『公研』2024年8月号「対話

いまだ収束の気配を見せないガザ戦争

なぜアメリカはイスラエル支持を続けるのか

ガザ戦争が中東地域に与えた余波とは?

 


たてやま りょうじ:1947年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、在イスラエル日本大使館専門調査員、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)職員、中東経済研究所研究主幹を経て、1997年より防衛大学校教授。2013年退職。専門は中東現代政治。編著書に『エルサレム』『ユダヤとアメリカ』『イスラエルを知るための62章』など。


おのざわ とおる:1968年青森県生まれ。京都大学文学部史学科卒業、同大学大学院文学研究科博士後期課程退学。岩手大学人文社会科学部講師、ジョージタウン大学客員研究員(文部科学省在外研究員)等を経て、2017年より現職。専門はアメリカ史、国際関係史。著書に『幻の同盟 冷戦初期アメリカの中東政策』、共著に『アメリカ史:世界史の中で考える』など。


 

なぜアメリカはイスラエルを支持するのか?

 

 立山 本日は「ガザ戦争と中東:アメリカ・イスラエルの『特別な関係』とパレスチナの将来」をテーマに議論していこうと思います。

 2023年10月7日に、パレスチナ・ガザ地区を実効支配する武装組織のハマスが、前例にないほど大規模な越境攻撃をイスラエルに仕掛けました。その直後からイスラエルもガザへの攻撃を開始し、10カ月近く経過した今も停戦の気配を見せていません。

 この間アメリカは、一貫してイスラエルを支持する姿勢をとっています。バイデン大統領は、攻撃開始から約10日後の10月18日にイスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相との会談を行い、大規模な軍事支援を米国議会に要請する旨を宣言しました。実際、イスラエルに対して毎年38億ドルの軍事支援に加えて、87億ドルの追加支援を決定しました。総額125億ドルという、非常に大きな規模です。

 アメリカはガザの民間人犠牲者が増えるにしたがって、イスラエルに対して一定の自制を求めていますが、武器の供与は継続して行われていますし、停戦を模索する動きは今年4月頃からようやく本格化しました。バイデン政権はイスラエルによるガザ地区への攻撃を止めることができていないどころか、かなり手厚い支援を継続して行っています。

 小野沢 そうですね。人道支援のための即時停戦を求める国連安保理決議も、アメリカが拒否権を行使し続けていたことで成立が遅れました。結果的にアメリカが棄権に回ることで昨年12月にようやく停戦決議が採択されましたが、それまでにアメリカは国際的な批判を受けました。このようにアメリカは、ときに国際社会から孤立しかねない状況に陥っても、イスラエル支持の姿勢を維持してきました。

 この背景にはアメリカとイスラエルの「特別な関係」が存在します。アメリカとイスラエルは正規の同盟関係にはありませんが、両国が実質的な同盟関係にあることを疑う人はいないと思います。そして、この米・イスラエル間の同盟関係は、両国の社会で広く支持されている、つまり社会的な基盤を有していることに大きな特徴があります。アメリカは他の中東諸国との間にも事実上の同盟関係を有していますが、これらは基本的に指導層や対外・安全保障政策エリートの間で構築された同盟、つまり「エリート間の同盟」という性格が強い。それらとは対照的に、米・イスラエル間の同盟関係は、社会的基盤を持つ同盟という点で特別と言ってよいと思います。

 現在、アメリカではイスラエルを支持する勢力は、二大政党を横断するかたちで広がっています。このような状況が出現した過程を簡単に振り返ってみます。アメリカの人口におけるユダヤ系の割合は約2%に過ぎません。それにもかかわらず、イスラエルを支持する勢力が超党派的に広がっているのは、ユダヤ系以外にもイスラエル支持が広がっているからです。その中でも重要なのは、キリスト教プロテスタントの福音派と呼ばれる勢力です。

 1960年代頃まで、アメリカのユダヤ系の人々は、その他のマイノリティと同様に民主党を支持する傾向にありました。しかも当時のユダヤ系は、アメリカ社会への同化を優先する傾向が強かったので、必ずしもイスラエルへの支持を強く打ち出していたわけではありませんでした。それでも、この頃までは民主党のほうが親イスラエル的な色合いが強かったと言えます。

 70年代から80年代にかけて、イスラエル支持の拡大につながる大きな変化が起こります。一つが、それまでは非政治的であったキリスト教福音派が政治的に活発化して発言力を強め、共和党支持層である保守派の重要な一翼を担うようになったこと。もう一つは、アメリカとイスラエルの保守派・タカ派が、超国家的な連携を築き始めたことです。加えて、この頃までには民主党支持のユダヤ系の人々も、イスラエル支持の立場を鮮明にするようになりました。このようにして、アメリカの政界は超党派的に親イスラエルになっていったのです。

立山 おっしゃる通りですね。1990年代に入ると、イスラエルはイランの核開発問題による実存的な脅威を理由に、自国がアメリカに支援されるべき存在だと売り込み始めました。また、冷戦の終結によってソ連というわかりやすい敵を失ったアメリカは、新しい敵を必要としており、それがタカ派の主張と上手く共鳴し、イランという共通の敵と戦うイスラエルを支持する傾向が強まっていったのです。

 

米以に根付く「テロとの闘い」という共通点

立山 加えて、今回の戦争も含めて、アメリカのイスラエル支持の背景には、20年来の「テロとの闘い」というコンセプトが大きく存在します。そもそも「テロとの闘い」という考えはイスラエルに存在していたものです。

 その発端となったのが、第二次インティファーダです。2000年に、後にイスラエル首相となるアリエル・シャロンが、パレスチナ側の反対を押し切ってエルサレム旧市街地内の聖域を訪れたことが発端となり、反イスラエル蜂起がパレスチナで起こりました。この第二次インティファーダにおいて、シャロン首相は「テロとの闘い」を掲げて、過剰とも言える軍事力をパレスチナに向けて行使しました。

 この「テロとの闘い」が9・11をきっかけにアメリカに移行されます。アメリカにとって9・11は、自国を揺るがすほど非常にショッキングな出来事でした。ここでテロ組織に対する強い憎しみがアメリカ社会で形成され、外交・安全保障政策において「テロとの闘い」が重要な柱となりました。

 この「テロとの闘い」というコンセプトによって、人権問題よりもテロ組織壊滅を優先させるべきであるとの主張が前面に出てきました。その延長として、ガザでの過剰とも言えるイスラエルの攻撃を、米国は支持してしまうというわけです。「ハマスによる奇襲攻撃はイスラエルにとっての9・11である」というレトリックもしばしば見かけますが、アメリカがガザ戦争を国vs邪悪なテロ組織という文脈で捉えていることを端的に表しています。

 小野沢 国家間戦争ではない戦争では、戦闘員と非戦闘員の区別がつきにくくなるという帰結も伴いますね。

 立山 要するに、イスラエルもアメリカも、自分たちがテロリストと見なす運動や組織に、同じような反応を示しているのです。相手がテロリストだから話し合いなどできるわけがなく、コミュニケーションは軍事的なやり取りでしかできないということですね。

 話し合いができないというある種の行き詰まり状態は、アフガニスタンにおけるタリバンとアメリカとの関係でも見られます。カタールを仲介役とした間接的な交渉は行われていますが、直接の交渉は未だ実現していません。この話し合いすらも拒絶するようなアメリカの考えは、ある意味でアメリカの対外政策を制約し、自分たちの手足を縛るような不利益をもたらしているとも言えるでしょう。

 小野沢 イデオロギーが対外政策にしばしば大きな影響を及ぼすのは、アメリカ外交の特徴の一つですね。ウィルソン大統領(任期:1913−21年)は、民主主義の原理に基づいて「戦争のない世界をつくる」というイデオロギーを掲げる外交政策を打ち出しましたし、冷戦期のアメリカは、自由を奉ずる西側陣営vs自由なき共産主義世界という図式を掲げつつ、「自由世界」の盟主として行動しました。

 だからと言って、これまでのアメリカはイデオロギー的に対立する国々との話し合いを必ずしも拒否してきたわけではありません。冷戦期には、ソ連との外交関係が存在していましたし、多くの場合、対立する国家とも非公式なチャネルなど何らかのかたちで対話はなされていました。イデオロギー的な敵対国家と絶縁状態となることもありましたが、それがアメリカの基本路線というわけではありませんでした。

 しかし、これが「テロとの闘い」となると、敵対する勢力とは対話もしないというのが基本路線になってしまいました。このようなアメリカの姿勢が、今日のパレスチナ問題の行き詰まりの大きな原因の一つになっているのではないでしょうか。

 立山 イデオロギー的な対立もそうですが、加えて「正と悪」という二項対立に持ちこみ、相手を悪魔化するような言説を好むのだと思います。悪魔とは対話による交渉はできない。だから、軍事的なコミュニケーションが必要なのだと。これは、対タリバン、対イラン、そして対ハマスにも通じる点です。

 

バイデンのイスラエル「愛」

 立山 さらに、今回の強固なイスラエル支持に関して言うと、バイデン大統領自身の思いが強く反映されていると考えられます。バイデンは「自分はシオニストである」と明言をしています。その背景には、バイデンが持つイスラエルへの敬意があるのでしょう。イスラエルに対して、アメリカ同様に移民を受け入れながら経済発展を遂げ、民主主義を充実させた国であり、多方面に敵対する勢力がいる中で一緒に戦い抜いてきた同志のような感情を抱いているのです。これはバイデン世代のオールドリベラリストの間で強く見られる傾向があります。

 小野沢 アメリカには、キリスト教の教義に照らしてイスラエルに宗教的に特別な意味を見出す勢力が19世紀以前から存在していました。バイデンがこれに当てはまるかはわかりませんが……。また、イスラエルの歴史をフロンティアの開拓などのアメリカの歴史に引きつけて理解しようとする言説も早くから現れていましたから、宗教的な立場とは無関係にイスラエルに親近感を抱いているアメリカ人が多いことも間違いないと思います。

 それにしても、なぜバイデンが自らがシオニストであると公言するほどまでにイスラエルに肩入れするのかは、私にもよくわからないところがあります。このようなバイデンの姿勢は、少なくとも国内政治の要因だけでは説明できません。今年3月の世論調査によると、「イスラエルによるガザへの攻撃を支持するか」という問いに対して、「支持する」と答えた割合は、共和党支持者では59%を超えましたが、民主党支持者では22%に過ぎませんでした。また、「バイデン政権の対イスラエル・パレスチナ政策はイスラエルに傾き過ぎていると考えるか」という問いに対して、「はい」と答えた割合は、民主党支持者では34%であったのに対して、共和党支持者では11%しかないのです。

 立山 むしろ共和党支持者は、イスラエル支援をもっとするべきだと考えているのですね。

 小野沢 そうですね。共和党支持者のほうが圧倒的に親イスラエル的な政策を求めていることが、世論調査からわかります。一方、大統領選では若年層の動向が一つのカギになると言われていますが、ユダヤ系、非ユダヤ系を問わず、若年層はイスラエルの行動に批判的な傾向が強いです。それにもかかわらずバイデンが強固な親イスラエル姿勢を貫いている、あるいは貫くことができる要因の一つとして考えられるのは、アメリカには、移民問題や人工妊娠中絶の是非など、より有権者の関心の高い国内政治問題があり、対外政策についてはガザ戦争よりもウクライナ戦争のほうが大きな政治的争点になっているということです。政治的イシューとしてのガザ戦争の重要度は比較的低く、アメリカ社会全体には親イスラエル感情が確実に存在する。このような認識に立って、バイデンは自らの親イスラエル的信条に従って行動することが可能であると判断しているのかもしれません。

 立山 先日、バイデンが大統領選への出馬を撤退しましたね。民主党大統領候補者として副大統領カマラ・ハリス氏が有力候補として名前が挙がっています。

 小野沢 ハリス氏は中東問題には、あまり関与していない印象があります。ですから、民主党が勝つ可能性を高めるためにも、バイデンよりイスラエルに批判的な若者の意見に耳を傾ける可能性はあると思います。ただ、そうなると民主党内の親イスラエル勢力からの反発を招く可能性がありますから、若者の支持者をつなぎ留めながら親イスラエル勢力の反発を招かないような狭い道を探って行かざるを得ないでしょう。

 立山 ガザ問題に関してハリス氏は、バイデンよりイスラエルに批判的な意見を述べる傾向にあります。それがバイデンとの間の役割分担なのか、彼女自身の思想から出てくるものなのかはわかりません。バイデンもイスラエルでは評判が悪いですが、ハリスのほうがもっと評判が悪い印象があります。

 小野沢 バイデンが選挙戦からの撤退を表明した直後の7月24日、イスラエルのネタニヤフ首相が米議会の上下両院合同会議で演説を行いました。

 立山 ネタニヤフは1時間近い演説で、ガザ攻撃の正当性を訴え続けました。もともとは共和党側からの招きで演説したものであり、ネタニヤフとしてはトランプが大統領選挙で勝つことを見越して、かなり共和党寄りの演説をすると思っていました。しかし、バイデンとトランプ両者に謝意を表するなど、ある意味ではバランスがとれたものでした。おそらくハリスが民主党の大統領候補になる公算が強まり選挙戦の行方が不透明になったため、どちらが勝利しても問題ないような安全策をとったのだろうとの印象を持ちました。

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