──いきなり紛争地域なのですね。恐怖心はなかったのですか。

辰巳 恐怖心よりも自分のやりたいことに近づいているという高揚感のほうが強かったですね。コソボ紛争は確かに激しかったですが、バルカン半島はヨーロッパの裏庭みたいなところですから、水も電気も一応ありますし、地図上では西にちょっと行くとアドリア海で南にちょっと行くとエーゲ海。とてつもなく過酷な地域に行くという感覚はなかったですね。

 ただ、紛争の爪痕は生々しく残っていました。私はミトロヴィッツァという街に赴任したのですが、街を流れる川を挟んで異なる民族がそれぞれに分断されてしまっていたんです。私は仕事上、橋をわたって両方の地域を行き来するのですが、現地の人が対岸に行くと、最悪命を落とすという状況でしたから、憎しみが渦巻いていることを実感しましたね。

──新しい任務は?

辰巳 私が配属されたのは、日本で言う市役所の住民登録課です。国連が暫定統治しているので、市役所の多くのポストも外国人がやるんですね。特に住民情報を扱うところは、民族による差別が出ないよう、どの市役所も外国人スタッフが管理していました。戦争っていろいろなものがなくなるのだなと感じたのは、市役所に行っても書類のほとんどが紛失していたことがわかったときです。難民としてコソボから出て行った人たちがどんどん帰ってきていたので、すぐにでも行政サービスを開始したいのですが、住民台帳もなくなっていたので住民を特定することができなかった。私の役割は、もともとこの町に住んでいた人たちを特定して、住民台帳を復元することでした。具体的には人の情報が載っているいろいろな書類を掘り出してきて、そこから情報をかき集め、元の住民のデータベースを作るという仕事でした。

 この作業を2年くらいやったら、結構いい住民台帳を復活させることができました。今度はそれをベースに選挙をやることになって、その準備を手伝うことになりました。ですから、私が選挙支援の世界に入っていったのは、完全に成り行きですね(笑)。紛争が終結してから最初に実施された選挙を見届けて、2年間のコソボでの任務を終えました。

──その後リベリア、シエラレオネ、イラクなど世界各地で選挙支援に取り組まれていますね。

辰巳 特に印象に残っているのは、包括的に選挙支援に取り組むことになったリベリアです。2003年に内戦が終結して、国連がPKO(平和維持活動)を開始しました。この時はまずは選挙をやって、暴力ではなく人々の一票で国のリーダーを決め、そのリーダーシップのもと復興支援を行っていくというシナリオが描かれました。

 例によって何もないところから始まりますが、まずは有権者登録を行います。西アフリカの多くの国では出生登録に行く人が半分にも満たないような状況ですから、とにかく選挙権のある18歳以上を登録していきます。国中に有権者登録所を作り、住民に登録に来てもらう。ポラロイドカメラで顔写真を撮り、個人情報を入力し、有権者IDカードを作って配る。それがないと投票できないことをきちんと説明します。

 

生活が政治に直結した世界

──出生登録が半数に満たないというのも凄まじい。

辰巳 行政サービスに期待していないと言うか、期待できないと言うか。先進国では出生届を出さなかったり、住民登録をしていなかったりすると、生活が成り立たないですよね。けれども、そうした国の行政機関は社会サービスを提供していなかったり、出生届を出していなくても予防接種をNGO等から受けられたり、学校に行けたりするので、登録するメリットがない。逆に登録すると税金をきっちり請求されたり、兵役にとられたりするので、デメリットばかりが生じることになる。住民登録をしたほうが利益になり、登録しないと生活に支障が出ると住民たちが思えるようになることが、社会開発の一つのターニングポイントかもしれません。

──有権者登録する割合も低いのですか。

辰巳 それは高いんです。途上国では有権者登録と出生登録は別になっていることがほとんどです。住民登録のシステムがありませんから、とにかく選挙の度に登録するしかないんですね。それに途上国では、生活が政治に直結しているので、選挙には非常に高い関心をもっています。生活そのものと言ってもいいくらいです。

 例えばある国では選挙が終わると、公的機関で働いている人たちも勝ったほうの政党の人にがらりと入れ替わったことがありました。負けたほうを支持していた人たちは失職ですよね。さらに利権などがぜんぶ勝ったほうにいくから、会社なども勝者にきちんとついておかないと使ってもらえない。学校の先生でも、負けたほうの政党に入っていたりするとどこかに飛ばされたり、職を失った人もいたと聞きました。

 だから投票率も高くて80%を超えることもあります。ただし、これは民主主義というよりも自分の生活を守るために行くと言ったほうがしっくり来ると思います。途上国では、我々が思っているよりもあらゆるものが政治に直結していて、勝つほうに食い込んでおかないと不利益をこうむる。だからこそ、敵対する政党を勝たせないという発想になりがちです。そういう状況なので、政治や政治家への関心は嫌でも高くなってしまう。先進国になればなるほど、その重みは薄まっていくのだと思います。先進国では政権交代が起きたからと言って、仕事を失うようなことはまずないですからね。

──敵対政党を勝たせない手段とは?

辰巳 例えば、敵対する政党を支持する人たちに有権者登録をさせないという方法です。登録所に来た人たちに、「ここにもともと住んでいないだろう」と言ったり、「君は私が知る限り18歳ではない」と言ったりして、いちゃもんを付けるわけです。こうしたことはリベリアでもありましたし、ネパールでもあったと聞きました。

──それで引き下がってしまうのですか?

辰巳 諦めてしまうことが多いんですね。

──それこそ選挙監視の人が不正を取り締まるべきでは?

辰巳 そこに監視人の人がいればいいんですけどね。一応、登録所にも監視人は来ていますが、投票日ほどはいないんです。登録期間は2、3カ月と長期間に及ぶし、登録所は例えばネパールだと全国各地に約2万カ所ありますから、ずっと張り付いているわけにもいきません。なので、どうしても登録のときは監視の目は薄くなってしまう。

 アフリカの田舎などに行くと、登録所まで歩いて二日かかるというケースもあったりします。そこの集落は違う政党を支持していることが多かったりすると、登録所の情報をあえて伝えないということもあったり。

──選挙のやり方を伝授するという取り組みは世界では一般的だったのでしょうか?

辰巳 選挙支援は、国連や欧米諸国が中心となって世界中で行われてきました。特に冷戦崩壊後は選挙を実施する国が増えましたので、選挙支援の量が増え、質もどんどん高まっています。日本はどちらかと言えば経済発展や社会サービス、それからインフラ整備などの分野における協力を得意にしてやってきましたので、選挙支援や民主化を後押しするようないわゆるガバナンス面での協力は、もちろんやってはいるのですが、欧米ドナーと比較するとボリューム感に欠けるところがあった。

──欧米と日本とでは重きを置くポイントが違うというのも興味深いですね。

辰巳 いわゆる伝統的ドナー国というのはこれまでは、欧米諸国か日本しかいなかったわけですが、日本の開発協力のやり方は欧米諸国とはやはり違っています。そこは突き詰めると、それぞれの国がどのように発展してきたのかという経験の違いに行き着くのではないでしょうか。

 経済開発やインフラ整備を重視する日本のやり方で、特にアジアで成果をあげてきたことは歴然とした事実として受け止められるようになりました。欧米側もこうした日本のやり方を見直す動きが出ています。アジアのドナー国は、ずっと日本だけに限られていたところがありましたが、最近では韓国や中国も国際協力に乗り出してきています。これらの国も日本と同様に経済・インフラ支援を重視しているという特徴があります。タイ、マレーシア、インドネシアなどがドナー国の仲間入りをする日もそう遠くはないでしょうから、日本がお手伝いした彼らの経験が、彼らの国際協力の哲学になっていくのかもしれませんね。ドナーコミュニティーにアジアの国が増えてくることは、何だかとても心強い気がします。

 現在では、欧米型のガバナンス重視の国際支援と日本型の経済・インフラ重視の支援の双方が互いに歩み寄るような状況になっています。やはり、片方だけではダメで両方を伸ばしていくことが大事なのだと、お互いが気づき始めているのだと思います。発展途上国を見てきて思うのは、国というのはどこかの分野が突出して発展していくということはなく、様々な分野がバランスよく、相互に影響し合いながら、同時並行的に発展してゆくということです。保健が改善されれば、教育も伸びる。そして、法体系やインフラ整備も同時に進めていく必要があります。選挙管理もまたしかりでしょう。

聞き手・本誌 橋本淳一

 

辰巳 知行・国際協力機構(JICA) 国際協力専門員 

たつみ ともゆき:1968年大阪生まれ。早稲田大学人間科学部卒、大阪大学大学院国際公共政策研究科修了。平和構築、選挙管理等の分野における専門家として、国連、JICANGO等で勤務。これまでの赴任地はコソボ、カンボジア、リベリア、セルビア、イラク、シエラレオネ等。

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