『公研』2020年3月号「issues of the day」

宗太郎 

 昨年末より中国の武漢を端緒に拡がっている新型コロナウイルスによる感染症は国境を越え、3月3日現在64カ国で約9万人の感染者、3千人を超える死亡者が出ている。

 2カ月間で疾病そのものも大きく世界に広がったが、同時に注目すべきは情報の拡がりだ。今の社会はその情報の見極めが試されているように思われる。

目を見張る情報発出の早さ

 疾病そのものに関する情報や公的機関からの情報の発出の速さは目を見張るものがあった。昨年1231日に武漢市が27例の肺炎の集積を公表したのち、1月9日には病原体が新種のコロナウイルスであることが確認され、翌10日にはWHOによって 2019-nCoVという暫定的な名称も発表された。

 この前後の動きは非常に速く、ウイルスの検出や情報を確定する技術やシステムが著しく発達した現状を反映しているのみならず、情報社会そのものの発達や公的機関等による情報発出の在り方も大きく進んでいることをまざまざと見せつけるかたちであった。

 新型コロナウイルスの遺伝情報はRNAという核酸に書き込まれているが、これを解読するだけでも18年前のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行の際には数日かかっていたものが現在では1日以内に短縮されるなど、技術の革新は目覚ましいものがある。同時に、情報を共有するプラットフォームも整備されており、解析されたデータは一夜にして全世界に共有された。また、過去の流行への対処の経験を活かし、中国当局やWHOは情報開示を驚くべき速さで行っている。

 このように感染症に関する対策や公衆衛生施策、研究に資する基本的な情報の収集、解析、発出が著しく発達している一方で、一般の人々が発信する情報も素早く、そして大きく広がっている。ここ数年のネット社会での情報拡散の規模の大きさと素早さは著しい。SNSの発達により、あらゆる事象が情報発信、共有、拡散の対象となり、誰もが気軽に情報に触れ、ただの受け手ではなく同時に発信者となる時代となった。

 今回の流行においても多くの情報がSNSを中心に飛び交っているが、デマや陰謀論などの発信元不明、真偽不明な情報の拡散が特に目立っている。WHOはこのような状況を「インフォデミック」──「情報(インフォメーション)」と「流行(パンデミックなどの語尾、ミック)」を合わせた名称で指摘し、「治療、予防、国際的協調の大きな妨げになり得る」として危機感を表明している。

情報の見極めに必要なこと

 新興感染症流行や天災をはじめとする危機において流言飛語はつきもので、東日本大震災の際もデマが駆け巡ったことは記憶に新しい。

 今回も、「ウイルスは中国の生物兵器である」「ウイルスはエイズを引き起こすHIVが組み込まれたものである」「中国での死者は10万人を超えているが、政府は隠蔽している」などといった陰謀論から、「トイレットペーパーが枯渇する」といったオイルショック以来、毎回出回るデマまでが断続的かつ非常に強い拡散力をもって出現している。

 笑い話で済めばよいが、実際に店舗からトイレットペーパーが消えたり、多くのデマで精神的に不調をきたした人が見受けられたりする。これらは主にネット上で作られ、共有され、拡散されたものだが、既存のメディアを通じてさらに拡散されている。

 民放地上波のテレビ放送はその最たるものだ。情報源に当たり、クロスチェックをし、現在の公衆衛生施策をはじめとする真に必要とされる情報を端的・明瞭にわかりやすく提示するという本来の役割を完全に忘れ、陰謀論や政府批判、不安の増幅を煽るような内容、専門家を自称する有資格者など出演者を用いて真偽不明な情報を拡散することを繰り返している。

 ネットの情報は発信元が不明であったりすることから、ある程度のリテラシーがあればその真偽がはっきりとしないことが比較的容易にわかる場合もある。しかし、既存メディアには権威性があり、発信された情報を容易に信じ込む人は多く、これらは不安や行動となって現れる。

 グローバルな危機に際しては、各国の危機管理能力や備えが問われることは論を待たないが、国民一人ひとりの協力と対応も重要である。公的な情報源を確認する、複数の情報源を確認する、無責任に発信者とならない、メディアの権威性を過剰に評価しない──といった情報に相対する基本的な能力、すなわちリテラシーを一人ひとりが学び実践することが大切であろう。

 また、専門知とはどのようなものであり、専門家とはどのような人であるかといった情報の作り出される過程や根拠そのもの、検証の仕方などに目を向けることも非常に重要であろう。

 情報社会が不可逆的に拡がっていくことは論を待たない。情報にあふれた社会の中でいかに生きていくか。「情報の流行」に際し、今一度見つめ直し、学ぶ時がきていると思われる。米国国立衛生研究所博士研究員 

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