『公研』2021年12月号「対話」 ※肩書き等は掲載時のものです。

 

岸田新政権は総選挙によって信任を得た。いま国民は政治に何を求めているのか、次の論点は何か。また野党はなぜ分裂を繰り返し続けることになるのか。日本政治の現在地点を再確認する。

 

なぜ新聞各社の情勢調査は外れたのか

古賀 今日は総選挙の結果を踏まえたうえで、日本の政党政治が置かれた状況や政治の論点、世論の動向などを整理していきたいと思います。今回の総選挙では自民党も立憲民主党も14、5ずつ議席を減らしました。基本的な構造は変わっていませんが、自民は勝利感を得る一方で、立憲民主は敗北感に苛まれています。立憲民主の枝野幸男さんは代表を辞任して、泉健太さんが新代表に就任することになりました。両党とも議席を減らした点では共通しているにもかかわらず、対照的になっている。こうした状況が生じた背景について境家さんはどう見ていらっしゃいますか。

境家 お互いに事前の期待値と結果がズレていたところがありました。このズレが生じた背景として、まず各メディアの事前情勢報道について考える必要があります。私は、朝日新聞に選挙結果に関するコメントを寄せる約束をしていました。デジタル版の記事は投票日の翌朝の掲載でしたから、選挙結果の速報を踏まえてすぐにコメントを考えることになったんです。

古賀 投票日の夜に取材があったんですか?

境家 数日前から準備はしていましたが、今回の選挙は、結果の予測が非常に難しかった。新聞各社の情勢報道も参考にしましたが、今回はメディアによって予測にずいぶん幅がありました。ただ、自民党の敗北は前提になっていて、「最低でも30議席は減らすだろう」という見立てはどこも共通していました。
 私の肌感覚としては、野党に風が吹いているようには思えませんでしたから、「思ったよりも自民に厳しいのだな」と報道を意外に感じていました。そうしたこともあって、どういう論調でコメントを書くべきか、なかなか定まらなかったわけです。そして日曜日の夜8時に投票が締め切られ、出口調査の結果が出たことでようやくコメントを書けると思ったのですが、実際にはその時点でも状況を見定めることはできなかった……

古賀 今回は、出口調査の速報値もズレが生じていましたね。

境家 テレビで選挙速報をずっと観ていると、次第に立憲民主党の劣勢が明らかになっていきました。そのために新聞に寄せるコメントも深夜に何度か書き直す羽目になりました。途中までは立憲民主にとって「決して満足すべき成績ではない」でしたが、最終的には「負けに等しい結果」という書き方になりました。これでもかなり遠慮した言い方です。朝日新聞は、社説で「大敗」と書いていましたからね。

古賀 読売は「惨敗」でした。

境家 結果的にメディアの情勢報道や出口調査はあまり当たっていなかったわけですが、この背景には何か今回に特有の事情があったのでしょうか。

古賀 日本記者クラブで松本正生先生(埼玉大学名誉教授)の解説を聞きましたが、実は今回、情勢調査の方法をメディア各社が変えているんですね。予測がバラついたのは、この変更が大きかったのだと思います。
 従来はオペレーターが電話をかけて投票予定先を聞く方式でしたが、今回は多くがオートコール(自動音声)に変えています。録音された音声による機械的なアンケート方式です。朝日新聞は、インターネット調査のような方法を導入していますから、無作為抽出とはまったく違う調査スタイルです。固定電話からスマホへの移行で有権者を捕捉しにくくなっているし、お金が掛かり過ぎるという事情も背景にはあります。
 出口調査と結果が違ったのは、調査終了後の18時以降に投票した若い人たちの動向を捕捉していないからではないかという解説がありました。

境家 確かに2017年の総選挙でも、若年層において自民党を支持する割合が明らかに増えていました。この層は遅い時間に投票する傾向があって、その時間帯はすでに出口調査が終わっているのであれば、その票は捕捉されないことになる。

古賀 小選挙区と比例代表をそれぞれ見ていくと、自民は小選挙区で29議席を減らしています。甘利明さんや石原伸晃さんの落選がその代表例ですね。比例では総得票を伸ばしています。立憲民主は小選挙区ではプラス9でしたが、比例では得票をかなり減らして獲得議席はマイナス23になりました。前回の2017年の選挙では希望の党がいたので、両党の合計得票数は2000万票でした。今回は立憲だけで1100万票なので半分近くになりましたから、ここが立憲民主に求心力がなかったことを示すポイントになっています。立憲民主は、公示前より40から50議席を上積みするのではないかという予測がありました。期待値が高かった分どうしても惨敗感が出てくる。逆に自民は議席を減らしても事前の見込みよりずいぶん良かったので、勝ったという空気になった。

境家 自民党は前回勝ち過ぎていますからね。議席を多少減らしても絶対安定多数を取っているわけですから、今回も勝利したと総括するほかありません。

 

共産党との野党共闘をどう見るか

古賀 立憲民主は、今回の総選挙で共産党との共闘を選び結果的に敗北しました。この判断についてはどのように考えますか?

境家 当初は共産党との共闘に対して、自民党サイドはかなり脅威に感じていたようです。党の中枢の人に直接話を聞く機会がありましたが、そのような印象を持ちました。

古賀 危機感を抱いていたことは間違いないでしょうね。「自公か、立共か」という位置付け方にもそのあたりの意識が現れていたように思います。

境家 短期的な戦術としては組まないよりは組んだほうがいいわけですが、もっと大きな戦略で見ると共産党との共闘は失敗だったのではないかというのが私の見方です。

古賀 失敗だったというのは、議席を減らしたからですか。

境家 最終的にはそうです。自民党サイドが公明党と共闘しているのと同じだという見方がされることもありますが、私は違うと思います。一定の固定票を確保できるという意味では同じですが、やはり公明党と組むのと共産党と組むのとでは、一般有権者に与える印象は違うと見たほうがいい。
 公明党は、イデオロギー的には中道の政党ですからね。当初こそ宗教色を警戒されましたが、実際に20年以上、政権参加を続けたことでそうしたイメージはかなり薄れたと思います。政策面でも別に極端なことを主張するわけではない。それどころか、自民が行き過ぎるところを引き止めている側面さえある。
 立憲民主と共産党の共闘の結果として、接戦が増えたし、逆転した選挙区も確かにありました。ただ仮に接戦だったところをもっと立憲が制していたとしても、それでもまだ政権交代には遠く届かないですよね。立憲にとって根本的に問題なのは、支持率が伸びていないことです。戦術的な巧拙がどうという以前に、そもそもの地力が足りていなさ過ぎる。
 共産党と組んだことは、地力を付けるうえでは逆に足枷になっていると思います。かつて民主党に投票していた人たちの中で、「共産党と組む立憲民主には投票できない」と考える人はかなりいると私は見ています。
 かつての民主党は、リベラルから保守層まで幅広く支持を得たことで、政権交代を可能にしたわけです。保守層からも一定の支持を得ることをめざさなければ、政権交代までは難しいわけですからね。

 

基軸政党の条件

古賀 確かにその通りですね。今後の焦点は、立憲民主の路線問題に絞られていきます。共産党を加えた野党ブロックをどうするのか。泉新代表は、野党再編を進めていくのかどうか。総選挙が残した大きなテーマです。

境家 立憲の代表選は、党の顔を誰にするかというよりは、共産党との共闘も含めた路線の行方に関心が集まっていました。共産党が絡むと、どうしても野党陣営内での叩き合いが始まってしまう。国民民主党と日本維新の会は、共産党から距離を置くことを明確にしていますよね。
 立憲民主と国民・維新は、お互いのイメージを悪くし合っているところがあって、その影響は、自民からのネガティブ・キャンペーンより大きかったかもしれません。自民からすれば、野党の潰し合いにより、漁夫の利を得ているわけです。立憲民主のイメージの悪化は、維新が伸びた背景にもなっていますよね。
 野党第一党が共産党をどう扱うのかという問題は、55年体制期からずっと続いています。55年体制期には、共産党と連携するか、中道の公明党・民社党と組むかが、社会党の中で争点でした。この構図が、現在でもまったく同じように続いている。私が今日の政治状況を「ネオ55年体制」と呼んでいる、一つの理由です。

古賀 菅政権の末期は、内閣支持率が3割を切るぐらいにひどい状態になりましたが、立憲民主の支持率は5から10%ぐらいの間をウロウロしていました。政権に対する批判が、立憲民主支持には移ってこないわけです。そうすると、立憲民主は野党第一党と言いながら、もう左派の固定客からしか支持されない政党になっていたのだと思えます。枝野さんが代表だった時の立憲民主はずっと左派路線でしたから、固定客を摑まえようという戦略では一貫していたと言えます。しかし、それではいわゆる基軸政党にはなれなくて、脇役に留まり続けることになる。
 自民がダメだった時にはこっちがあるといった受け皿にはなりきれないままに、共産党との親和性で今回の選挙をやってしまった。結局その反作用が大きかったという感じがしています。

境家 実際のところ、共産党との共闘で立憲民主のイメージがどれだけマイナスになったかは、実証的にはまだよくわかっていません。ただ、少なくとも立憲民主の支持率は上がらないままでした。

古賀 そうです。低位で安定していました。毎日新聞の調査でも6、7%でもう一貫して底にへばりついていました。

境家 安倍政権の時に、時事通信社の調査データを利用して、自民党支持率と他の政党の支持率の相関関係について分析したことがあります。自民への支持が減った際には、どこが逆に増えているのかという分析です。その結果を見ると、旧民主党、民進党系統の政党支持率とは相関していません。自民党の支持率の動きと相関しているのは、「支持政党なし」の割合なんですね。
 つまり、スキャンダルなどで安倍自民党への支持が落ちたときでも、そこで離反した人たちが、別の政党の支持に向かうことはなかった。だからこそ、安倍政権は長期間持続できたのです。安倍内閣に対する支持率は、下がったかと思ったら、また回復するということを繰り返しました。

古賀 そうですね。そこがゼロサムゲームにならないのは、なぜなのでしょうか。かつて社会党と自民党が争っているときは、自民党の失点は社会党の得点に割とつながっていましたよね。

境家 ただ、かつての社会党も、大方の有権者から政権を担い得るとは見なされていなかったと思います。政治学者は「政権担当能力」という言葉を使いますが、社会党にはそれが備わっていなかった。そして政権担当能力が欠如しているというイメージは、現在の野党第一党である立憲にも付きまとっています。この点も「ネオ55年体制」の一つの側面です。

 

なぜリベラル政党は「多弱」へ向かうのか

古賀 日本の政党政治の歴史を振り返ると、基本的にいわゆるリベラルや革新側が政権を握ったことはほとんどなくて、一貫して保守の政党が政権にいる。
 日本が手本にしたイギリスやアメリカなどは、リベラルと保守が拮抗したり争ったりしています。しかし、日本ではリベラルな野党は分裂を繰り返して、「多弱」のほうにベクトルが向かう傾向があります。この点についてはどのように考えますか。リベラルは理念に執着する度合いが強いことが分裂する誘因になっているのか、あるいは理念に殉じることがむしろ誇らしいと思うような政党文化があるのでしょうか。

境家 政治学では、政党間競争のパターンの違いは、二つの要因によって生まれてくると考えられています。一つは選挙制度、もう一つは社会のなかにどのような対立構造、あるいは争点があるか、という点です。選挙制度については、平成期の政治改革によって、大政党に有利な小選挙区制が導入されました。結果、一時期は二大政党制へと進んでいるように見えました。
 しかし、結局は一周回って、元の一党優位制に戻ってしまった。これをどう理解すればいいのか。現代政治学は、政治現象を制度の違いによって説明する面が強いのですが、この回帰現象は説明が難しいです。
 野党のほうでも一つのまとまりに収斂しようというインセンティブはあるのでしょうが、それ以上に割れようとする力のほうが強い。結局のところ、そこに合意しがたい争点があるから割れるのでしょう。その争点は、根本的には外交・安全保障面での政策的立場や憲法改正への考え方ということなってくる。
 2017年に希望の党でまとまろうとした時も、憲法改正に対するスタンスの異なる左派を、小池百合子都知事が「排除」すると発言して、結局、立憲民主が分かれて誕生することになりました。憲法9条を改正するべきかという、占領期以来の争点が残っている限り、野党が安定的なまとまりをつくることはできないと私は考えています。
 ここは、例えば西ドイツとは違う点だとよく指摘されています。西ドイツの社民政党は、第二次大戦後、中道寄りになっていきました。外交安保政策の基本のところで、保守政党ともコンセンサスを持つようになった。結果、1960年代には保守政党と大連立して政権入りするところまで行きました。

古賀 かつての民主党も今の立憲民主も日米安保や自衛隊の問題については、昔の社会党のようなことは言わなくなっています。ただ、あいかわらず一般の関心からはズレていると感じるところがあります。9月8日に立憲民主は共産党、社民党、れいわ新選組を含めた4党での政策合意協定を結んでいます。新聞報道で見る限り、辺野古の新基地への移設の中止や「モリ・カケ・サクラ」の疑惑追及に全力を挙げるとか、いわゆる左翼好みのテーマがズラリと並ぶわけです。当事者たちは、そこに自分たちの価値を重点的に置いているのかもしれませんが、一般の庶民からすると高級すぎる論点に思えている感じがします。

境家 平均的な有権者からすると、縁遠いテーマですよね。もうちょっと自分たちの関心のあることを言って欲しいと感じる人は多そうです。今の立憲民主はかつての社会党よりはもちろん現実的で、自衛隊を否定するようなことはない。しかし、日本の社会や現実の政策が昔より右に振れているとすると、やはり彼らのズレは平均から見て大きいのではないでしょうか。

古賀 特に安保法制については、今も彼らはかなりこだわっていますね。安保法制の違憲部分を全部廃止すべきだとか、反対のロジックを維持している。憲法解釈の恣意的な変更は確かに重要な問題ですが、一般の人たちにとっては訴求力が落ちてきている感じがします。

境家 訴求力はないですね。もちろん筋論としてこの問題にはこだわるべきですが、集票面ではプラスに働いていません。この点は、政治学者による有権者の投票行動の分析からも明らかです。「投票に際して何を重視していますか」といった質問をすると、経済や社会保障が上位にきます。これは当たり前の庶民感覚ですよね。このニーズを立憲民主は捕まえられていない。捕まえようとしているのかさえも、わからないところがある。

 

「菅降ろし」は成功した?

古賀 今回の選挙は、新型コロナの影響で国民生活に多大なダメージが出た直後の選挙でした。安倍政権、菅政権の不手際によってコロナの被害は拡大した、あるいは十分な対策を打っていないという感覚を持っていた国民はかなり多かった。にもかかわらず、政権与党に投票する人のほうが多かった。
 国民は、総裁選を経て自民が疑似政権交代に成功したと評価したのか。それともコロナの感染者数が激減したことで、過去の失策についても「過ぎたことだから忘れよう」という雰囲気になっていたのでしょうか。

境家 コロナ問題が選挙結果にどのように影響したのか。ここの評価は難しいですね。これからの研究結果を持たなければなりませんが、常識的に考えれば、選挙前に感染者数が激減したことは、自民にとって少なくともマイナスには影響していないでしょう。場合によってはプラスだったかもしれません。

古賀 結果的には感染者数を減らしましたからね。ただ、総裁選の時には特に飲食業の人たちはかなりの営業制限があったし、収入も激減していました。政権与党に不満が集まりやすい状況だったと思います。

境家 そうは言っても、立憲民主が政権を担ったところで、やはりコロナの感染状況が改善するとは見込まれていなかったと思います。
 ところで、総裁選によって党首を変えたことは、自民の得票にとってプラスだったのでしょうか、メディアではどのように見られていますか?

古賀 少なくとも菅さんのコミュニケーション能力の乏しさを筆頭に政権批判の材料が岸田さんになって少なくなったとは言えます。岸田さんにしてもそれ程、支持率は高くないので、別に交代したから万々歳だったわけではありません。ただ政権の失点が見えにくくなったという意味では、今回の「菅降ろし」は成功したのだと私は見ていました。

境家 それがどれくらいの効果があったのか、実は評価が難しいと思うのです。菅内閣の支持率低下は、コロナの感染者数がなかなか減らないことが前提にあったわけですが、それがちょうど総裁選の直前に減ったわけです。反実仮想の話ですが、菅政権があのまま続いていたとすると、菅さんは総選挙の際に「自分の政策がうまくいった」とアピールできたはずです。
 また、新総裁となった岸田さんの人気もそれほど高かったわけではありません。だから私は、自民の顔の交代は、実はそれほど大きな影響を選挙結果に与えていなかったのではないかとも思うのです。

古賀 むしろコロナの激減のほうが大きかった?

境家 それは大きいでしょう。コロナが収まった無風の状態では野党に勝ち目はなかった。自民党の地力が選挙結果にそのまま出たと思います。

古賀 「安倍・菅政権」とひとくくりにされるように、何か強引な政治手法であるとか規律破りを平気でやるとか、そういうイメージは相当あったと思うんですよね。それが続いている場合に、立憲民主と共産の連携はもっと効果があったかどうかはいかがでしょうか?

境家 私はあまり関係ないと思います。安倍、菅時代の「強権政治」を批判するタイプのメッセージは、立憲民主の元々の岩盤的支持者にしか受けていないでしょう。平均的な有権者には響いていませんし、ましてや立憲民主の支持上昇にはつながっていなかった。安倍政権があれほど長期化したことによって、それは証明されていると思います。

 

保守化する若者たち

古賀 若者の政治観について話題を移したいと思います。総選挙の後に安倍晋三さんと話をする機会がありました。今回彼は前回よりも得票を2万票落として、そのことを本人は気にしているんですが、若い人たちからの支持の強さにはすごく自信を見せるんですね。実際我々の世論調査でも18歳から30歳までの層は、政権を支持する人たちが多い。他の世代に比べてもこれは明らかです。
 これをどう分析するのかはすごく難しいと思います。慶應義塾大学の片山杜秀さんが、『週刊新潮』のコラムでおもしろい指摘をされていました。コロナ禍によって世界中で割とリベラルに追い風が吹いた部分があります。アメリカの大統領選挙もドイツの総選挙もそうした流れにあったわけです。ところが、日本の若者は逆に振れています。その理由は、若者たちは本能的に「大きな政府」を嫌っているからではないかと。
 つまり、自由主義にもリベラルとリバタリアンの二種類があります。リベラルになびいていると、大きな政府になって自分たちが常に年寄りを世話しなければならないが、それは御免だと。だからむしろリバタリアンのほうにくっついていないと、骨の髄までしゃぶられてしまうといったことが書かれていて、なるほどと思いました。
 若い人たちは理詰めで考えているわけではないでしょうが、大きな政府や国民の負担が重くなる選択肢に対して、体感的に遠ざけているのかなと思ったりするんです。

境家 そこの判断は難しいですね。立憲民主にしても、消費税の減税を言ったりして、大々的に「大きな政府」路線を打ち出しているようにはあまり見えないんですね。むしろ自民党のほうがバラ撒いていて、野党から「無駄遣い」を糾弾されているようにも見える。だから私は、その点は少し慎重に分析するほうがよいと思います。
 若者が自民党寄りになっているのはその通りで、これは戦後日本の政党政治の歴史から見て画期的なことですね。つい10年ほど前までは、自民党は「老人向け」政党でした。

古賀 そうですね

境家 それまで若者ほど反自民的なのが常識だったのが、裏返ってしまった。これは非常に大きな転換です。自民党は小泉政権のときですら、どちらかと言えば中高年層に支持されていました。若者の支持を相対的に多く集めるようになったのは、第二次安倍政権に入ってからのことです。立憲民主がむしろ「老人向け」政党になっているのと対照的です。
 第二次安倍政権期の内閣支持率の推移を年齢層別に並べて見ると、最初の頃は年代による差があまりないんです。ところが、2017年に入ってからズレが大きくなっています。この時期はモリカケ問題が出てきて、高齢層の支持が大幅に落ちているんです。ところが20─30代の支持はそれほど下がらず、ギャップが開いてくる。ここで若い世代の支持が一緒に下がっていたら安倍政権は終わっていたかもしれません。しかし実際には、ここで若い世代の支持がアンカーになって粘り腰を見せた。
 2017年の総選挙では、20─30代の自民への投票率が、中高年層と同等以上にまで高まっています。選挙権が18歳以上に広げられたこともあって、この変化の意味は小さくないです。選挙権拡大については、自民党内で慎重論も強かったようですが、安倍さんは若年層からの得票に自信があって、積極的に推したという話です。安倍政権は、若年層からの支持を得るため、主体的に努力もしていました。

古賀 努力というのはSNSの活用でしょうか?

境家 そうした細かい宣伝活動もそうですが、若年層の就職率を上げたという実績や幼児教育無償化などの政策を打ち出した点ですね。例えば、2019年参院選の自民党の選挙公約集を見ると、「若者の就職内定率:過去最高水準」と、政権の実績のトップに掲げられています。

古賀 若い人たちは「共産党は保守政党で、自民党は革新政党だ」と思っているのではないかとも言われたりしますよね。

境家 「革新」という言葉自体が、メディアでも世間でも、55年体制期と同じようには使われていません。

古賀 確かに死語になりましたね。

境家 いまの若年層の多くは、「革新」という言葉を単に「新しくする」、すなわち「改革」と同じように理解します。ですから若年層は主要政党の中で、改革志向の強い維新を最も「革新」的と理解しているという、おもしろい研究があります。

古賀 60年代から70年代にできた日本の社会経済システムを左のほうがむしろ守ろうとしていて、自民はそれを改革しようとしているイメージで若い世代は捉えているのかもしれませんね。

 

日本の有権者は自助志向が強い

古賀 ちょうど維新の話題が出てきたので、今回躍進した背景について少し考えてみたいと思います。維新がデビューした2012年の総選挙のときに私はたまたま大阪勤務だったのものですから橋下徹フィーバーを見ていましたが、話を聞いていてとても不思議な感じがしました。体系立った政策があるわけではないのに、橋下さんのパフォーマンスが大阪の人たちを引きつけた。大阪には元々「おもろければいい」「お笑い100万票」みたいな風土があります。それから反東京の感覚が広く共有されていますから、自民は東京の政党だと思われて忌避政党となる傾向があることを感じました。
 今回の選挙で維新の比例票は、全国的な広がりを見せています。特に東京や神奈川では、公明党や共産党を上回る票を取っているんですよね。ここはちょっと驚きでした。単に大阪や関西を中心にしたローカル旋風でのし上がっているわけではなくて、全国政党になりつつあります。

境家 私も、維新が今回ここまで増えるとは思っていませんでした。認知度を全国的に高めてきている印象があります。10年ぐらい活動を続けてきた結果、有権者の意識の中で、「いっぱしの政党」というイメージが定着してきたのではないでしょうか。それにコロナ問題で、吉村洋文知事の露出が東京でも増えました。橋下徹さんが退いた後の全国的な顔をきちんとつくれている。

古賀 大阪では小選挙区も全勝です。

境家 大阪では政権を持っていますから与党です。地元支持者からは、実務能力でも評価されているのだと思います。大阪以外の地域では、行政のムダの削減、しがらみに囚われない政治を行う、といった彼らの主張がアピールしたのかもしれません。

古賀 維新はどちらかと言えば、行政の経費について「これはムダ、あれもムダだ」と言い募ることで、一般庶民のルサンチマン感情に訴えて票にしているところがずっとありました。今はコロナ禍によって保健所などの公共部門の貧弱さが明らかになり、むしろ公的セクターへの支出を増やすべきではないかとも思えます。なのに、行政のムダを省くことを主張している維新が伸びているのはよくわかりませんね。イメージだけで伸びたような感じがしています。

境家 私は、日本の有権者の気質として、基本的に自助志向が強いのだと思っています。公助・共助といった主張はあまり受けない。逆に言うと、政府というものを信頼していないわけです。政府に税金を集めてもロクなことはしない。自分たちには還元されない。ただ一方的に毟られるというイメージを抱いている人が多いと感じます。日本人の政府に対する信頼感が特に低いという点は、国際比較調査から実証的に確かめられていることです。
 さらに言えば、日本の有権者は、政府を自分たちでつくり上げるものだともあまり思っていない。「支配層」は自分たちの外部に存在していて、これがお金を毟りにくる。こういう社会意識の下では、できるだけ税金を安くしてくれそうな政治勢力が支持を得やすい。共産党も、左翼政党であるにも関わらず、税金を安くしてくれそうな政党というイメージによって集めている票があると思われます。

古賀 維新が41議席、国民民主党が3つ増やして11議席になりました。彼らは立憲民主の主導する国会運営と距離を置くことを明確にしていますから、野党ブロックが立憲・共産グループと維新・国民グループの二つに割れたイメージがあります。立憲民主の泉代表の路線にも依りますが、私は今のこの状況を参議院選挙までに整理するのは難しいと見ています

境家 理由はどのあたりにありますか?

古賀 立憲民主が共産党との連携路線を捨てられないようであれば、そこで自動的に維新と国民の立ち位置も決まってしまいますからね。

境家 代表が変わっても、共産党との関係はそんなに変わらないだろうと。

 

安倍政権時代より憲法改正議論は進展する?

古賀 野党ブロックが割れることで、影響が大きいのはやはり憲法改正議論だと思います。国民民主党の玉木雄一郎代表が「憲法審査会を精力的に開きたい」と言っていました。憲法改正議論は臨時国会に関する53条から入ることも考えているようです。
 53条は、「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」と定めています。自民党の改憲草案でも、野党が臨時国会の召集を要求したら20日以内に開くという条文になっていますから、「そこから始めるのがいい」と言っていました。
 維新と国民民主が憲法改正議論に積極的になるのであれば、むしろ安倍政権の時代よりも憲法改正議論が進むのではないかとも思えます。

境家 私もそういう雰囲気を感じますね。国民民主は憲法問題でどちらにつくのか日和見的でしたが、もう吹っ切れましたよね。立憲民主、共産グループとは距離を置いたほうがかえって受けがいいと味をしめた。
 今ご指摘いただいたように、立憲民主が共産党と離れないのであれば、野党陣営は2ブロック化が進むでしょう。維新と国民民主の政策的な共通項は何かと言われたら一つは憲法問題ですから、それを推してくるのは自然なことです。自民はもちろん、それを拒否する理由はない。

古賀 安倍さんの押しつけ的な憲法改正議論は、復古的なムードを醸し出すところがありました。そこに拒否感を示す層は多かったわけですが、岸田さんにはあまりそういうイメージがありません。国民から見て憲法議論が合理的に進んでいると感じられるのであれば、割と地道に進むかもしれません。来年夏の参院選でいきなり国民投票ということはあり得ませんが、岸田政権のうちに改正案がまとまっても不思議ではない。

境家 自民からすれば、憲法改正は野党のほうから提案して欲しいでしょうね。自分から言い出すと、何か悪企みしていると警戒されてしまう。その意味で、国民・維新ブロックの存在はありがたいはずです。また、岸田さんからすれば、右派議員の支持を得て党内基盤を固めるためも、憲法問題に取り組んでいる姿勢を示したいところがあるでしょう。
 ところで、岸田さん個人は、どういうイデオロギー的立場なのでしょうか?

古賀 岸田さんは党内ではハト派とされる宏池会に対するこだわりがすごく強いのですが、本人は割と真ん中より右志向の人だと思います。「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議員連盟」に一旦入ったことで、完全なリベラルだと受け止めている人もいるでしょうが、憲法や天皇制などについては安倍さんとそんなに意見が違わないような話を聞きますね。

境家 ご本人としても憲法議論が進むに越したことはないと考えていると。

古賀 そう思いますね。もちろん、それをやっている感を出さないと岩盤保守の人たちが振り向いてくれない。

境家 そうすると、憲法論議が進む中で、岸田政権はむしろ安定性を高めるということになるのですかね。

古賀 今回の政権は、1960年の岸信介から池田勇人へのギアチェンジになぞらえる見方がよくなされていますが、私は池田勇人自身もそんなにハト派だったわけではないと思っています。岸政治を否定するためにあえて、経済を重視するスローガンを掲げて自分のほうに支持を引き付けた側面が相当あったのだと思います。
 岸田さんはそこまで戦略的に考えているわけではないでしょうが、一部の人が言っているように安倍さんあるいは3A(安倍、麻生、甘利)の傀儡政権だと見るのは実態とは相当違っているように私は思います。やはり総理になれば、それなりの力を持つ。安倍さんのパワーをうまく利用しながら、自分の政権を進めたいという志向ではないか。
 ですから、岸田さんは60年の総理の交代とはまたちょっと違うかたちで党内基盤を築いていくのではないかと私は考えています。

 

首相のリーダーシップは属人的な能力で決まるのか

境家 その点に関連して、ぜひお伺いしたいことがあります。私は、菅政権が誕生した時期に『公研』に寄せたコラムで、この政権は「長続きするのではないか」と書き、見事に予測を外しました。なぜ長続きすると考えたのかと言えば、端的に言えば、長続きした安倍政権のときと制度的条件が同じだからです。安倍政権の時代は「一強」と言われるくらいに自民党内を強くグリップできていました。
 政治学の通説的な見解で言えば、首相や党執行部のリーダーシップ強化は、平成の政治改革の賜物と見ることができます。制度的な変化はないわけですから、菅政権も強力な体制を築くのかなと思えたんですね。ところが、コロナの問題があったにせよ、政権運営は安定しなかった。
 そうすると、首相のリーダーシップの強さというのは、制度というより、結局のところ属人的な能力によって決まる部分が大きいということになるのでしょうか。菅政権が「一強」的ではなく弱体だったのだとすると、安倍政権との違いはどういうところにあったのでしょうか。

古賀 これにお答えすると、かなり生臭い政局分析になりますね(笑)。安倍政権があれだけのレジリエンス(強靭さ)を発揮できた理由は、二つあると考えています。一つはやはり、90年代に行われた政治制度改革の賜物だと思います。選挙での公認権や政党助成金の配分で、党のトップが明らかに物理的な力を発揮できる環境が整いました。同時に総理官邸の機能強化によって、内閣官房と内閣府に官僚をたくさん抱えて首相がリーダーシップを発揮しやすくなりました。
 もう一つの要素として、安倍さんはやはり選挙にとても強かった。あれだけいろいろなスキャンダルがあっても、国政選挙で6連勝しましたからね。誰もそこには文句を言えないわけです。
 菅さんは自分の派閥がありませんから、党内基盤に弱みがあった。どうしても二階さんに党側のグリップを頼まなければならなかった。
 それから、菅さん本人に総理としての資質に欠ける面があったことは否めなかったと思いますね。コロナ問題の対応で説明能力の乏しさがはっきりしましたから、「総理の器ではない」という意見は党内でかなり広く共有されるようになっていたと思います。そのあたりがあっけなく自壊した理由ではないだろうかと見ています。
 特に横浜市長選挙での対応は良くなかった。コロナの感染者数がピークだったにもかかわらず、菅さんは横浜のことで頭がいっぱいでした。官房副長官の坂井学さんを横浜での選挙応援のビラ配りにまで引っ張り出していましたが、政権の要である官房副長官が罹患したらどうしたんでしょうか。このあたりは首相としてのバランス感覚を疑わせる行動です。結果的には横浜しか自分の政治基盤を確認できないぐらいに足元が弱かったことを露呈することになった。

境家 安倍政権が退陣した後は、「自民党の派閥政治が復活した」といった報道が増えましたが、実態はどうでしょうか。

古賀 私が政界を持ち始めたのは90年代半ばですが、その頃と比べると派閥機能の低下は歴然としています。もちろん400人近い議員がいる政党ですから、党内の連絡機構としての派閥の効能はそれなりにはあるのだと思いますが、かなり緩やかになったと私は思います。総裁選挙は最終的に決選投票の場面ではある程度は派閥による縛りが出てきましたが、それ以前はかなり流動化していました。
 派閥の親分が「右向け右」と指令を出すことはできず、麻生派も細田派も自主投票でした。最大派閥の細田派にしても、親安倍の右系統の人と、それをあまりよしとしない人たちに割れていました。安倍さんが派閥の長に復帰したからと言って、「一致団結、箱弁当」のような状況になるわけではない。

境家 90年代、ましてや55年体制期と比べれば、今の派閥はかなり緩い存在だということですね。

古賀 幹部議員は、それなりに派閥にお金を供出しなければならないので、それは結構きついらしいですけどね。けれども昔のように、親分が企業からお金を集めて、それをみんなに配るようなことはしていません。派閥の長も派閥内民主主義に気を配らないと、結束力は保てないと思います。

境家 そうすると、要は簡単な話で、選挙に勝ちさえできれば、岸田総裁は生き残れると。

古賀 一番はそこでしょうね

境家 来年の参院選を無難に乗り切れば、長期政権になるかもしれない。

古賀 岸田派は党内第5番目の派閥ですが、今は安倍派にも麻生派にも明確な総理候補がいるわけではないので、当面は自分たちの利益、政策を実現するためにも岸田政権を支えるしか選択肢はないと思いますね。
 自民党の現状を見ると、安倍さん的な国粋主義傾向の人から石破さん的なリベラルに近い人まで幅広く同居しています。だからと言って分裂はしない。この政党文化を立憲民主は見習って欲しいと思いますね。

 

改憲が争点になると野党はまとまりにくくなる

境家 与党議員は政権にいること自体に実利がありますから、よほどのことがない限り、非主流派でも離党までは考えない。野党議員はその面で失うものはないから、特定の党に留まる理由が小さいわけです。
 それに、反体制側の勢力は、原理的にも一枚岩になりにくい。体制側勢力は「現状」を維持しようとしますが、「現状」は一つしかありません。ところが「現状」を変えたいというときは、「変える」ということでは一致できても、何をどう変えるかという方向性はいくつも考えられるわけです。その方向性をめぐって野党陣営が分裂するのはある意味当然で、それを糾合することはなかなか難しい。少なくとも野党陣営内部で合意し得ないような争点が顕在化している時期には、まとまりようがない。
 90年代から小泉政治の頃までは、政治の争点は「改革」にありました。「旧来型の政治を改革すべきだ」という点については、当時の政界でほぼ合意があった。この一点をめぐっては野党もまとまり得たのです。それで大きくなったのが民主党だったのだと思います。

古賀 なるほど。

境家 ところが、小泉改革と民主党政権の実現によって、「改革の時代」が一段落すると、非自民勢力の中で遠心力が強まります。私は、近年の日本政治は「再イデオロギー化」していると言っていますが、外交安保や憲法といったイデオロギー的争点が重要性を増すようになってきています。集団的自衛権や憲法改正の議論は、非自民勢力がまとまり得る争点ではありませんから、これらが活性化するにつれ、旧民主党勢力の間で亀裂が目立ってくる。そうして希望の党の騒動に辿り着くわけです。
 安倍さんには、憲法を改正したいという個人的な想いがもちろん強かったのだと思いますが、憲法改正を時代の争点にすることによって、野党間の亀裂を深めるという副次的な意図も含んでいたように思います。

古賀 私もご指摘通りだと思っています。憲法問題が争点になると、野党は途端にまとまりにくくなる。
 自民にとって憲法問題は常にある種やってる感を出さないと、岩盤保守からの支持を調達しにくいところがありますからとにかく言い続けた。「東京オリンピックの年に新憲法を制定する」と安倍さんが言っていたときは、右派の期待は高まりましたが、次第に実現する見通しは薄くなっていきました。ただ、実現しなかったからと言って別に責任を取っているわけでも何でもない。
 やはりあれを言い続けること自体が大事なのでしょうね。憲法と靖国は安倍さんにとっては、支持を得るための道具のような面がありました。
 野党の側からすれば、自民党的な憲法の利用の仕方を逆手にとる戦術だってあるはずなんです。反対一点張りの護憲的な立場に立つのではなくて、むしろ自民が嫌がる、乗りにくい争点を憲法上で出していく戦術もあるのではないかと思うんです。先ほどの53条の改正などはそうした側面があります。

 

自分たちで憲法をつくり上げる体験をしてみるのは悪くない

境家 自民が嫌がるかどうかはわかりませんが、野党にとっては9条改正のようなイデオロギー色の強い論点と違って、まとまりがつくりやすいですね。

古賀 後から振り返ると、今回の総選挙が憲法改正への出発点だったということになるかもしれません。

境家 先ほど池田勇人と岸田さんを並べる話がありましたが、ここは違うところですね。

古賀 池田は改憲を棚上げにしましたからね。茂木敏充幹事長は、「緊急事態条項から論議を始めたい」とアドバルーンをあげました。日本にはロックダウンの法制度がなく、この話はずっと生煮えのままきていましたから、おもしろい視点ではあります。ロックダウンをやるために憲法改正が必要かどうか、まずはそこが論点になります。これだけ危機的な状況を国民全員が共通体験したわけですから、議論しやすい条件ではあります。

境家 緊急事態条項の議論をしておくべきというのは、筋論としてはわかります。けれども伝統的な護憲派リベラル層がかなり警戒する論点でしょうから、政治的には難しいのではないでしょうか。

古賀 そうでしょうね。当然そうだと思います。「ヒトラーを生みかねない」などと言いそうです。
 今度の総選挙で引退しましたが菅野(山尾)志桜里さんは、国家が危機を乗り越えるのに必要な制度について、憲法上の議論を避けて規定しようとするのは法理論としておかしい、といった主張をされていました。
 自衛隊へのシビリアンコントロールを強くするには、むしろ憲法上の問題から入っていったほうが議論としては筋が通りそうな感じもします。ロックダウンにしても、すぐに「政府にオールマイティカードを与えることの弊害」といった議論になります。しかしそこは、一回は考えてみる意義はあると思います。

境家 私などは、しばしば否定的に語られる、「お試し改憲」でも1回やってみたらいいと思っているほうです。それこそ「てにをは」を変えるぐらいのことでも、国民投票を一回やってみる。自分たちで憲法をつくるというプロセスを一度体験してみるのは悪くないと思うのです。

古賀 日本人は、自らが憲法制定権力になった経験がありませんからね。明治憲法は、伊藤博文を始めとした藩閥の政治家が作成して、天皇から国民へのプレゼントという形式でした。今の憲法も事実上、GHQの強い影響下で誕生しています
 もし「てにをは」を変える程度の憲法改正でも国民投票をやれば、国民は自分たちが憲法の主体になったと自覚しますかね?

境家 「てにをは」を変えるだけというのはもちろん極端な話ですが、実質的に内容を変えないとしても、憲法を自主的に選び採ることの意義はあると思います。日本人は、政治や社会の仕組みを自分たちがつくっている、あるいはつくり得るものと思っていない。

古賀 そうなんです。客体ですね。

境家 そのことと、自らが憲法制定権力になった経験がないことは関係しているように思います。自分たちの手でより良い政治や社会をつくり上げようという感覚。それを得るためにも、憲法改正の「練習」をしてもいいのではないですか。「税金の無駄遣い」という指摘は必ず出てくるでしょうが……

(終)

 

古賀 攻・毎日新聞 専門編集委員
こが こう:1958年生まれ。明治大学政経学部卒業後、83年に毎日新聞入社。政治部で村山、橋本、小渕、森、小泉の各内閣を担当する。政治部長、編集編成局次長、論説委員長などを経て2019年から現職。毎週水曜の朝刊で「水説」執筆中。共著に『完全ドキュメント民主党政権』。
境家史郎・東京大学大学院法学政治学研究科教授
さかいや しろう:1978年生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科修士課程修了。カリフォルニア大学バークレー校修士号(政治学)取得。博士(法学)。日本政治論、政治過程論を専攻。東京大学社会科学研究所准教授、首都大学東京都市教養学部准教授、同大教授、東京大学大学院法学政治学研究科准教授などを経て現職。著書に『憲法と世論』、共著に『政治参加論』など。
おすすめの記事