『公研』2022年9月号「対話」 ※肩書き等は掲載時のものです。

 

近年、戦略物資としての価値がますます高まる半導体。

かつて半導体立国であった日本に巻き返しのチャンスはあるのか?

 

かつて日本は半導体立国だった

黒田 本日は、経済産業省の西川和見さんと「日本の半導体産業はどこに向かえばいいのか」といったテーマでお話していきます。西川さんは、日本デジタル産業の陣頭指揮をとっている方ですから、お話しできることを楽しみにしていました。

西川 今日は、黒田先生から行政が教えていただく気持ちでお話できればと思っています。

黒田 私は東芝に入社した1982年から現在に至るまで半導体産業を見続けてきましたが、今この分野への注目がかつてないほど高まっています。1988年頃の日本は50%を超える世界シェアがありましたが、それが2020年には10%を切るところまで低迷しています。一方、世界の半導体市場は1988年当時4兆円規模でしたが、それが今や約60兆円まで成長しました。半導体産業はこの30年でかなりの成長を遂げたことになります。中でも著しい成長を遂げたのがアジア諸国ですが、日本はこの成長に取り残されてしまっている。なぜ取り残されてしまったのか、ここは重要なポイントだと思います。

西川 そうですね。かなり大きな変化がここ数十年でありました。私が入省したのは1996年ですが、当時を思い出すと国際社会においてアジア諸国の存在感はまだまだ弱かった。中国ですら「これから自由貿易と市場経済を発展させていくのだ」という印象でした。また、今では半導体産業において欠かせない韓国や台湾も、当時は「部品屋さん」という立ち位置でした。

 一方、日本は半導体やコンピューティングなどの全部を含めたエレクトロニクス産業を牽引していました。世界に冠たるエレクトロニクス産業大国として一目置かれていたのです。

黒田 半導体は「産業のねじ釘」と言われていましたからね。今は「戦略物資」と言われていますが、昔は部品でしかありませんでした。1980年代─90年代は、大量規格生産することで工業立国する時代で、とにかく規格化されたものを大量生産し、大量に消費することが経済を大きくし社会を豊かにすると信じられていました。モノが価値を持っていたのです。

 そのため、三種の神器(テレビ・洗濯機・冷蔵庫)が登場するような時代は、確かに日本の半導体も強かった。しかし、大量生産・大量消費に疑問を呈した「成長の限界」という論文が注目を集めるなど環境に対する負荷が議論されるようになり、明らかに社会が変わっていきました。そんな社会の変化の中で、半導体の位置づけも部品産業から新しいものへと変わろうとしています。最近では国際情勢も左右する戦略物資となるほど重要な産業になりました。

西川 1990年代から2000年代前半の日本は、アジアにサプライチェーンを広げて製品の価格を下げることで、他国との競争に勝とうという戦略を取っていました。その最たるものが東芝のdynabookです。今の日本は「パソコンやスマホが弱い」と言われますが、当時はdynabookがノートパソコンの代名詞と言われるほど、業界を席巻していました。あの頃は、日本がアジアのサプライチェーンの頂点にいることは当然とされていたんです。そして、IT革命の名のもとでそれらを活用した新しいサービスをつくり出すことに国を挙げて力を入れていました。

 もちろん、そこに投資をしたこと自体が失敗というわけではありません。しかし、「日本がなぜエレクトロニクス産業が強かったのか」、「どの部分が強かったのか」ということをしっかり分析できなかったことは問題だと考えています。

黒田 日本が半導体立国から凋落してしまった背景には様々な要因があります。技術的な観点から整理をすると、日本は物理空間には強かったが仮想空間には弱かったことが要因の一つです。

 半導体のマーケットには、これまで三つの波が押し寄せました。一つ目が家電、二つ目がPC、三つ目がスマートフォンです。一つ目の家電は、物理空間を快適にする装置です。例えば、部屋をきれいにする掃除機や服を清潔にする洗濯機などです。この領域で日本が圧倒的な強さを誇っていたのは言うまでもありません。二つ目のPCは、仮想空間を生み出しました。三つ目のスマートフォンは、その仮想空間を持ち歩けるようにしました。しかし、現状を見ればおわかりのように、日本はPCやスマートフォンの領域でかつての家電のような地位を確立することができませんでした。どうも、仮想空間は苦手のようです。

 しかし、これは良い悪いという問題ではなく特性の問題だと考えます。日本社会は割と均一な社会で、お互いに上手に連携をしながら現場ですり合わせて一つのモノをつくり上げることを得意とする特性があります。そのため物理空間に強かった。

 一方アメリカは、多民族国家なので社会のいたるところに抽象的な境界が存在しています。だからこそ、それらを組み合わせることで大きなシステムをつくり上げることが得意なのです。これはまさに、コンピュータやネットワーク上に構築された仮想空間のつくり方に近いと言えます。

 では、物理空間、仮想空間ときたら次は何がくるのでしょうか。「自動運転や工場の全自動化などをまとめたロボティクスがくる」と言う人、「バーチャルリアリティやオーグメンティッドリアリティ(拡張現実)がくる」と言う人など様々な予想がありますが、共通するのが物理空間と仮想空間が高度に融合する社会になるということです。そのため、日本の強みである物理空間での活躍がまた期待できます。例えば、IoT社会を実現するために必要不可欠な、物理空間の様々な情報を計測し数値化するセンサーや物理空間に働きかけるモーターなどです。

 

半導体は現代社会のインフラ

黒田 一方で、仮想空間をより高度にすることが重要なことも確かです。これは、もはや国を挙げて取り組むべきインフラ事業に近いのではないでしょうか。

西川 そうですね。先日、IBMの方とお話させていただく機会があったのですが、「自分たちは110年以上前からコンピューティングサービスを提供してきた」とおっしゃっていたのが印象的でした。今みなさんが使っているようなかたちでのコンピュータは110年前にはありませんでしたが、いわゆる情報処理・計算処理を一貫してIBMはやってきたわけです。このコンピューティングの分野は、仮想空間と物理空間の両方で必要とされるようなインフラであると私は考えます。

 20216月に、黒田先生にもお力添えをいただいて経済産業省は「半導体・デジタル産業戦略」を取りまとめました。その際に、「デジタル産業は食料や原油のようなものだ」という話が出ました。そのデジタル産業の中でも、最も象徴的なのが半導体です。現在、半導体はこれがないと経済もインフラも民主主義も回らず社会が成り立たない戦略物資になっています。さらに言うと、半導体産業の安定を基盤にコンピューティングサービスを社会に届けていくことが今の社会では重要になっています。

黒田 インフラと言っても、昔と現在ではインフラの概念は大きく異なります。工業化が推し進められていた時代は、モノが人々に豊かさを与えると考えられていたため、材料を運びそして最終製品をスムーズに輸送するための流通網が重要なインフラでした。日本は立派な鉄道網がありすべての道路が舗装されているので、工業を行う上で世界中から多くの投資がありました。

 一方、今はモノではなくサービスが価値を持つ時代で、材料はデータです。インターネットの出現によって、物理空間の膨大なデータを集めることが可能になり、それを活用した新たなサービスが価値を持ちます。その実現には、日本全国どこにいても高度なコンピューティングを享受することができる5G6G、さらには7Gと言われるネットワークが必要です。まさにそのようなデジタル産業のインフラという意味で半導体は非常に重要です。これが、国を挙げての投資がなされる根拠でもあります。やはり、このような背景がないと、一産業セクターが弱ってきたからといって税金を投入する説明にはならないですよね。

 

カギは国民の理解と国際連携

西川 そうですね。「日系半導体企業をつくりたい」などの声も聞きますが、それ「だけ」では多くのリソースを投資して国が主体的に取り組む必要があるのかと疑問を感じますね。

 半導体をインフラ事業として強化するためには、まずは国民一人ひとりにその重要性と危機的な現状を理解してもらう必要があります。過去を振り返ると、日本は20世紀にいち早くLNGを実用化しました。それまでは気体でしか運べなかったガスが、日本のおかげで液体となり世界中に運べるようになりました。このように、民主主義国家の日本がLNG開発に膨大なリソースを投入することができたのは、政府だけでなく全国民に「エネルギーは自分たちの生活に欠かせない重要なインフラだ」と理解してもらうことができたからです。国民の理解が進むと日本は強い力を発揮します。過去の日本が何度も危機を乗り越えてきたこと考えると、半導体をめぐる昨今の状況も希望が持てるのではないかと思っています。

黒田 そうですね。さらには、国民の理解に加えて国際連携も非常に重要です。私はこの国際連携についてお話するときに八田與一さんという方のお話をよくします。彼は日本統治下の台湾でダムを建設するために人生を捧げた方です。台湾南部の嘉南平原はもともと灌漑設備のない荒野でしたが、八田さんが建設したダムのおかげで肥沃な穀倉地帯に変わりました。彼の功績は今でも台湾の教科書に載るなど、日本と台湾の友情の証として称えられています。

 それから100年が経ち、今度は台湾の方が日本に自国の強みである半導体の技術を持ってきてくれています。100年前は水を利するダム、そして現在はデータを利する半導体ということですが、このような国際連携を私たちは繰り返しやってきたのです。

西川 台湾に関して言いますと、8年ほど前にアジア担当の産業調査員として台湾を訪問したことがあります。その際に奇美電子(台湾の化学メーカー)の創設者である許文龍さんが執筆された、『日本人、台湾を拓く。許文龍氏と胸像の物語』という本を直接お渡しいただいたのを覚えています。その本には八田與一さんを含めた9人の日本人が紹介されていたのですが、当時の日本人は数十年経っても台湾の人々の記憶に残るようなことを成し遂げたのだなと感銘を受けました。それは国際交流とも言えます。さらに現代に置き換えてみると、日本がインフラを整理するときに海外の方のお力をお借りすることは、アカデミックの分野でも産業の分野でも必要なものであれば当然だと思うんですね。各国が必要なものを協力しながらつくっていく、いわゆる「補完関係」が大事な時代になっています。

黒田 「国際頭脳循環」という言葉が私は好きで、今の時代に求められていることだと思います。日本にはイノベーションが生まれる交差点になって欲しいと思っています。やはり日本の最も重要な資本は人材であり、これが最後の砦です。私は教育現場にいるので、「人材が枯れた時が最後だ」ということはひしひしと感じます。

西川 海外の産業の方とお話をすると、日本にエンジニアやサイエンティストなどの人材を求めている方が多数いらっしゃいます。日本の人材は質が素晴らしいと。ディープサイエンスの最先端を走っていながら、チームプレイで物事を成し遂げる人材が日本にはたくさんいて、それが日本に投資をする理由なのだという話はよく耳にします。

黒田 日本人がチームプレイに長けているというのは、日本の教育の質の高さと勤勉さによりますよね。その点は海外から見て非常に貴重な資源だと思います。

 一方でリーダーの育成という観点から見ると、日本はアメリカに学ぶところが多々あります。一番の理由は、アメリカは多様性に基づいた他流試合が日本より盛んな点です。多種多様な頭脳が交わる場所なのです。日本も開国をした明治に、一気に海外へ人が流れた時代があります。当時は多くの日本人が国際社会で他流試合を繰り返しながらいろいろなことを学んでいました。ですので、当時の人は非常に英語も達者でしたし、海外とのネットワークも持っていた。しかし、日本が豊かになり居心地が良くなると、国内に留まる人が増えてきました。国際頭脳循環の交差点は日本よりアメリカなどに多い。国内に留まるということは、そのような交流のチャンスを逃すことになります。

西川 「アメリカはリスクを取って挑戦する人たちが集まってできた国だ」と、アメリカから帰国してきた友人が言っていたのを思い出しました。ヨーロッパから移民として見知らぬ土地にやってきて、どうにか生き残った人々のDNAが現在も生きているんですね。

 一方、日本人は危機が生じると強いのですが、危機が去ると「現状のままでいいかな」とチャレンジをしなくなる傾向があります。「不作為のリスク」という言葉がありますが、やはりチャレンジをしないことがリスクになってしまう。なぜ今自分たちが豊かな生活ができるのか、先人たちの行いを参考にしながらリスクを取って行動しないと日本はどんどん縮小均衡になってしまいます。

黒田 リスクを取る傾向と言いますと、シリコンバレーの友人から「50億円の資金を集めて、とあることがしたいんだけど」と相談を受けたことがあります。50億円ってものすごい大金ですから、私は彼に対してつい確実な方向で助言をしたのですが、彼に「それじゃあ50億円集めた意味がない」と言われてしまいました。その時にアメリカと日本の基本的な考え方の違いをはたと感じました。チャーチルが「悲観主義者はあらゆる好機の中に困難を見つける。楽観主義者はあらゆる困難の中に好機を見出す」と述べましたが、含蓄のある言葉です。ハイテクの分野で活躍している人は楽観的でリスクを恐れない人が多いです。悲観的だと今の体系を壊して新しいものはなかなか生み出せません。

 

日本半導体産業、諦めるには早すぎる!

西川 おっしゃる通りです。「日本の現状をしっかり見定める」という意味での悲観論と、「客観的な日本の立ち位置に基づく将来の可能性」という意味での楽観論。この両方が必要だと思います。

 日本が半導体立国から凋落したのには様々な要因が挙げられますが、悲観論、いわゆる反省として五つの要因があったと我々は考えます。一つ目は、1986年に結ばれた日米半導体協定によってアメリカに頭を押さえつけられたことです。日本の半導体業界に不利な協定が結ばれました。二つ目が、水平分業への移行に失敗したことです。日本も含めて1980年代は、設計から製造まで一つのメーカーで行う垂直統合が主流でしたが、垂直統合は常に最新の設備などへの投資が必要です。そのため、コストの観点から設計や製造を分業で行う水平分業に世界の主流が移っていきます。しかし、日本のメーカーはすでに工場を持っていたことなどが原因でこの波に乗れませんでした。その一方、当初は「下請け」だったけれどGoogleAppleなどと組んでTSMC(台湾半導体製造会社)が世界を制することになりました。

 三つ目が、コンピュータやスマートフォンなどの最終製品で日本が良い製品を出せなくなってしまったことです。四つ目が、よく言われる「日の丸の罠」です。日本のメーカーは半導体のシェアがどんどん落ちていった時期に、日本企業同士で連携をしてこの危機を乗り越えようとしました。日本企業の連携自体は悪いことではありませんが、結果的に国際連携が後回しになってしまった。当時、GoogleTSMCAMD(米半導体企業)と組んでいたら現状は変わっていたのかもしれません。

 五つ目は、国を挙げて取り組む経済安全保障として、政府が国民に対してしっかり説明をしてこなかったことです。台湾や韓国は30年以上前から半導体を経済安全保障の領域に算入させてこの産業を守ってきました。そんな中、日本政府が遅れをとったことはしっかりと反省する必要があると感じています。

 一方で、楽観的とは言いませんが、日本にはまだ希望が持てる部分もあります。世界約200カ国ある中、コアで半導体ができる国は10カ国もありませんが、日本はその10カ国に入ることができています。例えば、ブラジルやインドネシア、インドなど21世紀に台頭する力のある国々も半導体産業は弱いわけです。そういった国と比べると日本はいろいろな点で恵まれています。数多くの半導体工場があって、トップのアカデミアの方もまだまだお元気です。エンジニアも減ったとは言っても力はあります。国内だと謙遜して現状を悲観的に捉えがちですが、世界的に見たらコンピューティングやテクノロジーの分野で日本は良いレガシーを持ち、今でも世界から期待される側に入っています。

 もちろん反省すべき点はたくさんありますが、ここで諦めるのはあまりにも早すぎます。そして、何より今が最大で最後のチャンスだと心底感じています。今の作為によって10年後の日本の姿は大きく変わってしまうのです。

 

覚悟を決めた日本

黒田 西川さんがおっしゃるような「現実をよく見た楽観」は今の日本に必要ですね。半導体の研究成果数については、今でも日本は世界で5本の指に入ります。まだ世界有数の研究者もいますし、研究力もあります。そして、少し古くなったけど工場もあるのですね。

 私は、日本は覚悟を決めたと思っています。この問題から逃げない、見過ごさないと。そこには、半導体の地政学的リスクが現実味を帯びたものとして迫っているという背景があります。昔の地政学は陸海空でしたが、インターネットの出現によって仮想空間でも戦いが繰り広げられるようになりました。そして、その仮想空間での攻撃はデータに基づいたインフラサービスへの攻撃に直結するので、その基盤となる半導体分野はかつてないほど重要な産業になっています。この危機感が覚悟に繋がったのです。

西川 過去の日本は半導体分野に限らず、デジタル時代に「どうやって国富を発展させるのか」というはっきりとしたビジョンが弱かった。

 一方、明確なビジョンを持って国を発展させたのがシンガポールです。1965年、シンガポールはマレーシアから独立をした際に、初代首相であるリー・クアンユーが有名な「涙の会見」を開きました。当時のシンガポールは一人あたりのGDPも低く、産業面や安全保障面でも独立は難しいとされていたため、望まない独立に対してリー首相は涙を流しました。しかし、その会見からしばらく経つと気持ちを切り換え、「自分たちがこの島を自分たちの理想像につくりあげるのだ」とビジョンをもった政策を展開していきます。20世紀後半からはアジアの金融センターを目標にし、さらに21世紀初めからはデジタルセンターにしたいと。データセンターやエレクトロニクス産業の拠点をシンガポールにすることで、世界中から国富を呼び込むのだというビジョンの基で国家計画がなされました。

 翻って過去の日本を見ると、コンピューティングの産業も半導体もありました。さらには、優秀なソフトウェア人材もアカデミアもいました。しかし、日本のビジョンは弱かった。今後はそこをしっかり持ちながら、いかにして日本全体のデジタルインフラを改善していくのかが大事になってきます。

 

めざすところは下請け工場でいいのか?

黒田 今まさに日本のビジョンを考える上で重要なのが、日本がめざすべきものは下請け工場でいいのかという点です。先ほど西川さんの五つの反省の中で、下請けができるような水平分業の体制を組んでいたら今のような現状にはならなかったというお話がありました。一方で、IBMというのはビジョンと戦略がブレない企業で、自分たちの理想のコンピューティングを追求するために今でも垂直統合を続けています。

西川 そうですね。未だに最先端のメインフレームをつくっていますし、量子コンピュータなどの分野でもリードされていますよね。

黒田 TSMCの成功を見て水平分業の時代になったと言うのは簡単ですが、IBMを見ていると垂直統合も日本のめざすべきビジョンの一つとして考えてもいいのではと思います。

西川 下請けに甘んじずデジタルイノベーションを起こしたいというのは、私も含めてみんな同じ思いですよね。

 一方で、アメリカか台湾のどちらかのようになりたいのかという話ではなく、その両者とも異なる日本の特性に合ったやり方もあるのではないでしょうか。リスクを取って新大陸にやってきたDNAでできているアメリカと、秩序と計画を重んじる島国日本ではできることに違いがあります。日本がシリコンバレーのようになるのは中々難しいです。では、台湾のようになれるのかというと、これも難しい。もちろん、下請けが日本の特性に合っているのならそれでいいのですが、誤解を恐れずに言うと、日本は下請けではなく世界をリードするようなものを生み出せる国でもあります。それは、多分アメリカとは違うかたちでのイノベーションになると思いますが。

黒田 おっしゃることはよくわかります。良い悪いという問題ではなく、先ほども言いましたが特性の問題ですね。そんな中でも、今後日本はどうなりたいかという展望を臆せず言うと、下請け工場だけで本当にいいのかと感じます。

西川 そうですね。日本の人口や国土を客観的に見ると、下請けに甘んじず常にイノベーションを起こし続けないと国家を維持するのは難しいです。

黒田 日本は覚悟を決めたと先ほど言いましたが、ではどこに力を入れ始めたかと言うと製造の分野ですね。半導体産業を大きく三つに分けると、ステップ1が設計、2が製造、3が利用となります。ステップ2の製造は、日本の強みでもありますし、世界から求められている部分ですので、ここを伸ばすということはもちろん正しい判断だと思います。

 一方で、1の設計と3の利用の部分もきちんと議論がなされるべきだと思います。ステップ3の利用の部分でアイデアを持った人がいると、そのアイデアを実現させるためにステップ1の設計の発展にも自然と繋がります。しかし、今の日本は半導体利用者側のアイデアがどんどんしぼんでしまっています。そうすると、アイデアが少ない日本で設計する必要がなくなり、シリコンバレーの依頼で設計をするという、いわゆる設計の下請けになってしまいます。「世界で初めての半導体をつくるんだ」という設計と、「こういう半導体を使ってイノベーションを起こしたいんだ」という利用の部分を膨らませない限り、日本はずっと下請け工場と下請け設計のままになってしまいます。

西川 おっしゃる通りです。「こういうアプリケーションをつくりたいから、今あるテクノロジーではなく新しいものをつくって欲しい」という利用者側のアイデアは非常に大事だなと思います。

 例えば、ENEOSさんはMIMaterials Informatics)に力を入れていて、物質探査の研究スピードが1年かかったものが1時間でできるようなシミュレーション・プログラムをPreferred Networks(ディープラーニングの開発を行うスタートアップ企業)さんとつくられました。実際にこのMIで物質探索を行っていると、そのソフトウェアを動かすために最適なさらに速いハードウェア環境が欲しい、とのニーズが生まれます。このようにアイデアを出してフィードバックを回すことが半導体の発展において非常に大事になっていきます。

黒田 そうなると、ここは思い切ってイノベーションのアイデアを持っている人がシリコンバレーでチップをつくるというのもありだと思います。もちろん、最終的には国内でできるようになるのがゴールですが。

 かつての感覚だと国外にお金を落とすことを批判的に捉える人もいますが、利用者側がやりたいことを実現させるためには、シリコンバレーのほうがより人材が揃っているのが現状です。残念ながら、日本で設計するよりよっぽど経済合理性があります。日本の企業もシリコンバレーのリソースを使って自社のチップをつくるというのも可能ですし、それを国が多少助成することがあってもいいかと思います。

西川 そうですね。新しい半導体の設計をする際、どの人材を使うかは利用者の自由です。そのような自由な発想でスタートアップから大企業まで新しいアイデアがどんどん生まれて欲しいと思いますし、我々としてもしっかり支援していきたいです。

 しかし、残念ながら現在の国際情勢は不安定さを増すばかりです。半導体やコンピューティングなどの最先端の分野は経済安全保障の観点から見ても、どのような人と関わるか慎重にならなくてはいけません。もちろん、国で差別はしたくありませんし、できるだけいい人材を使いたい。しかし、誰が全体像に関わっていて成果物の権利はどこに所属するかなど、一つひとつ確認しなくてはいけない時代です。そこは最先端であればあるほど、リソースが大きければ大きいほど慎重になるべきですね。

黒田 おっしゃることはよくわかります。その管理の部分は日本が最も遅れている部分でもあるので、そこを丁寧にやりながら臆することなく必要な人たちと手を組むべきだと思います。

 

エネルギー問題はテクノロジーの発展にかかっている

黒田 ロシアによるウクライナ侵攻が原因で国によっては原油やLNGの確保が困難になるなど、エネルギーは今注目の話題です。日本も今年の6月に「電力需給ひっ迫注意報」が出されました。エネルギーとテクノロジーは非常に密接に関係した分野でもあります。と言うのも、一番エネルギーを消費しているのがデータセンターなどのコンピューティングの分野なのです。

 日本はエネルギー資源のない国ですが、省エネに関しては非常に高い技術を持っています。ここをどう伸ばしていくかが国家レベルで見ると非常に重要な問題だと思うのですが、西川さんはどうお考えですか。

西川 これからのエネルギーはDXGX(グリーントランスフォーメーション)の時代だと言われます。それらを進めるためにはあらゆるものをスマートにするためにデジタル化が必須となっています。しかし、デジタル化を進めるということは電力の大量消費に直結します。そのため、5Gやシミュレーション、AIなどを使って従来の非効率的なエネルギーの使い方を効率的に変え、いかに電力消費を抑えるかがポイントになります。

 10年前、20年前も同じように電力使用量の増加が懸念されていましたが、結局は増えていません。なので、「狼少年だ」との声もしばしばお聞きしますが、ではなぜ電力爆発が起きていないのか。それはテクノロジーの発展があったからです。この電力の効率化に貢献した一例として、AppleM1チップがあげられます。このチップはファブレスカンパニー(自社で製造工場をもたない企業)としてAppleが設計をし、TSMCが製造をしました。半導体の分野ではエネルギー効率の成長はすさまじく、この10年間で75倍にもなりました。しかし、「日本はカーボンニュートラルが大事だ」とは言いながらも、情報処理に関する半導体テクノロジーの分野で、電力効率化に十分に貢献できていないのが現状です。

 現政権でもGXを推進していますが、半導体やコンピューティングの電力効率を向上させ、GXDXの両立に貢献することは日本の責務だと考えます。ここをないがしろにすることは産業大国としての責任を放棄することになりますし、最大の成長市場を失うことにもなりかねません。

黒田 過去の大量規格生産の時代では、ある意味Greedy(貪欲な)だけで良かったですが、今はGreenにもする必要があるので、ゲームが大きく変わってきますよね。

 西川 実は人間ってエネルギー効率が非常にいいんですよ。GoogleAlphaGoAIプログラム)は350kw必要ですが、人間の脳はたったの20Wしか電力を消費しません。この一例だけでも、人間の脳はコンピュータより18,000倍もエネルギー効率がいいことがわかります。そのため、人間の代わりにAIを社会のあらゆるところに入れるということは、実は非効率なものを社会に入れる側面もあるんですね。自動運転もエネルギー効率だけ見ると、「人間が運転したほうがいいのでは」というご意見もあるほどです。しかし、デジタル化は避けることができません。いかにしてエネルギーの問題を乗り越えるかは、やはりテクノロジーの発展にかかっています。

 

爆発的な成長を続ける半導体産業

黒田 そうですね。先ほど、「電力爆発が起こるというのは狼少年ではないか」というお話が出ましたが、半導体の分野でもムーアの法則もそろそろ終わりじゃないかと言われてすでに30年以上経っています。ムーアの法則とは1965年にインテルの創設者であるゴードン・ムーアが唱えた、「半導体の性能が18カ月で2倍になる」という経験則のことを指します。では、なぜムーアの法則は維持されてきたのか。それは、半導体がダメにしてしまうわけにはいかないほど重要な技術になったからです。世界中が知恵を集め投資をして何とか乗り越えてきました。そのムーアの法則の「18カ月で2倍」という成長率を今後も維持させようというのが「モア・ムーア(More Moore)」と言われていて、現在でも半導体の分野において非常に重要な考えです。

 加えて、最近は「モア・ザン・ムーア(More than Moore)」というのも言われるようになってきました。ムーアの法則だけが唯一の成長の仕方ではないという考えです。例えば、半導体内のチップの回路を小さく作りこむ微細化で性能を高めるような従来のやり方だけでなく、複数のチップを3次元に集積することでより性能を高める3D化も「モア・ザン・ムーア」の一つです。

 今この二つが半導体の世界ではキーワードになっていますが、いずれにせよこの世界は指数関数的な成長をします。一世代ごとに数倍効率が良くなり、またもう一世代で数倍に良くなるというのを何世代も繰り返します。要するに、複利計算です。この複利計算がものすごい利率かつものすごい速さで回転するので10年後には100倍に、15年後には1,000倍に、30年後の気づいた頃には100万倍に成長している、なんてことが半導体の世界では当たり前にあるのです。しかし、人間の感覚ではこの爆発的で指数関数的成長を予測することができません。なぜなら、人類の歴史でこのような成長の仕方をするものは今まで存在せず、半導体技術を用いたハイテク技術でしか見られないからです。そのため、専門家でも予想を間違えますし、これが半導体分野の特徴でもあります。

 

「ソフトウェアの天才は千人の生産性にも勝る」

西川 「モア・ムーア」「モア・ザン・ムーア」が重要だというのはその通りですね。加えて、私はソフトウェアの成長も重要だと考えています。私は様々なところで半導体の重要性を訴えてきました。そうすると「ソフトウェアはやらないのですか?」と聞かれることがありますが、そんなことはありません。やはり、ハードウェアと、コンピューティングのようなソフトウェアは一体で成長していく必要があります。

 わかりやすい例を挙げると、計算問題を解くときに力技で解く人とエレガントに補助線を引いてすっと解く人の2種類がいますが、テクノロジーの発展を計算問題の解とするとエレガントな補助線がソフトウェアです。「ソフトウェアの天才は千人の生産性にも勝る」という言葉はよく言われますが、エレガントなソフトウェアの書き方をすると大幅に計算量を減らすことができます。

 このエレガントなソフトウェア開発を体現しているのがPreferred Networksの代表をされている西川徹さんという方です。西川さんはIPA(情報処理促進機構)で行っている、「未踏IT人材発掘・育成事業」という天才を育てるプログラムの卒業生なのですが、彼は10nm台の半導体を使ったスーパーコンピュータで、数nmの半導体を使ったスーパーコンピュータよりも高いエネルギー効率を実現されています。ハードウェアだけの力技でなく、ハードウェアを使いこなすソフトウェアの開発にも注力したことにより、合わせ技の計算能力で勝てたのです。黒田先生がおっしゃるような「モア・ムーア」「モア・ザン・ムーア」の指数関数的な成長に加えて、ソフトウェアの計算能力を日本の中でイノベーションすることが日本の取るべき戦略の一つであると考えます。

黒田 この指数関数的な成長について補足をすると、これがこれからのデジタル業界における戦い方の基本になると思います。GAFAやテスラなど急成長している会社は指数関数的な伸び方をしていますよね。そして、それがなぜ可能なのかというと毎週ソフトウェアをバージョンアップしているからです。テスラの車は、AI学習によって先週より今週のほうがより省エネな走り方をすることが可能です。そういうバージョンアップを毎週繰り返していると、1年後には現在とは全く異なる高性能なものをつくることができる。この成長の素早さこそがソフトウェアの特徴です。他方、ハードウェアは1年も2年もかけて丹念に設計をして一つも間違いがない完成品しか世に出しません。出したその日から古くなる一方で、バージョンアップが難しいのです。

 しかし、ソフトウェアとハードウェアが高度に融合することが当たり前になっている現在、両者の成長スピードにここまで差があるのもいかがなものかと思います。ハードウェアもこれからより素早くアップデートできるようにしなくてはいけません。最近、agile(迅速な)という言葉を世界中で聞く背景にはこの考え方があると思います。

西川 その通りですね。

黒田 ではなぜハードウェアは時間がかかるのか。それは、0.1円でも安く、1%でも性能が良いものをつくろうと突き詰めてきたからです。これまではみんなが同じ規格品をつくっていたため、98点の製品を出したならライバルは99点を出します。そうすると99.5点の製品を出さないと競争に勝てません。競争のなかで100点に近いものを突き詰めた結果、設計には2年、コストも50億円かかってしまうということがおきる。となれば、いくら電力効率がいいからといって、日本国内で専用のチップをつくろうとする人がいなくなってしまいます。

 最近は、「80点主義を思い出せ」と言っているのですが、80点でよしとする代わりに10分の1の時間とコストでできる価値というのが、これからのデジタル時代には重要になるだろうと思います。

西川 私も先生とまったく同じ問題意識を持っています。少し言葉は違いますが、たくさんお金を持っている企業しか最先端技術にアクセスできないということですね。現在は、GAFAなど数兆円単位でお金を使い、数億個単位の半導体を使用するような企業しかアクセスができません。そのため、スタートアップはもとより普通の企業は最先端のチップを使えず、2番煎じ3番煎じに古いものを使うしかなくなってしまう。そうなると、日本の企業はテクノロジーで最先端のものを使えない構造になってしまうので、これでは競争には勝てません。先生がおっしゃるような最先端のものをスピーディーに、かつ幅広く提供できるようなインフラが非常に重要になってきます。

 それは、半導体だけでなくソフトウェア開発も同じです。富岳やABCIなどの最先端コンピュータは順番待ちでなかなか使えないのが現状です。しかし、そのような最先端コンピュータの実機に触れられる環境を用意しないと、0から1の付加価値を生み出し世界に貢献するようなスタートアップ企業は生まれにくいです。現在、経産省はスタートアップ支援として融資や減税などファイナンス面でのサポートをしていますが、テクノロジーを生み出すためのインフラを整えることも今後の大事なポイントだと感じました。

黒田 そうですね。シリコンバレーに行くと、今でも100人の人材と100億円の資金を集めているスタートアップが沢山あります。これは日本から見ると非常に羨ましい環境です。要するにリスクマネーがあって、人材の流動性が高いのですね。テスラのような半導体とは全く無縁な会社が、Appleやインテルの腕利きのエンジニアを引き抜いて1カ月で100人集めることも可能です。リスクマネーがあるといろいろなことができるわけです。

 そうは言っても100億円集めた人でないと最先端の7nm5nmのトランジスタ(半導体素子の一つ)にアクセスできないというのはあまりにも高すぎますよ。

西川 そうですね。アメリカでもスタートアップはどんどん生まれていますが、その中でGoogleを超えるような規模の企業はなかなか生まれにくいです。そうなると、Googleの中に入ったほうがいろいろなテクノロジーイネーブラー(半導体などの新たなシステムの構築に必要不可欠な製品)は使いやすいですよね。

黒田 その通りですね。Googleに入らないとイノベーションを起こせないというのは、大きな問題だと思います。やはり、イノベーションは資本のあるところに生まれるのではなく、人が対話をして多くの脳が掛け算されるようなところで生まれるものです。極端な表現ですが、Googleの社員証を付けていないとできないという現状はおかしなことだと思います。

 先ほどから「モア・ムーア」「モア・ザン・ムーア」が大事だと言っていますが、これに加えて「モア・ピープル(More People)」も大事だということを今日はぜひとも言いたいです。「モア・ピープル」は、より多くの人が半導体を利用しようという気持ちになることです。半導体を利用して何かデジタルシステムを開発したら、次は自分が半導体を設計してみたくなるはずです。そうなったときに、半導体チップを日曜大工のように誰でも設計できる「モア・ピープル」な環境をつくることが、イノベーションを起こす上で極めて重要になると思います。

 

デジタル列島改造計画

西川 先ほども申し上げましたが、コンピュータやクラウド、半導体などデジタルを通じたサービスを提供するときに、5Gやデータセンターなどの物理的なインフラが必要になってきます。

 今年の2月に中国で「東数西算」という国家計画が発表されました。沿岸部で発生するコンピューティングの需要を、内陸部にある再エネでつくったデータセンターに持っていき計算をしてもらい、また沿岸部に戻すというプロジェクトです。需要と供給、そして地理的要素も考慮された非常に優れた方法だと思います。

 日本も中国の「東数西算」のように、テクノロジーやアプリケーション産業だけでなく、物理的なインフラ、さらには制度的なインフラをしっかり強化していく必要があります。そういった部分をしっかりやっていける国がますます発展していきますし、逆にそれをしないとどんどん遅れていってしまう。

黒田 日本は全国どこでも蛇口をひねると美味しい水が出てきますし、どこまででも道路は舗装されています。これと同じようにどこでも高度なコンピューティングを使えるようにする。まさに、デジタル列島改造計画ですね。

西川 これがあると良いイノベーションも生まれますし、良い人材も育ちますし、世界中から人も集まってきます。

黒田 それから、少し遅れてしまった半導体の設計製造技術を一度元に戻すためのきっかけにもなりますね。

西川 決して我々政府は半導体の製造にだけ力を注いでいるわけではありません。しかし、この分野がしっかりしていないと装置や素材、様々なコンピューティングシステムなど全体が上手く育ちません。なので、この核となる部分をしっかりやっていきたいですね。

(終)

 

西川和見・経済産業省商務情報政策局総務課長
にしかわ かずみ:1973年大阪府生まれ。96年東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省。米国留学、防衛庁防衛政策課、通商機構部、中小企業庁金融課、大臣官房総務課、経済産業政策局、シンガポール赴任を経たのち、2017年ヘルスケア産業課長、20年商務情報政策局産業課長を経て22年7月より現職。

 

 

黒田忠広・東京大学大学院工学系研究科教授、システムデザイン研究センター(d.lab)長

くろだ ただひろ:1959年三重県生まれ。82年東京大学工学部電気工学科卒業後、東芝入社。88年─90年カリフォルニア大学バークレイ校客員研究員。2000年に慶應義塾大学に移り、2002年より教授。工学博士。07年カリフォルニア大学バークレイ校MacKay Professorを経て19年より現職。先端システム技術研究組合(RaaS)理事長も務める。

 

 

 

 

 

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