新年となった一月二九日、イギリスのスターマー首相は北京を訪問し、習近平国家主席との首脳会談を行った。これは、二〇一八年にメイ首相が訪中してから八年ぶりとなるイギリス首相の訪中となり、英中関係は新たな転換点を迎えることになった。
この一〇年間、英中関係は大きな振幅を描いてきた。二〇一五年にメイ首相の前任となるキャメロン首相の下で、保守党政権は「英中関係の黄金の十年が始まる」と高らかに宣言した。そしてG7のなかではじめてとなる、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)加盟国となった。
当時のイギリス外交は、キャメロンの盟友であるオズボーン財務相の強い影響の下で、財務省主導で進められていた。それゆえ、経済的な利益を求めて中国への接近が目立っていた。他方で、保守党右派の議員たちは、民主主義や自由の価値を重視して、権威主義体制諸国には対抗的な姿勢が目立ち、ロシアや中国への強硬姿勢に傾斜していた。それゆえ、重要な価値を反故にして経済的利益から中国に接近するキャメロン首相の姿勢は、党内からも厳しい批判を浴びていた。
そのような英中関係が、その後大きく変貌していく。まず二〇一七年一二月にアメリカの国家安全保障戦略では、米中関係を「大国間競争」として規定して、中国への強硬姿勢を強めていった。さらには、二〇一九年の香港における民主化デモの弾圧や、翌年の国家安全法の導入は、香港における高度な自治の継続を約束した英中協定を反故にするものであった。その後のスナク政権では、「英中関係の黄金の時代は終わった」と宣言して、英中関係は決定的に冷却した。
私は最近の六年間ほどの英中関係の振幅の過程において、日本人のイギリス外交の専門家として、二度ほど直接関与する機会を得た。一度目は、二〇二〇年九月、イギリス下院外交委員会からの依頼により、新たな長期的な国家戦略となる「統合レビュー(Integrated Review)」策定の準備作業として、「書面証言(written evidence)」を提出することになった。そこで私は、イギリスの「グローバル・ブリテン」戦略と、日本の「自由で開かれたインド太平洋」戦略を融合して、インド太平洋地域で日英がリーダーシップを発揮する重要性を指摘した。実際に、二〇二一年に発表された「統合レビュー」において、イギリスの「インド太平洋傾斜(Indo-Pacific tilt)」としてそのような政策が導入された。
二度目は、最近の二〇二六年一月に同じく下院外交委員会からの依頼で、「口頭証言(oral evidence)」を発言した際のことである。イギリスの対中戦略を再検討する上で、日本の対中政策について、オンラインながらも、口頭で説明する機会を得た。経済的に安定的な関係を維持したまま、中国の軍事的な活動に対してはアメリカとの同盟を強化することで抑止力を保持する重要性を指摘した。
日英両国ともに、どのような対中政策が最善であるのか、そしてそれをどのように対米関係と整合させるのかについて、苦悩の中で再検討を行っている。中国がアメリカの同盟関係を分断して、孤立させて、自らの有利な国際秩序を構築することを看過してはいけない。他方で、中国を国際社会の中で孤立させて、それを破壊するようなことを許容するべきではない。日英両国の共通認識を拡大して、連携して対処するときに、最善の政策を見出すことが出来るのではないか。その上で、上記のようなイギリス議会での私の発言が多少とも役に立つとすれば幸いである。
慶應義塾大学教授
