他者は遠い。ましてや異文化を抱える他国民の理解は容易ではない。あちらこちらで被害者ナショナリズムが席巻するなか、異質な他者や異文化をそのメガネで断じる傾きが強まる。
これはもちろん政治的な問題をもたらすが、個人レベルでももったいないことである。本来、他者は異なるゆえにおもしろい。異文化は自分の殻を洗いだす。自分の思考の臨界を知ると世界理解が前にすすむ。それは楽しいことなのではなかろうか。
親元を離れたくて北海道の大学に進んだとき、最初の一年は移り住んだ先になじめず、東京がひどく恋しかった──すべてがその拙いコピーに見えていたのだ。しかし、そのうちに札幌の生活の質、北海道の美しさに目がいくようになると、自分がいかに東京中心主義者だったのか気づき、いやになった。なんでもその基準で推しはかり、不足をあげつらう。そんな態度が自分を貧しくしていた。
文化の異なる国に移り住んだとき、ショックは大きかった──そこはベルギーの田舎町だったが、なにもかもわからなかったのだ。大学の図書館が午後5時に閉まるのは良しとしよう。しかし閉館10分前に滑り込むと、そこで止められる。なんでも閉館時間とは、館員がすべてを終え、ドアの外に出る時間だとのこと。とぼとぼ帰る途上、あちこちにある街角のマリア像に見入る。
南に行くともっとびっくり。ヴェネチア郊外に住む友人に会いに公共バスに乗ると、普通車に対して追い越しをかけた。目を丸くする私はまだナイーヴだった。フィレンツェに行くというと、「泥棒が多いから気をつけろ」と言われる。さらにナポリに南下するというと、「パンツまで盗まれる」と脅かされる。中央駅に着いた私は、女装した大柄の男性娼婦がうろうろしているのを見て、逃げ帰りそうになった。
翌日気を取り直して、観光もそこそこにレンタカーでナポリ市街を出ようとした。悪評は聞いていたので恐る恐る公道に出た。車体も車線もウィンカーもサイドミラーも良し。順調に走っていたのだが、あるとき自車線のはずなのに向こうからヴェスパの大群が迫りくる。しかし、ぶつかるかと思いきや、直前にきれいに左右に分かれ、何事もなかったかのように通りすぎていった。何のことはない。空いているスペースは使うということだったのだ。秩序は幾通りもある。イタリアのカオスは美しかった。
その後、私はヨーロッパのこころに迫りたくなり、カトリシズムの研究に一時没頭した。ローマ教会が定式化し、のちにEUの立憲原理となった「補完性」理念に出会ったのもそのころだ。注目していたジャック・ドロールというEU「中興の祖」は敬虔な信者で、演説ひとつ理解しようにも戦間期の仏思想家エマニュエル・ムニエとそのペルソナリズムまでさかのぼる必要があった。あの頃の自分がカトリシズムに惹かれていたのは否定しづらい。
超越を見通せなかったからか、なぜか踏みとどまり、私は入信しなかった。ある神父さんと親しくなり、さんざんカトリック談義をしたアッシジからの帰り道、「君はところでキリスト者かね?」と聞かれた。てらいもあり不用意に「Atheist(無神論者)です」と横文字で答えた。しばし私を見つめた彼は、「そうですか、ではあなたは毎日神を信じない努力をしているということですね?」と返した。そんなことを考えたこともない私は絶句した。
異文化との接触は自分をあぶりだす。驚きや恥は豊かさの宝庫。向こう岸の他者への感覚を研ぎ澄ませたい。
東京大学教授
