『公研』2020年10月号「issues of the day」

境家史郎・東京大学准教授 ※肩書きは掲載当時。

レジリエンスの背景

 歴代最長政権となった安倍晋三内閣は、政治学者に多くのパズルを残した。その一つは、この7年余りの間、なぜ内閣支持率が何度も上昇したのかというものである。集団的自衛権問題、森友学園問題などで低下し、危険水域に入るかと思われた支持率は、その都度ほとぼりが冷めると回復し、与党は国政選挙で圧勝を続けている。8月28日の辞職表明後も安倍内閣支持率は各社の調査で大幅に上昇したが、これは古今例のない現象で、例がないからこそ安倍政権は憲政史上最長となり得たのである。流行りの言葉を使えば、安倍内閣はレジリエンス(復元力)の高い政権であった。

 有権者の政治意識・行動の研究者である筆者は、この現象の説明を求められている。しかし、このパズルは難解である。重要なのは、安倍内閣支持率の復元力が、この政権(ないし安倍首相)固有の特性に基づくものだったのか、あるいはより構造的、状況的な要因があったのかという点である。構造的な要因があったとすると、菅義偉内閣──高支持率でスタートした──の人気も耐久性を持つ、すなわち長期政権化する可能性が高いと言えよう。

 安倍内閣に対する支持率が(短期的な低下局面はあったにせよ)長期安定していた構造的な理由として、まず思いつくのは「野党が信頼されていないから」というものである。筆者は毎年、自分のゼミ生(若年層は政権支持率が特に高かったとされる)に安倍政権長期化の要因について聞くことにしているが、「民主党政権がダメだったからだろう」との答えが常に多い。実際、短命に終わった第一次安倍内閣の頃は、多くの有権者が民主党を、自民党を代替し得る政党として評価し、期待感を持っていた。

 しかし少し考えてみると、有権者にとって野党を信頼しない(つまり、自民党政権の継続を望む)ことと、現自民党総裁を支持することは同じでないという点に気づく。例えば55年体制の後期、大方の有権者は社会党など野党に政権担当能力があると認めていなかったが、竹下登内閣や宮澤喜一内閣に対する支持率は短期間に急落し、回復することなく退陣ないし解散総選挙に追い込まれている(在任69日の宇野宗佑内閣もあった)。野党と現自民党政権が「同時に」嫌われることは、かつて当たり前にあったのである。

ポスト安倍政権の長期化も?

 こうしてみると、野党への強い不信感の存在は、自民党内閣の支持率が長期安定することの十分条件ではない。では55年体制期と今日とで何が違うのか。結論を先に書けば、筆者は、自民党という組織の(実態の変化に伴った)イメージの変化が大きいのではないかとみている。

 55年体制期、現内閣を支持しないことは自民党政権を望まないことをまったく意味しなかった。当時の自民党は組織としてバラバラで、つぎの総理を狙う有力議員が党内に常に複数存在し、一枚岩的イメージはまったくなかった。多くの有権者は、現内閣への支持を止めるとき、他の派閥領袖への政権移譲を期待したのであり、自民党全体として責任を取らせる、すなわち野党に政権を譲ることを求めたのではなかった(1980年代、大方の有権者が政権交代を望んでいなかったことは統計的に確かめられている)。そもそも、自民党は一枚岩どころか派閥連合体に過ぎないと見られていて、「党として一体的に責任を取る」という発想自体が、政治家の間でも有権者の間でも、一般的でなかったのである。別の言い方をすれば、現職のリーダー(総理総裁)に対するイメージと政党そのものに対するイメージは、かなりの程度切り離されて理解されていた。

 翻って今日はどうか。1990年代に小選挙区比例代表並立制の導入など政治改革が進んだ結果、自民党では執行部のリーダーシップが強まったとされる。派閥の力は弱まり、安倍総裁は「一強」と呼ばれるライバル不在の状況を手にした。自民党議員の政策選好は、総裁のめざす方向で均質化していった。こうした党組織の変化は、有権者にも確実に感知されている。すなわち今日では、政党とそのリーダーのイメージが以前に比べ一体化している。かくして有権者にとり、現内閣(現総理総裁)への不支持を表明し続けることは自民党政権そのものの拒否を意味するようになった。それは、野党に政権担当能力を認めない大方の有権者にとって、心理的にハードルの高い選択であろう。

 要するに、安倍内閣支持の長期持続は、「55年体制的な野党イメージ」と「ポスト55年体制期的な自民党イメージ」という二つの条件が組み合わさった結果ではないか。野党への期待感が低く、自民党組織の凝集性が高いという条件がそろったことは、第二次安倍政権誕生までなかった。そして今後も短期的には変わりそうにない。とすると、ポスト安倍政権もやはり支持率が簡単に低下しない、つまり長期化の目が大いにあることになる。仮説の検証の意味も兼ねて、世論の動きを注視していきたい。

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