骨髄はどこからやってくる?

──骨には骨髄という組織が存在します。骨髄とは何なのでしょうか?

石井 骨髄は人体にとって最重要な組織の一つで、白血球、赤血球、血小板といったあらゆる血液細胞を生み出す造血幹細胞が存在している場所です。骨髄がなくなることは、体の中のありとあらゆる細胞がつくられなくなることを意味します。

 ただ前提として、骨と骨髄はもともとまったく別のものです。骨髄は骨が成形される前から存在しています。母親のお腹の中にいる胎児に骨が成形されるのは、妊娠初期の4~5週目ですが、血液細胞はそれ以前からに存在しています。つまり、骨髄─厳密に言えば、骨髄の中にある造血幹細胞─もまた骨より前に存在しているということです。

 より細かいことを言うと、妊娠4~5週目で卵黄嚢という胎児を包む膜のような構造が発生するのですが、ここが造血幹細胞の最初の棲み家なんですね。それが卵黄嚢の退化とともに肝臓へ遷移し、最終的に骨へ辿り着きます。

──つまり骨髄は肝臓から骨へと「お引越し」したと。これはなぜでしょうか?

石井 その前に、骨の構造についてお話ししておきましょう。

 骨の真ん中には空間が空いています。外部はカチカチだけど、内部には空洞がある。なぜかというと、そのほうが身体の支持構造として強度が高いからです。仮に骨の内部までみっちり骨が詰まっていたら、骨はかえって折れやすくなります。硬さももちろん重要ですが、体にかかる荷重を吸収する柔軟さも非常に重要です。骨に中空構造があるからこそ、よっぽどの衝撃が加わらない限り我々の骨は折れません。それにもし骨が内部まで詰まっていたら、我々の体重は現在の3~4倍になってしまいます。中空構造の存在は、我々の「軽量化」にも一役買っているということです。

 外は硬く、中は空洞となっている骨。これは骨髄からすれば非常に望ましい空間だと言えます。もし骨髄が肝臓の中に住み続けていたら、怪我等で肝臓を損傷した際に、骨髄までダメになってしまいます。骨髄がダメになるということは、血液がつくられなくなるということですから、当然人間は死にます。

 一方、骨は体中の至るところに存在しているので、1本や2本折れたくらいではそこまでの影響はありません。それに外界からのダメージも受けにくい。以上の利点から、骨髄は骨に「お引越し」したのではないかと考えられます。ただ、骨髄が実際に「お引越し」したのかはわかりません。あくまでそういう仮説があるというだけです。

──造血幹細胞は具体的にどんな細胞をつくっているのでしょうか?

石井 あらゆる血液細胞です。体内に侵入した細菌やウイルスから体を守る白血球、体中に酸素を運搬する赤血球、出血を止める血小板など、皆さんでもご存知のあらゆる血液細胞は造血幹細胞から生まれます。もちろん、免疫に関わる細胞もすべて造血幹細胞に由来します。白血球の中には、外から入ってきた異物を食べるマクロファージや、マクロファージから得た情報を基に免疫細胞に指令を出したり異物を排除したりするT細胞、抗体をつくるB細胞のような細胞もいます。

 免疫細胞には100を超える細胞種があるので、すべてを解説することは難しいですが、どれも大事な細胞たちです。ただ共通して言えることは、すべては骨髄からできている、ということです。

──極端な例ですが、もし突然我々の体から骨がなくなってしまったら、単に身体を支える構造を失うだけではなく、血液をつくることができなくなってしまうということですね。

石井 骨が突然なくなる、という仮定はちょっと非現実的ですが、骨髄の中の空間が小さくなる代理石骨病という病気が実際にあります。この病気では、破骨細胞の機能が低下して、骨の中空構造にまで骨が過剰生成されていきます。中空構造が減ることで、骨髄の居場所がなくなります。すると何が起こるか。骨髄が骨の外へ脱出し、肝臓に戻っていきます。そして骨髄は、肝臓で造血をおこなうようになります。これを髄外造血と言います。

 繰り返しますが、骨髄と骨は基本的に関係のないものです。骨髄は骨の中にいいスペースがあるからお邪魔しているだけであって、その場所を使えなくなったらよそへ行く、という感じです。骨がなくなったからといって骨髄がなくなるわけではありません。

 髄外造血という話でいくと、がんでも同じことが起こります。がん細胞が骨の中に入ってしまうことを「骨転移」といいますが、骨は骨髄にとって住みよい場所であるように、がん細胞にとっても住みよい場所です。一度入り込んでしまえば、免疫細胞や抗がん剤といった外界からの影響を受けにくくなる。だからこそがん細胞は骨の中でどんどん増殖していきます。すると棲み家を追われた骨髄は、肝臓や脾臓といった場所へ移っていくことがあります。がん細胞による骨髄の乗っ取りですね。

 がんの骨転移は本当に大変です。骨の内部には免疫も薬も効きづらいですし、仮に当該箇所の骨だけを除去しても、その時点ですでに体中の骨にがんが転移しているパターンが多い。かといって体中の骨をすべて除去するわけにいかないので、困りますね。もちろん抗がん剤が効く場合はありますが、完治は難しいんです。

──がんは再発することでも有名ですが、骨とは何か関係があるのでしょうか?

石井 骨との関係について述べる前に、そもそもそれが本当に再発なのかをしっかり吟味する必要があるでしょう。がんの再発というのは、10年以内に起きる場合がほとんどです。たとえばこれが20年ともなると相当珍しい。20年スパンでの再発が比較的よくみられるのは乳がんくらいのものでしょう。「がんが再発した!」と思いきや、単に人生で二度目のがんに罹っただけというパターンは往々にしてあります。

 では実際に再発だった場合、いったいがん細胞は体のどこに潜んでいたのでしょうか。住環境が優れていて、外部からの影響も受けづらい場所……つまり骨なのではないか、という推論が立つわけです。おそらくがん細胞は、骨髄の奥の隅っこに潜んでいたのではないかと考えられます。これについても医学的に証明されたわけではありませんが、その可能性は高いと思います。骨髄は「細胞の図書館」とも形容される通り、いろいろな情報を記憶しているわけですから、がん細胞のような「悪い記憶」がひょっとしたら残っているかもしれません。

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