ページを開いた瞬間にのけぞってしまう絵

──ここからは主に先生の漫画技術の秘密に迫っていきたいと思います。画風に関して、大きく影響を受けた漫画家はいらっしゃいますか?

 劇画ブームの世代なので、劇画系の漫画家にはものすごく影響を受けましたね。すぐに思いつくのは、池上遼一先生、ながやす巧先生、川崎のぼる先生。劇画以外ならちばてつや先生、石ノ森章太郎先生。でも、最初に好きになったのは赤塚不二夫先生ですね。僕は赤塚先生のおかげでギャグ漫画の面白さを知りました。もう涙を流すくらい笑い転げましたからね。泣くほど笑えるというのは、赤塚先生の天才ぶりの成せる技だと思います。

 他にも影響を受けた漫画家はいっぱいいます。あの頃はレジェンド級の漫画家だらけでしたから。もちろん、トキワ荘の先生たちからも影響を受けています。

──原先生といえば、今にも動き出しそうな肉感たっぷりの作画ですよね。

 僕は「2Dだけど3Dに見える絵」というものにこだわり続けてきました。ページを開いた瞬間に、読者がびっくりしてのけぞってしまうような絵です。

 実はそういう場面に生で遭遇したことがあるんですよ。『北斗』連載中、電車に乗っていたときのことです。当時は乗客が車内でこぞって漫画雑誌を広げている時代でした。当然ジャンプを読んでいる若い子たちもいて、僕は後ろからとコッソリ覗き込んだわけですよ。そしたらちょうど『北斗』を読んでいて、ページを捲るなり「うわっ!」と驚いたんです。それから隣の友達に「おいこれ読んだか?」なんて興奮気味に語りかけている。それを後ろから見ながら、僕は心の中で「よっしゃあ!」とガッツポーズしました。嬉しかったですね。とはいえ、僕のような若輩がまさか作者とは、車内の誰も信じてくれなかったでしょうね(笑)。

実写のようなデフォルメをめざして

──漫画家以外に、海外のイラストレーターからも大きな影響を受けておられるとのことです。

 池上遼一先生が影響を受けたニール・アダムスさんというアメリカのイラストレーターがいるのを知って、彼の本を洋書屋さんまで探しに行ったら置いてなかったんですよ。代わりに何か買おうと本棚を眺めていて、たまたま「これだ!」と直感したのがフランク・フラゼッタさんでした。何が良いかって、彼の描く筋肉はボディビルの筋肉ではなく、戦う筋肉、戦場の筋肉なんですよ。僕もこんな筋肉が描きたいと思いました。

──フラゼッタは写真資料を模写するのが嫌いだったそうです。そうではなく、想像の中の動的なイメージを勢いよくキャンバスに描きつけていくのだと。これはおそらく原先生の創作のスタンスともつながっているのではないかと思いました。

 そうですね。フラゼッタさんと同じで、僕も写真とまったく同じに描くことには意味がないと思っています。そのため僕の描く絵は、リアルではあるんだけど、漫画なんですよ。要するにデフォルメです。だけど、僕はギャグ漫画のようなデフォルメではなく、実写のようなデフォルメをめざすことにしました。「デフォルメのリアル化」というか。

 たとえば『北斗』では、物理的に考えたらおかしい巨大な敵が登場します。人間ではあるはずなのに、ケンシロウの2倍も3倍も大きい。でもそれによって、敵の強大さや邪悪さを強調することができます。縮尺を無視しているという点では、これも一つのデフォルメですよね。このように、リアルな絵柄でデフォルメを追究していくと、最終的にはフラゼッタさんの絵に行き着くのかもしれません。

──原作品には多くの動物が登場しますが、とりわけ『北斗の拳』の黒王号や『花の慶次 ─雲のかなたに─』の松風といった、馬の存在感は格別です。黒々とした巨躯で、脚部がばんえい馬のように太い風体は、フラゼッタの代表作である『デス・ディーラー』をどこか彷彿とさせます。

 おっしゃる通りです。僕はフラゼッタさんの描く馬を見て、馬の作画のインスピレーションを得ました。基本的に、僕は画家が描いた絵を参考にしています。馬で言えば、実物の馬を観察しながら描くのではなく、画家が描いた馬の絵を分析する。馬の本質を捉えている人のフィルターを通った絵を参考にして、それから実際の馬を見たり、写真を見たりして、比べながら自分なりの描き方を探っていきます。これもある意味でデフォルメ作業ですよね。

堀江さんはお父さん

──フラゼッタさんは画業のみならず、自分の体を鍛えたりスポーツに興じたりすることにも意欲的だったそうです。原先生はいかがでしょうか?

 小学校の頃は漫画の影響で柔道や剣道を習ったこともありましたが、あまり運動は得意ではなかったので、それ以降はやめてしまいました。

 でもプロの漫画家になってから、体力の重要性を痛感しました。『北斗』の頃が特にそうでしたが、体中がガタガタになっちゃった。漫画というものは、きちんとパワーを充電しておかないと描けないものです。だから30代からはジムに通ったり健康に気を遣ったりするようになりました。

 それに、僕はメディアにも出ることがあるので、自分をしっかりブランディングしなきゃいけないと考えています。生前、デザイナーのジョルジオ・アルマーニさんに会ったとき、自分の見た目がファンのイメージを損なうことのないよう、こまやかに配慮することが大事であると学びました。それ以来、僕も汚らしく見えたりすることのないよう心がけています。

──漫画家やイラストレーター以外で原先生に影響を与えた方がいるとすれば、それは今までもたびたび話題に上がっていた、編集の堀江信彦さんなのではないかなと思います。原先生にとって堀江さんとはどんな存在ですか?

 お父さんですね。僕からすれば、堀江さんは一つ上の次元の存在です。堀江さんのおかげで自分のダメな部分を早いうちに矯正することができました。今で言うところのメンターみたいな存在ですね。一方で、僕の描いた漫画で堀江さんも大ヒットを飛ばすことができたわけですから、そういう意味ではお互いウィンウィンな関係と言えるかもしれません。

 最初の頃の堀江さんはとても厳しかった。原稿の描き直しを幾度させられたかわかりません。でも、そこで僕はへこたれませんでした。僕は他の人たちとは違うんだぞ、ということをどうにか印象付けてやろうと思って頑張りました。今では同じ会社を一緒にやらせてもらえているわけですから、そういう意味では僕はかなり頑張ったほうなんじゃないかと思っています。

 

──人間関係という点に関してもう一つ。先生は他の漫画家の方ともご親交は多いほうなのでしょうか?

 僕自身はそれほど親交が多いほうではありません。ただ、奥様と妻が仲良しだからということで、『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦さんとはちょくちょく関わりがありますね。最近でも年に2回ほどのペースで食事をご一緒しています。でも、僕が直接荒木さんに連絡しても返事がなかなか返ってこないんです。僕の妻が呼びかけるとすぐ返事が来ます(笑)。

 よく言われる話ですが、漫画家同士ってあまりうまくいかないものなんですよね。でも、誰かが間に入ってくれれば良好な関係を保つことができる。妻のおかげで、荒木さんとは今でも仲良くできているわけです。

義理人情をもって愛とする

──『北斗の拳』然り『花の慶次 ─雲のかなたに─』然り、原作品に通奏低音として流れている主題は「愛」です。原先生にとって、愛とは何でしょうか?

 やっぱり、義理人情ですね。日本人の価値観の奥底に、ずっとあるものだと思っています。義理人情は、時代ごとにさまざまな姿をとりながら、やがて漫画やアニメといったエンタメにも潜んでいったと僕は考えています。義理人情を真っ向から描いた『北斗』は日本中でブームを巻き起こしたわけです。先人たちの大切な価値観は、漫画やアニメを通じて、知らず知らずのうちに次の世代の子どもたちへと受け継がれていっているように思います。

──最後に、漫画家をされていて一番つらいこと、一番嬉しいことをそれぞれ教えてください。

 一番つらいのは、自分の漫画で人気が取れないことですね。あとは、病気になって描きたいけれども描けない身体になってしまうこと。

 逆に一番嬉しいことは、僕の作品を読んで読者が喜んでくれることです。感想を言ってもらえたときなんかは、本当に嬉しい。作品を通じて世界とつながっている感じも素敵ですね。海外からお招きいただくと、世界中に僕の漫画が好きな読者がいて、彼らのお役に立てていることがわかる。こんなに嬉しいことってないですよね。もっと皆さんに喜んでもらえるように頑張っていかなきゃなと思っています。

──ありがとうございました。

聞き手 本誌:岡本滉太

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