『公研』2020年6月号「対話」

八十田博人・共立女子大学国際学部教授×福島良典・毎日新聞社論説副委員長

新型コロナウイルスの猛威にイタリアはいち早く晒されることになった。政府はいかに対応して、市民はそれを受け止めたのだろうか。イタリアは政治制度の先駆的な試みが行われている国でもある。コロナ危機を通じて、民主主義はどのように変貌していくのだろうか?

 イタリアを襲った新型コロナウイルス

八十田 いま新型コロナウイルスが世界中で蔓延していますが、なかでもイタリアではいち早く感染が拡大し、甚大な被害が出ました。6月初旬の現段階ではこの危機を乗り越えつつありますが、3万3千人を超える死者を出すことになりました。今日は最初にイタリアの現状とジュゼッペ・コンテ政権のコロナ危機への対応を見ていきたいと思います。その上で、政治システムの先駆的な実験が行われているとも言える現在のイタリア政治に注目し、さらにはコロナ危機後のEUのゆくえについて考えてみたいと思います。

 まずはコロナがイタリアを襲ったことを受けて、福島さんはどのような印象を持たれましたか?

福島 最初に思ったのは、EUはしんどくなるだろうなということです。コロナ危機は、EUにとって、2009─10年のユーロ危機、2015年に中東やアフリカから難民らが殺到した難民危機に続く第三の危機になりました。Brexit(英国のEU離脱)で疲弊したところに、さらに大きな一撃が加わった感じです。今回の対応を見ていても、従来から言われていたEUの問題点が出てしまったところがある。国境を越えてくるウイルスに適切な対応ができず、国家を超えてEUとして関与することの限界を露呈することになりました。

八十田 イタリアを救うしか選択肢はないわけですが、EUの対応は遅かったし不十分でした。イタリア国民からすれば、EUに見捨てられたという思いを強く持つことになりました。いま今後の経済支援について議論されていますが、相変わらず北と南の対抗関係は明確になっています。健全な財政を求める北の4カ国と援助が欲しい南の諸国による構造的な対立軸はここでも顕著に見られる。イタリアとEUの関係はかつてないほどに悪化しています。

福島 なぜイタリアが欧州で最初に感染が拡大した震源地になったのか、しかもなぜイタリア北部だったのか。北部には中国人が働いている繊維工場などがあって、中国との経済関係がありますから、それが一因ではないかとも言われています。北部はイタリアを引っ張っているエンジンですから、そこが壊滅的な打撃を受けると、今後のイタリア経済は大丈夫だろうかと心配しています。

 日本では、イタリアは悲劇的な状況になっていると繰り返し報道されました。けれども、時間が経つにつれてコンテ政権はこの危機にある程度は対応できていたと前向きに評価されています。危機の最中にはイタリアの弱点もさらけ出すことになりましたが、同時に底力も浮かび上がることになりました。今日の「対話」では、そうしたポジティブな側面についても触れていければと思います。

八十田博人・共立女子大学教授

八十田 北部のロンバルディア(州都ミラノ)とベェネト(州都ヴェネツィア)の2州で被害が拡大したことは、象徴的な意味がありますよね。この2州はイタリアで最も豊かな地域で、人の行き来も盛んです。イタリアの心臓部ですから、ここで感染が拡大したことは経済的なダメージが大きくなることを意味します。

 イタリアは3月9日からロックダウン(都市封鎖)に踏み切りましたが、背景には南北問題があります。経済的に豊かな北部に対して、貧しい南部は医療インフラも脆弱なので、南部で感染爆発が起こるとより深刻な事態になることは目に見えていました。なので、北部から南部あるいはその逆も含めて、人の流れを止めるためには封鎖せざるを得なかった。インフラが整っている北部で留める判断がなされたわけです。

 そのため3月初旬には、鉄道の駅に大挙して人が押し寄せることになり、列車は阿鼻叫喚の状況でした。イタリアであれだけ列車に押し込まれる光景はこれまでに見たことがない。ロックダウン中のミラノの街の様子がテレビ中継されていましたが、本当に人っ子一人いない感じで静まりかえっていました。私はイタリア人がマスクを付けることすら想像がつきませんでしたが、みなマスクをしていて政府の要請にきちんと従っていましたね。

島 意外と言ったらイタリア人に失礼ですが、国民は外出禁止令に概ねきちんと従っていました。有名なコラムニストであるベッペ・セベルニーニ氏がニューヨーク・タイムズ紙に「イタリア人は規律に従わないことで有名だから、唯々諾々と従っていることに驚くかもしれない。でもそれは違う。ルールが合理的であると判断したときはそれに我々は従うのだ」というようなことを書いていました。確かにイタリア人は、みんな外出を控え自宅に留まっていました。それが最も適切だと考えたわけです。

再確認されたイタリア社会の人間関係の厚み

八十田 日本人はイタリア人に対して、気ままでいい加減だという先入観がありますよね。今回もそのような報道がずいぶんなされていました。けれども、実際のイタリアは法理には非常にガチガチの態度をとる国で、役所も文書主義が徹底されています。今回も外出時には、インターネット上からダウンロードしてプリントアウトした書式に記入した外出理由書を所持することが求められました。同じことを日本でやったら、かなりの抵抗が出たと思います。

 こうした決断を実行できた背景には、法的な根拠がもちろんありました。ユーロ危機の際にも多用されましたが、「デクレート・レッジェ」と呼ばれる手法があります。これは日本語では「法律的政令」と訳されますが、危機の際には議会の承認を経ずとも官報掲載後に即執行ができる。60日間の期限内に議会で法律にしないと以後は無効になりますが、素早い対応を可能にするわけです。今回は、これが次々と出ました。

 ですから、イタリア人は決して気ままに能天気に振舞っているわけではない。この危機でも明らかになったイタリア人のこうした面を知ってもらって、日本人のイタリアへのヘンな先入観を少しでも修正できればいいと思いますね。

福島 まったく同感ですね。コロナ危機を通じて、イタリア人の濃厚な人間関係や草の根の市民の力などイタリア社会の良い面が再確認されたと思います。今回、ミラノにあるアレッサンドロ・ヴォルタ高校のドメニコ・スクイラーチェ校長が生徒学生に向けて送ったメッセージが世界的に有名になりました。一部を抜粋して紹介します。「このような危機における最大のリスクは、社会生活や人間関係が損なわれ、市民の暮らしが野蛮になることです。目に見えない敵に脅かされると、人間は本能的に、至るところに敵がいるかのように感じ、私たちの同類まで脅威とみなしてしまう危険があります」として「社会の仕組みと人間性を守るために、理性的な思考力を働かせましょう」──。こうした意識はイタリア人に共有されていたところもあって、都市封鎖期間中でも人々がバルコニーに出て楽器を演奏して、近所の人々とワインを楽しむ場面がありました。

八十田 三色旗を竿の先につけて振っている光景が印象的でしたね。

福島 イタリアは、もともと家族や親戚が集まる機会が多い国民性ですよね。毎週日曜日に親戚で集まってお昼を食べたりすることが日常的に行われています。コロナ危機の最中においても家族や隣人との人間同士の交流を維持していこうという強い思いがあることは日本にもよく伝わりました。

八十田 イタリアはよく地中海的福祉国家と呼ばれています。福祉国家の部類のなかでは、働き手を中心に制度が構築されている保守主義的な制度です。福祉インフラは欠けているところが多いんですが、それを家族や友人の人間関係で補っているのが地中海型です。近所にフラフラとしている若者がいたら、「これで映画でも観てこい」なんて言って小遣いを渡すような知り合いのおじさんがいたりする。都会に住んでいても、日曜日に実家に帰る人は本当に多いですよね。私はフィレンツェで弁護士見習いの30歳過ぎの男とルームシェアしていたことがありますが、彼は毎週末にピサの実家に帰っていました。洗濯物をお母さんに持っていくわけです。

 ちょうど都市封鎖される日に、ミラノからローマまで14万円のタクシー代を払って実家に帰った人のことが紹介されていました。危機のときにはそれだけのお金を使ってでも実家に帰りたいと。笑い話のようですが、イタリア的なストーリーだなと思いますね。

 けれども、このコミュニティの結束の強さが悲劇を生んだ側面もあって、それがこの病気の皮肉な性質でもある。イタリアの厚い人間関係を襲うような悲劇があちこちで起きました。そこを突かれたとも言えるわけです。彼らの行動様式が今後変わるかどうかはわかりませんが、イタリア社会にとっては大きなショックだったと思います。

福島 感染拡大の原因究明については医療機関が研究を急いでいるのだと思いますが、イタリアに関しては濃厚な人間関係が感染を拡げてしまった側面は否めませんね。

八十田 医療崩壊という言葉が盛んに使われましたが、誤解を与えたくないのはイタリアの医療水準自体は低くないことです。それから満足度も意外に高いんです。ただ、インフラは明らかに足りていなくて、特に南部は病床数が少なかった。これはユーロ危機の頃から続いている構造的な問題で、左右を問わずに行ってきた財政削減の影響が現れています。それでも北部は、まだインフラは整っています。いま連立政権を担っている五つ星運動も民主党も南部を支持基盤にしていますが、北部を見捨てて南部を守ったわけではありません。南部に感染が拡大してしまうと収拾がつかなくなる。

福島 イタリア国内の南北問題は、コロナ危機を世界規模で考えた場合も示唆するところがあります。感染拡大は都市化が進んで国際的な交流が盛んな先進国で発生し易い傾向があって、医療インフラが貧弱な途上国に拡がってしまうとたいへんなことになってしまう。この構造的な問題が、イタリア国内に凝縮されている感じがします。

八十田 北部には国際的なシェアでニッチを持っている中小企業がけっこうあって、彼らはヨーロッパ中を行き来しています。小回りの効くグローカルな企業ですね。ですから、彼らがどこかの都市で感染してイタリア国内に持ち帰った可能性も指摘されています。世界に行きながら自分のコミュニティも持っている人たちがここで移動する。北部のイタリアの経済・社会の特性も影響している、いかにも北部らしい話です。

国民を支えたマンゾーニの『いいなづけ』

福島 コロナ危機を通じてイタリア西洋文学の古典が再び脚光を浴びたことについても一言触れておきたいと思います。アレッサンドロ・マンゾーニの長編小説『いいなづけ』やジョヴァンニ・ボッカッチョの『デカメロン』のような感染症がらみの作品です。過去に同じような災いに見舞われても乗り越えてきたことを作品によって確認することは、見えないところでイタリアの民心を支えていたように思います。

八十田 『いいなづけ』は日本人が高校で『源氏物語』を学ぶように、イタリア国民の間で広く共有されている国民的なストーリーで、何度も映画化されています。ただ、カトリック的なストーリーですから保守派に政治的に利用されたこともあります。祖国愛の物語でもあるし、現代のイタリア語を形作ることに貢献した国民の共有財産とも言える永遠の古典です。マンゾーニはイタリアで一番読まれている作家ですね。ペストに襲われながらも苦労を越えていくストーリーが国民の意識に入っているわけです。今回のコロナ危機ではその再現が日々起こったとも言えますが、こうした古典の存在はコロナ危機に立ち向かう上でも大きな意味を持ったはずです。その影響力は我々の想像以上のものがある。決してバカにできません。

福島 イタリア国民の折れない精神的な強さと繋がっているところがあると感じましたね。証明することはできませんが、芸術の力が国民を支えたのだと思います。

八十田 マンゾーニはまさに国民文学で、ボッカチオの『デカメロン』のほうは滑稽話がいっぱい入っている。今我々がお笑いでストレス解消しているのと似ているところがありますね。

福島 まさにそうですね。

八十田 ラファエロの没後500年を記念する展覧会がローマのスクデリエ・デル・クイリナーレという展覧会場で再開しました。名前の通り、大統領官邸のクイリナーレ宮殿の近くで、この会場で行われる展示は、ボッティチェリがダンテの『神曲』の世界を描いた絵などイタリアの文化国家としての威信をかけた企画が多いんです。今回のラファエロ展は3月初めにオープンしていたのだけど、コロナのためにわずか2日間で閉じていました。それが6月2日から再開されましたが、この日はイタリア人にとっては戦後の共和制を選択した国民投票をやった記念すべき日です。こうした展示に危機からの再生への想いを込めているわけです。

福島 機を同じくして、6月3日からは入国規制が緩和されてEU各国からの旅行者がイタリアに入れるようになります。イタリアでは5月4日からロックダウンが解除され、5月18日からはレストランなどの営業も再開しています。日本では、5月25日から首都圏でも緊急事態宣言が解除されましたが、イタリアは経済活動の再開が1週間くらい前から始まっている。そういう意味では、先に緩和を始めているので、参考になります。

八十田 入国規制の緩和はこの時期に再開しなければ、観光業にとって一番の稼ぎ時である夏に間に合わなくなるという思惑もあったのでしょうね。さっそく文化観光省は夏のイタリア観光に向けたキャンペーンを始めています。

 コロナ危機後のイタリアを考えるうえで問題になるのはやはり経済ですね。危機前からすでに財政状況が悪いにも関わらず、長期にわたって低成長が続いていることが経済の課題になっていましたが、そこにコロナ危機で深刻なダメージを受けた。経済を復興させることは難しい課題になります。

福島 産業の中心である北部が打撃を受けたことがイタリア経済にとっては、深刻な事態です。

八十田 EUも復興支援を打ち出していて、今回のウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長の提言の目玉の一つになっているのがいわゆるグリーン・ディールです。これは、温室効果ガスの削減と経済成長を同時に実現することをめざすもので、どうせ投資をするのであれば環境面に配慮すべきという考え方ですね。コロナ前には17歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリさんが脚光を浴びていたこともあって、気候変動問題への関心が高まっていたことが背景にはあります。

 けれども、コロナ危機の最中にグリーン・ディールを打ち出されてもピンとこないところがありますね。

福島 ヨーロッパ北部の国々の発想ですよね。グリーン・ディールで人々の心を惹きつけられるのか? ここは一つの焦点になるのだと思います。北部の国々の「意識の高い国民」はついてくるでしょうが、南欧を中心とする自分たちの明日の暮らしに不安を抱えている人々にとっては「環境どころじゃない」という気持ちもあるでしょう。

八十田 確かにそうですね。ピンチをチャンスに変えるような知恵として今グリーン・ディールは語られていますが、ここには温度差がある。イタリアでは、フェーズ2に入った途端にジェノバの鉄鋼会社でデモが起きています。デモは人が密集しますから本来であれば避けなければならないが、仕事しなければ自分たちの職を失うことになる。そうした古いタイプの経済で生活している人たちがまだたくさんいます。人がいるわけだから、本当はそこにこそお金を入れなければならないはずです。

危機対応で支持率を上げたコンテ首相

福島良典・毎日新聞社論説副委員長

福島 次にこの間のイタリア政治を題材に今後の民主主義について考えてみたいと思います。イタリアは、西側の民主国家で初めて全土封鎖に踏み切った国となりました。民主的な体制下において、強制的なこうした措置がきちんと機能するのかどうか注目されることになりました。結果から言えば、うまく機能したのだと思います。

 人々の懐の深さも背景にはあった気もしますが、いま必要なことは何なのかという危機感の共有があったからこそ、政府が導入した措置にみんなが「今は仕方がない」と従った。その意味では、外部からの脅威に対して政治と市民がそれぞれどのように対応するのかという点でモデルケースなりました。都市封鎖まで実施することには懐疑的だった国々も結果的にイタリア的な措置をとらざるを得なくなっていきました。そういう点でも今回のイタリアは、先駆けの役割を果たすことになりました。

八十田 いろいろな社会勢力の助けがあったために、強い措置が可能になったところがありますね。一般的にイタリアは北部では、いわゆる市民の結社や各種団体の組織率も高く存在感があります。逆に南部ではそれが弱いと議論されています。日本では結社や団体は衰えましたが、特に北部イタリアではこうした際には未だに大きな存在感を発揮します。北部は情報インフラも整っているしリテラシーもありますから、危機に見舞われても市民はパニックになることなく正しい情報にアクセスすることができた。この背景にも様々な社会勢力の助けがあったことが伺えます。

 それから、いろいろな社会の立場の人たちからの具体的なアクションがあったことも見逃せません。例えば、大富豪でもある元首相のベルルスコーニ(現在は欧州議会議員)は企業の展示会などが行われるミラノのフィエーラ(見本市会場)につくられた臨時病院に私財を提供することを約束しました。ミラノを基盤にしているジャンニ・ヴェルサーチも、病院や研究機関を支援するために資金を提供すると表明しました。彼らがいち早く支援を申し出たことで、それに続く人たちが続きました。やはり北部にはお金も知恵もあるし、団体や組織にも力がある。こうした社会の一体感は、市民の側の士気を維持することにもつながっています。こういう時のリーダーシップは、とても大事ですよね。

 もちろん、膨大な数の感染者・死者が出ましたから、結果的にはそれを捌き切れなかった中央と地方の政権の対応については、評価がわかれるでしょうが、右派左派を色眼鏡で見て、どちらが良かったとか悪かったとか判断しても仕方がない。

福島 今回とても興味深いと思ったのは、コンテ首相の支持率が42%くらいまでグーンと上がったことです。内閣支持率も40%くらいで安定しています。コロナ危機で信頼を高めたところがある。逆に北部のベェネト州、ロンバルディア州を基盤とし、移民排斥を掲げる右派ポピュリズム野党の同盟は支持を落としています。

 ドイツでも同じように、右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢」があまり振るわない。短期的にはコロナ危機で、ポピュリスト勢力が支持を下げている傾向が見られます。非ポピュリスト的な指導者が支持を取り戻している。メルケル首相もそうですね。

 日本ではイタリアの惨状を伝える報道が多かった印象ですが、国民は自国の対応が失敗だったとは思っていないようです。それを裏付ける世論調査のデータがあります。「今回のコロナ危機で一番良い対応をした国はどこか?」という質問に「イタリアだ」との回答が一番多くて21%でした。2番目がドイツで17%、3番目が中国で13%です。イタリア人の2割は自国の対応を評価しています。テクノクラートであるコンテ首相や政権に対する高い支持率にもそれが表れている気がしました。

危機の際には政治家は頼りにならない?

八十田 いま福島さんから「テクノクラート」という言葉が出ましたので、少し説明しておきます。彼らの中には法学者のコンテ首相のような大学教授も多いのですが、いわゆる学術論文や教科書はあまり書きません。時事論文はたくさん書きますけどね。政策に対する理解は極めて高いものがあって、コンテ首相もその例外ではありません。内閣に呼ばれるテクノクラートは、実務能力に優れた人が多いという特徴があります。イタリア銀行総裁から首相になって財政危機を救ったチャンピ元大統領なんかは、超エリートですからその手腕には疑いがなかったと思うんですが、大学教授クラスの人たちでもかなり実務に優れている印象があります。ポイントは、イタリアの憲法は日本と違って、有権者による選挙を経ていない議員ではない人でも首相になれることです。

 テクノクラートが首相になることは過去に例があって、最近ではユーロ危機後も経済学者のマリオ・モンティが首相を務めました。この時は、右左、中道の主要3政党が彼に乗っかるかたちで成立しました。

 2018年に行われた総選挙では、日本でも注目を集めた左派的なポピュリズム政党の五つ星運動が大勝します。同じくポピュリズム政党である右派の同盟との連立政権が発足しましたが、この時に担がれたのが今のコンテ首相です。けれども、昨年夏に両党は高速鉄道建設問題や移民問題などの政策をめぐる対立から決裂します。9月に同盟は下野することになり、五つ星と中道左派の民主党による新連立政権に切り替わります。

 コンテ首相は二つのポピュリズム政党に担がれたにも関わらず、この間を通じて信頼を集めて一番信頼されるリーダーになりつつある。昨年8月の与党割れの騒動を思い返すと、政治的には今の現象はとても興味深く見ています。

 五つ星運動と民主党の左派同士は半ば近親憎悪のように選挙区を奪い合う関係で、五つ星については同盟との連立にまだ未練を持っているところもあるのでしょう。ただ経験豊富な民主党と組んだことはガバナンスとしてよくなっているし、組み合わせとしても本来悪くないのだと思います。五つ星運動はどうしても経験に乏しいし、掲げる政策にしても危ういところがある。同盟と組んだときには、彼らのほうが経験はあるので引っ張られたところがあった。同盟はかなり言挙げすることで脚光を浴びようとするややこしい政党ですからね。

 この期間に法務大臣の不信任決議案が出るなどややこしいことは、いっぱい起きていますが、コロナ危機に対応するためにもお家騒動どころではありません。そうしたこともコンテ政権の安定につながった。

福島 今のイタリア政治で、ポピュリズム政党が右派(同盟)と左派(五つ星運動)の両方に存在していることは非常に特徴的ですよね。ポピュリズムが問題になったときにイタリア人の学者と話をしたら、「イタリアはベルルスコーニ(元首相)で世界に先駆けてポピュリスト政治家を経験したから大丈夫だ」と言っていました(笑)。五つ星運動が勢力を増して政権を担うことになった時も国民はあっさり受け入れたわけではないでしょうが、社会的受容度は他の国よりも高いところがある。イタリアは政治的な変化に関しても世界より一足先に経験するかたちになっています。

 伝統的な政治家よりもテクノクラートであるコンテ首相のほうが評価は高いのは、イタリア人の政治家に対する不信があるのだと思います。政治家よりもきちんとした実務家が望ましいと。モンティ政権がユーロ危機を乗り切ったように、コンテ政権がコロナ危機を乗り切ることになれば、どちらもテクノクラートです。いざ頼るとなった時には政治家ではないわけです。民主政治において、これでいいのだろうかと疑問を覚えるところは正直あります。

八十田 この問題は私も常に頭にあることです。危機の際にはテクノクラートに委ねられたほうがいいと国民が考える根底には、やはり政治家不信が根底にはあるのでしょう。右派にしても左派にしても政治家の信頼は低くて、多くのイタリア人は政治家をシニカルに見てしまうことが習性のようになってしまっている。

 ユーロ危機のときに見えたことは、政治家がテクノクラートに責任転嫁しやすいという側面です。経済財務大臣のほとんどがテクノクラートになってしまったのは、財政を立て直すことが火中の栗を拾う仕事になるからです。昔だったら利権山分け大臣として旨みがあったポストもユーロ危機以降は、増税や歳出削減の実行を求められる嫌われ者役になりました。政治家からすれば、その役割はテクノクラートを当て込んで、ある意味では彼らに任せておけばいいところがある。政治家は、自分たちが目立つところだけで自由に政争できる。同盟のマッテオ・サルヴィーニなんかはまさにそうですよね。移民問題にテーマを絞って有権者の関心を集めればいいわけです。

 そういう意味では、テクノクラートは政治家にとっても使い勝手の良い存在です。けれどもテクノクラートを認めるときには、当然それを支持する政党が必要になります。しかもイタリアの場合、議会は両院とも平等ですから両方の信任を得なければならない。ということは、多数派は絶対に支持する勢力として必要です。

テクノクラート政権は非民主的なのか

福島 そうですね。議会の支持がなければ、指導力を発揮することは不可能です。

八十田 コンテ首相は五つ星運動と民主党に担がれていますから、その点では安定していて与えられた権限をうまく使うことができた感じがしますね。五つ星運動からも民主党からも造反議員は少しずつ出ていますが、何とか多数派を維持できている。過去の左派政権はいろいろな内部崩壊によって倒れていくのが一つのパターンですが、やはりこの危機を乗り切るためにも政権を支えようという力学が働いたのだと思います。

 それから彼は元々法学者だったキャリアもプラスに働いたのかもしれません。つまり、やれることとやれないことをはっきりと区別することができる人物です。それを経験豊富な民主党が支えれば、結構いい格好で守ることがきる。

福島 確かにテクノクラート内閣のほうが、不人気政策をとりやすい、あるいは政治家がとらせやすいとも言えるのかもしれません。いまコロナ危機で大打撃を受けた経済を立て直すべく世界中の国々が公的資金を投入していますが、いずれは財政を健全化させる方向に舵を切らなければならない。歳出削減をするか、増税をするかしかないわけですが、どちらも政治家はやりたくない仕事ですから、これをテクノクラートにやらせるようと思う人がいてもおかしくないし、有効な手段と見ることもできる。

 けれども、テクノクラート内閣にはどうしても正統性の問題がつきまとうことになります。今のコンテ首相は、両院の多数派の支持を取り付けていますから、民主的な正統性は担保されていると考えることもできるかもしれません。しかし選挙を経て選ばれた議員が議会を構成して、そこから内閣がつくられるのが議院内閣制の大原則です。そう考えると、テクノクラート内閣はやはりイレギュラーな存在です。五つ星運動は、ユーロ危機に対応したテクノクラートであるモンティ内閣への批判から生まれた背景があります。要するに「モンティ政権は非民主的である」と主張したわけです。

 ですからテクノクラートが長期にわたって政権を担当する場合は、「非民主的である」という批判をどこかでかわさなければならない。それに答えられないと、まさにポピュリストの餌食になってしまう。そこをどう立ち振る舞うのか。コンテ首相はうまく対処している感じがしますが、そういう構造的な問題があります。

進んで国家に従うことは主権の放棄につながりかねない

八十田 今のコンテ首相は、他ならぬ五つ星運動の支持を受けているところがおもしろいところですね。元々彼は、五つ星運動ができる前は民主党とも人脈がある人でした。左の人ですが、極端な考え方をする人ではありません。なんだかんだと言っても今、五つ星運動が議席は多いですから、民主党の手練れの人に全部仕切られないところもあって、そこはいいバランスだと思うんです。

 けれども、本来テクノクラート内閣は時限的であるべきです。危機を収拾したら退場するくらいの覚悟で、それだけをやってもいい。そのために政党がやらせて議会の多数派を保証するという仕掛けです。もともと長期化したらおかしいんです。

 今回の危機対応に関して言えば、先ほどもお話ししましたが、政府の緊急対策を法律的政令という形で次々に出したことには当然批判があってもおかしくありません。実際「出しすぎだ」という議論は野党からすでにある。多数派だから、どこかでそれを法律化できるので、合法性は担保できるにしても、結局それは決断主義になりかねない。もちろん今は危機だから正当化されて、テクノクラートがやってもいいことにはなっています。ここに対しては、いろいろな反論があり得ます。まさに野党である右派はそこを狙っていて「規制が厳しすぎたのではないか」と訴えかけることが可能ですよね。

 今はソーシャルディスタンスをキープするための監視役にソーシャルワーカーを使うことが争点になっています。フェーズ2に入ってから、街に繰り出す人の数が増えてきています。そうすると過密状態になることもありますから、「離れてください!」と注意を促すわけです。それを6千人規模でやることが検討されていますが、野党からは「そこまでしなくてもいい」という意見が当然でています。地方自治体のなかには、そうした役割を望んでいるところもありますから、批判するにも決定的な攻撃材料を欠いているところがあります。感染症がいつ再び猛威を振るうかわからないので、コロナへの対策はしておくに越したことはないですからね。今の時期にアメリカ流の個人主義みたいなことを主張しても、そればかりがイタリアで受けるわけではない。

 ポピュリズム政党にしても、今は大きな仕掛けをやりにくいところがあります。そもそも今はソーシャルディスタンスが大前提ですから、動員ができない。これが何か色々な側面で民主主義の風景を変える可能性がありますね。

福島 もう一つ興味深いと思うのは、今回のような感染症危機下において人々が進んで強制的措置を受け入れる『自由からの逃走』的な側面があったことです。これが行き過ぎるとルールを守らない人に対するバッシングや批判につながりかねないところがある。実際に日本でもそうした場面が見られました。しかし、感染症の蔓延を食い止めるためには強い措置をとらざるを得ないわけです。民主的な振る舞いの中でどうやってそれを進めて行くのか、ここは極めて難しいハンドリングを迫られている気がします。

 今回は国家が非常に前面に出た場面ですよね。これは一時的には止むを得ない部分もあるんですけど、進んで国家に従うことは非常に政治的リスクが高いのだということを自覚した上でやらないと、主権の放棄につながりかねないところがどうしてもある。そこは常に注意しなければならない気がします。

八十田 その問題に対して、もしかすると救いになるかもしれないのはイタリア人がそんなに国家を信頼していないことです。

福島 その通りですね

八十田 日本の場合は、どうしてもバッシングのほうがきつくなってしまう。なぜなら、国家に対して歯向かう人が少なくて、むしろ圧力は社会の中で一方向になってしまう。そして、政府の進める対策に一致をしない人に批判が向かうことになる回路が働いてしまう。逆に幸か不幸かイタリアは国家を信用している人があまりいない。ネガティブな圧力のなかで一方向に向かうのではなくて、たぶん「もっと自由にしよう」と言う人と「そうは言っても規律が必要だ」と考える人の対抗関係は日本よりも拮抗しています。日本の不幸は、そうした回路が働かないことだし、逆に言えば「国家なんかどうでもいい」と言い切れる人もあまりいないことが、なんか逆に窮屈な感じをつくっているのかもしれませんね。

 もちろん、イタリア人のシニカルな側面は悪いほうに出るときもあります。全面的な政治不信にもつながりかねないし、投票率を見ても選挙によってはかなり低いときもあるし、国民投票が有効投票率に達せず無効になったこともあります。それが政治的な停滞を及ぼさないとは必ずしも言えない。

福島 テクノクラート政治の陥穽について一点だけ付け加えると、ややもすると賢人政治に行きかねないところです。優れているエリート指導者が治めていればいいじゃないか、という一種の選択権の放棄に行き着きかねないところがあります。「立憲主義的な賢人政治」への志向と民意第一の民主主義との対峙関係をどううまくバランスをとるのか。それが今世界中で問われているのではないか。テクノクラートに頼り切っていると、民主主義側の体力が弱ってしまうという危惧はあります。

五つ星運動と同盟

八十田 コロナ危機が起こる直前に我々が注目していたのは、今年の1月26日に行われたエミリア・ロマーニャ州での州知事と州議会議員選挙でした。ここは左派の牙城とされていましたが、いよいよここでも同盟が勝利するのではと注目が集まりました。あの時には、人々が集って同盟のサルヴィーニの台頭に抗議する「イワシ運動」が起こりました。結果的には、中道左派政党が勝利することになった。

 五つ星運動は、ネットやSNSを駆使した政治運動で頭角を現してきたところに特徴がありますが、ネットだけではなくて公園や街頭での集会をとても重視しています。集会をネットで配信して、それを見た人たちを集会に呼び込むことで相乗効果を生んでいました。従来型のメディアであるテレビや新聞ではないことがポイントでした。

 ところが今は、人々が密集することを避けなければなりませんから、ポピュリストたちの最大の武器である集会が十分に使えない。今はテレビのような距離のあるメディアが再び求められています。いずれにせよウェブやSNSは、イタリア政治の展開において無視できないものであることは間違いありません。ジョルジャ・メローニという女性リーダーが率いる民族主義的な要素のある政党「イタリアの同胞」が伸びてきた背景にも彼女のSNSの使い方もあったのだと思います。

 ただ、SNSが既存の政治に決定的な打撃を与えるとはなかなか思えないところがあります。やはり、本当に政治が変わるときには社会的な動員がどうしても必要になって、それがネットに打ち返される相乗効果によって、争点が定まってきて物事が動いて行くはずなんです。今後、民主主義のそうした回路が働くのかどうかは見通しが付きません。やはり民主主義の危機と言える側面はありますね。

福島 まさに五つ星運動はネット政党だったと思います。選挙の立候補者をネットで公募して、サポーターがネット投票して立候補者を決めています。今ご指摘にあった集会の様子を撮影するお抱えのカメラマンもいるんです。それをネットに流すことで支持を拡大していくネット依存型の政党です。ただネット依存度が高いことは、政策成熟度の低さに結びつきがちです。どうしても重心が低くなくて、常に危うさがつきまとう欠点があります。そうは言っても、政権を担う与党ですから今の経験をこれからどう活かしていくのか注目です。

 政党は民意を吸い上げる装置でもありますが、コロナ禍によって、人との距離を保つことが求められることになれば、そのあり方も新しい姿が模索されることになる。けれども、現状では政治・メディア・人々の関係があまり見えてこない。フォルツァ・イタリアのベルルスコーニ元首相のテレビ型政治と五つ星運動のネット政治を比較するケースがよくありましたが、これがコロナ危機の影響でどう変わっていくのか。とても興味深いですね。

八十田 同じようにポピュリズム政党と見なされている同盟は、またちょっと違った存在です。同盟が伸びてきた過程を振り返るとサルヴィーニが素晴らしいアイデアを出すというより、わかりやすくて力強いメッセージを掲げていたことにあるのだと思います。ワンフレーズ政治の強さですね。同盟は、地方政権も持っていて長い歴史があって右派政権の一員を担った経験もある。だから同盟は決してネット政党ではありませんよね。彼らもちょっとずつ変わっていますが、人脈にしてももっと地に足が着いている印象があります。

福島 同盟のほうが伝統的な政党に近いですね。

八十田 サルヴィーニは、行き当たりばったりな発言をしている印象ですが、国民の琴線に触れるものがいくつかある。やはり戦略を練っている人がいて、今サルヴィーニの下にいるジョルジェッティという参謀役がいろいろなアイデアを出している。今回おもしろかったのは、「これまでも治安を強化するために監視すべきだったのにあなたがたは抵抗したじゃないか。コロナ禍においては、あなたたちは国民を監視するのか」と主張していた点です。とってつけたような理屈ですが、うまく考えられている。

 実際のところ、彼らにどのような社会ビジョンがあるかはわかりません。ただ、減税を訴え続けていることは一貫しています。フラットタックスと言って、個人と企業の税率を15%に一律化する新税制です。たいして費用も掛からないこともあって、北部は歓迎するでしょう。

 コロナ危機がなければ、同盟はもっと勢いがあったのだと思います。北部に左派政権がなくなった状況のもとで、本当に同盟が政権を取るのではないか、という機運が生まれていたのかもしれません。ただし、エミリア・ロマーニャ州の選挙での敗北以降は、政治的には停止状態にあるのだと思います。

 五つ星運動は、ベーシックインカム的な発想を引き続き打ち出していますが、あれはあれで南部には受けるでしょうが、この環境下では明確なメッセージをなかなか出しにくい。

さらに加速したイタリアのEU離れ

福島 最後にEUのゆくえについて考えてみたいと思います。冒頭でも述べましたが、イタリア人はコロナ危機を通じて「EUから見捨てられた」という意識を持ったのではないかと思います。最初にイタリアが打撃を受けたときに、他のEU加盟国は助けてくれなかった。各国は自国の感染症対策を優先せざるを得なかった。

 そもそも欧州委員会には保健政策の権限がありません。ですから何かやろうとしてもすぐにできることは限られていたし、各国の保健政策に文句を言えません。当然、加盟国は医療品などは自国民のために使うことを優先します。

 このことは、一つの共同体を掲げるEUの理念とは大きく矛盾することになります。EUは域内におけるヒト・モノ・カネの自由な行き来を大原則にしていますが、コロナウイルスの感染拡大を防ぐためにも一時的にそれをストップせざるを得なかった。困っている加盟国を助けることで連帯感を発揮すべきでしたが、コロナ危機においてEUはその役割を果たすことができなかった。

 ユーロ危機以降、イタリア人のEU離れは進んでいますが、より一層それが進むことになりました。もちろん、だからと言って、それですぐに離脱することにはなりませんが、対EUへの感情は確実に悪化しています。世論調査でも、通貨がリラからユーロに変わった2000年頃には、「イタリアはEUから出るべき」と答えた人は1割未満でした。ユーロ危機後の2018年時点でも26%です。それが今年4月の調査では4244%に増えています。

 今EUは相当な危機感を持っているはずです。遅ればせながら、フランスが提案してそこにドイツが乗るかたちで復興基金ができ上がりつつあります。何とかイタリアを助けましょうとEUが頑張って資金支援を行うことで信頼関係を持ち直そうとしている。これがうまく行くかどうかに今後のイタリア・EU関係が掛かっています。

八十田 支援額は900億ユーロという数字が出ていますね。EU側としても、今回はイタリアをかなり支援しないといけないという意識はある。

 やはり今回のコロナ危機によって、EUの存在意義が根底から問われることになるのだと思います。イタリアは難民危機の際にも要求を認めてもらえなかったこともあって、対EU感情は悪化していました。反EUを掲げる同盟のようは右派政党でなくても、国民のあいだで広く共有されるようになっています。難民危機から年数が経っていないうちにコロナ危機でも裏切られた。ダメージはかなり大きいでしょう。

 けれども福島さんもおっしゃる通り、それで離脱に至るわけではありません。ヨーロッパから捨てられたら、イタリアの国債は紙屑になってしまいます。いわば常時財政監視下にある国ですから、いくらEUに文句を言ってみたところで最後は折れざるを得ない。いくら同盟のような反EUを掲げる政党が議席を伸ばしても、EUからの離脱は極めて高いハードルがあることが大前提になっている。

 けれども今回は、かつてないほどEUに対する不信感のボルテージは上がっています。報道を見ても、五つ星運動や同盟が炊きつけなくても、反EU感情が沸き立っている感じです。私もお金を入れたところでなかなか改善しないと思いますね。その証拠にすでにイタリア南部には相当な支援をしています。シチリア島のパレルモに行くと港湾や駅の整備、州議会の建物にもEUの補助金が使われていることを示すプレートがありますが、人々がそれに感謝をしているのかと言えば、そんなことはない。

 今イタリアではどの政党もEUに対しては、不満を表明しなければならないところまで追い込まれています。EUと協調して歩む方向に導いていける人がなかなかポジションを得難い状況になっている。五つ星運動は前の選挙ではEUに理解を示す言動がありましたが、それはライバルの同盟と差異化を図るためであって主要なテーマではありません。五つ星も今回の危機を通じて、反EUの立場を次第に明確にするのではないか。

福島 民主党の中でもかなり不満がありますからね。確かに五つ星運動は、親EUの立場ではありませんね。五つ星が躍進したときにはイタリアの学者は「イタリア史上初めてEUに懐疑的な勢力が議会の過半数を占めることになった」と分析していました。

 EU側は厳しい立場を巻き返すことができるのか、ここがこれからの焦点になります。今回の復興基金に対しては、オランダやデンマークなどの4カ国は「返済が必要な融資じゃなきゃダメだ。補助金だと返してくれない」と傷に塩を塗り込むような注文を付けました。いくら欧州委員会が一生懸命やろうとしても、加盟国がなかなか付いてこない。信頼回復は容易ではありません。

 この間を通じて中国の存在感にEU内で微妙な変化が見えることも注目すべきだろうと思います。中国に関しては「感染源をきちんと調査すべきだ」という欧州世論が根強くあります。

八十田 3月の段階ですが、五つ星運動のヴィルジニア・ラッジ・ローマ市長が中華レストランで食事するパフォーマンスもありました。あの時は、一時的な凪の状態で、中国人差別を助長しないようにという余裕もありましたね。

福島 その一方で中国はイタリアに医師の派遣も含めた医療支援を行いました。これに対してありがたいと思っている人がいます。本来EU加盟国から来るべきものがこなくて、その隙間を縫うように中国が医療品を支援してくれた。コロナがイタリアをEUから遠ざけて、むしろ中国に近づけてしまった側面もあります。背景にはイタリアが中国の経済圏構想「一帯一路」に参加していることもありますが、気になるところです。

次の大きな物語が見当らない

八十田 中国はユーロ危機の段階から東欧や南欧などのいわばEUの弱いところに資金を注いで支持を拡大してきたところがあって、今回もそれは効いていると思います。このところ中国の一帯一路にヨーロッパが呑まれるのではないかという議論はずいぶんなされてきました。すでにアテネの横にあるピレウス港やイタリアのトリエステ港などの運営に中国の資金が入りました。中国はすぐそこまで来ている。東欧諸国は、中国からお金が入ることはもちろん歓迎していますが、中国に対抗するためにもEUという組織を使っています。EUに対しては、文句は言うけれども存在意義を疑っているわけではない。中国とEUの双方から良いところ取りをしようという賢さがあります。

ただし、今後もしもEU側から目に見えるかたちで支援が入ってこない事態になると中国の存在感が増していくでしょう。どこまでEU側の信頼性を担保しながら、中国と付き合っていくのか。各国とも中国との距離の取り方には気を遣ってきましたが、そこも曖昧になってきています。今後EUと中国をうまく使い分けるというストッパーも次第にいい加減になる感じがありますね。なんと言っても、危機の時に目に見える形で支援することは大きいですよ。

福島 EUには、ヨーロピアンドリームと呼べるような大きな仕掛けや物語がなかなか見当たらなくなっていますよね。ヨーロッパ人としてのアイデンティティーを高めてくれて、なおかつ国家の壁を低くして連帯感を強めるようなプロジェクトを政治も市民も考えにくくなっている。

 欧州単一通貨ユーロは、政治が無理をして導入したところがありました。東西が統一されたヨーロッパが生まれ、ドイツを御しつつヨーロッパをつくり上げていくという意味でユーロは使われたところがある。ユーロ以降は、次の大きな試みは見当たりません。連帯とは逆に各国のわがままが目立ってしまっている。その一方で、EUの権限は危機を経て強化されている側面もあります。欧州中央銀行(ECB)が金融政策を一手に握る一方、財政政策権限は加盟各国の権限でしたが、ユーロ危機への対応を通じてブリュッセルが各国の予算に口出しできるようになりました。

 今回のコロナ危機でも同じように「ヨーロッパ統一の医療機構をつくるべきだ」という声が出ています。今回の危機にうまく対応できなかったのは、「EUレベルのツールがないからだ」と言うわけです。けれども、ユーロ危機を切り抜けたときにEUが信頼感を回復したかと言えば、そうではありません。ブリュッセルの権限を強めればEUの信頼を取り戻せるわけではない。そこはジレンマですね。あまりに連邦主義に走ってEUの権限を強化すると各国の離反を呼ぶリスクがあります。そのあたりの塩梅はかなり難しいですね。

八十田 司令塔である欧州委員会自体が薄氷を踏むような多数決で成立していて、決して安定的なポジションがあるわけではないですよね。

 今イタリア国内では、地域によってかなり明確な左右の色分けができつつあります。それでも危機の最中には一体感はあったはずですが、ポストコロナの時代にそれがどう変貌していくのか。五つ星運動と同盟の二つのポピュリズム政党が台頭したように、近年は左右に加えて「エリート対民衆」が対立軸になっていましたが、その図式は変わるのかもしれません。そして次のストーリーを持ってくる必要に迫られたときにEUは都合のいい攻撃材料として使われるかもしれない。反EUが次の対立軸になる可能性がありますが、それはEUにとってもイタリアにとっても不幸なことではないかと思います。

福島 最終的には、加盟国民としてのナショナル・アイデンティティと、「欧州人」としてのヨーロピアン・アイデンティティを両方持ち続けることができるか、ということだと思います。ナショナル・アイデンティティは、所与のものとして備わっているのだと思います。それに対して「自分たちは欧州人である」という意識は人為的に醸成せざるを得ない。一部のエリートにはあるのでしょうが、草の根レベルまでそれを広げていく作業はなかなか一筋縄では行かないことがわかりつつあります。日々の営みによって一つずつ積み上げていくしかありませんが、労多くして実りが少ない。

八十田 EUの理念が輝いていた瞬間もありました。例えば、欧州連合基本権憲章のように人権、自由、平等といった基本的な考え方はヨーロッパの根底を固めてきました。その理念に賛同したからこそ、東欧諸国も加盟してきたわけです。今はかつてのそうした力がなかなか見えてこない。コロナ危機を乗り越えていくためには、経済的な補償をすることは重要ですが、その一番大事な価値観の部分が毀損されることがあってはなりません。もちろん、価値観では人間は食べられない。ですから、経済的な復興を実現しながら、やはりどこかの段階では人間的な価値観の維持を再確認するようなストーリーを語るビジョンを持ったリーダーが必要です。この危機においてもメルケルさんはそうした役割を果たしていましたが、そういうリーダーがEUやイタリアにも登場することを期待したいですね。

福島 「EUの顔」であるEU大統領(欧州理事会常任議長)に大国出身者が就いても良いのではないかと個人的には考えています。それこそメルケルさんがなってもいい。国の規模とは関係なく、きちんとしたメッセージを出せる人物をトップに据える方向に舵を切るのも悪くないのではないかと思います。

八十田 確かにイタリアは政治的に不安定な時代が続いていますが、人格的には極めて真っ当なセルジョ・マッタレッラ大統領がずっといたことが大きいです。今回のイタリアの危機を裏側から支えていたと思います。そういう存在がEUでも必要かもしれませんね。

福島 そう考えると、メルケル退場後のヨーロッパは大丈夫だろうかと心配になります。

八十田 同感です。それについては考えるのも嫌になるくらい心配ですね。 (終)

八十田 博人・共立女子大学国際学部教授
やそだ ひろひと:1965年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程満期退学。イタリア政府奨学生としてフィレンツェ大学政治学部に留学。日本学術振興会特別研究員、大阪大学大学院国際公共政策研究科特任研究員を経て、2008年共立女子大学国際学部に着任、16年より現職。専門はイタリア政治・外交、欧州統合史・統合論。著書に『よくわかるEU政治』(共編著)、『戦後民主主義の青写真』(共著)など。
福島 良典・毎日新聞社論説副委員長
ふくしま よしのり:1963年生まれ。早稲田大学卒業後、毎日新聞に入社。1990-
91年の湾岸危機・戦争以来、中東・欧州情勢を中心に長年、国際報道に携わる。特派員としてエルサレム、パリ、ブリュッセル、ローマに駐在。ブリュッセルでは欧州連合(EU)のリスボン条約発効やユーロ危機、ローマでは欧州への難民・移民流入や、フランシスコ・ローマ教皇誕生などバチカン・カトリック教会の事情をカバーした。オピニオングループの総括担当編集委員を経て、2019年5月より論説副委員長。
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