抗議運動のメカニズム

 武内 政治学者は選挙というと勝ち負けの話をしたがる傾向があります。民主主義の選挙は勝ち負けを決めることが目的ですが、権威主義の選挙ではそれが目的ではありません。不正が当たり前なので、最初から独裁者が勝つに決まっていますよね。誰が勝つかではなく、どう勝つかというのが重要です。圧勝して対抗勢力の意識を萎えさせて服従を促すということが目的のように思います。

 東島 権威主義体制下における選挙では、独裁者が圧倒的に有利だということはみんなわかっているので、ギリギリで勝ってしまうと問題なわけです。独裁者にとっては、たとえば70%以上の高い得票率で大勝し、先ほど説明した選挙のベネフィットを得られなければ、コストばかりで選挙を実施する意味がないのです。

 最近の事例でいうと、5月に行われたトルコの大統領選で現職のレジェップ・タイイップ・エルドアン氏の再選が決まりましたが、決選投票での得票率はエルドアン氏が52%、野党統一候補のケマル・クルチダルオール氏が48%と非常に僅差での勝利でしたよね。野党が僅差で負けた場合は体制の正当性を問うべく抗議運動を起こすのが一般的ですが、トルコの野党はおとなしく選挙結果を認めました。

 武内 トルコの大統領選は私も注目して見ていましたが、僅差で負けた野党が選挙結果を受け入れたのは意外でした。世論を反映した結果だと判断して敗北を認めたのか、それとも結果が僅差だったのでエルドアン氏の支持率低下を人目にさらせたことに満足して敗北を認めたのか、そのどちらかだと思うのですが。

 東島 トルコは民主主義と権威主義のあいだを行ったり来たりしている国なので、野党のなかにもある種の自制心が育っている可能性があるのかなと思いました。つまり、これだけエルドアン大統領の力が弱まってきているのなら次の選挙ではチャンスがあるのではないかと、長期的視点で次の選挙を見据えている可能性があります。いま抗議運動を起こして国の秩序を乱してしまうよりは、次の選挙を待ってそこで確実に勝とうという。そういう戦略を念頭に自制し、そして自制するだけの組織的基盤を持っているということはあるかもしれないですね。今回の大統領選でも票の買収や集計操作など与党による不正は少なからず行われていたようなので、抗議運動が起こってもおかしくない状況だったことは間違いありません。

 ほかの国を見ると、だいたい野党が組織的に弱い場合って接戦の選挙という好機に直面するとその一回のチャンスに賭けてしまうんですよね。その結果として、選挙の後だけ瞬間的に結束して選挙結果に挑戦する抗議運動を起こして、仮に体制をうまく打倒したとしても、その後に大きく分裂して、結局民主化にはつながらない。

 たとえばキルギスなんかは政党組織が与野党かかわらず弱いので、そういうモーメントになると野党エリートたちはそのときだけ結束しますが、体制を倒した後はバラバラになってしまうことが多いんです。トルコの場合、今回野党が大規模な反体制抗議運動を踏みとどまったのは、長期的に見れば民主化にとっての好材料となるかもしれません。

 武内 ここのところずっとトルコの民主主義は後退しているのではないかと懸念を抱いていましたが、今回の結果を見るとトルコの民主主義を支える基盤は意外に堅固なのかもしれませんね。

 東島 そもそも権威主義体制とは、政治指導者が国民にあまり政治に関心を持たせないようにするものだといわれてきました。国民がなるべく政治に関心を持たず、日々の暮らしにだけ目を向けてくれれば体制は維持できるわけで、経済悪化が与党の失政だとみなされて野党候補に多くの票が投じられている時点で、政治運営がうまくいっていないといえるかもしれませんね。

 武内 これまで政治学者のあいだでは、「明確に不満の対象があるから抗議運動が起きる」というのが通説だったわけですが、実際には「たとえそれが原因でなくても、日々の不満を発散できる対象に対して抗議する」というパターンのほうが多いように思います。

 トロント大学のニコール・ウー先生の研究によれば、米国でグローバリゼーションへの反発が根強いのは、そもそも経済の現状に怒っている人、不満を持っている人が多いからだと結論づけています。たとえばサーベイで、二つのグループに「製造業で職が失われている原因は何だと思いますか」と尋ねたとき、グループAには「オートメーション」という答えを事前に教えておいて、グループBには何の情報も与えなかったとしても、「オートメーション」と回答する人の数がAとBで全然変わらなかったそうです。つまり、本当の理由はどうでもいいんです。オートメーションが原因だとわかっていてもグローバリゼーションに不満のはけ口を求めるわけです。

 さらにおもしろいのが、回答者を支持政党で分けると、共和党支持者は「移民のせい」、民主党支持者は「貿易のせい」だと回答したといいます。移民や貿易は「人」や「国」がターゲットになるので不満のはけ口にしやすく、だから米国でグローバリゼーションに対する反発が高まっているのです。

 東島 人々の不満の源泉と集合行為の関係を探るうえでサーベイ実験は非常に有益なツールになると思います。権威主義体制における抗議行動のダイナミズムについては、私自身も次の研究のテーマとして考えていて、ここ数年カザフスタンで何度かサーベイ実験を行ってきました。

 権威主義体制における抗議活動は、人権侵害や選挙不正の糾弾など政治的な要求をする反体制エリートたちの抗議行動と、賃金や福祉など日々の生活に関わる経済的な要求をする一般市民の抗議行動というように大きく二つに分けられると思いますが、その二つがうまく結びついたときに体制を倒すような大規模な抗議行動につながるのではないか、逆に両者が独裁政府によって分断されていると抗議行動が増えても体制を揺るがすことはないのではないかという仮説を立てて、カザフスタンでサーベイ実験や実際の抗議行動のデータを使って分析を進めています。

 実際にアラブの春などは、経済的不満が政治的不満につながり、大規模な抗議行動が起きて体制が倒れたといったように、ほかの地域の権威主義体制にも含意のある話なので、今後カザフスタンでの現地調査も併用して詳細な事例研究を進めて仮説を洗練させつつ、それからグローバルなデータで検証できればいいなと思っています。

 

中央アジアのロシア離れ?

 武内 中央アジアの話をすると、米国でも中央アジアの専門家ってあまりいなくて、社会科学では特に少ないので、東島先生は非常に貴重な方だと思っているんです。中央アジアは今、1991年のソ連解体で独立したときの、建国の父のような初代大統領が退いて、二代目に代わった非常にダイナミックでおもしろいタイミングですよね。二代目は初代よりもかなり経済を重視していて、国際協力なんかも視野に入れながら外交も積極的に行っている印象です。
政治学的に見ると、今の中央アジアはどのような状況にあるのでしょうか。

 東島 中央アジアでは今、政治改革が進んできているといわれています。カザフスタンを例に挙げると、昨年1月の大規模抗議運動で、二代目に移ってからもずっと「院政」を敷いて権力を保持していた初代大統領のヌルスルタン・ナザルバエフ氏が政治の表舞台から事実上退場しました。「ナザルバエフが長く権力を握っているから腐敗が蔓延した」と人々は考えたんですね。彼の求心力は特に2010年代に入るころからあまりに強くなったために、側近がみんなイエスマンと化してしまい、下から上には都合のいい情報しか報告されないという権威主義体制の典型的な問題が現れていたようです。たとえば、2011年にカザフスタン西部の都市ジャナオゼンで石油労働者による大規模な抗議運動が起きましたが、現地の研究者によると、ナザルバエフ氏はしばらく現場で何が起きているのか十分把握できていなかったそうです。

 二代目大統領のカシム=ジョマルト・トカエフ氏は、こうした状況を打開すべく、大規模抗議行動の勃発とロシアのウクライナ侵攻による経済状況の悪化も追い風となって、憲法や選挙制度の改正など次々に政治改革を行うことで、政治の風通しをよくしようとしています。ただ、やりすぎると自身の権力基盤を切り崩すことにつながるため、改革とはいっても制度上いろいろな抜け道を用意していて、改革と抑圧のジレンマのなかでうまくバランスを取ろうとしていることが窺えます。なので、対外的に政治改革をアピールしているからといって、楽観的に見ることはできないのかなと思います。

 同じような政治改革の動きはウズベキスタンでも初代大統領のイスラム・カリモフ氏が2016年に死去したのち、二代目のシャフカト・ミルジヨエフ氏によって進められていますが、これが一つ内政に関していえることです。

 武内 内政の話が出たので、外交政策についてもお聞かせください。中央アジア5カ国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン)は、今まで旧ソ連の国であるということ以外に一体性はなかったわけですが、2021年にウズベキスタンの首都タシケントで「中央・南アジア国際会議」が初めて開かれるなど、最近になって一体性を持たせる動きが出てきていますよね。そこには、特にロシアのウクライナ侵攻以降、やはりロシアから距離を取りたいという意図もあると思います。

 そうしたなかで、今年5月には中国が西安で中央アジア5カ国との首脳会議を開きました。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領も中央アジアのロシア離れ、より正確にはプーチン離れに気づいて、影響力の低下を食い止めようとしていますが、一方で中央アジア側もロシアとの距離の取り方に腐心している様子が見受けられます。中央アジアの国々は共通語がロシア語だったり、ロシア人の人口比率が高かったりと、ロシアから完全に離れることは難しい。そこで、ロシアの影響力を弱めるために米国も中国も両方頼ろうと、そういう傾向が見られるように思います。

 東島 そもそも中央アジアの国同士がうまく連携できるのかは疑問です。経済構造が似ているため貿易でもWin-Winの関係になりにくかったり、飛び地があるなど国境が複雑なため領土問題が深刻だったり、過去にも「中央アジア」として地域協力を進めるなど団結しようという試みは何度かありましたが、今日まで実現していません。それよりも、米国や中国を利用して各国で個別に外交をしたほうがいいと考える可能性もありますよね。

 また、対ロシアに関していうと、よりナショナリスティックなウズベキスタンからよりプラグマティックなカザフスタンといった形で無視できない違いはあるにせよ、伝統的に多方位外交というか、どの国に対しても非常に戦略的にしたたかに関係を維持しようとする傾向があります。ウクライナ侵攻以後、中央アジアがロシアに過度に依存することのリスクを改めて認識して、ロシアに対する警戒感が一層高まっているのは確かですが、大きく袂を分かつこともまた難しい。米国は以前からそれなりの存在感がありますが、同時に伝統的につながりの深いロシアや、物資や貿易でのつながりが強い中国との適度な距離感を保つという態度ですね。

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