『公研』2026年4月号「interview」

 骨子、骨組み、屋台骨……これらの聞き慣れた慣用句の存在は、我々に「骨とは身体の支持構造である」という共通認識があることを示している。しかし骨の機能とは体を支えることだけなのだろうか。そもそも骨では何が起きているのか。知っているようで実はよく知らない骨の神秘について、大阪大学の石井優先生にお話を伺った。

大阪大学大学院医学系研究科教授 石井 優


いしい まさる:1973年大阪府生まれ。大阪大学医学部医学科卒業。2005年国立病院機構大阪南医療センターリウマチ科(臨床研究部)、医師(研究員)。06年米国国立衛生学研究所・国立アレルギー感染症研究所客員研究員。09年大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任准教授。11年同特任教授。13年より現職。18年より国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所創薬デザイン研究センター招へいプロジェクトリーダー。日本学術振興会賞、日本薬理学会・江橋節郎賞、日本免疫学会賞、大阪科学賞など受賞多数。主著に『硬くて柔らかい「複雑系」 骨のふしぎ からだを支えるだけでない、知られざるはたらき』。


 

──石井先生が骨に興味を持たれたきっかけを教えてください。

石井 私は1998年に大阪大学の医学部を卒業しまして、最初は免疫内科で医者をやっていました。そこで私は関節リウマチの患者さんを何人も目にしてきました。関節リウマチとは、免疫異常によって関節の骨膜が炎症を起こし、腫れや痛み、関節の破壊や変形等が生じる病気です。今はいい薬があるので、ある程度症状をコントロールできるようになってきましたが、私が研修医の頃には治療法がまだ確立されていませんでした。外来に行くと、関節リウマチによって手が変形している方がたくさんいました。症状の重い方だと、手の骨が一つの塊になってしまっている方もいました。体の中で最も硬い組織である骨が、これほどまでに壊れてしまうことに私は強いショックを受けました。そのとき「どうして骨が壊れるんだろう?」という疑問が生まれました。それが骨に興味を持ったきっかけです。

──骨はどんな人間の体の中にも存在するのに、それを目にする機会はほとんどない、不思議な構造ですよね。

石井 変な物言いにはなりますが、骨には死のイメージがありますよね。なぜかというと、我々が何かの骨を目にするとき、その「何か」はだいたい死んでいるから。頭蓋骨の標本なんかはもちろん死んだ人間のものですし、魚の骨にしてみても、それは魚を食べた後に出てくるものであるわけです。我々が実際に骨そのものを目にするときっていうのは、その個体が死んだときなんですよね。

 しかしもちろん、生きている人間の中には骨が存在します。体の内部にあるので目視はできませんが、骨は間違いなく我々の体を支えています。またおそらく後述しますが、骨には物理的に体を支えること以外にも重要な機能を備えています。そういう意味では非常に大事な組織なんですよね。でもやっぱり、イメージしづらい部分はある。

──骨には静かで動かないという印象がありますが、実際は変化を遂げているものなのでしょうか?

石井 もちろんです。たとえば我々は子供から大人に成長する過程で、物理的に大きくなりましたよね。骨も同様で、胎児の頃に形成された小さく柔らかい骨が、肉体の成長に沿ってどんどん大きく硬くなりました。

 ただ、大人になって成長が止まっても、骨のリモデリングは続きます。我々の体の中では、今この瞬間にも古い骨が壊されて新しい骨がつくられるというサイクルが繰り返されているんです。このことはよく道路工事に例えられます。たとえば舗装道路も、つくるだけつくって「ハイ終わり」じゃダメですよね。道路の上を絶えず車が走ることで、少しずつではあっても確実に傷がついていくわけですから。我々の骨も同じです。普通に歩いているだけで小さな傷がついていく。生きて動いている限り、劣化は免れ得ません。ですから、小さな傷を逐一修復していく必要があります。ダメージが溜まってくると、ある日突然ボキッと折れたりします。

 傷ついた骨や弱くなった骨、あるいは生成されてから長い時間が経った骨は、破骨細胞という細胞によって破壊されます。その後、骨芽細胞という細胞がやってきて、新しい骨をつくります。つまり、骨では常に新陳代謝がおこなわれているのです。一見すると骨は変化しない構造のように思えますが、実は今この瞬間にも変化し続けているということですね。かたちは同じだけど、内容は変わり続けている。言うなれば動的均衡ですね。

──骨の強靭さは破骨細胞と骨芽細胞の絶え間ない相互作用によって保たれているのですね。

石井 とはいえこの動的均衡は永続的なものではありません。たとえば、よく高齢者は骨折しやすいとか、折った骨が治りにくいとかいった話を耳にしますよね。何が原因かといえば、骨粗鬆症という病気です。骨粗鬆症とは、ざっくり言えば骨が脆くなっていく病気です。なぜ脆くなるのかというと、破骨細胞と骨芽細胞のはたらきのバランスが崩れるからです。通常であれば骨を壊す作用と骨をつくる作用は完全に釣り合っています。だからこそ骨は動的均衡を保つことができます。しかし加齢に伴い骨芽細胞のはたらきが徐々に弱まっていくと、破骨細胞の骨を壊す作用が相対的に強くはたらくようになります。壊したぶんを埋め合わせられないという状態が続き、やがて骨がスカスカになっていく。これが骨粗鬆症ですね。ちなみに、破骨細胞のはたらきを抑えるものの一つに女性ホルモンが挙げられます。女性の場合、閉経を境に女性ホルモンの分泌量がガタンと落ちるので、破骨細胞が過剰にはたらきます。だから骨粗鬆症の患者さんには女性が多いんです。

 骨が脆くなっていくことを「骨密度が下がる」と表現しますが、骨密度が下がったからといって、体に異常を感じることはほとんどありません。だから気づかない。スカスカになった骨が折れて初めて、自分が骨粗鬆症だったということがわかるんです。

──20~30代の若者世代でも骨粗鬆症になるリスクはありますか?

石井 極端に偏食の方であれば、その可能性はあります。骨をつくる成分はカルシウムやビタミンD等ですから、そういう成分を一切摂取しないような食生活を送っていれば骨は脆くなっていきます。実際、食事の栄養バランスが軽視されていた昭和期までは、カルシウム、リン、ビタミンDの不足が原因の「くる病」がよく流行っていました。ただ、現在の日本の食生活環境に身を置いている限り、骨にまで影響が出る例は稀です。若年性の骨粗鬆症はかなり特殊なケースですし、極端な偏食あるいは遺伝的な疾患によるものがほとんどです。

──より我々の生活に身近な「骨の異常」というと、骨折が挙げられます。折れた骨はどのようなプロセスを経て治癒されていくのでしょうか?

石井 これも破骨細胞が壊して骨芽細胞が埋めていくという作業の繰り返しです。平常時であれ緊急時であれ、これは我々の体内で常に作動しているシステムなんです。骨折っていうのは、先ほどの道路の例で言うと、通常の舗装工事よりも迅速性が求められる緊急工事みたいなものですよね。事故が起きて道路が大きく損壊したことを検知した破骨細胞と骨芽細胞が一斉に大挙してきて、急ピッチで復旧作業を行います。しかし、なぜ骨が壊れている場所に骨を壊す破骨細胞までやって来るのでしょうか? 骨が折れると、周囲に骨の断片が飛び散っていたり、割れた断面同士がスムースになっていなかったりするわけです。だから破骨細胞が断片を掃除し、断面を「カンナがけ」の要領で綺麗にするんです。そのあとで、骨芽細胞が綺麗になった骨同士を糊付けしていく、というイメージです。

骨の意外な役割

──骨には「身体の支持構造」以外の役割もあるのでしょうか?

石井 骨はいろいろな物質の貯蔵庫になっています。一番はやはりカルシウムでしょうね。骨は主にコラーゲンとカルシウムによって組成されています。コラーゲン繊維が柵のような構造を成していて、その隙間にリン酸カルシウムというカルシウムの結晶が流し込まれている。さながら鉄筋コンクリートですね。コンクリートの部分にあたるのがリン酸カルシウムです。人体にはたくさんの骨がありますから、カルシウム結晶と化したリン酸カルシウムが体中に大量に存在しています。

 カルシウムは筋肉の収縮や心臓の拍動、血液の凝固に至るまで、ありとあらゆる人体機能にとって必要不可欠なものです。カルシウムが体内からなくなれば人間は死にます。その非常に重要なカルシウムを供給するために、破骨細胞が骨を必要量破壊します。すると壊れた部分の骨の中にいたカルシウムは血中に流出し、体内の血中カルシウム濃度を高めます。ですから、骨は人体にとって必要不可欠なカルシウムの貯蔵庫だといえます。

──骨は最初からカルシウムを貯蔵する機能があったのでしょうか? あるいは人類の進化の過程でそうなっていったのでしょうか?

石井 進化の過程でそうなった可能性は高いでしょう。我々はもともと水生動物であり、海の中にいました。海の中にはナトリウムやカルシウムが豊富に存在しているので、カルシウムが欠乏するというシチュエーションはあり得ません。だって、口を開けたらカルシウムが入ってくるわけですから。ところが我々は両生類へと進化したあたりで、カルシウムのない陸に上がってきました。それと軌を一にするように、我々の体に骨という構造ができはじめました。魚類だった頃から骨は一応あるのですが、あれは柔らかい軟骨なんですよね。居酒屋で出てくるエイヒレがいい例でしょう。サメも見た目こそいかついですが、意外と骨は柔らかい。エイもサメも軟骨魚類です。

 しかしもちろん、陸で生活するには、重力に耐えられるようなもっと硬い骨が必要になる。加えてカルシウムも少ないので、体内のどこかに貯めておかないといけない。進化論的な「考察」にはなりますが、我々陸生生物の体内にある硬い骨は、その二つの課題を合理的に解決するものだと解釈することができます。そう考えると、我々はけっこう過酷な環境に適応して生きているんですね(笑)。

──そんな過酷な陸上で生活を送っている我々は、カルシウムを積極的に摂取しなければいけないということですね。多忙な社会人が効率的にカルシウムを摂取する方法があれば教えてください。

石井 言うまでもないことですが、一般的によく売られている乳製品や小魚はカルシウムをたくさん含んでいます。ただ先述の通り、日本のスタンダードな食生活さえ送っていれば、基本的には必要量のカルシウムを摂取できているはずです。それに、カルシウムを摂りすぎるのもかえってよくありません。血中カルシウム濃度が上がりすぎると、体内にカルシウム結石という石ができてしまうことがあります。それに、骨はカルシウムだけでできているわけではありません。骨はコラーゲン繊維とリン酸カルシウムによってできています。つまりリンも必要だということです。またリン酸カルシウム結晶を骨に配置するためにはビタミンDという栄養素も欠かせません。ですから、カルシウムさえ摂ればいいという短絡思考ではなく、バランスのいい食生活を送ることがやっぱり重要です。

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