『公研』2021年11月号「対話」 ※肩書き等は掲載時のものです。

 

米中の対立がより深まっている。 日本はどのような備えをすべきだろうか? 「抑止力」から安全保障環境を再確認する。

 

激化する米中関係

高見澤 今日は抑止力を中心に議論しますが、国際環境は激変しています。まずは米国で最新の議論に直接参画されている村野さんから、世界や日本が直面している安全保障環境の動向について概観していただきたいと思います。

村野 私は今日の安全保障環境には四つの特徴があると考えています。第1の特徴として挙げられるのが、米中対立の激化です。米中は軍事分野での戦略的競争に留まらず、様々な要素でぶつかっています。経済、情報管理、さらには自由、民主主義、法執行のあり方、人権といった価値やイデオロギーでも対立している。最近では最先端技術の分野での競争も顕著で、こうした技術は将来的に軍事面で応用も想定されることからエマージング・テクノロジーと呼ばれたりもしています。
 こうした平時、非軍事分野においても独占的な力を持っている領域を勢力圏(sphere of influence)と呼んでいますが、米中双方がこの領域で激しく競争しているのが現状です。無論、このことは戦闘領域になり得る分野の拡大にも繋がっています。従来の陸海空に加えて、宇宙、サイバー、電磁波などの新領域でも平時からグレーゾーンにかけてのせめぎ合いが激化しており、有事の際には直接的に戦闘作戦の行動に影響してくる要素にもなってくる。
 第2の特徴は、米軍の通常戦力面での優位が徐々に失われてきていることです。冷戦崩壊後から9・11以降の対テロ戦争では、一極支配と言われるほどアメリカが軍事的に突出しており、米軍は自分たちの好きなタイミングで、海でも空でも圧倒的に有利な状態で戦うことができました。しかし、今ではそれが脅かされるようになっている。もちろん完全に喪失したわけではありませんが、西太平洋地域では中国の通常戦力面での能力向上によって米軍の圧倒的優位は失われつつあります。
 第3の特徴は、核兵器をめぐる安全保障環境の変化です。オバマ政権は「核なき世界」を高らかに掲げて、世界は好意的に受け止めました。しかし、あれから10年以上が経ちましたが、核をめぐる安全保障環境が好転した要素はほとんどありません。核兵器管理の安定性を高めるためのアメリカ独自のいくつかの試みはありましたが、他の核保有国がそうした動きに追随することはありませんでした。
 逆にロシアは、射程の短い核兵器やINF条約で禁止されていた中距離の巡航ミサイルなどを開発・配備することによって、欧州正面における通常戦力面の劣勢を覆そうとしています。中国も最近、中国大陸の新しいICBM用サイロ(地下格納型のミサイル発射施設)を200カ所以上もつくっているといった情報が確認されるなど、核戦力を増強させている。これまでの中国がとってきた最小限抑止戦略を逸脱する動きで、中長期的な中国の核戦略のトレンドにも変化が見られるようになっています。
 北朝鮮にいたっては、この10月にも新型SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を発射したことが確認されています。北朝鮮の非核化は、まったく進んでいないどころかさらなる戦力の多様化に突き進んでいる。米国、日本そして韓国が直面する核をめぐる安全保障環境はますます悪化していて、米国、日本そして韓国にとって、これ以上何か前向きな試みを通じて事態を前進させることはかなり困難になってきているのではないかと思います。
 第4の特徴として、厳しい安全保障環境の要素が揃っているにも関わらず、これに投じることのできるリソースがますます限られてきていることが挙げられます。これは米国にしても日本にしても同じことが言えます。とりわけ米国に関して言えば、新型コロナウイルスによって世界最大の死者数を出し、経済的にも大きく落ち込みましたから、今後コロナ危機から立ち直るために様々な施策を行わなければならない。財政赤字はさらに拡大するでしょうから、十分な規模の国防予算を費やすことができない状況が生じつつある。日本も十分な防衛予算を確保できない状況がずっと続いていますが、同盟国として一層、協力を深めていく必要が高まっています。我々も厳しい選択をしていかなければならないでしょう。

 

平時・緊急時・有事の区別がなくなっている

高見澤將林・東京大学公共政策大学院客員教授

高見澤 村野さんから安全保障をめぐる環境変化を四つの特徴として挙げていただきましたが、私のほうからいくつか注目すべき点を述べたいと思います。まず、グレーゾーンにおける競争の激化により、平時・緊急時・有事にわけて考えるというアプローチが成立しなくなってきていることに留意する必要があります。抑止と言っても常に平素の戦いを意識しなければなりません。この背景にあるのは、情報技術の目覚しい進歩であり、そこから新しい問題が生じてきている。特に深刻なのは、従来国家により独占されていたものが、真偽不明のものから、漏れてはいけない情報までネット上で一挙に拡散し、抑止の構造を崩壊させてしまう可能性があることです。さらに困るのは、そのような構造をむしろ利用しようとしている国があることです。民主主義と権威主義の対立という文脈にもなりますが、これは特に日本や欧米の民主主義国にとっては難しい問題です。

 次に米国の通常戦力の圧倒的優位が失われたことには様々な要因があります。中国が湾岸戦争での米国の実力をみて軍事面への高い水準の投資を一貫して続ける一方、米国やその同盟国がテロとの戦いに膨大な資源を投入せざるを得なかったことが大きな要因です。また日本については、1997年をピークにほぼ15年間継続して防衛費を減少させていたという事実を指摘しておく必要があります。
 核兵器の拡散も深刻です。一方その傾向が深刻だからこそ、それに伴うリスクへの懸念も高まり、そうした懸念が核兵器禁止条約を生んだということも確かです。こうした問題意識にもきちんと応えていく必要があります。
 最初に大きな変化として挙げられた米中対立の激化についてですが、時間軸でどうみるか。独裁的な体制は政策を決めるにしても判断が速い。このことは中国に有利に働いている気がします。さらには中長期的なスパンで物事を考えるうえでも目先の選挙を心配する必要のないことは、中国政府にとって好都合だと言えるのかもしれません。台湾をめぐる帰趨についても、中国は台湾を安全保障上のコア・インタレスト(核心的利益)と見なしています。抑止の構造や軍事バランスが変わってきていることを利用して、仮に台湾を呑み込むことがあるとすれば、どの程度の時間軸を想定しているのか。そこを見極める必要があります。そして、こうした中国のトレンドを変えるには、民主主義体制の国々はどのような力を持つべきなのかを考えなければいけない。

村野 時間軸を考える際の一つの目安として、2027年という時期が注目されることが多いですよね。人民解放軍創設から100年にあたることもあって、この年までに台湾侵攻を具体化させる可能性が指摘されています。我々としては少しでもそれを遅らせる戦略の組み立てが必要になりますが、鍵になるのがやはり技術力とその適応力だと考えています。これまでは、西側が開発した技術に中国がキャッチアップしていく構図がありましたが、現在ではお互いがすでに同じような技術力を持ちつつあります。したがって、今後は新しい技術の開発を競うだけではなく、それらを社会システムや軍事的な作戦構想にいかに速く実装できるかどうかがポイントになるのだと思います。
 この辺りの応用力やスピードに関しては、中国に有利なところも出てきています。例えば、今回のコロナ危機への対応で言えば、中国政府は平時から個人情報と社会監視インフラとを関連づけていることで、どこで感染が起きたのか、感染者はどのように移動したのかといった情報を把握できた。その上、感染者を強制的に隔離するような措置をとることもできた。人権を重視する国であれば即座に決断することが難しいケースでも、権威主義体制では躊躇なく有効な対策が打てる。感染拡大を防止するという観点だけで言えば、権威主義的なシステムのほうが効率的に働いた部分があります。もちろん人々がそういう社会を受け入れるかどうかは別です。我々が望むライフスタイルとは相容れないところがありますからね。
 特定の目的を達成するときに、合理性や効率の重視と自由や人権などの要素をどのように両立させていくかは、これから大きなポイントになると思います。新しい技術を社会に実装して運用していく時に、政府が国民に対してその運用性と効率性をきちんと納得させられるか。中国のように有無を言わさずに社会実装できるわけではありませんから、自由を重んじる国では、この際の説明の仕方によって大きな差が出る難しさがあります。

高見澤 確かに新型コロナ対策においては、当初は独裁的な体制のほうがより成果が上がるのではないかといった議論がよく見られましたが、最近になってその行き過ぎや限界をめぐる議論も増えています。一方、民主主義国においても、コロナという大きな課題に対しては透明性と明確な目的を担保した上で一定の制約を受け入れる国も少なくなく、ここでも変化が生じているように思われます。政策の実装化のスピードについても民主主義国でもかなり差がありましたが、日本でも地域ごとにかなり対応に差が出たことにも留意が必要でしょう。

 

中国が繰り返し言っている「中国の夢」──中華民族の偉大な復興──や核心的利益について、国際環境の変化や時間の経過によって内容が変容していく可能性をどうお考えですか?

村野 将・ハドソン研究所研究員

村野 私は、中国が言う核心的利益とは、時間の変化に左右されないものなのではないかと思います。他方で、よく指摘されていることですが、今後の人口動態の推移は、核心的利益を追求する際の競争の性質に影響を与える重要な指標の一つになるのではないでしょうか。中国の人口は頭打ちになり、今後減少していくことが見込まれています。人口動態の見通しがあまり明るくないのは日本も同様ですが、今後も人口が増え続ける米国は、長い目で見れば中国より有利です。つまり、2050─60年代には米国が中国に対して国力の面で再逆転する可能性がある。

 ですから、それまでの期間は中国に「機会の窓が開いた」と思わせないような手を打つ必要があります。20─30年スパンの戦略的競争を持ち堪えるための態勢をつくっていく発想です。

高見澤 ここは習近平体制がいつまで続くのかにもよりますね。強硬的な姿勢を強めている習近平が任期を終えて、次の指導者が登場すれば中国も少しは穏健化するのではないかという期待もある。けれども2期10年の憲法規定も改正されて、彼は3期目もやるだろうと見られています。そうなると、彼の任期の間だけ凌げば何とかなるという期待は崩れ去ることになる。この期間を通じて、習近平が完全なる後継者を育てることを見据えているのであれば、今のような時代が当分は続くことになります。いずれにせよ、グレーゾーンにおける戦いが際限なく積み重ねられていくことは覚悟する必要があります。少しでも気を緩めると、南シナ海で軍事拠点化が推し進められて結果的には既成事実化したような事態が再び生じかねない。
 私はこの10年間が大事だと考えています。今年から始まった第14次5カ年計画で、中国は次の計画を明確に示しています。我々としては、これらの計画がすべてうまくいくことを前提にしたうえで、それでも対応できる安全保障のプラニングを考える。それは必然的により広範なものが必要になりますが、民主主義各国は皆で知恵を出してそれをつくっていかなければならない。

 

経済と安全保障を統合させる考え方

村野 中国と向き合っていくためには、国際的な協力枠組みが重要になってきますが、高見澤さんはこの点についてはどのようにお考えでしょうか。

高見澤 国際的な枠組みについてはいくつかのポイントがあると感じています。EUやNATOのケースを見ていくと、それぞれの国が考えている戦略や情勢認識や優先度の高い分野を踏まえたうえで、どこまで多角的に統合できるかが重要です。また、G7については、その役割や位置づけが変化してきているわけです。ロシアを含むG8になったこともあれば、今度は民主主義国の枠組みとしてG7を拡げていこうという話もある。いずれにせよこうした枠組みでは、各国に違いはあるとしても、抑止といったよりハードルの高い問題、基本的な原則に関わる問題に対しては一致した対応がとれる能力が試されることになる。AUKUS(米英豪)はこの文脈で位置付けられるのではないか。
 一方、緩いかたちであっても、中国も含めて一緒に行動できる、あるいは対立しても一緒の場にいることは大事です。共通の問題に対応するための全体の能力を高める方向で動けるメカニズムをどう構築していくのかも重要です。こうした場は、国連や地域の枠組みだけでなく、重層的にいくつも存在していて構わないのではないか。
 また、日本に関係するものとしては、ASEAN+3(日中韓)、CPTPPなどの枠組みがあります。日本が提唱した「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)というビジョンも包摂的なものとして、それぞれの国のイニシアティヴを活かすかたちで発展してきました。QUAD(米日豪印)においても、多様性の重視が謳われています。
 このようにしてみると、重要なことは、国際的な問題が起きた時に問題ごとに対応する有志国連合の枠組みと並んで、何かあった時というより、平素からのいわばシステム上の問題として、しかも様々な問題の連関を考えながら対応していく力が試されていく。いわば新たな構造変化に全体として適応するような各国の統合能力(power to integrate)がより重要になってくるのではないか。特に、秩序に挑戦する国に対する抑止のためには、日常的な情報の共有と政策の機動的な遂行・調整を行っていく場がないと、挑戦する側の機会の窓はますます拡がってしまうことが懸念されます。
 今は政策の実装化には強いリーダーシップが求められますが、その力には限界があります。けれども、各国がこうした多様な枠組みの中から最も効果的なものをテコにすれば、政策の実装がいくらかはスムーズになる。それをさらに加速しようと思えば、そのプロセスをさらに透明化し、民間のイニシアティブも巻き込み、多様化を図りながらそれを果断に実行し、必要に応じ修正していくことが民主主義の強さでもある。それを抜きにしては、権威主義国の強いリーダーシップが物事を推し進めるスピードにはおそらく対抗できないのではないか。

村野 新しい技術を社会に実装するスピードは大事ですが、そうするためにはどう政策を進めていくのかという具体的なプロセスが重要になるわけですね。

高見澤 そのとおりです。もう一つ重要なのは、国力を強化させるうえで経済力と安全保障を統合させて政策運営をする発想を各国が持つことです。これまでは、経済力と安全保障は二者択一で考える傾向があって「経済を優先する」となれば、「安全保障はちょっと後ろに引いてもらう」ということになりがちでした。しかし今は、安全保障力を高めるためにこそ、経済力の強化が必要であることをより鮮明にしていくべき状況にある。経済への資源配分と安全保障面への資源配分の両方をやらなければなりません。当然、全体のリソースが不足しますから、より大きな統合を考えなければなりません。
 ただし予算制度にしても、それぞれがサイロ(持ち場、管轄)に篭って経費が活用されているのが現状です。サイロを超えた効率化や連携が必要になってきますが、いまだに打破できていない。ここにはDX(Digital Transformation:デジタル技術による革新)やグリーン(環境関連政策)の推進を安全保障の強化につなげていくという発想に期待しています。

 

──経済と安全保障を統合させるとは、具体的にはどういうことを想定されているのでしょうか?

高見澤 現在の国家安全保障戦略では、どのような分野においても施策の遂行にあたり安全保障の観点を考慮することが求められています。政府の戦略文書としてはっきり打ち出したのは、おそらく初めてで、これは重要な変化です。しかし、現実には既定の予算枠を守る発想から抜け出せていません。それぞれの計画体系で予算を配分している。宇宙、海洋それから、イノベーションはいくら、という感じです。細分され、サイロ化が進んでしまう部分もあり、横串が通らない。特定の分野に予算を集中させ、状況が変わればこれを転換することもできていない。
 今の時代は、中国の軍民融合戦略にしてもアメリカのサプライチェーンの確保にしても、安全保障の観点からあらゆる問題を捉え直すことが一般的になっています。つまり、計画体系の中に安保を位置づけることも重要ですが、安全保障の視点から計画体系を位置づけ直すことが起きている。
 日本は分担管理事務ですから、一つの役所で一応完結してしまうところがあります。予算を執行する計画が明確になっていない機関は、フレキシブルに動くことはできません。効率化へのインセンティブもありません。事業者が速く完成させたり、安く仕上げたりしても、プラスアルファとして還元されるようなイノベーションやスピードを加速する予算システムにはなっていない。これを変えるためには、計画体系を一度壊すくらいのことが必要なのかもしれません。民間企業がやっているようなシステムに変えていかないと、安全保障と経済が一体化した検討はできないのではないか。
 これはすべてを安保がコントロールするのではなくて、それぞれの施策の中に安保の側面が具体的な事業のかたちとして入っていくことをイメージしています。安全保障に悪い影響を与えないような経済のあり方を考えるのではなくて、安全保障の観点に良い影響を与えることも、プラスアルファで経済に組み込むという感覚ですね。
 岸田総理も所信表明では、経済安全保障を柱の一つと表明されていますが、経済を重視することで、安全保障をないがしろにするということは毛頭ないと私は思っています。

村野 同感です。経済安全保障戦略をつくるというより、新しい国家安全保障戦略の中に経済安全保障の要素を埋め込むという発想であるべきだと思います。
 現在バイデン政権でも、新しい国家防衛戦略が策定されているところですが、そこでは統合的抑止力(Integrated Deterrence)という概念が用いられています。ここでいう「統合」とは、主に五つの要素が含まれていると言われています。①核と非核要素の統合、②陸・海・空に宇宙・サイバー・電磁波を含むドメイン(領域)の統合、③省庁間の統合(政府一体となった統合的アプローチ。国防省が外交政策を支援するなど)、④同盟国・パートナー国との統合、そして⑤異なる時間軸との統合です。
 2027年の危機に備えることだけでなく、その後の2030年、2040年といった将来にどういう国際情勢の変化があるのかを想像して、それぞれの時間軸で起こり得る危機を一体性のあるものとして捉えることが重要だと見ているようです。安全保障環境が複雑化し、対立の要素が多様化している中で、あらゆる要素を包括的に見て問題を捉えることを念頭においていることが伺えます。
他方で、安全保障概念をどこまで拡大するべきかという議論は、古くて新しい問題です。バイデン政権が3月に発表した国家安全保障戦略の暫定指針でも、「国家安全保障や経済安全保障、衛生安全保障、環境安全保障などを区別する意味は薄れてきている」と書かれています。しかし、安全保障課題を包括的に捉えることは重要でも、各分野で実際にどのような処方箋が必要かは異なります。それに「全てが重要だ」と言ってしまうと、優先順位付けの指標としては意味をなさなくなってしまう。戦略の中核概念は、優先順位をつける際に立ち返るべき指標となるものでなければならないと思います。
 高見澤さんがおっしゃったように、経済と安全保障の統合には、従来のサイロ化されている予算構造をすべて統合して組み立てを変えるくらいの発想が必要なのだと思います。しかし、各組織はただでさえ少なくなっている予算を他にとられると警戒して、縄張り争いや予算取りの要素がより強く出てしまうことも想定されます。
統合を効率的に進めるためには、各組織の利害関係者を説得して納得してもらう必要がありますが、そのための手段は私にはなかなか思い付きません。長らく政府で政策実務に関わって来られたご経験から、組織変革を実現させていくためにはどのような努力が必要だとお考えでしょうか。

高見澤 この点は私も長く意識してきたことですが、結局できた部分はあまりありません。統合や組み替えに納得してもらうには、施策に関するデータについて「見える化」を図ることが大事ではないかと思っています。今まではここに情報の壁がありました。政府というか各省・各部局が情報を独占している結果、実態がわからなかったところがありますが、情報化社会の中で政府自身が政策を「見える化」する方法を考えるべきではないか。もちろん自衛隊のシステムや外交機密などすべてを明らかにできるわけではありません。しかし、政府が横断的に詳細な情報を把握できる体制になれば、説得力を持って効率化に向けた議論を進めるための材料になります。
 また検討に際してはいくつかの選択肢を示すことも大事ではないか。通常、政府の報告は「これがベストだ!」というかたちが提示され、その理由だけを説明することが多い。そうではなくて、まずは政策をめぐる構図を説明して、そのための施策の選択肢を三つくらいは出す。そして、利害得失を検討する、評価する要素も明示し、何を重視するかで結論も変わってくるというアプローチに変えていくことも有効だろうと思います。
 最後に必要になるのが計画の実施状況の評価です。役所は計画を立てるばかりで3年あるいは5年経つと次の計画に移っていきます。最近閣議決定されたエネルギー基本計画にしてもサイバーセキュリティ戦略にしても、その実績・効果についての客観的なデータに基づく忌憚のない評価がなされているのか。自己評価ばかりではなくモノ言う専門家に委嘱するアプローチが必要ではないか。人材の確保や教育の仕方をもっと大胆に変えていくこと、あらゆる分野で専門家の登用を広げる態勢を考えないと世界の変化についていけないということは多くの人が実感しているのではないでしょうか。
 今回のコロナ対策では、ばらまきという批判もありますが、かつてなかったかたちで何十兆円もの予算を特定の分野に集中的に投資するという実績ができました。これを原状回復ばかりではなく将来の転換のために行う必要があります。東日本大震災のときの話ですが、お金は気にせずに現場の力で自由かつスピーディーにやらせた。結果が出たらその方法を広げ、うまくいかなくても間違いを許容しつつ、その場で柔軟に対応を変えることで成果が上がった。これは民間企業の話でしたが、政府でもこうした精神が徹底できればいいですね。

 

「二正面戦略」のリソース的な限界

村野 ここまで台頭する中国に対象を限定した議論をしてきましたが、他の地域情勢との連関についても考えてみたいと思います。

高見澤 日本では、中国あるいは台湾、南シナ海、東シナ海、尖閣はすべて繋がっているという認識が広がっており、この地域が大きな危機として認識されているのは当然でしょう。実際のところ、新聞各紙の社説を見ても、中国絡みの言及が多い。一方、最近はともかく北朝鮮への言及は比較的乏しかった。ロシアについてはほとんど触れられていません。伝統的に米国や欧州の戦略はロシアの存在を重視していますので、日本と欧米との間で認識にギャップが存在している気がしています。村野さんに現在の米国の戦略コミュニティの関心についてお伺いしたいと思います。

村野 大きな流れとしては、中国に関心が向き始めていることは間違いありません。トランプ政権の国家安全保障戦略、国家防衛戦略では中国とロシアは二大大国として並列的に扱われていました。しかし、バイデン政権の国家安全保障戦略の暫定指針では、中国を「経済、外交、軍事、技術力を組み合わせて、安定して開かれた国際システムに対して持続的に挑戦しうる唯一の競争相手」と定義しており、ロシアとの差別化がなされました。つまりロシアには中国ほどの持久力はなく、いずれ衰退していく国だという位置づけで、日本から見ても納得のいく切り分けです。
 とはいえ、ロシアは核兵器をめぐる問題では、依然として無視できない存在感があります。しかも冒頭で述べたように、中国も核の分野でキャッチアップを見せ始めている。つまり、米国は初めて核武装した二つの現状変更国と同時に対峙しなければならない状況に置かれています。いわば、核の二正面戦略です。
 しかし、リソースが制約されている中で、これらに同時対処することは容易ではありません。伝統的に、米軍の戦力構成は二正面の地域紛争に同時に勝利しうることを前提に組み立てられてきました。しかし、従来の地域紛争の相手として想定されていたのは、イラクや北朝鮮のような中小規模国家です。現在相手にしなければならないのは、中国とロシアという大国です。そのため、トランプ政権の国防戦略では二正面戦略を諦めて、中国とロシアどちらか一方との大規模紛争に勝利することに注力する、というように戦力構成を組み立てる際の評価基準を変更しました。日本ではあまり注目されていませんが、重要な変化です。

高見澤 冷戦時代から繰り返されてきた議論ですが、ここは重要なポイントですね。

村野 はい。この考え方の下では、台湾など西太平洋正面で有事が起きた場合には、インド太平洋軍だけで対応するのではなくて、欧州正面を含む世界中の戦力を集結させて中国との対決に投入することになります。地域や対象を絞って展開していた各部隊が地理や任務の垣根を越えて作戦を行う柔軟性を持ったこの戦略の重要性が、トランプ政権では強調されていました。
 しかし、一つの正面に集中するということは、別の正面で一時的な力の空白が生じ、その地域で別の大国が現状変更を行う機会が生まれてしまうかもしれない。アメリカの戦略コミュニティではこれを「第二戦域問題」と呼んでいます。問題の背景にあるのは、やはりリソースの不足です。オバマ時代以降、安全保障上の脅威が増大しているにも関わらず、そこに使えるリソースが少なくなっている。全体のリソースが変わらないのであれば、脅威の増大を受け入れざるを得ないところがある。
 今はリソース不足を運用レベルの改善によって、第二戦域問題が生じるリスクを最小限に抑えようとする試みが行われています。この数カ月間、米国は日本を含む同盟国と海軍の大規模合同演習を行っていますが、これは中国とロシアの二正面で同時に危機が起きた場合を想定した演習です。今ある部隊で実際に二正面対処ができるのかどうかテストを行っているわけです。米国は基本的には中国を第一優先にしていますが、力の空白が欧州正面でできないようにするために同盟国との協力が重要になっています。
 これは西太平洋や欧州に限った問題ではありません。例えば、中東が再び不安定化すると、これまでならそこに米国の空母を張り付けなければならなかった。けれども、中東での低強度の任務をイギリス軍やフランス軍などに代替してもらうことができれば、米軍はより強い相手との対決に集中できる。このように、力の空白ができにくい同盟協力の形を望んでいるのが米国の現状です。

 

中国と競争的な共存が可能なのか?

高見澤 これはアフガニスタンからの米軍の撤退にも絡む話ですね。この背景として米中対立があるわけですが、米中関係を見ていて私が気になっているのは、習近平が率いる中国は予測でき得る相手なのかどうかという点です。冷戦時代のソ連には一定の合理的な思考があったように思えます。中国も同じように合理性を持ち合わせた存在だと期待したいところですが、我々の常識や過去の経験からはかけ離れていることが起きているとも感じています。中国の大きな特徴は約束を守らないことです。WTOでも南シナ海でもそうでした。そうした中国に協調を呼びかけることは有効なのか。

村野 米中関係のあるべき姿がどのようなものなのか、コンセンサスはワシントンでもまだでき上がっていません。米中競争の行く末としては、中国に影響圏を譲り渡すというものから、台湾を発端にして破滅的な戦争に突入するといったものまで様々なシナリオが考えられます。ただ少なくとも、バイデン政権は、戦争以外の手段によって平和的な状態を維持することを優先的に考えているようです。
 だとすると、中国の指導者に拡張戦略が無意味かつムダであることを納得させることができるのかがポイントになります。今ホワイトハウスで戦略を練っている人たちの頭の中にあるのは「競争的共存」という考え方です。この考え方は、軍事・経済・政治・グローバルガバナンスなどの点で米国が譲れない利益を守りつつ、米国が主導してきた地域秩序や国際秩序を乱されないように中国と共存することは可能だという前提に立っています。
 彼らは紛争のリスクが出てきても、潜在的な協力分野を積極的に拡大させていくことで米中関係の安定を維持できると考えます。つまり、集団的に圧力をかける必要はあるが、適切なインセンティブを組み合わせていけば、中国の行動を望ましい方向にシェイプしていくことはできるという発想で、中国への関与政策に希望を残している戦略と言えます。
 しかしこの考え方には、いくつか疑問点があります。中国は明らかに現状の地域秩序に満足しておらず、それを書き換えようとしており、その野心は今やアジア地域だけではなく、世界的に拡大しています。また先ほども議論したように、習近平は80代になっても影響力を持ち続けるとも言われています。そうすると次の後継者が出てくるのは2035年以降ですから、指導者の交代に希望を見出すとしても、中国の政策が軟化するのは当分先になるのではないか。それに中国に態度を軟化させる動きが見られたとしても、それは我々を油断させるために一時的に緊張緩和をしているだけかもしれません。中国のアクションが中長期的な戦略の変換なのか、短期的な戦術的見直しなのかを判断することは難しいという側面もあります。

高見澤 冷戦時代も70年代のデタントのように一時的に緊張が緩んだことがありました。確かにただちに判断することは難しいですね。

村野 中国と競争的な共存が可能だという考え方は、中国はいずれ民主主義的な価値観に基づくグローバルな秩序と調和できるという前提に立っています。けれども根源がもっと根深いところにあるのだとしたら、対立は永遠に解消されないかもしれない。中国が民主的な国際システムに変わる別の秩序をつくり出すことを望んでいるのであれば、妥協点を見出すことは難しい。加えて、数少ない協力可能な分野と見られている気候変動の問題などにしても、グリーン・エネルギーの普及に不可欠な蓄電池やその原料となる鉱物資源のサプライチェーンをめぐっては、米中は競争関係にあります。これらを突き詰めていくと、米中が協力可能と思われる分野でも、本質的な対立の緩和には大して役に立たず、共存可能な空間はかなり狭いようにも思います。

高見澤 習近平は、中国が新しいルールづくりに挑戦するとはっきりと言っていますね。だとすると、民主主義諸国側がとるべき方策にはどのようなものがあり得るのかという点についてはどうですか?

村野 中国が既存のルールに基づいた国際秩序の書き換えを狙っているのであれば、それを受け入れることはできないでしょう。確かに今日の米中関係には、米ソ冷戦と比較して経済的相互依存のような相違点は多々あります。それゆえに中国に対する封じ込めはできないという声も少なくない。しかし、両者が譲り合うことのできない利益をめぐって対立し、共存しうる余地が少なくなっているという意味では、米中関係は紛れもなく冷戦であり、そこでとるべき方策は、選択的封じ込めに近いものになってくる。
 トランプ政権時代にポンペイオ国務長官は、中国共産党を標的とした対中政策を訴えていました。私は積極的に共産党を打倒することを目標にするかはさておき、彼らの体制が変わらない以上は対立が続くことは覚悟すべきだと思います。その上で、米国が長期的に優位なポジションに立っていく時期を迎えるまでに、中国の現状変更への挑戦に対して抑止を効かせ続けるしかないという考えです。

高見澤 現在の日本の国家安全保障戦略では、中国とは戦略的互恵関係をめざすことになっています。国会でも「今も戦略的互恵関係ですか?」と質問されたことがありますが、実際は互恵とは言い難い状況にあり、再定義することが求められています。かつて高村正彦・自民党副総裁は、「今の日中関係は戦略的互損関係だ」と指摘されたこともありました。
 現在の日中関係は、経済面では日本も中国も相互に依存している部分があるのは事実で、互いに利益のある限り続いていくのではないか。ただし、戦略的物資など中国には依存できない分野が今後は増えていくのではないかと見ています。そこは新しい体制を構築することで補うことが必要になります。一定程度は中国に依存してもいいが、中国はそこにレバレッジを効かせてくる可能性があるので、警戒を怠らないことです。そうした時に、すぐに体制を変えられる時間、余裕、備えをつくっておくべきでしょう。
 その一方で、中国との対話の枠組みは維持していくべきだと私は考えています。彼らの望むルールが見えてこないわけですから、まずその点について説明を求めたり、耳を傾けたりすることも必要でしょう。現在の国際システムは、ソ連を中心とする共産圏を封じ込めるために西側がつくったルールという側面があります。ですから、状況が大きく変わった今、国際システムで是正していくべき点が少なくないことは事実です。中国が主張しているからといってこれを排除するのではなく、必要ならば変えていく努力を日本は惜しまない、中国の意見を取り入れる用意もあるというスタンスを打ち出すわけです。もちろん、米国が反対すれば一気に難しくなりますから、現実的にはいろいろ難しい要素はあります。けれども、まずは中国の主張に耳を傾け、議論を続けていく、そうすれば、是々非々でやれるところを見出すことができるのではないかとも感じています。

村野 警戒を徹底しつつも、対話のチャンネルは残しておくことは重要ですね。

高見澤 その一方で、中国の勢いを相対化するような戦略も必要です。新型コロナウイルス感染症への対策で結果を出したこともあり、中国は自分たちのシステムのほうが有効に機能して成果を出したと自負しています。その勢いを変えていくことを考えなければならない。鍵になるのはより良い技術を持つことにつきます。リソースが限られていることを考慮しながら、ある程度考えの近い国で競争を徹底することで技術力を高めていく。この5年、10年の間に集中してやっていくことが大きな柱になります。
 中国がこれまで手を出してきた領域を見ると、段階的に環境を形成して既成事実化させていることがわかります。既成事実化されてしまうと、なかなか変えられない。その狙いに対して我々は、平素から先手を打ったメッセージを出し続けていくことをやらなければなりません。相手に働きかける力、いわゆる戦略的発信です。中国が措置をとってから対応するのではなく、こちら側から先に「これはダメだ」とはっきりと示す。これには常時のモニタリングとプレゼンスが不可欠です。過去を振り返って見ても、こうしたことを協力してやることで中国の行動を遅らせてきたケースはあります。平素からこの活動を続けていくことと、危機に備える活動の両方をやっていくしかないと強く感じます。日本としては、アメリカの戦略や中国の展開がどうなるかについて予想ばかりをするのではなく、自らの政策をしっかりと打ち出していくことでしょう。抑止力を持つことは、そうしたすべての前提になります。

日本は打撃力を持つべきか?

村野 日本を取り巻く安全保障環境を安定化させていくためにどのような取り組み、備えをすべきかについて考えていきます。
 岸田総理は、国家安全保障会議(NSC)に対して、打撃力を持つことを含めたあらゆる措置の検討を進めるように、という指示を出されました。今後、防衛大綱を見直していくなかで、日本が持つべき能力はどのようなものなのかといった議論がなされていくことになるのだと思います。

高見澤 冒頭にもありましたが、まずは核保有をめぐる状況が変わった中での米国の拡大核抑止政策をどのように捉えるかということが最初のポイントではないか。新しい戦略環境における抑止のメカニズムの有効性について、日米の政府当局者は、より深くすり合わせをする必要があります。抑止に影響を与える内容がたくさん出てきたことを踏まえて、日本は何が必要なのかを考えて、日本ができるメニューを極力提示していかなければなりません。ここには当然核兵器のリスクを削減する話もあれば、通常兵器の能力向上もある。要は新冷戦とも言える新しい状況下における戦力構成、体制についての理解が必要ではないかと感じています。
 ここで関心が集まるのが、打撃力をどう位置づけるのかという問題ですが、大事なのは全体の流れの中で考えることです。打撃力だけが突出して議論される状況は、あまり望ましくありません。例えば、中国の予想される行動、北朝鮮の取り得るシナリオを考えた時に、平素から一連の流れの中で連続的な措置を考えていく必要があります。その意味でまずは専守防衛の再定義論に行く前に、解釈論からちょっと離れて、すべての兵器体系や運用の在り方に関連する具体的なレベルでの政策的選択肢を一度メニューとして幅広く並べた上で比較検討する、その上で議論を再整理するアプローチがよいのではないか。
 この検討で最初に大事になるのが、情報能力です。戦略的情報収集や分析もあれば、普段の行動を把握する態勢をもっと強化しなければなりません。つまり、平素から戦いが行われているという認識に立つことです。有事に備えて情報収集をするという受け身の感じではなくて、平素の活動がどのように行われているのか、我々がそれにその場でどう対応するのかといったことです。そうした活動は日本だけでは十分ではないので、同盟関係やパートナー関係を強化しなければなりません。アメリカだけではなくオーストラリア、ヨーロッパ諸国、そしてインド。あるいは韓国、台湾も入るでしょう。
 そうした国々との協議のメカニズム、話し合いの枠組みを重層的に拡げることです。ここには民間で繋がっているネットワークも活用できるはずです。それぞれの当局間同士で、もっと人の交流を増やし、議論する機会を増やす。公式のミーティングを定期的に行っていくことで、情報を常にシェアしながら意見交換を続けていける体制を作ることが重要になります。

村野 情報収集というとスパイ映画を連想する人もいますが、防衛力や抑止力を高めるうえで欠かせない要素です。台湾危機に備える際には、中国に奇襲のチャンスを与えないことが鍵となります。そのためには軍の動きだけでなく、民間造船施設の稼働状況や労働者の流れ、燃料・食糧・貴重鉱物などの市場の動き、通信量の増加など、あらゆるドメインにおいて普段と異なる兆候がないかを感じとることが重要で、そのためには平素からの定点観測が不可欠になります。

高見澤 まったくその通りです。抑止を効果的に働かせるために必要になるのは、軍事手段以外も含めた抑止的パッケージをたくさんつくることです。力のバランスがどうしても欠かせませんから、常続的なプレゼンス──特定の地域で一定の影響力を持つこと──の問題を考えなければなりません。尖閣に海上保安庁が張り付いていることも大事ですし、自衛隊の艦船が南シナ海あるいは台湾の周辺も含めて運航できる体制を常に考えていくことも必要です。たとえ数が少なくても、要所要所の現場に頻繁に行っていることが効果的です。
 つまりは、グローバルに能力を発揮できる体制を我々も考える時代がやってきているわけです。そのためには、打撃力と同時に展開力が大事になってきます。要するに戦闘能力が高いものをすべて組み込むのではなくて、プレゼンスできる態勢を重視していく必要が出てくる。ここは海上プレゼンスが中心になりますが、陸上のシステムあるいは航空機も含めて、重層的に平素からのプレゼンスを拡大する方策を考えなければ機能するものではありません。

村野 そうすると、それだけのリソースが必要になりますね。

高見澤 結局はそうなります。繰り返しになりますが、資源配分を大きく変えることが必要です。それぞれのプラットフォームの人数、ローテーションのあり方、ネットワーク化などの効率化を考えることは当然としても…。
防衛予算については、今の5兆5千億円あるいは、20数万人の自衛隊員では十分な防衛体制を整えることはできないとはっきりと打ち出すべきではないか。そのうえで選択肢を提示して、そこに優先順位を付けていく議論を重ねていく。任務や調達も含めて、ここには既得権益化している部分もありますから、そこを打破することでコストを圧縮する努力も必要でしょう。何度も挑戦してきましたが、いつも成功していません。ですが、今やらないと日本は生き残れないのだ、というくらいの決意を示すべきです。
 打撃力については、前提となるミサイルギャップを埋める必要があります。中国のミサイル戦力は短距離から長距離まで、また低空飛行可能で高い機動性を有するものまで、さらには陸上、水上艦艇、潜水艦、航空機などあらゆる手段により敵を攻撃し、近づけさせない能力が強化されています。北朝鮮のミサイルについても多様化と長射程化が顕著です。したがって、これに対する情報・監視・警戒能力の強化や抗堪性の確保など施策を進めるとともに、ソフトキルなど相手のシステムを機能させないにようする方法も含めて考える必要があります。敵基地攻撃能力と言うと相手の基地まで攻撃しに行くというイメージになりますが、そういうことよりも、多様なミサイルによる統合的なミサイル網など普段からの態勢づくりがより大切になります。相手が前に出てくるということであれば、こうした体制の構築がいわば打撃力にもなり得ると言えます。
 まとめますと、重視すべきことは、情報、サイバー空間、プレゼンス、国際協力などの能力と打撃力を含む実力が連動することです。打撃力は必要なときにその能力を発揮できるよう、平素から体制がとれるような要素を備えていることが重要になってきます。そのための能力構築については、これまでの個別のプラットフォームやシステムを中心とする発想からの脱却が必要ではないか。つまりはすべてのシステムを連動させ、分野を限定せずに抑止するためのモノから抑止するコトへという発想の下で、総合的能力の形成を考えていくべきではないかと考えています。

村野 日本の政治サイドの打撃力をめぐる議論を聞いていると、ただ単に射程の長い兵器を持つべきだという話に終始していると感じています。ですが、何を持つべきかではなくて、どのような目的を達成するのかを最初に考えるべきです。具体的な危機シナリオのなかで、いつ、何を、どこで、どのように使えば、最も効率的に相手の現状変更の意志を挫くことができるのかという「セオリー・オブ・ビクトリー(勝利の方程式)」が必要です。最初にそれを決めたうえで、不足している能力を優先的に埋めていくのが防衛力整備のあるべき姿です。
最後に今日の核兵器をめぐる議論についても言及しておきます。核をめぐる日本の議論は、核兵器禁止条約を支持する人々の主張に見られるように、軍縮努力を怠っている核保有国(P5)に対して、非核保有国が訴えかけを行うという構図で語られがちです。しかしこれは、核不拡散条約(NPT)のような特殊な文脈の中で人工的につくられた対立構造であり、実際の安全保障環境を反映していません。我々が実際に直面しているのは、現状変更を試みる核武装国と現状維持国という対立です。この現状変更を試みる核武装国は、核をちらつかせた脅しを行ないながら、アメリカが介入意志を固める前に現状変更を達成するという共通した戦略を持っています。
 なおかつ宇宙・サイバー・電磁波、あるいはAIといった先端技術の領域では様相が激しく動いていますから、ドメインをまたいだ抑止のあり方はますます複雑に絡み合ってきています。そのなかで、我々にとってのセオリー・オブ・ビクトリーを考えなければなりません。
 そうすると、戦闘機やミサイルなどの個別のプラットフォーム・ベースの考え方に留まらない発想が必要になってきます。まずは相手の戦力態勢や運用ドクトリンを徹底的に分析評価することが重要です。相手の弱い部分を見極め、そこをどのように突いていくのか、相手の意思決定にピンポイントに影響を与えられるようにするには、我々はどのような能力を持つべきなのか。こうした順序で防衛力のあり方を考えることを徹底すれば、優先すべき分野は自ずと炙り出されてくるはずです。
 それでも実際に予算を充てていく段階になると、政治の意向や国民の反対などが出てきて、必ずしも実際にできるとは限らないケースは出てくるでしょう。やるべきことと、できることの間のギャップは、これまでもなかなか埋まってこなかった。しかし、直面している安全保障環境を適切に分析し、何が起きているのかという情報を透明性をもって提供し続けることで、そうしたギャップは少しずつ埋まっていくはずです。抑止力を高めていくために何が必要なのか、平素から考えるための情報や材料を提供することこそが、大学やシンクタンクなど政府外部の専門家の役割なのだと思います。
(終)

高見澤將林・東京大学公共政策大学院客員教授
たかみざわ のぶしげ:1955年長野県出身。78年東京大学法学部卒業後、防衛庁入庁。運用企画局長、防衛政策局長、防衛研究所長、内閣官房副長官補(事態対処・危機管理担当)(国家安全保障局次長及び内閣サイバーセキュリティセンター長を兼務)などを歴任。2016年12月から20年1月まで、ジュネーブの軍縮会議日本政府代表部大使を務める。2020年4月より現職。
村野 将・ハドソン研究所研究員
むらの まさし:拓殖大国際協力学研究科安全保障専攻博士前期課程修了。岡崎研究所や官公庁で戦略情報分析・政策立案業務に従事したのち、2019年より現職。H.R.マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官らと共に、日米防衛協力に関する政策研究プロジェクトを担当。共著に『Alliances, Nuclear Weapons and Escalation:Managing Deterrence in the 21st Century(Australian National University Press, 2021)』など。

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