『公研』2024年1月号「めいん・すとりいと」

 NHK大河ドラマ『光る君へ』の放映が始まった。さまざまな時代を描いてきた大河ドラマだが、平安時代の貴族社会を舞台とするのは本作が初なのだという。出版界でも「戦国武将に学ぶ」をタイトルに掲げるビジネス書はあれども、平安貴族から何かを学ぼうとする書籍は見たことがないから、「戦わない」貴族は憧れの対象にはなりづらいのだろう。ドラマの中心人物として描かれる藤原道長にしてもそうだ。陰謀で政敵を失脚させ、強引に娘たちを天皇の后にして権力を掌握した横暴な男という印象が強いせいだろうか。

 ところで昨年、『紫式部は今日も憂鬱 令和言葉で読む「紫式部日記」』を刊行した筆者が『紫式部日記』と格闘して感じたのは、道長の意外な「愛され」ぶりだった。たとえば『紫式部日記』には、一条天皇に嫁いだ娘である中宮・彰子に待望の男児が生まれた祝いの席で、酔って上機嫌になった道長が、彰子を褒めつつ、妻子の前で無邪気に自慢するくだりがある。

 「僕って中宮の父親としていい線いってるでしょ」

 「母君もいい夫を持ったって内心笑いが止まらないんじゃない?」

 聞いていられないとばかりに妻が席を立つと、道長は「お見送りしないと怒られちゃう」と言って中宮の御帳台を通り抜けて追いかける。その際「(御帳台を通り抜けるなんて)ナメとんのか、と中宮様はお思いでしょうけど、この親あっての尊いお立場なんですからね」とつぶやき、女房たちを笑わせている。

 これだけ読むと、現代でもよくある外部向けの「奥さんと娘に頭が上がらない」アピールに見える。だが妻の倫子は宇多天皇のひ孫で、実質的にも「格上」の存在だった。さらに倫子は四女二男をもうけて道長の出世をアシストしただけではなく、頻繁に宮中に出向いて后となった娘たちの面倒を見、女房たちをケアし、貴族間の付き合いをこなすスーパーウーマンだったようだ。倫子が道長の頼もしいビジネスパートナーだったことは、道長の日記『御堂関白記』における登場頻度の高さからもうかがえる。優秀な妻を立てるとともに、女房たちに怖がられないよう、道長はかわいげのあるふるまいを意識的に心掛けていたのではないだろうか。

 学問好きの一条天皇の寵愛を得るため、彰子の後宮に文才のある女房を集めることも、道長の重要なミッションだった。雇用契約などある時代ではないから、女房たちは仕事が嫌になればすぐ実家に帰ってしまう。紫式部も当初は同僚たちに冷たくあしらわれ、五か月間も出仕拒否をしていた。しかし紫式部は、天皇も愛読する『源氏物語』の作者である。道長は当時は貴重だった紙や硯を提供して執筆を支援しただけでなく、自己肯定感の低い紫式部を花のプレゼントでおだてるなどして気を配っていたようだ。引っ込み思案な女房たちが行事の参加をしぶっていると、一緒に行こうと気さくに誘いをかけることも忘れなかった。

 天皇中心の男性官人の行事だった宴に、彰子やその女房たちの参加を促したのも道長だった。紫式部や和泉式部の著作を読むと、道長は和歌で反論したくなるような「イジリ」を女房たちにしていたことがうかがえる。これも女房に和歌を詠む機会を与え、とっさの機知を発揮できる女房が複数いることを周知するもくろみがあったのだろう。現代のバラエティ番組の名司会者のようだ。

 知的女性たちにあきれられつつも愛でられ、その力を借りた道長から、女性の活躍推進が求められる新時代の処世術が学べるかもしれない。

文筆家

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