「おかしい」と言える知性を

 山本 教育から少し話は逸れますが、現在の日本の防衛費は10兆円近くになっています。防衛費についての議論は安全保障法制が制定された2014年頃から活発化しはじめました。私は当時、防衛費増額について「そういうこともあるか」程度の認識でした。しかし日本経済団体連合会幹部の知人から「学長、現在は防衛費と文教費が5兆程度で並んでいるけどね、あっという間に防衛費が増えていくよ」と警告されました。実際、2027年には復興特別所得税(税率2・1%)のうちの1%が防衛費に回されることになります。

 教育問題について、国はよく「財源がない」という言い方をしますが、これは要するに「高等教育や学術に財政を注ぎ込む優先順位が低い」という意味です。ですから我々は、大学の意義や必要性をもっと強くアピールしていかなければいけません。

 また私は少子化対策・次世代育成の法整備に関わって厚生労働省でレクをしたことがあります。そのとき、ある幹部は私に「少子化が大変だと誰もが言うが、本腰を入れている組織は少ない。厚労省としては一刻も早く少子化解消に向けて動き出したいけれど、我々の力だけでは難しい」と言いました。その頃私は、大阪府の熊取町や貝塚市で住民参加型の地域振興プロジェクトの仕事に携わっていました。これは計画への参加を通じて住民に主権者としての自覚を持ってもらうことをめざしたプロジェクトですね。厚労省の方は、こうしたプロジェクトを通じて市民の一人ひとりが政治眼を養っていくことが何よりも重要だと考えていました。「これはちょっとおかしいぞ」という世論がボトムアップ的に発生すれば、厚労省が動き出す「動機」が生まれると。こうした手法をもっと制度設計実務に当たっている若手官僚に教えてやってほしい、と彼は私に言いました。

 とにかく市民が主体的に政治を判断する力を身につけることが重要です。そして、そうした判断力を身につけるために大学教育がいかに有効であるかということを、大学は地域シンポジウム等を通じて積極的に発信していく必要があります。

不本意入学で何が悪い

 増谷 極端な主張が横行する昨今のSNSを見ていると、大学に関しても、有名大学だけあればいい、偏差値も採算性も低い地方私立大なんかいらない、といった意見が目立っている印象です。

 こうした価値観をどうすれば変えていけるでしょうか。たとえば規模の小さい地方私立大には、ST比が小さく、きめ細かい教育を施すことができるという強みがある。地方私立には偏差値を算出できない「Fラン」大学も多いため、入学時点での基礎学力は低い傾向にあります。それでも、きめ細かい教育を施すことで社会生活を送るうえでの最低限の知識を身につけてもらうことができると思います。

 山本 日本の教育には長いこと偏差値主導の競争主義が根付いてしまっています。極端に言えば大学に入学したことをゴールとみなす風潮が長く続いています。偏差値の高い大学に入れたら勝ち、そうでなければ負け、といった具合です。

 和歌山大の事例で言えば、予備校データ曰く、高校3年の夏頃までは和歌山大を第一志望にしている生徒はほとんどいません。模擬テストを繰り返し、秋から冬にかけて自分の本当の学力を悟っていく過程で、仕方なく和歌山大が第一志望に浮上する。いわば不本意入学です。

 増谷 和歌山大学ほどの大学でも不本意入学なんですか。

 山本 あえて極端に偏差値モデルを言えば、東大だって医学部以外は不本意入学といわれるぐらいに大学受験の競争主義的価値観は強い。

 だから私は常々言っています。「不本意入学で何が悪い?」と。とはいえ京大や阪大を諦めて和歌山大に来ている学生は、入学の喜びより意気消沈のほうが大きい。だから私が教員として意識したのは、まずはその不本意な気持ちをリハビリして、自分なりの新しい目標を見つけさせることでした。大学入学はゴールではありませんからね。

 大阪観光大学に来る日本人学生は、満遍なく「お勉強」ができることをよしとする日本の教育から離脱ないしは脱落した若者です。でも、それ以外の分野で何らかの強みを持っています。たとえば、勉強は苦手だけど、趣味に関しては無類の知識と興味がある、とかね。大学は自分の関心分野を伸ばすにはもってこいの場所ですから、そうした熱意が何らかの研究や仕事に結びつくことがある。学生の中に、地理が大好きな子がいました。彼は父親の故郷である北海道の過疎化問題に強く興味を持ち、自分に何ができるかと考えた結果、観光学に辿り着いたといいます。

 「学力」評価は低くても、それ以外に何か一つでも関心があれば、大学はそれを研究なり仕事なりに導いてくれる。大阪観光大学には、言うなれば日本の受験システムから漏れてしまった才能の「再生工場」としての側面があるんです。

 すでに言い尽くされていることですが、受験システムの問題は、日本の教育、社会システム全体の問題です。小中高の教育段階からあまりにも受験を偏重しすぎています。子供に中学受験をさせた保護者に「受験を強いることで子供の人生を奪ってしまった」と後悔している方は多いという調査結果もある。

 こうした18歳までの教育制度がもっと改善されれば、各大学の位置付けや意味合いも変わってくるのではないでしょうか。それこそ、自由教育のもとで自分の持ち味を早いうちから自分自身で見つけることができれば、大学進学せずに高卒で仕事の道へ進むというルートも確立されるはずです。

「ゾンビ大学」の実態は?

 増谷 OECDが15歳を対象に実施するPISAという国際学力調査の結果を見ると、日本の義務教育のレベルは今でも高い。ですが不登校やいじめの件数は年々増え続けていますし、教員の過労死や休職も大きな課題です。近年では教員志願者の減少もあり、担任がつかないクラスもそれほど珍しくないといいます。すると本来であれば手をかけなければいけない生徒たちが放置され、引きこもりになったり、目標もないまま大学に流れ着いたりする。

 「Fラン」大学には、そうした小中高の教育の「歪み」を背負った学生たちを、どうにか一人前に育て上げて社会へ送り出すという使命もあるんですよね。特に地方の小規模大学では、そうした「再生工場」のような取り組みが進んでいます。

 財務省にはこうした取り組みの価値を考慮したうえで政策を考えてほしい。そんな記事を書いたことがあります。後から財務省担当の記者に聞くと、職員は「大学がそんな役割を果たす必要はない」と不満だったようですが。財務省には、「本来は撤退しているべき状況なのに生き残っている」という意味で、長く定員割れが続いているような大学を「ゾンビ大学」という言い方をする方がいます。「そんな大学にはお金を出したくない」という考えなので、財政制度等審議会などでは毎年、財務省が色々なデータを参照しながら文科省の政策を批判します。しかも、その際に参照するデータにも、やや恣意的に感じられる部分がある。たとえば朝日新聞と河合塾が2011年から続けている「ひらく 日本の大学」という全国大学調査のデータも引用されることがあるのですが、前後のデータと合わせて発信しているものなのに、都合のいい部分だけを抜き出されて使われてしまうのです。主計官OBの方が、「最近のデータのつくり方には問題がある」とおっしゃっていたという話もあります。

 財務省には、これまで紹介してきたような実情にもっと目を向けてほしいと思います。そして文科省も、こうした誤解に基づく政策に対してはもっと強く反論していってほしいですね。

 山本 私立大学の収入のうち、国から配分される私学助成の割合は、全国平均で8・5%でしかありません。つまり残りの91・5%は授業料や寄付金で賄っています。しかも保護者が大学に収める授業料と、保護者が国に収めている税金のどちらが高いかと言えば、後者ですよね。

 増谷 ただ、そうした姿勢の背景には、「Fラン」大学なんか必要ないと考える国民感情の後押しもあるということに留意しなければいけません。

 山本 今の親世代が思う大学像と、現在の大学像には大きな乖離があります。有名な大規模大学だけが価値があるという考え方は古い。こうした認識のギャップを埋めていくためには、大学や文科省がもっとアクションを起こしていく必要があります。

細分化する大学評価基準

図2 文部科学省「全国学生調査(第4回試行実施)」ポジティブリストより

 

 増谷 文科省の最近の取り組みで私が注目しているのは、「ポジティブリスト」の公開です(図2)。これは同省が24年に実施した全国学生調査の第4回試行調査の結果を基にしたリストです。知名度や偏差値は関係なく、学生がその項目に肯定的に回答した割合が高かった順に大学を並べるものです。「課題等の提出物に適切なコメントが付されて返却される」「グループワークやディスカッションの機会がある」といった項目への回答結果がランキングになっています。しかも大学単位ではなく、学部単位で細分化されています。

 リストを見ればわかる通り、多くの人には聞き馴染みのない大学も多いですよね。これには二つの理由があります。一つは、大規模大学には回答率が低いケースが多いこと。もう一つは、小規模大学には文科省が求める内容や方式に合った教育を進めているケースが多いことです。

 知名度や偏差値以外の指標を設けることで、文科省は小規模大学のやる気を引き出そうと考えている面もあるのでしょう。事実、大教室で教員が一方的に話し続ける昔ながらの授業が残る大規模大学では、勉学への意欲を失ってしまう学生もいます。面倒見のよい小規模大学がその存在感を高めていくことは歓迎すべき傾向です。本リストで上位にランクインした小規模大は、そのことを広報等でアピールしていくことができますから。

 ただリスト公開の取り組みは始まったばかりです。今後は大規模大が力を入れて、各ランキングの上位に登場してくる可能性はあります。本リストが小規模大にとどまらず大規模大にも、教育力を高めるインセンティブになっていくことを期待して、引き続き注目していきたいですね。

 山本 確かによい試みです。ただ、リストを基に学部ごとに評価して助成額に傾斜をつけよう、といった動きが出てこないか心配です。

 増谷 評価と言えば、大学や短大は7年に一度受けることが義務づけられている認証評価という制度があります。経営状況は正常か、教育内容に不備はないか等の項目を国が認めた認証評価機関がチェックし、その機関の基準に「適合」しているか、「不適合」か、を判断します。ただ、「不適合」になったからといって、具体的な処罰等が科されるわけではありません。

 いま、認証評価制度の抜本的な見直しが文科省の有識者会議で議論されています。そこでは、これまで大学単位だった評価対象を学部や学科単位に変更し、結果も3~4段階で示す方向で議論が進んでいます。これまでの認証評価結果は、大学側には不評でした。評価資料をそろえることなどに大変な労力をかけているのに、公表される資料の分量が多く、大学関係者以外に存在が知られていない。五つの認証評価機関がバラバラの基準で結果を発表する点も一般の人にわかりづらく、良い結果だったからといって志願者が増えるといった「ご褒美」がないからです。見直しによって、一般の人にもわかりやすい制度になるかがポイントです。アメリカのように評価結果を受験生や保護者が大学選びの材料にする動きが出てくれば、大学に改革を促す何よりの動機となるでしょう。

 山本 中央教育審議会や文科省は、各大学に対する評価基準をますます細かくしようとしています。大学の良し悪しを選別する基準を出せという財務省に対して、文科省が忖度気味に対応しているのかもしれません。

 文科省には財務省に迎合してほしくない。かと言って露骨な対立姿勢を取るのも難しいということは理解できます。財務省の顔を立てつつ小規模大学の魅力の社会的承認を得ていく。そんなうまい立ち回りができれば、昨今の「反Fラン」の風潮にも一石を投じることができるかもしれませんね。

少子化対策のカギを握る留学生

 増谷 近年、少子化対策などとして、東アジアやヨーロッパを中心に外国人留学生を積極的に受け入れる流れがあります。大阪観光大学も学生に占める外国人の割合が7~8割だとお聞きしました。

 山本 大阪観光大では現在15カ国から600名程度の外国人留学生が学んでいます。しかもその約8割が日本の労働市場に出ていく。留学生が集まる理由は大きく三つあります。他の私立大に比べて学費が安いこと、外国人学生がブランドや偏差値を重視していないこと、そして面倒見がよいことです。大阪観光大は学習面のみならず、ビザ管理から日常生活の面からも留学生を積極的にサポートしています。また2年から3年に進級する絶対条件として、日本語能力検定の2級以上取得を規定しているので、卒業する頃には就労に十分な日本語力が身についている。こうした外国人人材は特に地方の労働市場から重宝されます。

 大阪観光大のみならず、今や多くの大学が上記のような手厚い留学生サポートをし始めています。そうした地方の大学が日本語習得を専修できる教育機関を持つようになれば、「公共材」として役割を果たせるでしょう。移民の大部分を「祖国を追われ仕方なく元宗主国に逃れてきた難民」が占めているフランスやドイツとは異なり、日本にやってくる外国人は基本的に日本の文化に親しみ、日本で就労することを目的としています。だから日本で働くために必要不可欠な日本語能力を養う教育機関を増やすことは、少子化を解消する現実的手段としても非常に有効であると考えます。

 日本以上に外国人受け入れに近年力を入れているのが韓国です。韓国の大学を卒業した外国人は、その後数年で永住資格を得ることができます。かつての韓国は今の日本の比ではないくらいに排他的なムードが強かったのですが、急速な少子化を前に受け入れの方向に舵を切りました。日本もうかうかしていたら留学生を周辺のアジア諸国に取られてしまいます。排外主義を主張している場合ではありません。

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