『公研』2022年3月号「めいん・すとりいと」

 

 ロシアによるウクライナ侵攻が続いています。同時代を語ることは書き手の重要な役割ですが、現在進行中の物事について語れば、文字を書き留めたそばから古くなってしまうことでしょう。ですから、今回はウクライナ侵攻によって何が変わるのかについて書きたいと思います。

 今回の事件を受けて、「2022年2月をもって世界は変わった」という評論が相次いでいます。しかし、時代の転換点というのは、往々にしてそのとき思ったような形ではなく、別の形で時代を変化させるものではないかとも思います。例えば、9. 11同時多発テロ。あのとき、「時代は変わった」と考えた人は多かった。大量破壊兵器と非国家主体によるテロの組み合わせが、大きな脅威として舞台の中心に躍り出ます。米国は単独行動主義に向かい、イラクとアフガニスタンで長い戦争を戦いました。そして、疲弊しきった米軍は戦争前よりもはるかに不安定な状況を残してイラクを立ち去り、昨年はついにアフガニスタンからも撤退します。

 台頭する中国との競争こそが21世紀前半における米国の課題であったにもかかわらず、20年間にわたって時間と労力を費消し、中東におけるプレゼンスを低下させ、かえって反米感情を煽った。

 間違った政策判断をしたからだ、と位置付けることは可能でしょう。だが、それは表層的な意見にすぎません。米国が誤った判断によって傷を深くしたということと、当時の「時代の雰囲気」とはまた別物であるからです。おそらく、現在活躍する識者のうち誰もが、時代は変わったと認識していた。これからは冷戦のような伝統的な国家間の対立ではなく、テロに対処する時代になるのだと。苦戦したイラク戦争のあとにはアラブの春がおき、一見、民主化のプロジェクトが広がるかに見えました。あのときにわかに広まった言説を覚えています。ブッシュ政権は確かにお粗末な占領計画で戦争の遂行過程を誤ったが、民主化を志したあの行動は無駄ではなかった、と。実際、イラク撤退を掲げて大統領選に勝利したオバマ大統領は、反政府勢力を助けてリビアに介入し、アフガニスタンで戦線を拡大します。そして、また時がめぐり、オバマ大統領も挫折します。時計の針を戻してやり直せるとしたら、という記者の問いに「リビアに介入しなかっただろう」と述べて彼はホワイトハウスを去ります。

 何が言いたいのかと言うと、確かに特異な出来事によって時代は変わるが、それは時代が変わったために人間がある行動に踏み切るのではないということです。時代が変わったと認識して取った人間の行動によって時代が実際に変わるが、その結末は人々が当初認識した方向にあるとは限らない。

 真珠湾攻撃は連合国の勝利と日本の民主化をもたらしました。同時多発テロは中国の台頭と米国の凋落を早めました。そして冷戦への勝利は、大国の隣国への侵攻が世界戦争に繋がりうる時代をふたたびもたらしたのです。

 ロシアのウクライナ侵攻はなにをもたらすでしょうか。それはひとえに我々が時代をどのように変化したと認識するかにかかっています。具体的には、稀に見る規模での経済制裁や軍事支援を、ロシアの政権転覆やプーチンの受けるダメージの最大化のために使うのか、それとも休戦し妥協させる目的で使うのかによるでしょう。もちろん後者を取ったとしても、紛争が再燃してさらに大きな戦争がそのあとに起きれば、「あれはミュンヘン合意だった」と言われることでしょう。

 この戦争を東西陣営の対立と見るのか、それとも大国の興亡において衰退するロシアのあがきであると見るのか。未来は人間が作るものですが、その人間のもつ知恵にはあまりに限界があると言わざるを得ません。 

国際政治学者

 

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