トランプを超えて生まれるトランプ的志向

 烏谷 先ほどトランプがいかに大衆の心を掴む才能に長けているかという点に触れました。一方で、前嶋先生の共編著である『現代アメリカ政治とメディア』の中で、保守の思想自体がオバマ政権以降再編されているという、興味深いご指摘がありました。要するに、トランプがポピュリズムや陰謀論を振り回すだけで今のように共和党内で力を獲得できたというわけではなく、シンクタンクや保守派の論壇でも彼の背中を後押しするような思想が生まれてきたということかと思います。トランプ自身がインテリの難しい言葉でその思想を語ることはありませんが、代わりに周辺のインテリジェンスがその役割を果たしているということでしょうか。

 前嶋 そうですね。最近は、トランプ以上にトランプ的な考えをする人々が出てきています。その最たるものが、保守派シンクタンクのヘリテージ財団が、2023年4月に発表した「プロジェクト2025」という文書です。これはヘリテージ財団が100人以上の保守政策関係者を束ねて作成した文章で、トランプが大統領に再び就任した場合に何を期待するのかが示されています。例えば、トランプと同じ思想を持つ人の採用、エリート主義の排除など、超保守的な社会観を拡大し、どう強行していくかが文書では記されています。元トランプ政権のメンバーも多く、トランプに政策的にも近い人物によって書かれたものですが、トランプは自身の関与を完全に否定しています。つまり、トランプを超えたトランプ的な思考が生まれつつあるということです。

 2016年の大統領選ではトランプ政権に絶対に入らないとする、ネバー・トランプ派が共和党内で台頭しましたが、その後トランプを支持する声が強くなる中、今でも彼らは非常に肩身の狭い思いをしています。重鎮のミット・ロムニーは今の共和党では残党となってしまいました。一方、共和党のトランプ化が進んでいるので、新しく出てきた人々は、トランプ応援団のように彼を支持する人ばかりです。

 烏谷 共和党のトランプ化と言いますと、2022年の中間選挙では、共和党内で陰謀論を踏み絵として使用したことに驚きました。不正選挙陰謀論を信じるか信じないかで、トランプへの忠誠心が試されました。

 例えば、リズ・チェイニーです。もともと彼女はトランプ政権期に下院共和党会議議長という要職を務めていましたが、2021年1月6日の襲撃事件直後、大統領弾劾決議に共和党議員でありながら賛成しました。共和党議員で賛成に回った人は10人しかいませんでしたが、そのうちの一人ですね。反トランプの立場を旗幟鮮明にしたチェイニーに対して、トランプは彼女の選挙区に刺客候補を送り込み、チェイニーは2022年予備選挙で大敗することとなります。不正選挙陰謀論を飲む人にはトランプが支持をするが、飲まない人は排除していくと。2005年の衆議院総選挙で当時の小泉純一郎首相が郵政民営化に反対した議員の選挙区に対抗馬、「刺客」を立てたのと同じやり方ですね。

 このトランプの行動に対して、私は大きな衝撃を受けました。心のどこかでアメリカを民主主義のお手本のように考えてきたところがあるので、こんなことをアメリカの民主政治を支えてきた歴史ある共和党がやっていいのかとショックを受けたのです。ここまで陰謀論の毒を飲み過ぎてしまった共和党はこの先どうなってしまうのでしょうか?

 前嶋 民主主義自体が揺れているんですよね。ある調査では「納得できない政権になるのなら暴力でそれを覆してもいいか」という問いに対して、約2割の人が賛同したというデータがあります。民主主義が自分たちの生活や自国を良くするものではなくて、民主主義があるせいで嫌いなやつの話も聞かなくてはならないものになってしまったのです。これはアメリカの民主主義において、あまりにも大きな変化ですね。ティーパーティー運動から民主主義の崩壊が始まり、15年の時を経てとうとう連邦議会襲撃事件まで発展してしまった。元に戻すにしても時間がかかることでしょう。

 今年の11月にトランプが敗北したとしても、副大統領候補のJ・D・ヴァンスが次のトランプとして控えているので、分断と拮抗の時代はまだ続くでしょう。ただ、それでも、移民による人口動態の変化をうけて、ようやく2036年の選挙あたりから、アメリカの民主主義は変わり始めるのではないでしょうか。

 アメリカも出生率は日本と同様に低下していくのですが、移民の流入によって継続的な人口の増加が見込まれています。一見すると経済的に安定していない移民は、所得再分配を掲げる民主党を支持するのかと考えますが、一定数の移民は共和党が囲おうとするはずです。すると、アジア系、ヒスパニック系からも支持されるような、白人至上主義ではない共和党になっていくと思います。支持層が変わり今ほど極端な政党ではなくなり、真ん中に向かうベクトルが生まれると私は予想します。やはり、新しいリーダーが登場することによって分断を解消するということは不可能なので、国民が変わるしかないのです。

 

分断の解消か、内戦か

 烏谷 分断政治はいつまでも続かないということでしょうか。

 前嶋 続かないと思います。他方で、分断がいま以上に深刻化するのなら、もう内戦に向かうしかアメリカの進む道はありません。バーバラ・F・ウォルター(米政治学者)の『アメリカは内戦に向かうのか』によると、今のアメリカの政治体制が民主主義と権威主義の中間状態、つまりアノクラシーの状態にいるとしています。そしてアノクラシーの状態だと、国家内での対立が高まり内戦に発展すると指摘します。

 今年4月に『シビル・ウォー アメリカ最後の日』という映画がアメリカで公開されました。分断の末に内戦状態に陥った近未来のアメリカを描いているのですが、アメリカで2週連続1位を記録しました。アメリカ人にとって、内戦が現実的なものとして感じるような状況にあるということですね。ただ、私個人としては、先ほどもお話したように、政治体制の次の段階が10年後あたりに来るだろうと楽天的に考えています。

 烏谷 それは明るい展望と理解してよろしいでしょうか?

 前嶋 そうですね。アメリカの歴史を辿ると、今日ほど国家が分断したことはありません。個人個人でイデオロギーも大きく異なるので、衝突が避けられず政治の話をすることさえ簡単ではありません。こんな状態は続かないですね。人口動態の変化もそうですが、分断が終わりを迎えると肌感覚ですが感じています。分断が終わると陰謀論も徐々に減っていくのでしょう。不正選挙陰謀論のような極端な陰謀論は減る傾向に向かうと想像しています。

 烏谷 やや無害化されていくのですね。

 前嶋 楽天的な見方で行くとそうですね。2022年に上梓した『キャンセルカルチャー アメリカ、貶めあう社会』でも分断の解消について論じたのですが、「少し楽観的すぎないか」との声もいただきました。なので、悲観的にいくと陰謀論が渦巻くとんでもない内戦の世界になっていく可能性もありますが、私として分断は終わりを迎えると考えています。

 烏谷 わたしはこれまでポストトランプ政治を考える際に、トランプ本人が政治から身を引いたとしても、選挙に対する漠然とした不信感が社会に残り続けるのではないかという、懸念点ばかりを考えておりました。ですので、分断の終わりという前嶋先生の視点には驚きました。

 前嶋 一方で、烏谷先生がおっしゃるように、ネガティブな側面も今後ある程度は続きます。11月の投票でハリスが勝利したら、12月の選挙人投票で妨害が起きるでしょうし、2028年の選挙ではヴァンスが陰謀論を武器に戦うことは確実でしょう。しばらくは見たくないものを見ることになると思います。

 烏谷 今がアメリカ政治の過渡期ということなのですね。

 前嶋 そうですね。政治学の研究では、2004年頃まで「アメリカが分断しているというのは嘘だ」という言説もありました。当時のアメリカは、政治エリートは赤と青で分断していたのですが、市民レベルでは真ん中にいたということです。何とかこの時期のアメリカに戻ればよいのですが、それまでにはあと3、4回ほど大統領選が必要かもしれません。

(終)

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