『公研』2024年3月号「issues of the day」
ドイツは昨年(2023年)末から今年1月にかけて、大規模な農民デモで揺れた。
きっかけは、昨年11月15日にあった連邦憲法裁判所の判決だった。ショルツ政権はコロナ禍対策のための予算で使わなかった600億ユーロ(9兆7000億円)分の国債発行を、気候変動対策の基金に振り向けた。しかし裁判所は、その転用を財政規律や手続きに反しているとの理由で憲法違反と判断した。
再び「欧州の病人」に?
そこで政権は、農業用ディーゼル燃料に対する税優遇措置など、「温室効果ガス削減に逆行する」補助金の削減によって穴埋めをしようとしたが、それが農民の大反発を招いたのである。
主要都市で何千人もの農民たちがトラクターを連ねて行進し、道路を封鎖する抗議活動が展開され、政権は税優遇措置の廃止を段階的にするなど妥協を重ねざるを得なかった。
農民デモはようやく下火になったが、続いてドイツ鉄道がストを断続的に行い、全土の交通がマヒした。ドイツではもともとデモやストは日常茶飯事だが、最近の運動は近年にない頻度と規模のものとなっている。
コロナ禍によるロックダウンは社会的なフラストレーションを呼んで、反ワクチンなど陰謀論的な言説も広く流布している。ウクライナ戦争によって、ロシアの安い天然ガスは輸入できなくなり、エネルギー価格の高騰が国民生活や経済を苦しめている。ウクライナ避難民に加え、中東、アフリカから不法移民・難民の新たな波が押し寄せる。
経済は昨年マイナス成長、今年もその可能性があり、ドイツは再び「欧州の病人」となるのでは、との悲観論も高まっている。中長期的にも、電気自動車(EV)への急速な転換を進めてきた基幹である自動車産業は、中国メーカーのEVとの競争に負けつつあり、産業競争力に黄信号がともる。
ショルツ政権はこの内憂外患にうまく対処できていない。もともと基本理念が違う政権与党の社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党間の調整に手間取ることが一因だが、とりわけ緑の党主導の再生可能エネルギーの大量導入、脱原発の環境政策や、過度に人道に偏した外国人対策のツケが回って来たとの感が強い。電気料金の高騰や新たな不法移民流入に歯止めがかからない状況は、自業自得でもある。
不満の政治的受け皿になっているのが右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢」(AfD)だ。6月6~9日に欧州議会選挙、9月には旧東ドイツ3州(テューリンゲン、ザクセン、ブランデンブルク)で州議会選挙が行われる。世論調査でAfDは、全国で20%前後の支持率を得ており、保守系キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)に次ぐ第2党。旧東独州ではそれぞれの州で支持率30%前後を獲得し、第1党になる可能性が高い。
政治への不満は多党化にも表れている。1月8日、旧東ドイツ共産主義政党の流れを汲む左派党の幹部だったザーラ・ヴァーゲンクネヒト氏が、新党「ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟」(BSW)を結成した。AfDにはCDUのリベラル化に反発する右派層が流れたが、BSWは従来の左派的社会政策は維持しつつ、「制御されていない移民に反対」と打ち出し、寛容な移民政策には不満な左派層の獲得を狙っている。
また、2月17日にはCDU党員だったハンス=ゲオルク・マーセン前憲法擁護庁長官が、新党設立を発表した。同党はCDUとAfDの間に位置する保守層の支持獲得をめざすと言う。
大同団結で反AfD
既成政党の危機感は強い。おりしも、1月10日、オーストリアの極右活動家やAfD幹部らが、「秘密会議」を開き移民の国外追放計画を話し合った、と主要メディアが報じた。会議では国外追放を意味する右翼用語「再移民」(Remigration)が使われ、その対象には、ドイツ国籍を取得した移民系住民も含まれていた。
これを引き金に、1月中旬から毎週末、「民主主義を守れ」をスローガンに数万から数十万規模の反AfDデモが続いている。20、21日の週末のデモにはドイツ全土で100万人以上が参加し、AfDを活動禁止や解散にする「政党禁止」にするべきだ、という議論も盛り上がった。
ショルツ首相(SPD)やベアボック外相(緑の党)もデモに参加し、AfDに支持が流れているCDU・CSUや左派党といった野党もデモ参加を呼びかけ、左右の大同団結で懸命の巻き返しを図っている構図が見える。
ただ、世論調査を見る限り、大規模デモは大きな影響をAfD支持層に与えていない。「民主主義を守れ」と事あるごとに叫ぶ過剰な「政治的正しさ」こそ、AfD支持者が既成政党に反感を抱く大きな理由だからだ。
政治・社会の分断と先鋭化に歯止めがかからない。危機は構造的であり、中長期的にドイツ政治は混迷の度を深めるのではないか。
ジャーナリスト・三好範英