『公研』2021年4月号「めいん・すとりいと」

池内 恵

 今年は日本にとって、2011年の東日本大震災から10年の節目の年である。中東に関わって生活している人間にとっては、2011年の「アラブの春」から10年が経過した節目の年ということになる。

 「アラブの春」が呼び覚ました中東地域の変動は切れ目なく続き、気づけば10年の時が経っていた。昼夜を分たずに中東情勢を見続ける生活の中で、振り返る余裕はほとんどなかった。しかし、自らが着実に歳をとったことは感じる。どこか玉手箱を開けた浦島太郎のような感慨がある。

 団塊の世代やその上の世代が分厚く社会の中枢に居続けた日本の21世紀初頭の20年において、私のような1973年生まれを人口のピークとする「団塊ジュニア」の世代は、継続的に「若手」扱いをされてきた。30代後半から40代になってもなお「新進気鋭」と呼ばれることが通常であった。ところが、最近、上の世代が退出していくのを知らされる機会が頻繁になった。物心ついてからの大半の時間を「失われた30年」の中で過ごし、「氷河期世代」の最前線にいた団塊ジュニア世代が、社会の舵取りを担う指導層の役割を突然に、準備なく負わされようとしている。

 数年前に、若い頃から注目されリーダーシップを取り、政治・行政的な要職も歴任された先生に、とある会合でのご講演をお願いした。その際に、空いた時間に茶飲み話をする得難い時間をいただいたのだが、その先生は私の顔を見ると、いつものように快活に仰った。「池内君、気をつけなよ。何十年もずっと『若いね、若いね』と言われ続けていると、突然、上に誰もいなくなって、最年長になるんだ。気づくと崖があってね、先頭に立っているんだよ」──

 私自身は、「要職」と言えるような大きなものは経験したことがなく、今後も経験しない気がするが、2001年の9・11事件を契機に、若いうちに公の場で発言する機会を得て、かなり長い期間をその場の「若い人」として扱われる職業人生を送ってきた。こういった事情を、その先生は見ておられたのだろうか。この「若い人」が、ややくたびれてきている様子でもあり、だからこそ、向いていようがいなかろうが、「上がいなくなった」ことをもっぱらの理由として、それなりに責任を伴う役割を負わされることになるかもしれない、と見通して、心構えをご忠告いただいたのかもしれない。

 なぜこのような個人史を書き連ねたかというと、今年は「アラブの春」から10年であるだけでなく、2001年の「9・11事件から20年」であり、さらに「1991年の湾岸戦争から30年」でもあることを記すためにである。9・11事件は米国をグローバルな「対テロ戦争」に踏み切らせ、中東とイスラーム主義勢力への対処を主要な課題とする国際政治の構図を定着させた。過去20年は中東のイスラーム主義勢力を主要な問題や脅威として国際政治が動いてきた「対テロ戦争の時代」であった。この構図はさらに遡れば、1991年の湾岸戦争で、冷戦終結後の米中心の国際秩序への挑戦者が存在する場所として中東が現れたところに既に現れていた。過去30年は、中東・イスラーム世界を国際秩序の主要な撹乱勢力の発信源・拠点として、回ってきた時代であったと言える。

 この時代は、米中対立が国際政治の主要な課題として全面的に展開していくことで、ついに終わりになるのかもしれない。私は中東という、日本にとって見慣れない世界をめぐって展開する国際政治の現在とその先を見通す「ヴィジョナリー」たらんとして職業人生を過ごしてきたのだが、今後は「中東をめぐって国際政治が回っていた過去の時代」を最初から見届けてきた「ヒストリアン」に転じることになるのだろうかと予感し、細々と準備をしているところである。 東京大学教授

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