ベネズエラへの軍事作戦と
ローズヴェルトの系論

 村野 ここからは各論について入っていきます。1月2日トランプ政権は、ベネズエラのマドゥロ大統領に対する強襲作戦を実行しました。トランプ大統領は本人が言う限りにおいては平和を志向する大統領であり、戦争や軍事力行使には抑制的と見る向きもありました。しかし、今回の対ベネズエラ作戦をもって、私は第2期トランプ政権が決して軍事力行使そのものに否定的な政権ではないことを再認識しました。そこにあるのは、米軍が被るリスクが相対的に小さく、短期間で決定的な成果を得られる軍事作戦であれば、躊躇なくそれを実行するという行動様式です。イランの核施設攻撃や、イエメンのフーシ派に対する攻撃などもこれに当てはまります。

 しかし気になるのはこの逆の条件、つまり短期間では終わらず長期間に及び、人的な犠牲が出たり、多くの兵器が失われたり、アメリカ本土が傷付く可能性のある軍事作戦の実行を許容するだろうか、という問題です。これはトランプ大統領に限ったことではなく、将来の米国の指導者にも同様の傾向が出てくる可能性があります。ウクライナ戦争が始まる直前の2021年冬に、バイデン大統領がウクライナ情勢を問われた際に「我々は米軍を派遣するつもりはない」と明言してしまったことに象徴されるように、やはり核武装した大国との対決には、イランやベネズエラを攻撃するのとは比較にならないリスクが伴います。これは中国を相手にする場合でも同じことが言えます。

 こうした政治指導者の判断には、民意がある程度反映されるわけで、この数十年で米国国民の戦争に対するリスク許容度が下がっていることは否定し難い。しかし、米国が過度なエスカレーションの回避思考に陥ってしまうことは、日本にとって良くないことです。ですから我々としては、米国が被るリスクを下げるために何ができるか、その努力と覚悟が問われてくるのではないかと思います。

 吉田 今の米国政府は、グレート・パワーの中露と、弱ってしまったイランやフーシ派、あるいは今回のベネズエラのような軍事的に見てかなり格下の相手とでは戦略的態度が異なっているというご指摘は、まったくその通りですね。大国に対していかに抑止を効かせて「力による平和」を実現していくのかが問われているにもかかわらず、米国は格下のベネズエラを攻撃した。この軍事作戦は、グローバル・ヘゲモニーからリージョナル・ヘゲモニーへの傾斜を強め、大国間政治の土壌を醸成してしまう懸念がありますから、私はその点が一番問題だったと見ています。

 トランプ大統領は、自身の外交姿勢について「ドンロー主義」を標榜しています。「内政重視の孤立主義」と形容されたトーマス・ジェファーソン大統領の時代に打ち出された外交姿勢「モンロー主義」の外交姿勢と自分の名前を掛け合わせた言葉とされています。ここからは、トランプ政権が19世紀型の外交スタイルへの回帰を意識していることが伺えます。

 モンロー主義以降に米国の外交姿勢がどのような変遷を辿ったのか、幾つかの典型的な例を振り返ってみます。モンロー主義の後に出てくるのが、「名誉と安全の重視」を掲げた第7代米大統領アンドリュー・ジャクソンの時代のジャクソニアン的な外交姿勢でした。米国の物理的な安全と経済的繁栄を最優先し、米国の尊厳や名誉が傷つけられた場合は激しく反応します。また米国の行動を縛る多国間協定には消極的なところがありました。トランプ大統領は、ジャクソン大統領を理想像として高く評価しています。

 その次に出てきたのが「マニフェスト・デスティニー」で、北米大陸の西への領土拡大は神から与えられた「明白な運命」であると正当化する考え方です。この外交姿勢のもとテキサス併合(1845年)、アラスカ購入(1867年)など米国は19世紀に太平洋に向けて領土を拡大していきます。

 そして20世紀初頭の「ローズヴェルトの系論」です。私はローズヴェルトの系論について調べてみて気づいたのですが、今回のベネズエラへの軍事作戦と当時の状況は似通っているところがあります。1904年にセルドア・ローズヴェルト大統領が年次教書で打ち出したのがローズヴェルトの系論で、国内政治に問題のある中南米の弱い国々に対しては、国際警察力としてアメリカが先に介入して欧州による干渉の芽を摘むという考え方です。これはモンロー主義からのまさに「系論」として出ているわけです。

 きっかけになったのは1902年のベネズエラ危機でした。このときは、ベネズエラの債務不履行に怒ったイギリス等の欧州諸国が海上封鎖したのをアメリカが仲裁に入りました。時を経て奇しくも同じベネズエラに対して米国は、軍事介入することになった。元々のモンロー主義は、西半球への欧州からの介入を嫌ったわけですが、今は中露の影響力を排除したいという考え方が背後にはあります。まさにローズヴェルトの系論の現代版を実施したとも言えます。

 村野 奇妙に一致していますね。

 吉田 モンロー主義からローズヴェルトの系論への流れは、防衛意識が強いところからより攻勢的な方向への推移を意味していますが、今は攻勢的な要素が噴き出ている印象があります。国際警察力として必要な時は介入するということで、今回のベネズエラの軍事介入が起きた。その一方で、欧州の紛争に対しては不干渉のスタンスをとっているので、ここはモンロー主義的な色合いが濃く出ている。ですから、19世紀の米外交が次第に攻勢的に変化をしていく過程全体をドンロー主義は含有しているのではないか。

 今回のベネズエラへの軍事作戦の是非については、多くの方がご指摘しているように国際警察力による介入が価値の体系を毀損する面があることは、その通りだと思います。ただし元々G7各国は、マドゥロ大統領の正統性自体を認めていないところがありました。それから繰り返しになりますが、私は価値の体系の毀損以上に、やはり地域覇権に傾斜してしまうことに問題を感じています。

 先ほど村野さんから、米国が西半球地域の覇権確立を優先することとロシア、中国の地域覇権を拒否することは必ずしも矛盾しないといったご指摘がありましたが、私は米国がリージョナル・ヘゲモニーへの傾斜を一層強めることがあれば、矛盾する部分も出てきてしまう可能性があるのではないかと心配しています。

 村野 そもそも米国が世界覇権国であり続けよう、あるいはもうやめようという自意識は、相対的な国力の余裕と関係しています。冷戦後を振り返ると、米国は名実ともに世界覇権国であり、力が有り余っていた。それゆえに余計なことをしてしまうこともあったわけですが、今は中国が台頭して、軍事的リソースも余裕がなくなっていますから、本来力を無駄使いしている場合ではないのです。

 もはや米国一国で複数正面に同時対処できなくなっている以上、限られたリソースをどこに注力させるべきなのかを明確にする必要があります。そして米国で防衛戦略を担っている人たちは、その少ないリソースを対中国に振り向けなければならないことを頭ではよく理解しているはずです。

 実際、米軍の将来戦力計画は、ベネズエラの麻薬組織を基準に構築されているわけではなく、明らかに人民解放軍と戦うことを想定して計画されています。しかし、今ある米軍をどう使うかという点においては、瞬間風速的な意味での政治の関心に振り回されることがしばしばあり、そのリソースを消費してしまうと戦略通りに事が運ばなくなります。この数カ月でそれを思い知らされている気がしています。

 ベネズエラで収まってくれれば良いのですが、トランプ政権はグリーンランドにも関心を示しています。吉田さんは、グリーンランドの地政学的な位置と米国が関心を向けていることについて、どのようにお考えでしょうか。

 吉田 地政学的に見ると、グリーンランドはゴールデン・ドームの拠点になり得るという軍事的な要衝であって、地経学的には埋蔵されているレアアースという直接的な利益があります。それ以上に先ほどの外交思想上の文脈で言えば、マニフェスト・デスティニーを連想させるところがあって、その現代版というイメージを持っています。カナダを「51番目の州」と呼び、グリーンランドの領有に関心を示すといった話が出てきていますから、今回は北極海に向けて影響権を広げていこうという狙いを感じます。

 現代版マニフェスト・デスティニーの最大の問題点は、米国と欧州の亀裂を拡大して、ロシアの修正主義的な行動を利することにあると私は考えています。欧州におけるロシアの地域覇権を拒否するというテーゼに対して、極めてマイナスな要素を及ぼす可能性がある。

 村野 グリーランドには冷戦期からソ連の弾道ミサイルに対する早期警戒レーダーが設置されています。また「GIUK(グリーンランド・アイスランド・英国)ギャップ」と呼ばれるように、欧州における対ロ潜水艦作戦における要衝であるという地政学的な説明はできます。けれども中国が最大の課題になっているなかで、グリーンランドが優先すべきアジェンダなのかと言えば大いに疑問です。

 今まさに吉田さんがおっしゃられたように、欧州正面における対ロ抑止を欧州に任せるという方向性自体は正しいとしても、別にそこで米国と欧州の関係を悪化させる必要はないわけです。グリーンランドにこだわることは、軍事的・政治的リソースを浪費するだけではなく、米国のインテグリティを毀損している側面は大きいのではないか。

トランプ政権の権力構造

 吉田 次に今の米国政治について少し考えてみたいと思います。こうした外交スタンスの変化の源泉は、米国政治にあります。トランプ政権の権力構造を見るとPrimacist(優越主義者)、Prioritizer(優先主義者)、Restrainer(抑制主義者)の三つの勢力がしのぎを削っています。今は明らかに後者に行くほど優勢なので、抑制的な政策が出てくる傾向があります。最近公表された「国家安全保障戦略」や「国家防衛戦略」は抑制主義者と優先主義者による折衷という感じには見えますが、私は抑制主義と地経学優先の発想が通奏低音なのではないかと思っています。

 トランプ政権の支持母体は、主に次の三つの層から成り立っていると見ています。一つはMAGA(「Make America Great Again」をスローガンに掲げる熱烈なトランプ支持者層)です。彼らは米国がグローバルリーダーとして振る舞うことはコストに見合わないと感じていて、一国主義で他国への関与は控える強い傾向があります。二つ目はテック層です。彼らは米中の技術覇権競争に強い力点を置いています。三つ目はキリスト教福音派です。人口の約4分の1を占める彼らの思考が外交に与える影響力は大きなものがあり、重視しているのがイスラエルとの関係で、そこに過剰に重点が置かれる傾向があります。これらの三つの支持母体の外交姿勢は、決してすべて整合しているわけではありませんが、こうした支持層の意向を汲み取りながら政策が出されているわけです。

 村野 私が気になっているのは、抑制主義者が強い政権の対外政策がどのようなものになるのかということです。西半球における米国の安全と影響圏の確立を優先することが、我々がいるインド太平洋地域の安定にどのように関わってくるのか。より具体的に言えば、台湾や日本を含む東アジア地域への関与をどのように位置付けているのか、あるいは位置付けていくべきなのか。

 西半球という地理的概念をそのまま解釈すると、基本的には南北アメリカ大陸を指すわけですが、米国の対外政策におけるインド太平洋地域は、歴史的には東半球というより西半球の延長線上として位置づけられてきました。トランプ政権あるいは大統領自身がそのことを認識しているかわかりませんが、少なくとも国家防衛戦略を見る限りでは、中国に対する配慮も見えるものの、依然として第1列島線(日本の南西諸島から台湾~フィリピン~ボルネオ島を結ぶ線)における安全確保の必要性は、繰り返し言及されています。そうであれば我々としては、彼らの戦略概念における西半球の中に、インド太平洋地域を位置付け続けていくための具体的な働き掛けをしていくことが一つのポイントになります。

 吉田 先ほどのローズヴェルトの系論の先には、ハワイ、グアム、そしてフィリピンなど太平洋に向けて影響圏を広げていった歴史があります。今は第1列島線まで伸びている影響圏をそのまま維持しようとするのか、あるいは引き上げてしまうのかという分水嶺に立っているのだと思います。

 私は、米国が引き揚げるという方向には決して向かっていないと判断していますが、ご指摘のように日本がそこに協力することは極めて重要です。ここはまさに、いかに日米同盟を強化していくのかという課題に直結しています。

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