『公研』2023年1月号「めいん・すとりいと」

 

 「フレンド・ショアリング」という言葉は、最初に聞いた瞬間から「ああ、駄目なアイデアだな」と感じている。

 ロシアや中国のように信頼できない国が増えたから、しかもこれらの国では企業が政府に逆らえないから、サプライチェーンを頼りたくない。ゆえに友好国、信頼できる国にビジネスを集約すべきだという。いかにも「安保脳」的な「上から目線」の発想ではないか。まるで「結婚は親が決めた相手と」と言われているようで、筆者の中の「経済脳」は拒絶反応を示している。

 いや、米国政府の問題意識が理解できないわけではない。しかるに、足元の米国企業が言うことを聞かないだろう。彼らは株主のため、利益動機に基づいて行動する。法の支配には従うけれども、政府に経営戦略を委ねたりはしない。ウォール街やシリコンバレーが唯々諾々と、「わかりました、中国市場から撤退します」などと言うわけがないではないか。お上に従順な日本企業の発想で受け止めてはいけないのである。

 米国は欧州との間で貿易・技術協議会(TTC)を設立し、米欧間のサプライチェーン強化で合意している。ところがバイデン政権は、トランプ前政権下で決めた対EU向け鉄鋼・アルミ製品への追加関税さえ解除していない。WTOから違法を宣告されたにもかかわらず、である。こんな調子では、米欧間の協力が順調に進むとはとても思われない。

 米国はアジアにおいてはIPEF(インド太平洋経済枠組み)を創設し、日本もメンバー国となっている。域内の友好国で経済関係を深めていきましょう、あんまり中国に靡いちゃダメですよ、ということである。ところがアセアン10カ国のうち、ミャンマー、ラオス、カンボジアは最初から排除されている。「誰が民主主義で友好国かは米国が決める」と言わんばかりの姿勢は、当然のことながら好かれてはいない。米国が考える「フレンド」は、あまりにも身勝手なものなのだ。

 まして米国は、市場開放という形で自腹を切る覚悟がない。参加している東南アジア7カ国のホンネは「お付き合い」「お手並み拝見」であろう。さらに言えば、「中国とどちらかを選べ、などとは言わないでくださいよね?」ということになる。

 いや、「ないものねだり」を言うつもりはない。バイデン外交は「ミドルクラスのため」という内政課題を背負わされている。保護主義圧力が高まっている中にあっては、これは致し方ない。トランプ支持に向かった白人ブルーカラー層を民主党が取り戻すためには、TPPへの復帰など夢のまた夢。もちろん議会でTPA(貿易交渉促進権限)を復活させることも至難の業となる。

 他方で議会は対中強硬姿勢を強めているから、政府としても何かしないわけにはいかない。その点で「フレンド・ショアリング」は誰も傷つけず、お題目としてはまことに結構な作戦なのだ。

 ゆえに方向性としては間違っていないが、真面目にやろうとしてもうまく行かないだろう。重要なのは中国を念頭に置くにせよ、「中国排除」という姿勢を強く打ち出さないこと、取引を制限する場合も分野を絞り込むことであろう。半導体においても、西側企業が今後、ハイテク分野で中国企業と競争していくためには、ボリュームゾーンの取引を減らすべきではないのである。

 世界経済はけっして「米中デカップリング」や「グローバリゼーションの終焉」に向かっているわけではない。単にわれわれが「ボーダレスエコノミー」だと思い込んでいたものが、実際には「ボーダフルエコノミー」であったということだ。壁を乗り越えるべき民間企業が、自分から壁作りに手を貸してどうするというのか。

 心配なのは、米欧企業がしたたかに動いて利益を追求する一方、日本企業が変にお行儀良くして商機を逸するのではないかということだ。近年のわが国における「ゼロリスク症候群」は、遺憾ながらまことに深刻であると思えてならない。

双日総合研究所チーフエコノミスト

 

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