毎年、6月号には通常国会を振り返る原稿を書いてきた。しかし、今年はそうはいかないようだ。会期はなお一カ月あり、いまだその総括をできる段階にはない。異例の解散総選挙の余波は、一研究者のルーティーンにも変革を迫ってくる。

 それにもかかわらず、国会運営が大過なく進んでいることには驚嘆する。前回の冒頭解散は1990年の第一次海部内閣のことで、じつに36年ぶりである。現職の事務総長でさえ翌91年の入局だから、当時を知るスタッフはほぼいない。

 それでも安定した運営ができるのは、先例とともに記録がしっかりと積み上げられ、整理されているからだろう。立法府の底力を事務局の強さに見た思いがする。

 より劇的な変化にさらされた議員本人やスタッフ、政党本部や支部はどうだろうか。今回の総選挙では、2012年の政権交代に迫る150名超の野党前職が議席を失った。議員会館の退去期限に迫られて大量の資料を段ボールに詰め込む姿は、多くの人の印象に残ったようだ。

 あの資料はどこへ行くのだろうか。捲土重来を期して地元の支部や事務所に運び込んだという方もいる。しかし、引退を決めた場合、あの膨大な文書を保管し続けることは容易ではない。

 勝敗は選挙の常であり、民主主義の選択の結果でもある。しかし、そうであるなら、その過程を示す資料は安易に廃棄されるべきではない。

 議会は言論の府であり、議事録で十分という考え方もある。しかし、議事録だけでは、その発言がどのような情報に基づいていたのかさえわからない。背景資料なくしては真意もわからない。

 大臣経験者の資料には、国政に関わる重要な文書もあるだろう。実際、国立国会図書館憲政資料室に所蔵される政治家の個人文書には、そうした行政文書が数多く含まれている。

 加えて、今回国会を去った方々には、二度の政権交代を経験した議員が少なくない。どのように政権交代が行われたのか。与党と野党はいかなる準備を行い、どのような混乱や工夫があったのか。その経験は、日本はもちろん、世界の議会政治や民主主義を考える上でも貴重な知見である。

 それならば政党が管理すればよいという意見もあるが、その実態は心もとない。昨年、日本アーカイブズ学会が実施したアンケート調査によれば、回答した八党のうち文書管理規程を有するのは共産党とれいわ新選組のみであった。永続保存文書があると回答したのは自民党、維新の会、共産党の三党にとどまり、立憲民主党、維新の会、国民民主党は専用の保管場所を持たないという。落選・引退議員の資料を引き受ける前に、公党として資料の保存体制を整備する必要がある。

 もう一つ、失われゆく記憶を記録として残す方法にオーラルヒストリーがある。しかし、それも万能ではない。衆議院事務局は議長・副議長経験者への聞き取りを進めているが、大幅に拡大することは容易ではない。新しく生まれた音声記録をどう保存するかという課題もある。

 民主主義に最も近い場所で生み出される立法の記録が十分に保存されず、検証もできないまま失われていく。民主主義の質は、どう選ぶかだけでなく、その選択の過程と帰結を後から捉えなおすことによって決まる。変化の著しい今こそ、その記録を十分に残し、後に託す仕組みを組み立てるべきと考える。

慶應義塾大学総合政策学部教授

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