『公研』2024年12月号「interview」
我々にとって最も身近な鳥、スズメやカラス。彼らは電柱や電線に何気なく止まっているように見えるが、それぞれ好きなボジションがあるらしい。町中にいる鳥類の生態を研究している三上修先生にお話を伺った。
北海道教育大学函館校教授 三上 修
みかみ おさむ:1974年島根県松江市出身。2004年東北大学大学院博士課程修了。博士(理学)。鳥類学者。スズメをはじめとした、都市に生息する鳥類を対象に研究をしている。著書に『電柱鳥類学』『スズメの謎』『スズメ──つかず・はなれず・二千年』。マンホールの蓋とお城見学が趣味。
世界の見え方が変わる
──三上さんはご著作『電柱鳥類学』に象徴されるように、町中にいる鳥たちの生態の研究を専門にされています。本題に入る前に伺いたいのですが、自己紹介を見ていたら趣味は「マンホールの蓋」とありました。マンホールはおもしろいですか?
三上 マンホールがあるところの下には、下水道をはじめとした都市の機能があるというのが良いのですよね。そこに都市の舞台裏があって、都市の仕組みを知ったような気になれます。そして、なんの必要性もないのに、マンホールの蓋に地域独自のデザインがなされているところにも心惹かれます。私は、旅先でマンホールの蓋を撮影するのが好きです。
──島根県松江市のご出身です。少年時代から鳥にご関心があったのでしょうか。
三上 野鳥に関心を持ったのは小学校5年生のときでした。同級生に誘われて、島根大学の「野鳥の会」が開催した探鳥会についていったんです。場所は、宍道湖の西側の斐伊川の河口です。松江から30分くらい電車に乗って、行った先でモズが電線に止まっているのを見たときは驚きました。他にも頭の後ろにぴょんと尖ったかざり羽が付いているタゲリや巨大なオジロワシも見ました。
この世にはスズメとカラスしかいないと思っていたところに、現実には様々な鳥がいて、それぞれに種名が付いていることに驚いたんですね。その日は、すごく寒い日で、当時はなんの装備もなかったのでつらかったはずなんですが、帰宅後もすごく興奮していました。
翌日、家の周りにどんな鳥がいるのか気になって見渡すと、知らない鳥たちがいました。おそらく、ヒヨドリやメジロなどを見たのでしょう。それまでは、家の近くに姿かたちが違う鳥がいるなんて思っていなかったのに、実際は私が普段暮らしている住宅地に棲息していたわけです。鳥に関心を持って周囲を見渡すだけで、世界の見え方が変わることを経験しました。
初めて鳥に触ったとき
──初めて鳥を触ったときのことを覚えていますか?
三上 青森県三沢市の仏沼で調査をしていたときです。大学4年生でした。調査では1羽1羽を識別するために野鳥に足環を装着します。そのためにはまず捕獲しなければなりません。鳥の通りそうなところに文字通りの意味で網を張って、しばらく待つのです(もちろん、ちゃんと許可を得てです)。しばらくすると鳥が網にかかります。捕獲した鳥を、その網から外したときが、最初に触れた経験でした。網に引っかかった鳥は、ぶら下げられた状態で、大変そうなのです。慣れた先輩は、「10分くらいなら、そのままでも大丈夫だよ」と言うのですが、鳴き(泣き)喚く鳥を網から外すのはたいへんでした。その作業に心を奪われて、最初に鳥に触れたときを振り返ると、その場面が思い浮かびます。
鳥を手に取ると種がわからなくなることを知ったのも驚きでした。普段は遠くから観察して、いろいろな特徴を把握することで鳥の全体像を認識しています。ところが手に取ってしまうと、その特徴がつかめなくなってしまって何の鳥だかわからなくなってしまうんです。車に喩えると、全体のフォルムを見れば車種を特定できるのに、近づくとかえってよくわからなくなるようなものなのかもしれません。
──そういうものなのですね。どのようなテーマから研究を始められたのですか?
三上 草原には、いろいろな種類の鳥がいて、一緒の空間に棲んでいます。食べ物も同じなので、当然、争いが起きているのでしょうが、それでも共存できている。それはなぜなのか。これは鳥に限らず他の生き物でも見られる現象で、当時、なぜ多くの種が共存できているかという研究は、生態学全体で研究が進められていました。
私は鳥を対象にこの疑問を明らかにしたいと考えました。オオヨシキリ、コヨシキリ、オオセッカ、コジュリンなどの鳥はヨシ原のなかにいます。ヨシの背丈によって多少は棲み分けているようですが、それでも重複する部分があります。観察していると、同じ種同士はやはり仲が悪いんですね。なぜなら、当然ながら同種のほうが食べるものは似ています。さらにオス同士はメスをめぐっても戦います。同種同士のいがみ合いは、より苛烈になります。
ところが異種に対しては、そうでもない。同種に比べればまだマシな相手だからです。同種同士は、近くにいると喧嘩になるので、互いに距離を取るようになわばりをもちます。そのあいだに異種がなわばりをもつと、彼らはどうも少し安心するようです。つまり、お隣が同種であるよりも、異種が入ってくれたほうが、緩衝地帯の役割を果たしてくれるのだと思います。理想を言えば、周囲には誰もいないほうが良いのだけれど、同種よりは異種の存在を許容するわけです。そういった個体の行動が、いろいろな種の共存をもたらしているのだと考えました。最初はこういったテーマから研究を始めました。
スズメは日本に何羽いる?
──人間社会を連想するところがあって興味深いですね。その後、ご研究はどのように広がって行ったのですか?
三上 簡単に言えば、行き詰まりました(笑)。
理由の一つはお金です。当時、大学で野外調査に行く費用は自腹を切るのが普通でした。その頃、仙台にいて、調査地の青森まで行くとなると、車で行って大学の安い宿泊施設に泊まっても、それなりの費用が必要です。そこで調査から帰るとアルバイトをする生活でした。研究をするほど自分の負担が増えるわけで、次第にキツくなっていったんです。
鳥を研究するという姿勢にも問題もありました。私が大学院生だった頃は、鳥を含めて特定の分類群を研究するのは「カッコ悪い」「時代遅れだ」といった雰囲気がありました。研究テーマが先にあって、それに適した生き物を見つけるスタイルが主流だったのです。それでも私は、鳥の研究がしたかったのですが、茨の道でした。
さらに研究者として職を得るには、とにかく良い論文を書かなければなりません。けれど、実験室のようなコントロールされた条件で行う研究に比べて、野外で鳥の研究をすると成果が上がりにくいんですね。鳥の巣を見つけて雛が育っていくのを観察しても、ある日突然捕食者に食べられていなくなったりします。それまで一生懸命データを取っていても、それでお仕舞いです。
──自然相手だと努力が水の泡に消えてしまうことがある。
三上 野鳥研究は厳しいな、とガッカリする出来事が何度も起きました。それでも何とか博士は取りましたが就職先はありません。結婚して、二人で年間200万円くらいで生活していた時期も続きました。さらにさきほどお話ししたような、込みいった研究内容だと、研究のおもしろさや意義を人に伝えるのが難しいのです。こうして、ある段階から、このテーマでやっていくと自分は本当に食えなくなると悩むようになりました。
──どのように状況を打破されたのですか?
三上 当時ちょうど「生物多様性」という言葉が広まり始めていた時期でした。やっぱり野鳥が好きでしたから、多くの人たちにそれをわかりやすく伝えたいという気持ちが芽生えたんですね。この言葉を実感してもらおうと思えば、遠くの島にいる見たこともない生き物よりも、身近にいる存在について知ることが近道だと考えました。
そこでスズメです。最も身近な鳥ですからね。ただし、スズメの基本的な生態について調べても、だいたいのことはわかっているし、おもしろみがありません。理屈抜きにおもしろくて、誰にでもわかる研究がしたいと考えました。それで、あるときにふと思ったんですね。スズメは日本に何羽くらいのだろうかと。「これだ!」と。
スズメの数え方
──本質的な疑問ですが、実際にスズメを数えるのは途方もない作業に思えます。
三上 友人の研究者にも「お前は何を考えているのだ」と言われました(笑)。そこには「そんなものは研究に値しない」という批判も含まれています。
もちろん実際に日本にいるスズメをすべて数えることは不可能です。一部で数を調べて、それを日本全体に拡張して推定することになります。その元となる調べ方が問題です。仮にスズメがたくさんいる公園で数えていったとしても、朝と夕では数が違いますし、なにより空を飛ぶ鳥を正確に数えることは困難です。
それで考えたのが、スズメの巣を数えることでした。仮にある町に住んでいる人の数を数えようとしたら、出歩いている人の数を数えてもうまくいきそうにありません。けれども家の軒数は変わりませんから、その町の家の数を数えれば住んでいる人の数を推測できます。同じように、スズメの巣の数がわかれば、スズメの数を推定できるだろうと考えました。
──スズメの巣を発見すること自体がたいへんではないのですか?
三上 私も最初はむずかしいと思えましたが、試しにやってみると結構、簡単に巣を見つけられることがわかりました。それに、この調査の目的からすれば、巣の位置を完全に特定できなくてもよいのです。ある建物にスズメがエサ運んでいく姿をみて、それを一つと数えて記録していきます。それでもかなりの時間がかかります。この研究では500メートル×500メートルを一つの区画と決めて、そのなかにある巣を探して数えることにしました。まずは自宅の周辺から始めましたが、大体5時間くらい掛かりました。私は熟練者ですから(笑)、そのぐらいで済みますが普通の人ならもっと掛かるでしょうね。
次に考えたのは、どこで調査をするかです。寒い地域と暖かい地域では、巣の密度が当然異なるだろうから、秋田県、埼玉県、熊本県の3県を選びました。それから、住宅地、農地、あるいは繁華街とでは巣の数に差があるはずです。そこで3県について、商用地、住宅地、農村、大規模公園、森の五つの環境について、実際にそこにいって、スズメの巣を探して数えて回りました。調査地点はトータルで約40区画です。調査は初夏の6月頃に行いました。
これらの結果を用いて、日本全国に適用するわけです。たとえば、大阪のこの区画にはスズメの巣は「〇巣」だろうと。当然、手作業では途方もないことになりますから、パソコンを使ってプログラムを書いて、日本にあるスズメの巣の数を計算しました。
──スズメは日本にどのくらいいると推定されるのでしょうか? 想像もつきません。
三上 巣の数の推定結果は低く見積もって700万、高く見積もると1100万くらい、もっとも可能性が高いのは約900万という数字が出ました。一つの巣には親鳥2羽とヒナがいますから、1800万+ヒナの数になります。大雑把な調査ですが、数がまったく想像もできなかったスタート地点からすれば、スズメの数の桁数にずいぶん迫ることができました。突拍子もない研究でしたが、新聞やニュースで取り上げられて多くの人に関心をもってもらえました。