日本における人手不足は、人口減少によって説明されることが多い。
しかし、その背景には日本独自の雇用システムが抱える構造的な問題があるのではないか?
専門職不足や若年層の流動化などの現象を手がかりに、日本の雇用システムの課題について議論いただいた。
労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長
濱口桂一郎(画像右)
慶應義塾大学総合政策学部 教授
小熊英二(画像左)
はまぐちけいいちろう: 1958年大阪府生まれ。1983年東京大学法学部卒業、労働省(現厚生労働省)入省。欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院次席調査員、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授などを経て、2017年より現職。著書に『日本の雇用と労働法』、『ジョブ型雇用社会とは何か』など。
おぐまえいじ:1962年東京生まれ。1987年東京大学農学部卒業。出版社勤務を経て、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、2007年より現職。
著書に『単一民族神話の起源』『〈民主〉と〈愛国〉』、『日本社会のしくみ』『社会を変えるには』、『1968』(上・下)など。
人手不足その1:人口減少
小熊 私は、いまの日本がどうしてこういうかたちになっているのかをいろいろなテーマで研究してきました。近年はその一つとして、雇用システムの研究を続けています。
今回は人手不足に紐付けて、濱口先生とお話ができる機会を大変光栄に思っています。
濱口 私は厚生労働省の外郭団体である労働政策研究・研修機構で研究をしています。以前は厚生労働省の役人でしたが、労働に関わる政策研究という観点で研究、執筆活動をするようになり、そのうち政策自体がいわゆる左右のイデオロギーとは違う観点で変化していると感じ、そこを掘り下げていくうちに雇用システムのあり方についての研究に行きつきました。もちろん今も政策研究という観点からもアプローチをしており、気がつくと20年ぐらい労働研究をしています。
小熊 国によって雇用システムが違えば、労働問題の現れ方も違う。濱口先生は3年間ベルギーにいらして、ヨーロッパと日本の労働法を比べる視点から、日本の雇用システムの特徴をずっと考えてこられました。今日は日本の働き方の仕組みがどのようなものか、そこでどんな問題が現れているのかを、人手不足という問題を通じてお話ししていきたいと思っています。
まず私の見解を述べたいと思います。現代日本の人手不足には、三つの現れ方があると思っています。
一つは人口減少によって、単純に働き手が足りなくなることです。ただしこの部分は労働市場では下層ないし周辺にあたる部分での現象とも言えます。労働市場の上層ないし中核、例えば経済産業省のキャリア官僚や大手銀行の総合職が人手不足で困っているという話は聞かない。人手が足りないといわれるのは、類型的には現業労働者ないしサービス労働者、産業では建設、介護、サービス業、飲食、宿泊など、不安定で賃金が上がりにくい部分です。
人口が減ると、こうした雇用が不安定な部門の仕事に就く人の供給は減っていく。また大学入学者の定員が一定であれば、若年人口が減れば高卒以下で就職する人から供給が減っていく。その不足部分をこれまでは女性や高齢者の労働力率を上げるかたちで埋めてきたわけですが、それも足りなくなってきたので、外国人労働者が加わって労働力を供給している。これが人手不足の第一の部分だと、私は理解しています。
濱口 下層というのはややミスリーディングな呼称ですが、上下の下というよりも内外の外というべきかと思います。つまり、日本型雇用における企業内正社員システムの内側(内部労働市場)か外側(外部労働市場)かということです。
学歴でいうと、外部労働市場にいるのは相対的に低学歴の人たちです。そこは労働市場の供給側からすると、放っておくと選ばれないような部分ですから、労働者全体の母数が縮小すれば、そのような職種に人手不足が集中するのはおっしゃるとおり当然です。
小熊 上か下か、というのは確かにミスリーディングかもしれません。外部労働市場は市況に左右されやすく不安定ではありますが、市況によってインフレになると賃金が上がる労働市場でもあります。近年賃金が上がっているのはタクシー運転手、建設関係、それからメーター検針員などの外勤の仕事です。こうしたブルーカラーだけでなく、歯医者や会計士など独立自営業に近いような職種も上がっている。ただし、これらの職種はインフレになると賃金が上がる一方、デフレになると下がるという不安定で周辺的な部分といえる。逆に近年のインフレでも賃金が上がっていないのは、国が基準を決めている医療・介護、公務員、さらに大企業の事務職など、市況に賃金が影響されにくい部分です。これらは雇用や賃金のルールが安定しているので、インフレでも賃金が上がりにくいけれども、デフレになっても下がりにくく安定している。
濱口 企業内型内部労働市場で守られている労働は、景気が良くなったからといってそう簡単に給料が上がるわけではないけれど、景気が悪くなってもそんなに下がらない。何よりも雇用が守られるのが特徴です。これに対して外側の人たちは、景気が賃金に非常に反映している。
そのような労働市場の内外と身分の上下は本来は別の概念ではありますが、「外部は下である」と両者が紐づいている感覚が、戦後日本のメインストリームの人たちにはありました。そこには給料が安定していることに加え、学歴水準や、きちんとした組織の一員であることが、身分が高いということだ、といった価値観もありました。そう考えると、上下というのは、ミスリーディングだけども主観的には正しい言い方ということになるのでしょう。
人手不足その2:専門職
小熊 これが人手不足の第一の現れ方ですが、第二の現れ方は専門職です。とくに建設系の専門職は第一と第二の現れ方が重なった分野で、一番求人が高い。他にもIT技術系、医療技術系、あとは福祉の専門職の求人も高い。
こうした専門職も、日本の雇用システムで標準とされている大企業総合職からは少し外れているという点では、第一の現れ方と共通している。つまり日本の雇用システムの中核部分は人が足りている、あるいは余っているけれども、そこから外れた部分で人が足りなくなっているという形容も可能でしょう。
ただし専門職の人手が足りないのは、人口減少が原因ではなくて、専門職を評価する枠組みが日本にないことです。これは日本の内部労働市場のあり方の問題です。
内部労働市場と外部労働市場という概念は、企業内の労働市場と企業外の労働市場という意味に理解されていることが多い。しかしこの概念はもともと、賃金や人材評価にルールがある労働市場と、それがない労働市場という意味でした。そして内部労働市場には、ルールが企業別に決まっている企業別内部労働市場と、職種を単位に決まっている職種別内部労働市場があるとされていました。日本の企業別年功賃金・年功昇進は前者の例ですが、日本でも医者とか看護師、船員などは職種の中でランクアップしていくので、職種別内部労働市場にあたります。
西欧や北欧では職種ごとに資格があり、学校で専門教育を受けて学位や資格を得て、その職種の中でキャリアを築いていく人が多い。そして産業別の労使交渉で、企業を超えて職種別の賃金と人材評価が決まる。例えば編集者でいえば、複数の企業での編集の経験年数の合計と、所持している編集者資格のレベルで賃金と人材評価が決まります。これは職種の内部ルールが決まっている市場だから成り立つのです。
ところが、日本ではそういうシステムが非常に限られた職種にしかありません。だから専門職で技量が上がっても、経験年数を積んでも、企業を超えて労働市場で高く評価されることがない。だから専門職になることのメリットも少ない。ただでさえ、日本の企業では人事異動が頻繁に行われるために専門職が育ちにくい環境があります。そういった日本の雇用システムのありようが、専門職不足という事態を引き起こしていると私は理解しています。
濱口 そうですね。厚生労働省が出している職種別有効求人倍率の統計を見ると、まさに表1の「建設・採掘従事者」などブルーカラー系が軒並み高くなっていて、表の上のほうにある事務職が極めて低いことがわかります。

しかし、実は日本の事務職の中には専門職や管理職のような仕事をする人々が入っており、いい加減な区分になっているのです。そういった点からも専門職という区分を判断するのがなかなか難しい。一方には医者のように、まさに職種型内部労働市場も存在していて、昔は大学の医局が人材配分の機能を果たしていました。
ところが一般企業で、特に理系の専門技術職の場合は、キャリアとしてはそこの専門分野を動いていくのですが、処遇としては専門職であることに着目した給与表は、いまの日本には基本的にありません。この背景には、戦後日本の労働組合運動が中心になってつくり上げた「職種に関わらない平等主義」が、専門職に対して特別な待遇をしないことに影響を与えているように思います。
しかし40年ほど前までは、こういったやり方が、むしろ日本の技術を発展させているといった議論もあったことは確かです。一義的にどちらが正しいとか、間違っていると一刀両断的に言うことは難しいのですが、少なくとも現代の観点からすると、キャリアという意味では、専門性に着目した評価をされないことが要因となって、その部分に人手が不足している傾向はあると思います。
小熊 日本では専門職を職種ごとの資格や経験で評価をする枠組みが企業を超えて共有されていないので、企業ごとの勤続年数と学歴で賃金を決める枠組みを、専門職に対しても適用するしかない。その企業が技術者の給与を上げるといっても、管理職に登用するというかたちでしか給料が上がるシステムがないこともある。その点で専門職のインセンティブは欠けてしまううえに、そうした評価は特定企業の中でしか通用しないので、他の企業に移動することができない。先ほど例を挙げたように、編集なら編集という職種で、A社とB社の経験年数の合計と資格で評価をするのであれば、企業間の労働移動がしやすいわけですが、そういうことが日本では起こりにくい。これも結果として専門職の供給をせばめている。
またご指摘のように、たしかに40年ほど前には、職種で人材評価が決まらず、頻繁に職種を超えて人事異動する日本の雇用のあり方のほうが、柔軟性があって総合的な視点が育ち、チームワークもよいという意見もありました。しかし技術系の専門職でそれが当てはまるのは、日本が一番強かったと言われていた中級技術者と上級多能工の場合です。しかしこのしくみだと、トップレベルの技術者が出てきにくいうえに、他企業に移動しにくい。その結果として、専門職の不足感を持たれているのだと思います。
濱口 そうですね、かつて3、40年前、高度成長期から安定成長期の頃に「日本は素晴らしい」といった議論があった時に、その理由の例として挙げられていたのが下士官が非常に優秀であるということです。「将・佐・尉・曹・士」という序列の軍隊の幹部は、上になればなるほど怪しく下士官が優秀ということが日本の強みと言われていた。
しかし、中ぐらいが素晴らしいのだと日本人が自分たちを褒め続けている間に、気が付いてみると上のほうのレベルが低いがために、どんどん落ちていった。──もちろん他にもいろいろな理由があるのだとは思いますが。そして最近になって、中ぐらいが素晴らしいことは本当に良いことなのだろうかといった疑問が出てきている感じです。
小熊 日本のしくみが本当に強みを生み出していた部分があったとすれば、まさに上級多能工と中級技術者がチームワークをする部分、つまり「ものづくり」の現場だったと思います。しかし21世紀になると、いちばん上の設計とコンセプトが重要で、現場の作業はロボットや外注でやるという傾向が強くなった。そうなると、いちばん上の技術者や開発者が重要になり、中級技術者と上級多能工が評価される状況ではなくなった。
濱口先生は以前ブログで、日本の自衛隊とアメリカのレンジャー部隊の違いを、だいたい以下のように挙げていました。平均的な隊員の技量は日本の自衛隊のほうが高い。しかしアメリカのレンジャー部隊の優れた部分は、全体のシステム設計とトップのマネジメントが優秀で、下の隊員は言われたことさえやればよいようにできていることだ。これは、なかなかわかりやすいたとえだと思いました。
濱口 「日本は現場で下級技術者や上級技能者が自分で考えてものづくりをするから素晴らしい」というのは事実の叙述としては必ずしも間違っていないとは思います。しかし、ここにあまりにも価値を置きすぎたのかもしれません。
自動車産業は当時「トヨティズム」と言われていましたし、アメリカより優れたものづくりが、今でも存在します。しかし当時はレベルが高いと言われていた情報電気系は、いま非常に落ちてしまった。
必ずしも専門性がない領域での私の考えですが、現場で自発的にやることに意味があるのか、それよりも上のほうで全部設計するほうがいいのかは、産業構造によることも影響しているのかもしれません。
人手不足その3:新卒者の流動化
小熊 人手不足の現れ方として、三つ目に考えられるのは、大企業であっても新入社員が定着しないことです。これは厳密には人手不足ではないのですが、おそらく「人手不足感」の一つの発生源になっていると私は思います。
実際に厚生労働省の資料を見ても、ここ10年間で入社3年、5年単位で移動する人は増えている。その人たちは多くの場合、同じ産業の中の大企業間、あるいは中小企業から大企業に移っていく動きをしているようです。労働経済学者の神林龍さん(武蔵大学教授)も、1982年から2007年までのデータ分析から、入社5年目までの男性正社員が動くようになった傾向を確認しています。
これはどういうことなのか、私なりに考えてみました。欧米では新卒一括採用といったものはなく、原則として欠員ができたときに即戦力になる人を採用する。例えば事業所の会計士や人事の仕事に欠員が出ると、社内や社外に公募が出て、その職種で空きポストに対応した資格や経験を持つ人が応募します。採用されると個室やコンパートメントで働くので、周りで仕事を教えてくれる人は誰もいない。つまり即戦力であることが前提で、まだ職歴のない若者の失業率が上がりやすくなる。
一方で日本の場合は、企業が学校のように職業訓練をしてくれます。そういうことが他の国にないわけではありませんが、私が読んだマレーシアの大学生の就職状況を調べた研究では、大学で職種別の専門の勉強をしてインターンとして経験年数を積んでから応募するか、訓練コース付きの企業に応募するかという形態になるとされていました。つまり大学を出た時点で即戦力の状態になっていない人は、訓練コース付きの公募にしか応募できないので、応募できる企業が少なくなってしまう。おそらく賃金その他の条件も、訓練コース付きだと若干劣っていても不思議ではありません。
日本では企業が教育をしてくれるわけですが、新入社員への訓練コストは結構高いし、3年間ぐらいは企業にとって給与を払うとマイナスになるかもしれません。ですから、他の国に比べて日本は初任給が低いともよく言われます。
これは逆に言うと、企業にとっては、他の企業で入社3年の基礎教育を終えた人を雇うのが一番有利だということになります。入社して10年も20年も経ってからだと、今度は企業を超えて専門職を評価する枠組みがないので、企業にとってはどう評価したらよいかわからないし、労働者にとってもよい条件では移りにくい。逆に労働者にとってみれば、3年の基礎教育を終えた時点で、同じ産業内でもう少し条件のいい企業に移るのが、いちばん合理的な行動になる。その結果として、近年の日本では、新卒入社した人が定着しないという現象が生じているのではないでしょうか。
濱口 日本型雇用システムは非常にいろいろな要素が入っていて一言で言うのは難しいのですが、昔から若者の移動というのはそれなりにありました。ですからこの問題を別の観点から見ると、かつて非常に強かった「他所の会社の色がついた者は嫌だ」という風潮が薄れたのはなぜか、という話になるかと思います。
いまの有効求人倍率統計には、募集・採用において年齢で差別してはいけないという法律ができたので、年齢別有効求人倍率の項目はありませんが、高度成長期から安定成長期(60年代から90年代)の労働省が出していた年齢別の求人倍率の統計を見ると、若年者は大変高くて年齢が高まるにつれて急激に下がっています。
昔から若いというだけで企業から求められることに変わりはなかったので、若いうちに他の会社に移動する現象自体は実はそれなりにありました。
ただ、当時と違う点は、若者の移動に対する社会的な許容度です。二君に仕えず、ではないですが、一旦会社に入ってお仕えするとなったら、定年までずっと行くのが当時のあるべき姿でした。社会だけでなく企業側もそういう目で見ていました。それが21世紀になって揺らいできて出てきたのが、先ほど小熊先生が言われた現象なのだと思います。
この揺らぎの背景には色々ありますが、一つには新卒採用の基準の緩和です。90年代のいわゆる就職氷河期を受けて、大学卒業後3年ぐらいは新卒扱いをせよと政府が言い出したことです。つまり就職後でも3年くらいは移動しやすくなったのだと思います。
小熊 確かに日本では、若いうちに企業を代わったほうが有利で、中高年になってからでは不利だというのは昔から変わっていない。それは逆に言うと、企業内で素人の新卒者を訓練するのが前提で、他の企業で長く訓練した人は評価する枠組みがないという日本のあり方が、昔から変わっていないことの裏返しです。
そこが変わっていないにもかかわらず、それこそ「第二新卒」という言葉が定着するくらいに、入社5年以内で企業間移動する人が増えたのはどういうわけか。もちろん濱口さんが指摘するように、社会の価値観が変わったというのはあるでしょう。しかし私が考えるに、他の理由として、日本企業の側にとってこの雇用システムを維持するのがだんだん重荷になってきたことがあるのではないか。
企業にとってみると、素人の新卒者を訓練し、彼らを長く社内にとどめて、年功賃金を保障し続けるのはコストが高い。そこで1990年代末以降は、いちばん高い給与を払っている中高年を排出しようとして、「リストラ」「リスキリング」「再訓練」といったかたちで、他企業への労働移動を促していた。そして近年になると、すでに新卒訓練を終えた人を採用したほうが、コスト削減になっていいのではないかと考える企業が増えてきた、ということかと思います。
また移動する側にとっても、こうした企業の行動は影響する。2000年代以降に新卒入社した人々は、企業が中高年を「リストラ」や「リスキリング」で排出しようとする行動を目の当たりにしてきました。それを最初から見ていた世代ならば、最高のチャンスである入社3年目に労働移動せずに企業内にとどまっても、自分が中高年になったときにどう処遇されるかわからない、と考えても不思議ではないでしょう。

