「ドイツは日本の戦後のお手本だと思っていた。大統領だったヴァイツゼッカーが、第2次世界大戦後40年に行った『荒野の40年』の演説、『過去に目を閉ざす者は現在に盲目になる』に感銘を受けていた。そのドイツがパレスチナ自治区ガザに対して非道の限りを尽くしているイスラエルに、武器と財政支援をしている。今のドイツで親パレスチナの発言をすると公職を追放され、デモに参加するとパージされる。今までなんてドイツをわかっていなかったのか、なんて馬鹿だったんだろう。ドイツには失望しています」──。

 最近ある席で一緒になった地方大学でドイツ語を教えている女性教師は、こう言って嘆いた。

 最近の国際情勢の激変に伴って、これまで日本に広く見られたドイツ像が大きく崩れつつあるようだ。ドイツ語教師の発言が典型的な例である。

 日本で広く見られたのが、歴史認識、脱原発、難民受け入れなどでドイツを模範として、返す刀で日本を批判する言論である。特に歴史認識問題に関しては、第2次世界大戦の敗戦国だったドイツは格好の比較対象で、ドイツはナチ・ドイツの過去を真摯に悔いて償い、近隣諸国との和解を達成したが、それに対して道徳的に劣る日本人はかつての被害者に対し謝罪も補償も行っていない……といった主張が繰り返されてきた。

 そのドイツが、今や人道や良心を裏切るふるまいをしている──。ドイツを理想視していた人々が、今の事態をどう説明したらいいのか、答えを探しあぐねている。

 ドイツの歴史認識の中心となっているのは、言うまでもなく、ナチ・ドイツによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)への贖罪である。イスラエルに対しても、この「過去の克服」の要請から、1948年の建国以来、財政、軍事支援を通じて支えてきた最大の援助国の一つがドイツ(東西分断時代は西ドイツ)だった。現在、米国に次ぐ2番目の兵器支援国である。

 ドイツ国内では、ナチ犯罪に対する訴追、被害者への補償、反ユダヤ主義に対する監視、検挙を通じて、特に政治、アカデミズム、ジャーナリズムでは反ユダヤ主義をタブーとするいわゆる「記憶文化」が形成されて来た。

 こうしたドイツの特別な姿勢は、ホロコーストは歴史上、他に比較することができない唯一無二の悪であったことを前提に組み立てられた。

「政治的正しさ」の中で
硬直化するドイツ

 1997年に新聞社特派員としてベルリンでの駐在を始めたとき、ほぼ毎日のようにと言っても誇張でないほど、ナチの非道に関連するニュースが流れるのには驚いた。歴史に起因する「政治的正しさ」の束縛は強く、これほど過去に起因する負の重圧が感じられる国は珍しいだろう、と思った。

 イスラエルの生存権に「特別の責任」を持つという考え方も、すでにドイツ外交の中心を占めていた。ちょうど、第2次大戦中のユダヤ人をはじめとする被強制労働者に対する補償問題が高揚している時で、ドイツ人のユダヤ人やイスラエルに対するはれ物に触るような対応は印象に残っている。

 冷戦期の1986~87年、西ドイツで、ドイツに関心がある人の間ではよく知られた「歴史家論争」が、歴史学の大学教授やジャーナリストなどの間でたたかわされた。

 保守派の歴史学者エルンスト・ノルテ氏などが「ホロコーストはソ連のスターリンによる階級敵の大量虐殺に対する反作用、ないしは歪んだコピー」という表現で、ナチ・ドイツのユダヤ人虐殺と、ソ連による資本家や富農階級の粛清との間の関連性を指摘したのに対して、リベラル派の社会学者ユルゲン・ハーバーマス氏らが「ホロコーストは唯一無二の歴史的出来事であり、スターリニズムと比較することは、ナチズムを無害化する修正主義である」などと批判する論陣を張ったのである。

 ホロコーストが、いかにしても正当化できない悪であることは自明だが、もし歴史事象の比較など学問的な試みさえ許されないのだとしたら、それはあまりに硬直化した姿勢である。ただ、日本の、特にアカデミズムでの一般的な評価は、ハーバーマス陣営が論争に勝利したとされているようだ。

 確かに「ホロコーストを繰り返さない」という規範を一層強化することに貢献した、とすれば、その点では「勝利」だっただろう。しかし、それはドイツ国内の政治や言論の状況が、異論を許さない、一層硬直化していくプロセスでもあった。

歴史家論争2・0

 2020年前後から、今度はホロコーストを、主に西欧列強によるアフリカを中心とした植民地主義での地元民の大量虐殺(ジェノサイド)と関連付ける議論が盛んになった。再度、ホロコーストが唯一無二の歴史事象かどうかをめぐり「歴史家論争2・0」とでもいうべき議論が戦わされている。グローバルな視野の拡大が背景にあるが、ホロコーストを人類史上繰り返されてきたジェノサイドの一つとして相対化する視点が生まれ、植民地支配での迫害がユダヤ人虐殺のモデルになった、などとの見方も生まれた。

 タブーへの挑戦が、「歴史家論争1・0」の時は、右派、保守派が担い手だったのとは反対に、「2・0」では左派、リベラル派知識人の中から生まれた。大きく言えば「1・0」でナチ犯罪の無害化に反対したのと同じ系譜に属する人々が、今回は「反ユダヤ主義」と批判されているのは皮肉だが、「右」が、ホロコーストを特別視することなく共産主義を指弾したかったのと同様に、「左」は植民地主義を扱いたいのだろう。

 しかし、すでに、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)、社会民主党(SPD)などの既成政党やアカデミズムの主流は、ホロコーストを植民地支配と関連付ける議論は、「反ユダヤ主義」を支えるイデオロギーと見なしている。

 ドイツ下院は2019年、イスラエルのパレスチナ政策に抗議してイスラエル製品のボイコットなどを呼び掛ける運動に対し、「反ユダヤ主義と戦う」として反対する決議を採択した。ドイツの代表的な芸術祭は2020年、植民地主義研究の国際的な学者の招待を取り消した。

 2023年10月7日の、イスラム組織ハマスによる大規模テロ以降、イスラエルによる対ガザ攻撃が激化するにつれて、反イスラエル・親パレスチナの運動が高揚した際も、この運動は反ユダヤ主義とは別、との主張に対し、ドイツ政府は「イスラエル政府と世界のユダヤ人が同列に置かれているのが現実」(ドイツユダヤ人中央評議会のヨーゼフ・シュスター議長)との認識で、取り締まりを強化した。

国内に渦巻きはじめる不満

 ドイツの規範はますます硬直化しているようだ。ただ、新たな状況への対応を余儀なくされている側面もある。

 第一にドイツが戦後形成してきた規範を共有しないどころか、アラブ系を中心に真っ向から敵対する移民系住民が増加し、少数派となったドイツ在住ユダヤ人が恐怖心を抱くに至っている。ユダヤ人という少数派を守る今日的な意味はむしろ強まっている。

 ドイツメディアは、ハマスによる大規模テロ以降の特色として、左翼の反ユダヤ主義の増大を指摘している。もともと親和性のあった左翼運動と親パレスチナ運動が結束を強めており、ドイツ各地の反イスラエルデモには、移民系の人々も参加していた。

 第二に、「政治的正しさ」に疑義を呈し、「本音」を語ることをためらわない言論が、SNSを中心に広がっている現状がある。

 規範が強ければ強いだけ、それに対する反発は潜在化し鬱屈する。早くからドイツ人の中にも少数ながら違和感を公言する知識人もいた。

 1998年、現代ドイツ文学を代表する作家であるマルティン・ヴァルザー氏(1927~2023年)が講演で、「アウシュヴィッツ(に象徴されるホロコースト)は日常化された脅しになったり…… 道徳のこん棒や義務の単なる履行となるにはふさわしくない。そうした儀式化から生まれるのは、口先だけの祈りに過ぎない」などと語り、記憶文化が真の贖罪意識を欠いた形式に堕していることに警鐘を鳴らした。

 これに対しては、ドイツユダヤ人中央評議会議長だったイグナーツ・ブービス氏(1927~1999年)が「ヴァルザー氏の講演は、意識下の反ユダヤ主義から免れていない」などと強く反発し論争に発展した。歴史認識問題でドイツ人の意識に隠れる本音の一部と、ユダヤ人が持つ反ユダヤ主義に対する拭い難い警戒心が正面からぶつかったのである。

 私もドイツで、「なぜいつまでもドイツ人だけが悪者にされねばならないのか」といった憤懣を口にする保守的な市井の人としばしば出会った。加害者としての歴史のみが流布し、自国の歴史を肯定的に語ることが許されない現状への不満は伏在していた。

 こうしたドイツ人の「声なき声」は、ドイツでも日本でも、主要メディアの報道やアカデミズムの世界ではめったに取り上げられないが、この心情が国民意識の中にいかに広く存在しているかは、その受け皿でもある右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率が、今や3割近くに達することにも現れている。

 AfDの主流のイデオロギーは、今や反ユダヤ主義よりも反移民、特に反イスラムに移行している。とはいえ、右からの反ユダヤ主義の拡大にも警戒を緩めるわけにはいかない。

問い直される日本のドイツ理解

 第三に、中東における紛争で、民主主義VS権威主義という価値や体制の対立の側面が強まっている。米国、イスラエルとも今の政治指導者に問題はあるが、国家体制は自由と民主主義の価値を基盤にしている。これに対してイランはイスラム法学者による権威主義体制で、多元性への抑圧が顕著な中国、ロシア、イラン、北朝鮮の間の依存関係は深まっている。イランはイスラエルの殲滅を唱えており、国土狭隘なイスラエルがイランの核開発に敏感に反応するのも、安全保障上の要請から理解できる。イスラエルへの支持は、中東における自由や民主主義の防衛という側面も持つ。

 冒頭のドイツ語教師の発言に戻れば、日本人のドイツ評価が大きく変容しているのだとすれば、原因はドイツ側よりも、日本の異文化理解のあり方に多くを帰することができそうである。

 ドイツの現状はここで述べたように、様々な潮流が絡み合い、複雑である。ただ、評価が180度逆転するほどドイツ自身が激変したわけではない。ドイツは大きくは自国にとって最適な生き方を模索し、歩んできたにすぎない。

 極端な好意は、それが裏切られたと感じるときに極端な嫌悪へと逆転することがあるが、日本のドイツ理解は、そもそも都合の良い(悪い)一面だけを取り出して一喜一憂して来たのに過ぎないのではないか。

 さらに、ホロコーストは唯一無二であるという規範を、日本的な平和主義の文脈で理解しては間違えてしまう。

 ドイツはコソボ紛争で、「アウシュビッツを繰り返さない」という考え方を元に1999年、セルビアに対する人道介入(空爆)に参加した。ドイツが歴史的教訓として獲得した規範は、時にはそれと反する価値観を持つ人や集団を武力によって排除することもいとわない厳しさを内包している。価値の実現より、不正の存在を甘受しても、ともあれ、諍いのない状況を実現するという日本的な考え方とは異質なものである。

 異文化理解は、相手の国の価値や論理を内在的に理解する努力から始め、自国の常識を相対化し、自己認識を深めることで終わるべきだろう。

ジャーナリスト

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