『公研』2020年11月号「めいん・すとりいと」

奈良岡 聰智

 菅政権が発足し、目玉政策としてデジタル庁創設に向けた準備が進んでいる。コロナ禍は、日本社会が「IT後進国」であることを白日の下にさらした。これを機に、政府が率先してIT化を推進することを期待したい。

 IT化は、私の専門である歴史研究の分野でも大きな課題になっている。論点は多岐にわたるが、ここでは、新聞のデータベースをめぐる動きについて紹介する。つい15年ほど前まで、古い新聞を調べようと思えば、図書館で縮刷版やマイクロフィルムを閲覧するしかなかった。しかし、近年電子データベースの整備が急速に進み、大手新聞の過去の紙面は、ほとんど全てインターネット上で閲覧可能になった。今や我々は、『タイムズ』のデータベースで、明治維新の情報が世界にどう伝わっていたかが瞬時にわかるし、『読売新聞』のデータベースで、百年前のスペイン風邪について調べ、コロナ禍への教訓を引き出すこともたやすい。新聞のデータベースの普及により、歴史研究の実証水準、スピードは確実に上がり、一般市民も容易に古い新聞記事にアクセスできるようになった。便利な時代になったものである。

 大手新聞社は自前で過去の紙面をデータベース化し、有料で提供している。しかし、地方新聞や中小の新聞となると、電子データベースが整備されていないものが大半である。そのため、そうした新聞記者の記事を調べる場合は、依然として縮刷版やマイクロフィルムを読む以外に手段はない。それらはある意味「宝の山」で、その中から未知の事実を発見するのは歴史研究の醍醐味なのだが、物理的制約によって研究が阻害されているのは否めない。データベースがないために調査を断念せざるを得ないことも多い。

 実は近年欧米諸国では、こうした現状を打破するため、国立図書館が新聞のデータベース化を推進している。アメリカでは、議会図書館が国内で発行された新聞を電子データベース化しており、現在、1840年代から1910年代までの約2800紙のデータが検索でき、紙面も無料で公開されている。同種のデータベースは、フランス、オーストラリアなどにもある。

 イギリスでは、大英図書館が同種の事業を推進しており、1950年代までの新聞のデータベース化が進行中である。こちらは、民間企業の助力を得て事業が行われているため、記事検索は無料だが、紙面閲覧は有料である。利用者にとっては負担が伴うが、利便性は確実に向上しており、公的機関が予算不足を補う手法としてむしろ注目に値する。

 このように欧米先進諸国は、国家を挙げて、IT技術を駆使しながら新聞のデータベース化に取り組んでいる。これによって知的情報インフラは格段に向上し、研究のみならず、観光や地域活性化にも多大な恩恵が生じている。これに比べて、この問題をめぐる日本の現状はお寒い限りである。日本で新聞を最も多く所蔵しているのは国立国会図書館であるが、古いものは原則マイクロフィルムで閲覧に供されており、館独自の電子データベースはほぼ存在しない。このことは、海外や地方在住の研究者の調査にとって大きな障壁となっている。地方図書館の状況はより深刻で、マイクロフィルムが劣化し、老朽化した閲覧機の更新ができなくなっているようなケースも少なくない。

 新聞は、歴史的情報を次世代に継承し、人びとの生活を豊かにするインフラとしての役割を担っている。古い新聞の電子データベース化は、今次政府がデジタル政策の一環として取り組むのに相応しい政策のように思われるが、如何であろうか。京都大学教授

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