イルカ軍事転用はうまくいく?

──今年の5月に、ホルムズ海峡におけるイランによる機雷設置を見込んだアメリカ海軍が、軍用イルカの投入を検討しているとのニュースが報じられました。軍事利用の方向性としては主に二つあります。一つは特攻兵器としての利用です。これはイルカに爆弾装置を括りつけ、「カミカゼイルカ」として敵機に自爆特攻をさせるというものです。こうした事業の実現可能性はどの程度あるとお考えですか。

森阪 前提として、訓練が可能なイルカの種類は限られています。中でも最も有名なのが、水族館のイルカショーでもお馴染みのハンドウイルカです。それからシロイルカ(ベルーガ)も訓練がしやすいと言われています。とはいえ訓練は決して簡単なことではありません。ショー用のイルカにしてみても、専門のドルフィントレーナーが長い時間をかけながらじっくり育成していく必要があり、一頭ずつにかかるコストは決して少なくありません。

 中東をめぐる報道がこれだけ錯綜している以上、イルカの自爆特攻という話がどこまで信憑性のあるものかはわかりません。しかしコスト的な観点から考えれば非常に効率が悪い。特攻用に頭数を揃えることすら大変なのに、一頭一頭にそれぞれ特攻のプロセスを訓練させようなどというのは、コスト論的に考えて、実現可能性はほとんどゼロに近いでしょう。ただし、イルカに標的物に近づくよう訓練し、標的に近づいたときに爆発物を起動する、という方法であれば「自爆特攻」は実現可能であると思います。

イシイルカ(岩手県大槌沖)

──もう一つは、イルカのエコーロケーション能力を応用した生体ソナーとしての利用です。実際、米海軍やロシア海軍はイルカを訓練することで、要所警護やダイバー救助、機雷探知などを行わせています。

森阪 こちらは前者に比べれば実現性の高い事業だと言えますね。上記のハンドウイルカなどはトレーニングが可能なので、警察犬と同様の知能を有しています。それらのイルカは、警察犬が遺留品の匂いを頼りに対象の行き先を辿るように、ダイバーや機雷の位置を特定できます。ただし犬とは違い、イルカはエコーロケーションの能力を駆使します。視界の悪い場所や、遠く離れた場所の情報まで鋭く察知することができることが、イルカ固有の強みだと言えます。また、かなり高度な訓練を受けたイルカの中には、外洋まで連れて行っても自分の力で所定の場所まで戻ってくるイルカもいます。そうしたイルカが、ダイバー救助や機雷探知においては特に重宝されるのだと思います。

 アメリカやソ連といった大国を中心に、こうしたイルカの生態を軍事にも応用しようという動きは昔からありました。事実、潜水艦などの軍用ソナー技術の発展のため、イルカのエコーロケーション能力の研究が行われていました。現在では、そうした研究の知見が民間にも反映され、魚群探知機などの機能性向上に活かされています。軍事的なマシンや武器といったものが自然界から着想を得ることはよくありますから、イルカのエコーロケーションもその一例だと言えます。

問われるべきは運用側の倫理

──昨今、国内では学問の軍事利用をめぐる議論が紛糾しています。先生もイルカを研究している中で、ご自身の研究内容が軍事利用に結びつく可能性を感じられたことはありますか。

森阪 ありますね。私の研究から、イルカがシャチなどの捕食者に存在を察知されないために、様々なステルス戦略を用いていることが明らかになってきました.細かくはご説明できないのですが、こうしたステルス戦略は、まさに軍事利用になるだろうな、とそのとき思っていました。ステルス型の潜水艦などへの技術応用ですね。あるいは先ほど述べたエコーロケーションの研究も、軍事ソナー開発のような軍事利用に結びついていますよね。

 私の知る限り、国内でイルカ含む鯨類を軍事利用することを考えている人はまだいません。ただアメリカやロシアのような軍事大国では、軍や政府とともに研究をしている鯨類研究者もいるという話を耳にしたことがあります。

──自分の研究が思わぬかたちで軍事利用される可能性を常に念頭に置く必要があるというのが、現代の研究者の皆さんが苦労されている点かもしれませんね。

森阪 私は基本的にイルカそれ自体に視野を限定して研究を進めています。軍事利用されるかどうかという問題は、もっと先の話ではないかなと思います。

 というのも、軍事利用の可能性に囚われすぎてしまうと、最終的には何の研究もできなくなってしまうからです。たとえば先ほど述べたステルス戦略も、潜水艦や魚雷といった軍事方面への利用が考えられる一方で、水中生物のストレスを軽減する船舶の開発といった平和的な利用方法も考えられます。ソナーに関しても、漁師の方々が使う魚群探知機のような利用方法も存在するわけです。それらを「軍事利用の可能性があるから」という理由だけで何もかも自主規制していたら研究は進みません。

 そもそも、あらゆる知見や技術には光の部分と闇の部分が混在しています。結局はそれを運用する側に倫理意識があるかどうかだと思います。先端的な知見や技術が登場したとき、それをどのようなかたちで社会還元していくのか。また運用にあたりどのようなルールを設けるべきなのか。闇の部分をしっかり認識したうえで、光の部分に目を向けている限りは、それほど大変なことにはならないはずだと私は信じています。

聞き手 本誌:岡本滉太

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