世界の安全保障環境が激しく揺れ動いている。
その淵源にあるのは、米国の安保・防衛戦略の変化である。
防衛戦略の専門家はこの変化をどう見ているのか?
また、同盟国日本はどのような役割が求められているのか?
米・イスラエルによるイラン攻撃についてもご見解をいただいた。
前統合幕僚長
吉田圭秀(画像右)
米ハドソン研究所上席研究員
村野将(画像左)
よしだよしひで:1962年生まれ。86年東京大学工学部都市工学科卒業後、陸上自衛隊入隊。内閣官房国家安全保障局内閣審議官、第8師団長、北部方面総監、陸上総隊司令官、陸上幕僚長などを歴任し、2023年3月より第7代統合幕僚長に就任、25年8月に退職。26年4月より第11代防衛大学校長。米国政府よりレジオン・オブ・メリット・コマンダー勲章、フランス政府からレジオンドヌール・オフィシエ勲章、オーストラリア政府からオフィサー・オブ・ジ・オーダー・オブ・オーストラリア勲章等が授与されている。
むらのまさし:1987年生まれ。拓殖大学国際協力学研究科安全保障専攻博士前期課程修了。岡崎研究所や官公庁で戦略情報分析・政策立案業務に従事したのち、2019年6月よりハドソン研究所研究員。24年7月より現職。著書に『米中戦争を阻止せよ』、共著に『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』『正しい核戦略とは何か』など。
統合幕僚監部の役割とは?
村野 本日は「分水嶺に立つ世界秩序と日米同盟の戦略的再設計」といったテーマで議論を進めていきますが、最初に自己紹介をさせていただきます。私はワシントンD.C.に拠点を置くハドソン研究所に所属しています。我々は、一般的には共和党系のシンクタンクと認識されていて、トランプ政権とも政策的に距離が近いとみなされることがあります。ただここ数年は、防衛・安全保障に関する政策については、党派的というより実践的な研究・提言を行うことを重視してします。また将来日米に必要となる防衛力を見積もるためのウォーゲームも頻繁に実施しており、その成果を各関係部署に共有、意見交換を行ってもいます。
吉田 私は1986年に陸上自衛隊に入隊し、昨年8月に退職したところです。最後は自衛隊制服組トップである統合幕僚長を務めました。折角の機会ですから、統合幕僚監部という組織について少しご説明させていただきます。統合幕僚監部は、防衛大臣の軍事専門的な補佐を行う防衛省の機関です。統合幕僚監部以外にも陸上、海上、航空のそれぞれに幕僚監部があって、これらの四つの幕僚監部が大臣をお支えする体制をとっています。
統合幕僚監部は自衛隊の「運用」、陸・海・空の幕僚監部は「防衛力整備」あるいは「隊務運営」などの分野を担うといった役割分担があります。旧日本軍の言い方を使えば、「軍令」(軍隊の運用・作戦指導)が統合幕僚監部で、「軍政」(軍隊の組織・維持・管理)が陸・海・空の幕僚監部になります。
2006年までは陸・海・空それぞれの幕僚監部が運用を担っていましたが、それが一元化されて、統合幕僚監部に「運用における大臣の補佐」という任務が明記されました。さらに昨年3月には統合作戦司令部が創設されました。統合幕僚監部は大臣のスタッフとして政治を支える側で、政軍関係のジョイントの役割を果たしていますが、統合作戦司令部は陸・海・空の部隊の作戦全般を統括します。
感覚的に言えば、統合幕僚監部は上向きの仕事、統合作戦司令部は下向きの仕事を担うかたちになります。別の言い方をすると、戦略レベルを担っているのが統合幕僚監部、作戦レベルを担っているのが統合作戦司令部になります。私は統合幕僚監部のスタッフたちには、「我々は防衛戦略の屋台骨を担っている」と常に語ってきました。
村野 統合幕僚監部が担っている「運用」とは、具体的にはどのような役割をされているのでしょうか?
吉田 英語で言えば、Shape(形成)、Deter(抑止)、Respond(対処)の三つの役割に分類できます。Shapeは我が国にとって望ましい安全保障環境を創出することで、例えば、正に「防衛外交」としてのインド太平洋地域、NATO諸国等のカウンターパートとの連携も含まれています。
Deterには、大きく分けて二つの要素があります。まずは我が国の防衛力の抜本的強化です。私は在任間次の三つの柱を立てました。①領域横断作戦の戦力化、②統合作戦司令部の新編・即戦力化、③スタンド・オフ防衛能力──日本に侵攻してくる艦艇や上陸部隊に対し、敵の射程圏外(遠方)からミサイル等で対処する能力──の導入・即戦力化です。
国家防衛戦略では、2027年までに我が国が主たる責任を持って侵攻を阻止・排除できる体制をとることを目標にしています。今までのように装備が導入されてから、それをゆっくり戦力化していては間に合いません。導入前から具体的な運用構想等を明らかにし、導入されれば、すぐにそれが戦力化できる状態にすることをめざします。加えて、2027年以降の将来の統合的な運用構想を策定することも、統合幕僚監部の大事な役割になります。
二つ目は、日米同盟の抑止力を強化することです。特に私の時代からは、日米の戦略レベルの連携強化をスタートさせています。
Respondは、何らかの事態が発生した際の対処です。いま国際社会は「動乱の時代」とも呼べる状況で、複合事態が常態化しています。対処すべき任務としては、警戒監視、情報収集、対領空侵犯措置、ミサイル対処、在外邦人等の輸送、災害派遣、海賊対処、捜索救難など極めて多岐に渡ります。これらがほぼ同時期に多発的に起こりますから、その際に1個のボールに集中する小学生のサッカーをやってはいけないわけです。
これらの複合事態への対処は、統幕の重要な部分です。ただし、昨年新たに創設された統合作戦司令部が対処のかなりの程度を担ってくれることにより、統幕は政治とのつなぎに専念できるようになりました。統幕は、ShapeとDeterにより集中することで、戦略レベルの連携を高める体制になったと言えます。
今の国際社会には四つの分水嶺がある
村野 それでは本題に入りますが、まずは今日の戦略環境の全体像をお互いどう認識しているのか。ここを確認したうえで各論に入っていく流れで進めたいと思います。
吉田 今の戦略環境を端的に言えば、地域紛争がグローバル化しているという表現が私にはしっくりきます。転機になったのは、やはり2022年のロシアのウクライナ侵攻です。ウクライナ戦争は歴史的な転換点であって、この年を境にして欧州や中東の地域紛争とインド太平洋、東アジア地域はまったく無関係とは言えず、連関し始めるという状況が出現しています。
高坂正堯先生(国際政治学者、京都大学教授)は、『国際政治』のなかで「各国家は力の体系であり、利益の体系であり、そして価値の体系である」と述べています。この三つの体系に今の状況を照らし合わせてみると、今やロシアは力の体系一辺倒ですし、中国も利益の体系から力の体系にかなりシフトしている。そしてアメリカは価値の体系のリーダーだったのが、今では利益の体系を一番重視している。つまり力と利益の体系が優先されて、価値の体系が後ろに追いやられている。まさにパワー・ポリティクスの時代に入ったと見ることができます。これが2022年以降の国際社会の構造の大きな掴みだと思います。
その上で、私は今の国際社会には四つの分水嶺があると考えています。一つ目が大国間競争と大国間政治の分水嶺です。ポスト冷戦時代の30年を超えて、いよいよ新たな「大国間競争」の時代が幕を開けたのだと考えていました。構図の中心にあるのが、米国と中国です。すなわち法の支配に基づく国際秩序を維持する民主主義国家と、力による一方的な現状変更を試みる権威主義国家との競争の時代が始まったのではないかと。私は米バイデン政権のときにこの構図は固まったと見ていました。けれども、米・中・露という大国が自らの勢力圏を中小国の意向を顧みずに線引きしてしまう大国間政治の時代に傾斜する可能性が出ています。大国間競争のままでいくのか、大国間政治に移っていくのか。この分水嶺が最も重要で大きな分かれ目です。
二つ目は、米国の戦略としてセレクティブ・エンゲージメント(選択的関与)が維持されるのか、それともオフショア・バランシング──直接的な軍事介入を避け、同盟国や友好国が地域の安定を維持するよう支援し、米国はオフショア(沖合)に待機する戦略──に移ってしまうのか。ここが二つ目の分水嶺です。この分水嶺は、一つめの分水嶺と深く連動しています。
三つ目は、東アジアで冷戦状態を維持できるのか、あるいは熱戦になってしまうのかという分かれ目です。かつての米ソ冷戦時代は、実際に冷戦が保たれていたのは第1正面の欧州だけでした。第2正面の東アジアでは朝鮮戦争、ベトナム戦争等の熱戦が起きたわけです。もちろん中東も熱戦でした。
私は「リバース・米ソ冷戦」という言い方をするのですが、今は米中の戦略的競争が主軸になることで、東アジアがある意味では冷戦的な状況になっています。逆にかつて冷戦だった欧州は熱戦になっている。ですからインド太平洋地域なかんずく東アジアの冷戦状態を維持して、熱戦にさせないことが大事になってくる。
四つ目は、経済と安全保障の負の連鎖を繰り返してしまうかどうかという分水嶺です。マーク・トウェインは「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」と言っていますが、歴史を振り返ると1929年の世界恐慌がきっかけとなり保護主義、ブロック経済が台頭したことが第二次世界大戦の大きな引き金になりました。あのときは経済と安全保障の負の連鎖がエスカレートしましたが、その歴史を繰り返さずに止めることができるのかどうか。
現代は、時代の大きな分岐点に差し掛かっているという認識を私は持っています。
大国間競争のほうが大国間政治より はるかにマシ?
村野 一つ目の大国間競争と大国間政治のどちらに傾くのかという点は、軍事大国ではない日本にとっては極めて重要ですね。これは米国がどちらを向くかに左右されるわけですが、私は同盟国である日本はこの流れを決定付ける上で極めて重要な存在であると考えています。冒頭で統幕の役割の一つにはshapeがあるとご説明いただきましたが、まさに我々が米国に働きかけることで、日本にとって有利な国際安全環境をshapeすることが求められています。つまり日本が主体的に負担を引き受けることによって、米国の東アジア地域への関与を優先させる動きが必要になる。後ほどじっくりお話ししますが、ここは日米同盟における役割分担の話に直結することになります。
ご指摘いただいたように、確かに第1期トランプ政権からバイデン政権までは、明確に大国間競争の時代でした。中国とロシアは併記されることもありましたが、どちらの政権も実質的には中国を最優先の競争相手としており、この流れは当分続くのだろうと思われていました。けれども、最近公表された第2期トランプ政権の「国家安全保障戦略」や「国家防衛戦略」は、大国間競争の継続を必ずしも自明視できない内容になっています。
ただ、米中ロの軍事大国が互いの勢力圏を認め合うような大国間政治にシフトしていく流れが確定的になったとも言い切れない。現在トランプ政権は、中南米における中国やロシアの影響力を排除して、この地域の安全を確立することを最優先事項に挙げています。年明け早々には実際にベネズエラへの軍事介入を実行して、世界を驚かせました。さらには米本土を核・ミサイル脅威から守ろうという「ゴールデン・ドーム」構想も打ち出していますから、西半球の守りを固めることを優先しているのは間違いないのでしょう。
しかしながら「(西半球は俺たちの縄張りだが)残りの欧州やインド太平洋地域はロシア、中国が好きにしていい」ということにはなっていません。むしろ、国家安全保障戦略や国家防衛戦略からは、西半球以外の地域においては、各地域で正面に立つ米国の同盟国の役割・主体性を強化して、米国がそれらをサポートすることで中ロによる地域覇権の確立を阻止していくという姿勢が語られています。ですから、単純に世界を米国、中国、ロシアの三つの勢力圏に分けようということではない。
また欧州とアジアとでは、米国の関与姿勢に違いが出てきています。欧州、そして朝鮮半島においては、吉田さんがご指摘されたようにオフショア・バランシング、あるいはバック・パッシング──他国に負担を押し付ける戦略──的な政策に傾斜しているきらいがあります。
その一方で、インド太平洋地域における対中抑止については、米国は依然として主体的に関与しようという意思が伺えます。もちろん同盟国の責任や役割を増やすことを求めているのは同じですが、全てを同盟国任せにして米国の関与をゼロにしようとは考えていない。これは対中抑止にあたっては、同盟国の努力だけでは十分ではなく米国の強い抑止が必要であると認識している人が政権のなかに残っているからでしょう。特にマルコ・ルビオ国務長官やエルブリッジ・コルビー戦争次官などは、そうした考え方を持っています。
ですから、欧州とインド太平洋の扱いには違いがあるわけです。欧州の専門家と話すと、「米国は欧州に対して『自分たちで何とかしろ』と突き放した態度をとっているが、いずれ日本や韓国にも同じようなスタンスで接するようになる」という警告を受けることがしばしばあります。ただし客観的に見ると、やはり米国が欧州とアジアに向ける視線の違いは大きいですし、韓国に対する態度と日本に対する態度にも違いがあります。
吉田 今の村野さんの見立てに私も同意します。私自身も大国間競争から大国間政治に移行すると見ているのではなく、留まる可能性もあるし行ってしまう可能性もあると考えています。まさに我々はいま重要な分水嶺にいるわけです。
私は大国間競争のほうが大国間政治よりはるかにマシだと思っています。フィンランドのアレクサンデル・ストゥブ大統領とお話しする機会を持ったことがありますが、その中で大統領は「ヤルタよりヘルシンキ」と仰いました。1945年のヤルタ会談によって「アメリカ、イギリス、ソ連が勢力圏の線引きをして、フィンランドはソ連圏に入れられてしまった」と語っていました。まさにフィンランドは大国によって中立化を押し付けられた苦渋の歴史があります。
1950年にはアチソン・ラインがありました。これは米国の防衛ラインですが、アリューシャン、日本、沖縄、フィリピンは圏内にありますが、韓国と台湾は入っていなかった。これが朝鮮戦争の一つの引き金になったとの見方もあります。今韓国のメディアは、「第2のアチソン・ライン」という言葉を使うようになっています。今回の米国の国家防衛戦略を見ても、ほとんど北朝鮮には触れていません。米国は中国に関心が行っているので、北朝鮮は捨象されてしまっている。韓国からすれば、見捨てられてしまうのではないかという心配があります。再びアチソン・ラインのようなものが勝手に引かれてしまう可能性が出てくるので、見捨てられる懸念のある国にとっては歓迎すべからざる状況です。
フィンランドのストゥブ大統領は、1975年のヘルシンキ会談についても触れていました。この会談は、大国によって勝手に線引きされたりしないように各国の主権や領土の不可侵性を定めた重要な会議で、今の欧州安全保障協力機構(OSCE)の原点になりました。やはり大国同士が談合するように振る舞う大国間政治の時代が到来することは、世界にとって極めて不幸なことだろうと思います。

