綺麗事では済まない費用問題
──高校野球においては、春の甲子園(全国高等学校野球選抜大会)は毎日新聞社が、夏の甲子園(全国高等学校野球選手権大会)は朝日新聞社がそれぞれ主催を務め、各種メディアがそれらをさらに盛り立てています。このように、アマチュアスポーツと民間企業の商業主義が強く結びついていることで、アスリートに「自分は選ばれた人間なんだ」といった自己認識が醸成されてしまっているという可能性もあるのではないでしょうか。
小野 でもその商業主義がなければ大会の運営を続けていくことができないわけですよね。ただ、高校野球連盟はある程度お金を持っていると思うので、それを全国の高野連加盟校に助成金というかたちで還元していけるような仕組みがあればいいのではないかと思います。
最近は公立高校がクラウドファンディングで甲子園出場費用を集めるという事例もあります。一応、甲子園出場校には高野連から一定額の宿泊費補助が出るのですが、それだけで保護者や応援団の宿泊費までは賄うことは到底できませんからね。
──野球部以外の部活動の全国大会の場合は、これほど費用が嵩むものなのでしょうか。
小野 たとえばバドミントンのインターハイの場合、大会期間は5日間なので、その2日前から現地入りするとしても、せいぜい1週間しかかかりません。その他の競技も基本的に1週間以内で完結する場合が多いですね。夏の甲子園の場合は大会期間が最長で3週間もありますから、勝ち進むほどに費用がどんどん嵩んでいくので大変だと思います。
留意すべきは、どの競技も野球より相対的にマシというだけであって、金銭面で苦労していることに変わりはないということです。削れるコストはできる限り削る工夫をしています。今年5月には北越高校のマイクロバス事故が起きましたが、一人の指導者として、あの事故は他人事と思えません。私も大学のバドミントン部の遠征で中型車を運転することがありますからね。
生徒の安全が第一と口で言うことは簡単ですが、たとえばマイクロバスを貸し切るとなれば、人件費だけで毎回20万円程度の出費が発生します。限られた部費でそれらをすべて賄うことは不可能に近い。アスリートも指導者も、それを理解したうえで競技に臨む必要があります。
──甲子園を観ていると、お金がない中で頑張っている公立高校ばかりをついつい応援してしまいがちですが、これもある意味では無責任なことなのかもしれませんね。
小野 どんなスポーツであれお金はかかります。誰だって本当はそんなこと言いたくありませんが、これだけはしっかり伝えていかなければいけません。
スポーツと費用の関係についてもう一点。最近では学校の部活動の管轄を、学校から地域のスポーツクラブに移行・展開する動きが全国的に活発化しています。しかし笹川スポーツ財団の調査によれば、部活動を学校からスポーツクラブに移管した場合、かかる費用が3倍程度に膨らんでしまうと言います。したがって今までは気軽に部活動に参加できていた生徒たちが、家庭の経済状況によっては参加が難しくなる可能性があります。先述の通り、スポーツはお金がかかるものではありますが、一方で生徒のスポーツへの参画機会が制限されてしまうことは大きな問題です。
制度改革は進んでいる?
──高校野球の不祥事に話を戻します。広陵高校でいじめ問題が起きたとき、広陵高校は当初、夏の甲子園への出場を辞退せず、高野連も出場を認めたことで世論のさらなる反発を招きました。不祥事が起きた際、当事者たちはどのような対応を取るべきなのでしょうか。
小野 大前提として、野球部の問題は学校全体の問題だということです。野球部が大会などで盛り上がっているうちは学校全体で便乗しておいて、何か事件が起きたときだけ「野球部の問題だ」とトカゲの尻尾切りを行うことはできるはずがありません。しかし現実には自分たちの責任を認めたがらない学校が多い。
「誠意ある対応」というのは、まずは責任を認めるところから始まります。そして何が起こったのかをしっかり調査し、調査結果をオープンにすることです。そして最後に明確な再発防止策を講じていく。変に誤魔化そうとすれば、かえって事態は悪化します。
──他方、近年の高野連は、タイブレーク制の導入、朝昼2部制の部分導入、投手の球数制限、7イニング制の議論など、ハード面での制度改革を積極的に行っている印象です。
小野 生徒たちの将来のことを考えたとき、球数制限は非常に大きな改革だと言えるでしょう。一方で投手を何枚も揃えられない学校にとっては苦しい改革とも言えます。タイブレーク制も、やってみたら意外と馴染みましたし、番狂わせが起きやすくなったことでゲームの緊張感も上がりました。
ただ、7イニング制については厳しいように思います。そもそもイニングを9回から7回に短縮することがどれだけ熱中症対策に効果があるのか、その因果関係は明確に示されていません。イニングが減れば控え選手が出場できる機会も減るので、教育の観点から言えばこれは大きな損失だと言えます。それにイニングを減らしたからと言って、真夏の炎天下で試合をすることには変わりがありません。
熱中症対策を含めた選手の健康を本当に考えるなら、イニングを減らすのではなく、試合環境を整えることのほうがはるかに重要です。真昼は避け、午前と夕方以降に試合を行うようにしたり、休養日を増やしたりすること。そうなると必然的に大会期間が延びるので、春の大会は予選という位置付けにして、夏の大会を地方大会の本大会とするのが良いのではないでしょうか。そんなことはプレイヤーもファンも絶対に許さないでしょうけれど、野球以外の高校スポーツでは当たり前にやっていることです。
高野連が加盟校に対して実施したアンケートでは、70%を超える学校が7イニング制の導入に反対しています。試合時間帯や日程、会場、運営方法といった部分について十分に議論しないまま、選手の出場機会を奪う可能性のある改革を強行してしまうのは拙速です。
──広陵高校の炎上や高野連の制度改革など、高校野球の中でスポーツ倫理をめぐる問題がようやく焦点化されてきたという印象があります。先生から見て、野球をはじめとした高校部活動の倫理意識は実際に向上していると思いますか。
小野 2012年に、大阪の市立桜宮高校バスケットボール部の生徒が、顧問から暴力を受けて自死する事件がありました。これが大きな社会問題となり、その後にJOC(日本オリンピック委員会)や高体連(全国高等学校体育連盟)などが一丸となって暴力根絶宣言を発布し、各NF(国内競技連盟)に暴力相談窓口ができるなど、スポーツ界をめぐる風景は一変しました。しかし今でも暴力はなくなっていません。ここ10年で日本のスポーツ界でのコンプライアンス意識が大きく向上したことは事実ですが、それについていけた人と、ついていけなかった人がいるわけです。しかし実際のスポーツ教育の現場では、ある程度の厳しい指導が必要とされる場合ももちろんあります。殴る蹴るなどの暴力行為や精神的に追い詰めるような言葉がけ・方法などは絶対にいけませんが、「厳しさが全くない世界」というのもまた考えさせられます。
意識すべきは「納得感のある指導」
──どこまでが暴力でどこまでが指導なのかを客観的に線引きすることは難しいのではないでしょうか。
小野 その通りです。ですから指導者は常に生徒との対話を意識する必要があります。指導者が生徒に自分の方針を一方的に押し付けるのではなく、生徒側の意見にも耳を傾ける。自分が指導者をやっているからこそわかることですが、自分が良かれと思って考えたことが生徒に響かないことって、結構よくあるんですよね。たとえば前向きに取り組んでくれると思ってゲーム練習を入れてみたら、意外にも盛り上がらない。そこで学生に話を聞くと、自分の詳しいコンディションやいま必要と考えている練習メニューについて話してくれる。こういうことは本人に聞かなければわからないことですからね。一方で学生がやりたがらなくても、やらせなければいけないメニューもある。そういう場合は、なぜそのメニューをやる必要があるのかを、エビデンスベースで学生たちに説明することを心がけています。
本学ではほとんどないことなのですが、聞くところによると、ある大学では自分の価値観に合わないメニューは「自分には必要ない」などと言って一切受け付けない学生もいるようです。やっぱり指導者が学生の話を十分に聞いたうえで、納得感のある指導を心がけることが大切です。
──最後に、部活動文化の中にスポーツ倫理がより浸透していくためには、どのようなことが重要でしょうか。
小野 大きなポイントは二つあります。一つは先ほども述べた通り、対話を重視した指導者と生徒の関係づくりをしていくことです。もう一つは開かれた環境をつくることです。「野球がすべて」のような閉鎖的な「ムラ」の価値観に閉じこもらず、外部とのつながりを持つ。「ムラの常識は非常識」という認識を共有しながら、スポーツ以外の世界にも積極的に触れられるような環境をつくっていくことが重要です。
(終)
