであった。

 オンライン学会の普及は育児中の研究者にとっても福音であった。子どもが幼い場合、子どもを配偶者なり親なり保育園なり誰かに預けない限り、対面のリアル学会に参加することはできない。だが大規模な学会は土曜・日曜に開催されることが多いので、他人に預けることは意外に難しい。

 ところが自宅から参加できるオンライン学会なら、子どもの世話をしながら、休憩時間に家事をしながら、研究報告を聴くことが可能である。オンライン研究会では、報告者以外の参加者はZoomの映像をオフにして参加することが通例なので、育児している姿を他人に見られることもない。

 むろん、オンライン学会にはデメリットもある。寝間着姿で学会に参加できるのは楽で便利ではあるが、その分、集中力に欠けがちであることは否めない。とはいえ、育児しながら、家事をしながらで、なかなか集中できないにせよ、地方在住の研究者や育児中(あるいは介護中)の研究者にとっては研究報告を自宅に居ながらにして聴けるメリットは、デメリットを大きく上回る。

 けれどもコロナ禍の収束、「自粛」要請の縮小・撤廃という流れの中で、オンライン学会は廃止され、対面のリアル学会に回帰した。あくまでオンライン学会は非常時の臨時措置であり、コロナ禍の収束に伴い「正常化」したということなのだろう。対面・オンライン併用のハイブリッド方式の学会・研究会も一部残っているが、ごく少数である。これは地方在住の研究者や育児中の研究者にとっては打撃である。オンラインも残しておいてほしいという声はしばしば耳にする。

 ただ、学会側にも事情はある。理系などの他分野の学会の状況は知らないが、人文系の学会の多くは、実質的に委員の手弁当によって運営されている。ほぼボランティアのようなもので、委員の仕事に見合う報酬が支払われることはめったにない。

 ハイブリッド方式による学会運営は、委員に大きな負担がかかる。そして委員の多くは、大学院生を含む若手研究者である。学界における相対的弱者である若手研究者の犠牲の上にハイブリッド方式の学会を続けることは健全とは言えない。

 ハイブリッド方式の学会を安定的に維持していくにはどうしたら良いか。その態勢づくりについて、学界全体で議論していく必要があるのではないだろうか。

信州大学特任助教

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事