共和党が開いたパンドラの箱

 烏谷 実は、私は2021年1月6日に起きた連邦議会襲撃事件までQアノンの存在をほぼ知りませんでした。襲撃事件に深く関わったQアノンとは何なのかと衝撃を受けたことがきっかけで、遅ればせながら陰謀論について研究を始めたのです。他方で、長年アメリカ政治を見てきた、前嶋先生の視界にQアノンが入ってきたのはいつごろだったのでしょうか?

 前嶋 Qアノンの存在を知ったのは、名前だと2017年ですが、何も突如として異質なものがアメリカ政治に表れてきたというわけではありません。というのも、2009年1月に始まる「ティーパーティー運動」とQアノン的な思考は地続きにあると考えるからです。ティーパーティー運動とは、課税反対を掲げ小さな政府を推進する保守派の市民運動を指します。2009年9月12日には「ワシントン納税者行進(Taxpayer March on Washington)」と呼ばれる、全米のティーパーティー運動参加者が集まる集会が開催されるほど、当時のアメリカで大きなうねりを見せました。

 私はちょうどその時期にワシントンに滞在していたのですが、FOXニュースなどの保守系メディアでは、朝から晩まで「ワシントンに集まれ」とティーパーティー運動を盛り上げるような報道がされていました。実際、ABCニュースによると6万人~7万人が集会に参加したとされています。

 烏谷 多くの人に不満が溜まっていたのですね。

 前嶋 しかしながら、ティーパーティー運動は、表向きには減税運動を掲げていますが、黒人であるオバマが大統領になることが許せなかった「人種差別運動」としての側面が大きい。保守派勢力が、反黒人を掲げて一つになることは今の時代では大きな運動にしにくいと判断し、減税運動という看板を掲げたまでです。実態は、オバマが勝利したことに腹が立つから、オバマ政権に火をつけてやろうと躍起になった人々の集団にすぎません。

 加えて、この運動は、政党や組織に属さない市民から発生する草の根運動だと言われていましたが、実際には保守系団体フリーダム・ワークスや共和党関係者が運動に深く関わっていたとの指摘があります。保守派陣営によって運動が主導、支援された「人工芝」運動でした。共和党関係者は運動の参加者に、「オバマは共産主義者である」「共産主義者が我々のお金を盗み、生活を破壊しているのだ」という情報を流していました。まさに、陰謀論ですね。政治的に日陰者であった保守が、リベラルから権力を奪うために陰謀論を使っていたということです。

 私はティーパーティー運動を見て、アメリカ政治は大きく変わってしまったなと感じました。何だかちょっとおかしい人達が保守政治に入って来た、という感覚ですかね。この人たちは保守派の最後のピースとも言える層でした。そもそもアメリカ全体では数でいうと民主党支持者のほうが多いですし、さらに人口の推移を考えると今後も継続的に移民が増えることは確実です。追い詰められた共和党がこれまでは政治運動に関わってこなかった層まで取り込んだものが、ティーパーティー運動です。

 烏谷 なるほど、穏健な保守層がこれまで距離を取っていた「ラディカル・フリンジ」と呼ばれる周縁的な過激層ですね。余裕がなくなった保守派が、これまである種の「禁じ手」として手を出さなかった過激な層に手を出すようになったと。ティーパーティー運動で、共和党はここを政治的な資源にしてしまったということですね。

 前嶋 そうですね。最後のピースの人々に手をつけてしまった。しかし、これはパンドラの箱です。一度手をつけると、アメリカ政治がポピュリズムに流れていくことは止められません。そのようなティーパーティー運動の人々が、そのまま流れて行ったのがまさにQアノンです。そのためQアノンの存在も、ティーパーティー運動から考えると当然の流れだなと感じたので、そこまで異質なものには思えませんでした。

 私はティーパーティー運動が盛り上がりを見せた時から、このような層にワシントンの政治が乗っ取られてしまうのではないかと危機感を持っていました。結局、悪い予感は的中し、連邦議会襲撃事件にまで発展してしまったのです。

 

なぜトランプを飼いならすことができなかったのか?

烏谷 これまで手を付けていなかった層に手を出し、そして正攻法とは言えない陰謀論を使うようなやり方になってしまった。そして、その先陣を切っていたのがトランプなのですが、いくら共和党が政治的に民主党に押され気味であるからといって、トランプが政界に登場してきた当初は、共和党の主流派は彼を冷たい目で見ていました。さらに、トランプを飼いならし、良いように利用しようとすら考えていたと思います。しかし、今の共和党を見ると、飼いならすどころか党全体でトランプ化が進んでいます。なぜ共和党主流派の人々はトランプを飼いならすことができなかったのでしょうか。

 私は、移民問題が一つの大きなポイントではないかと思っています。共和党の移民政策をふり返ると、ブッシュ政権時に不法移民労働者を合法化しようとする大きな動きがありました。移民を安い労働力として積極的に活用しようとしましたよね。この移民の規制緩和は、共和党に留まらず、超党派的な合意を獲得していきます。

 一方、政府が移民に寛容になる中で、自国の国民の不満が置きざりにされたままでした。ここに目を付けて、国民の不満を政治問題として上手くすくい上げたのがトランプです。これによって、共和党支持者の中に熱烈なトランプ派が増えていきます。そして、トランプの勢いを目の当たりにした共和党主流派の議員たちが、反トランプの立場から転向し、トランプに追随していったように思います。

 前嶋 おっしゃる通りですね。少し言葉を替えてお話ししますと、2001年のアフガニスタン戦争からの対テロ戦争以前のアメリカは、インターネットバブルなどで景気が好調でしたが、それ以降の10年間で大きく後退します。そして、2000年から2010年の10年はアメリカ史上最も多くの移民を受け入れた10年でもありました。景気の後退やテロとの戦いに疲れた国民が、それらの原因を「移民とテロとの戦い」のためだと考えるようになります。「ブッシュは移民に甘く、テロとの戦いにも固執した。共和党の敵だ」と。アメリカが没落した要因の主犯として、移民とテロとの戦いを叩けばトランプは支持を集められたというわけです。

 トランプが共和党で力を持つようになった理由は他にもあります。共和党支持者の大部分を占めるのが、小さな政府を支持する層とキリスト教福音派、この二つです。トランプは、前者には減税と規制緩和を、後者には福音派で厳格に信仰を重んじるマイク・ペンスを副大統領に指名することで、確実に支持を固めていきました。ペンスのような敬虔な福音派を指名しなければ、トランプは負けていたかもしれません。それほど福音派の層は厚いのです。この二つをおさえることで、トランプは自分を共和党の主流につくりあげていったのです。

 しかし、当初は共和党主流派の支持者も妄信的にトランプを支持していたわけではありません。15年の大統領選出馬宣言の際に、トランプは「イスラム教のやつはアメリカには入れない、メキシコからも人を入れない」というほどに過激な言動を続けていますから、「トランプはおかしなやつだ」と感じていました。でも、「ちょっとおかしいこと言っているけど、実際に移民問題も大変だからトランプでいいや」「関税は上がっても金融規制が緩和されるだけ悪くないか」と、緩やかにトランプを支持していったのです。

 

トランプのポピュリスト的才能

 烏谷 トランプの陰謀論政治を考える時に、必ず押さえるべき点はポピュリズムとの関係です。まずここで、ポピュリズムの定義を改めて確認してみましょう。政治学者のカス・ミュデ氏による定義では、ポピュリズムは「社会を汚れなき人民と腐敗したエリートの二つの陣営に分けて、人民の側について戦おうとするイデオロギー」です。これだけ見ても陰謀論との関連性が見て取れます。陰謀論では腐敗したエリートを徹底的に攻撃して自分たちの正義を打ち出すことが軸となっています。Qアノンはまさにそうです。腐敗したエリート像を描き出すときに陰謀論は非常に使い勝手がいい。ポピュリズムと陰謀論は相性がとてもいいのです。

 カス・ミュデによる指摘で、興味深い点がもう一つあります。それは、ポピュリズムは中心が薄弱なイデオロギーであるという指摘です。要するに、思想として中身がスカスカなのです。「腐敗したエリートと汚れなき人民が戦う」というシンプルな構造はありますが、逆に言うとそれ以外に何もない。マルクスが主張した共産主義のように、体系化された思想のエッセンスが詰まっている訳でもなく中身が空虚です。その空虚さ故に、どんな社会や文化の中心にある思想とも、結びついて融合することが可能なのです。

 トランプの場合も、もともと今のような極端な思想を持っていたわけではなく、イデオロギー的には無色透明であったと言われています。過去を見るとリベラルな考えを持つ側面もありましたし、実は右でも左でもどちらでもいい、非常に柔軟な思想を持っていたのです。大衆の心を掴む天才と言ってよい天性のポピュリストであるトランプは、反移民のような右派の思想と出会い、結局、右派ポピュリストとしての政治的立場に落ち着くことになりました。

 では、なぜ彼のポピュリストとしての才能と、右派思想が出会ってしまったのか。この過程をテーマに今後研究を進めようと考えているのですが、一つ言えるのがやはりメディアの存在が大きな要因としてあるということです。ブライト・バートのような右派メディアの成長抜きに政治家トランプの現在の姿を想像することは難しいように思いますし、テレビメディアでの大成功を抜きにポピュリスト政治家トランプの今日の成功を考えることも難しいと思います。前嶋先生は、ビジネスとTVショーの世界で成功を収めたトランプが、政治の世界に入り成功を収めていく、この過程を「トランプのリアリティーショー」だという、たいへん興味深いご指摘をされています。

 

88年選挙で副大統領候補として名が挙がっていたトランプ

 前嶋 1作目が『私が大統領になるまで』で、今は2作目の『私がMAGA(Make America Great Again)を達成するまで』ですね(笑)。そう作品名を付けたいほどに、彼のこれまでの過程はまるでリアリティーショーのように、大衆の心を惹きつけるものがありました。

 まず一つ目に、トランプは昔から政界に強い興味を持っていました。1988年のブッシュVSデュカキスの大統領選の時に、副大統領候補としてすでにトランプの名前が挙がっていたのです。結果的にはダン・クエールが副大統領候補に指名されましたが、すでに「政治をやらないか」と声がかかっていて、指名される可能性は低いがダークホースとしてあるかもしれない、という立ち位置でした。

 私はその時初めてトランプの存在を認識したのですが、当時のトランプは今よりも難しい言葉を使い、エリートらしい話し方をしていました。すごくまともな人に見えましたね。

 烏谷 いわゆる、よくいる普通のエリートだったのでしょうか。

 前嶋 そうです。今のように一行ずつ区切って話すような、英語として不正確な話し方ではありませんでした。聞いただけで、「この人はエリートだな」とわかるような話し方でした。

 二つ目は、テレビの世界で大衆の心をつかむ方法を肌感覚で学んでいったという点です。トランプは大衆相手のテレビの世界で、人の心を動かすための効果的な振る舞いを確実に習得していきました。例を一つ上げると、「オバマはアメリカ生まれではない」というバーセリズム(出生地差別)運動です。オバマの名前はバラク・フセイン・オバマというのですが、ミドルネームの「フセイン」にトランプは着目して、オバマはアメリカ生まれではないと、まったくの嘘を広めます。トランプは「オバマを叩くのならこれだ!」と確信したのでしょう。実際に、わかりやすさも相まってこのデマは多くの人の間で信じられることとなります。心が動くポイントをトランプは肌感覚でわかっていたのです。

 彼の酷い言葉は挙げるとキリがありませんが、2016年の選挙でのヒラリー・クリントンとの討論会で「なんていやな女だ(Such a nasty woman)」と言い放ったことには衝撃を受けました。何よりこんな下品な言葉に会場の共和党支持者が湧いたのです。トランプは、実際には紳士的な振る舞いができるのに、支持者の期待に応えるためにわざと下品な言動を繰り返します。討論会では「トランプ語」を研ぎ澄まして、本当に酷い言葉ばかりが出てきます。

 烏谷 トランプは自ら敢えて下品な態度をとることで、これまでは政治の蚊帳の外にいた過激な層、共和党支持者の中の過激な人たちに向けて、「自分はあなたたちと同じ側に立つ人間だ」と自己プロデュースをしてきたのですね。

 前嶋 そうですね。インテリとはかけ離れた言動をして、白人ブルーカラー層から共感を呼びました。

 三つ目はタイミングです。息子ブッシュとビル・クリントンは1947年生まれのトランプと同い年です。この二人が大統領になって、自分もこれ以上は遅い出馬はできないとトランプは焦りを感じたはずです。そこに、オバマという若造が出てきた。そしてオバマ政権の時期は、ちょうど人々の怒りが高まっている時期でした。2016年がトランプにとって、個人的にも社会的にもベストなタイミングでした。

もともと持っていた政治への関心、テレビで培ったポピュリスト的な才能、2016年というタイミング、この三つが丁度合わさり大統領選に出馬したのです。そして、トランプも昔は人工妊娠中絶容認派でしたが、共和党から出馬するのなら反対でないとダメだと、思想を変化させていきました。

 烏谷 2016年はトランプ支持者が日を追うごとに増えていき、非常に勢いがありましたよね。

 前嶋 トランプに流れが来ていましたね。しかし、今年はトランプにとって正直ベストなタイミングとは言えないでしょう。今いる支持者をいかに固めるかがポイントになっていきます。

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