『公研』2020年12月号「issues of the day」
高口 康太・ジャーナリスト、翻訳家
世界がコロナ禍で苦しむなか、中国経済はいち早く苦境から抜け出しつつあるかに見える。12月上旬時点の統計を見ると、GDPは7─9月期で前年同期比4・9%増と、2四半期連続でのプラス成長を記録した。失業率は厳格な外出自粛が行われた2月には6・2%にまで悪化したが、10月には5・3%にまで回復している。輸出は1─10月累計で前年同期比2・4%のプラスとなった。社会消費品小売総額(小売売上高)は1─10月累計で前年同期比の5・9%減とマイナス成長に陥っているが、月単位で見ると8月からは前年比を上回る成長が続いている。回復が遅れていた外食産業も10月には前年同月比でプラス成長へと回帰した。コロナで苦しむ世界の国々から見るとうらやましい数字が並ぶ。
ギグエコノミー型雇用が増加
だが、こうした統計だけでは実情は見えてこない。日本でもコロナの影響は業種業態によってまったく異なる。軽傷で済んだ分野もあれば、いまだに傷が塞がらない分野も存在している。この事情は中国でも変わらないが、その実態は容易にはわからない。どこが痛んでいるのか、あるいは金融緩和や財政出動で焼け太り、バブルとなっている分野はないかを慎重に見極める必要がある。李克強首相は11月20日、経済情勢に関する地方幹部とのビデオ会議に出席したが、その席上、「君たちが真実を話して、初めて私たちは現実的な対策を打ち出せる」と発言し、各地方政府が隠蔽することなく現実の状況を伝えるように求めている。
中国経済の傷はどこにあるのだろうか。真っ先に懸念されるのが雇用、とりわけ出稼ぎ農民など非正規労働者の状況だ。正規労働者とは異なり、その実態の把握は難しい。特に近年ではスマートフォンアプリによる出前代行など、短期間で働けるギグエコノミー型雇用が増加し、雇用状況の把握はさらに困難になっている。
華中農業大学経済管理学院の青平教授が8月に『農民日報』に寄稿した記事が興味深い。6月時点で出稼ぎ農民の職場復帰率は90%に達しているが、一方で賃金はコロナ前の7割から8割程度に落ち込んでいるという。雇用者優位の状況下で足元を見られているというわけだ。中国政府も対策に乗り出している。今年8月には「出稼ぎ農民の就業創業活動に関する意見」を公布し、輸出産業や外食ホテル産業など出稼ぎ農民の雇用を吸収している産業の支援を進めること、ギグエコノミー型雇用の促進、さらに出稼ぎ農民による起業支援を打ち出している。
「意外な部分に影響がある」と話したのは、IoT(モノのインターネット)楽器、オンライン音楽教室を手がけるベンチャー企業PopuMusicの共同創業者である駱石川氏。春先には新商品をリリースする予定だったが、コロナの影響で開発が大きく遅れた。2月、3月の外出自粛に加えて、量産を委託する工場のスケジュールが大きく狂ったことが要因だという。新商品で見込んでいた売上が失われていたことに加え、ベンチャー投資環境の悪化も逆風だ。デジタル大国・中国を支えてきたのはベンチャーキャピタルによる旺盛な投資だったが、2019年から投資額は減少に転じていたところ、コロナでその傾向に拍車がかかった。今までならば融資で食いつなげたはずのベンチャー企業が倒産する事例も目立つという。中国のニューエコノミーをリードしてきたベンチャー業界が成長を持続できるかどうかは、市場環境が変わるかどうかにかかっている。
政府の規制が逆風に?
コロナに加えて逆風となりそうなのが政府の規制だ。米司法省がグーグルを提訴するなどITプラットフォーマー規制が世界的なトレンドとなり、IT企業による過剰なデータ取得や独占を抑止しようとする動きが広がっている。中国もその例外ではない。中国政府は11月に反独占ガイドライン、12月に個人情報保護法のパブリックコメントを発表しているが、IT企業によるデータ取得や企業間のデータ共有を厳しく制限する内容となる。プライバシー保護の観点では前進だが、自由なデータ活用によって革新的な新興企業が生まれてきた中国のニューエコノミーに冷や水をかける結果にならないのかは今後の注目点だ。
また規制は新興企業のみならず、大手企業の未来にも不確実性を投げかけた。中国IT大手アリババグループの関連企業アントグループの新規株式公開が、中国政府の介入によって延期された問題は大きな波紋を呼んでいる。政府が規制を強化するなか、近年の中国の成長を牽引してきた民間のニューエコノミーが勢いを保ち続けられるのだろうか。
そしてバイデン新大統領の誕生が決まるなか、米中関係の行方も先が見えない。トランプ時代よりは透明性の高い、未来予測が可能な関係になるとの期待はあるが、米民主党も対中強硬姿勢を強めるなか緊張関係は変わらない。新たな制裁などにつながれば、企業活動への影響は避けられない。直近の統計を見れば優秀な数字が並ぶ中国だが、課題は山積み。2021年も気の抜けない1年となりそうだ。